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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第8章 王都編前半――見られる側の席

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第98話 祈りと理のあいだ

王都大教会の廊下は、軍本部よりもずっと静かだった。

静かなのに、こっちのほうが気が重い。

「次は教会だな」

 ガランさんが短く言う。

「軍より面倒そうです」

 俺が返すと、ミナさんがすぐ横で小さく笑った。

「珍しく正直ですね」

「今日はもう取り繕う気力が残ってません」

「それでいい」

 ガランさんは珍しく、そこで言葉を切った。

「軍相手なら言い返しようもあるが、教会は別だ。

柔らかく聞いてきて、こっちが何をどう考えて動いたかまで拾う。

ああいう連中は、正面から怒鳴る相手より厄介だ」

王国軍本部を出たあと、ほっとできる時間はほとんどなかった。

案内役が代わり、そのまま王都大教会の聴取室へ向かう流れになったからだ。

 王都の教会は、村の教会と同じ“祈る場所”のはずなのに、空気の質がまるで違った。

 音が少ない。

 人はいる。

足音も衣擦れもある。

けれど、全部が石の壁に吸われて、必要以上に広がらない。

 軍本部が“順番の圧”なら、こっちは“静けさの圧”だった。

 廊下の両脇に、細い灯が等間隔で並んでいる。

 炎じゃない。

祈りで保たれている光だ。

 揺れているのに、乱れて見えない。

その整い方が、むしろ息苦しい。

「セイ」

 隣を歩くコルトさんが低く言う。

「ここでも武勇伝は要らない。分かるな」

「分かります」

「軍と違って、こっちは“どうしてそうしたか”を見てくる」

「それ、余計に嫌ですね」

「俺もそう思う」

 淡々とした声だったが、少しだけ救われた。

 聴取室の前には、すでに一人立っていた。

「リアン」

 思わずそう呼ぶと、白と淡い灰色の衣をまとったリアンさんが振り向いた。

 村で見る時より、今日は少しだけきちんとした格好をしている。

 胸元に細い銀糸の印が入っていて、王都教会の場に出るための正式な装いなんだと分かった。

「お待たせしました」

 リアンさんはいつもの柔らかい声で言った。

「先に少しだけ確認を受けていました。私は証言補助で入ります」

「……助かります」

「助かる顔をしてませんよ」

「緊張してるだけです」

「知っています」

 その返しが、少しだけいつものリアンさんで、胸の奥の固さが半歩だけほどけた。

 扉が開く。

 中は軍本部の聴取室より狭かった。

 でも、逃げ場はこっちのほうが少ない。

 長机の向こうに三人。

 中央に、年配の司祭。

 その左に記録役らしい神官。

 右には、目の細い女神官が座っていた。

 どの顔も穏やかに見えるのに、目だけが静かに鋭い。

「ようこそ」

 中央の司祭が言った。

「王都大教会、北方濁り案件に関する聴取を始めます。着席を」

 声は柔らかい。

 柔らかいのに、一語ごとに逃げ道がない。

 席に着く。

 俺の向かいに、リアンさんがいる。

 その位置だけで、今日は軍の時とは違う戦い方になるんだと分かった。

「まず確認させてください」

 記録神官が紙を整えた。

「上流祈律帯で、祈りがどこまで届いていたのか。

 どこから先で、浄化だけでは支えきれなくなったのか。

 濁幕帯――あの黒い膜に、現場でどう対処したのか。

 そして、その判断が教会の教えとどう噛み合うのか」

 最後の一言だけが、やけに重かった。 

中央の司祭が俺を見た。

「セイ。あなたは教会預かりの時期を経て、いまはギルド所属の冒険者です。ですが、我々にとっては今も“教会が見てきた少年”でもある」

「はい」

「ですから、戦果そのものよりも、あなたが何を基準に命を選り分けたかを知りたい」

 言い方は穏やかだった。

 なのに、胸の真ん中を指で押されるみたいだった。

 俺は少しだけ息を整えた。

「助ける命を選んだつもりはありません」

「では」

「戻せる線を守った、です」

 司祭はすぐには返さなかった。

 否定もしない。

 肯定もしない。

 ただ、その言葉の重さを測るみたいに沈黙した。

「……続けてください」

 俺は地図に視線を落とした。

 テオさんが広げた写しの上には、祈りの届いた帯と、届きが鈍った帯が細く書き込まれている。

 軍用の地図より印が少ないぶん、逆にごまかしが利かない。

「祈りが届いていないわけじゃありませんでした」

 俺は言う。

「でも、均一じゃなかった。光が通る場所と、薄くなる場所があった。黒い膜の手前と向こうで、濁りの押し返し方も違った」

「黒い膜、ですか」

 右手の女神官が初めて口を開いた。

「あなたはそれを、何として見たのです」

 答えに詰まりかける。

 見えたものをそのまま言えば、余計なところまで踏み込みすぎる。

「境目、です」

 少し考えてから言った。

「同じ場所なのに、通るものと通らないものの差が急に大きくなる境目です。祈りも、足も、戻る順番も、そこで乱れやすくなった」

「祈りも」

「はい」

 そこでリアンさんが静かに手を上げた。

「補足してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

 司祭がうなずく。

「私も、あの場で祈りを通しました」

 リアンさんの声は柔らかい。

 けれど、村で話す時よりずっと言葉が整っていた。

「簡易浄化、灯の拡張、防御補助。届いてはいました。ただ、同じ祈りなのに、帯によって効き方が違いました。通るというより、滑る感じに近かったです」

 記録神官の筆が速くなる。

「滑る、とは?」

「留まらないんです」

 リアンさんは迷わず答えた。

「本来なら傷口の周りに留めたい灯が、膜の向こうでは薄く伸びてしまう。防御の祈りも、張れないわけではないけれど、保ちが短い。だから、祈りで押し切れる場ではありませんでした」

 女神官が視線を細める。

「つまり、神の加護が届かなかったと?」

 その問いは静かだった。

 でも、部屋の温度が一段下がった気がした。

「いいえ」

 リアンさんは首を振った。

「届かなかったのではなく、届き方が違った、です。祈りには場との相性があります。あの場は、祈りだけで支え続けるには危険が高すぎました」

 “危険”という言葉を、リアンさんがはっきり使った。

 その瞬間、俺は少しだけ背筋を伸ばす。

 村で、何度も一緒に線を引いてきた。

 その言葉の使い方だけで、リアンさんが俺の側に立ってくれているのが分かった。

 中央の司祭が今度は俺を見る。

「セイ。あなたは祈りが薄くなる帯を見て、何を優先しましたか」

「戻せる命です」

「救えない命を切ったのではなく?」

「……切りたくて切ったわけじゃありません」

 声が少しだけ固くなる。

 自分でも分かった。

「あのまま前に残れば、助かったかもしれません。でも、そこで崩れたら助けに入った側まで危なくなる。そうなったら、被害はもっと大きくなります。だから、先に下げられる側を下げました」

「それは、理屈ですか」

 女神官が問う。

「それとも信仰ですか」

 難しい聞き方をする。

「俺には、それを理屈か信仰かで、きれいに分けては言えません」

 正直にそう返した。

「でも、祈りが届く場所まで戻すために線を引いたつもりです。祈りが万能じゃないなら、届くところを残さないといけない」

 言ったあとで、部屋が少しだけ静かになった。

 そこで、リアンさんが俺を見た。

 それから、司祭たちのほうに向き直る。

「あの時セイは、助けられない命を切ったのではなく、助かる命を戻すために線を引いたんです」

 その一言が、静かな部屋の真ん中に落ちた。

 誰もすぐには口を開かなかった。

 記録神官だけが、一拍遅れて筆を動かす。

「私は祈り手です」

 リアンさんは続けた。

「だから、できるなら全部を抱えたいと思います。でも、あの場でそれをやれば、祈りが届く側まで崩れた。セイはそこを先に見ていました。冷たく見えるかもしれません。けれど、冷たさで選んだわけではありません」

 女神官が問う。

「では何で?」

「守る順番です」

 リアンさんはまっすぐ答えた。

「先に戻せる人を戻しました。そうしないと、そのあとで助けられる人まで助けられなくなるからです。」

 胸の奥が少しだけ熱くなった。

 自分では上手く言葉にできなかったものを、祈り側の言葉に置き換えてくれた感じがした。

『いい補助線です』

 頭の奥で、リラが小さく言う。

(本当にそうだな)

 けれど、そこで終わらないのが王都なんだろう。

 今度は右ではなく、左の記録神官が顔を上げた。

「確認したい」

「はい」

「セイ。あなたの現場判断は、しばしば年齢に対して強すぎる。上位者の判断より先に線を引くこともあると聞いています」

「あります」

「それを危ういと思ったことは?」

「あります」

 即答だった。

 だからこそ、次の言葉も止まらなかった。

「危ういです。若いのも、自分が全部見えてるわけじゃないのも分かってます。でも、危険が上がった時に誰かが止めないと、本当に落ちる。だから、止める役が要る」

「その役を、自分が担うと」

「俺しか見てない線があるなら、です」

 女神官の目が細くなる。

「傲慢に聞こえる言い方です」

「そうかもしれません」

 俺は答えた。

「でも、見えた危険を黙っていて人が死ぬよりは、そっちのほうがましです」

 今度の静けさは、さっきより重かった。

 まずいことを言ったかもしれない。

 そう思った瞬間、ガランさんが口を開いた。

「そいつに勝手な権限を持たせてるわけじゃねえ」

 低い声が部屋の空気を押した。

「支部と現場が、そこを役目として認めてる。危険帯での撤退判断は、こいつの役だ。言わせる側の責任も、こっちが持ってる」

 中央の司祭が目を向ける。

「ギルドが正式に?」

「少なくともエルディア支部ではな」

「教会の預かりだった少年に、ですか」

「預かりだったからじゃねえ。戻せる線を読むからだ」

 それは、昨日の軍本部で言われたのと似ていた。

 けれど、教会の場で聞くと、少し意味が違って聞こえる。

 中央の司祭はそこで初めて背もたれに体を預けた。

「……なるほど」

 記録神官が紙をめくる。

「もう一点。濁り核と、濁幕帯――上流祈律帯の黒い膜についてです。セイ、あなたは祈りが届きにくくなる場所を、どう扱うべきだと思いますか」

「無理に押し切らないことです」

 俺は答える。

「祈りが届くことと、勝てることは別です。届いていても保たないなら、そこは踏み方を変えるしかない。手前で役割を分けるか、本隊案件として預けるか」

「預ける」

「はい。混成で踏み越えていい線じゃない時があります」

 記録神官が目を伏せたままうなずく。

 その言葉を、ただの臆病としては扱っていないのが分かった。

 けれど女神官はまだ厳しい目のままだった。

(ことわり)を優先しすぎていますね」

 ぽつりとそう言う。

「祈り手の言葉ではない」

「俺は祈り手じゃありません」

「だから危ういのです」

 その一言が、妙にまっすぐ刺さった。

 否定はできない。

 俺が見ているのは、神意なんかじゃない。

 もっと手前の、落ちるか落ちないかの線だ。

 リアンさんが、小さく息を吸った。

「ですが」

 その声は静かだった。

「祈り手だけで守りきれない場があるのも、事実です」

 女神官が視線を向ける。

「祈りは万能ではありません」

 リアンさんは言葉を選びながら続けた。

「届く範囲、保てる時間、場との相性がある。だからこそ、届くところまで命を戻す判断が必要です。それを冷たいと呼ぶのは簡単です。でも、現場で必要だったのは、願いの強さだけではありませんでした」

「……あなたは、彼を擁護するのですね」

「擁護ではありません」

 リアンさんは首を振った。

「現場で見たことを、そのまま言っています」

 ミナさんが、そこで珍しく口を挟んだ。

「たぶんですけど」

 全員の視線が向く。

「教会の人たちが今気にしてるのって、セイが正しいかどうかだけじゃないですよね。こういう判断をする子が、今後も現場にいるってこと自体が、扱いづらいんじゃないですか」

 その言葉で、部屋の空気がぴたりと止まった。

「ミナ」

 コルトさんが低く言う。

「言い方」

「でも、違いませんよね?」

 女神官はすぐには答えなかった。

 代わりに中央の司祭が、少しだけ疲れたように目を閉じた。

「……違わない部分もあります」

 その返答は、妙に正直だった。

「認めざるを得ない。だが、扱いは慎重になる。そういう案件です」

 そこまで言ってから、司祭は両手を組んだ。

「セイ。あなたの判断は、少なくとも今回、祈りの働きを否定するものではなかった。むしろ、祈りが届く場所を残すための判断だったと読めます」

 少し間を置く。

「ですが同時に、教会の教えではなく、(ことわり)を優先して判断しすぎる危うさもあります」

 否定でも肯定でもない。

 けれど、どちらでもある言い方だった。

「記録します」

 記録神官が言う。

「セイの現場判断は、祈りに反するものとは断定しない。ただし、若年・(ことわり)寄り判断・現場権限の強さに関して、教会上層の慎重審議を要する」

 胸の奥で、詰めていた息が少しだけ抜けた。

俺の判断が全面的に認められたわけじゃない。

でも、切り捨てられもしなかった。

 その時だった。

 ずっと黙っていた司祭が、机の上の書面を閉じる。

「……これは、ひとつの支教会や現場神官だけで抱える話ではありません」

 誰も言葉を返さない。

「王家」

 司祭が一つ目を置く。

「ギルド本部」

 二つ目。

「そして教会上層」

 三つ目が置かれた瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった。

「この三者で話すべき案件です」

 その一言が、今日いちばん重かった。

 軍で線を記録され、教会で意味を測られた。

 それが今、別々の机の上で終わらず、一つの場に集められようとしている。

 たぶん、聞き取りは今日で終わらない。

「本日の聴取はここまでです」

 司祭が静かに告げた。

「リアン、ご苦労でした。エルディア側の補助証言として十分です」

「ありがとうございます」

 リアンさんは深く頭を下げた。

 俺たちも席を立つ。

 部屋を出た瞬間、ようやく息ができた気がした。

「軍より疲れました……」

 思わず本音が漏れる。

「でしょうね」

 リアンさんが苦笑する。

「こっちは斬られませんけど、言葉で測られますから」

「それが一番面倒です」

「知っています」

 廊下を歩きながら、ガランさんが前を向いたまま言った。

「次は準備だな」

「何のですか」

 聞きながら、だいたい分かっていた。

「決まってるだろ」

 短い返事だった。

「上の席に出る準備だ」

 窓の外では、王都の空がやけに明るかった。

 けれど、これから決められるのは景色じゃない。

 呼ばれ方。立ち位置。どこまで口を開くか。

 戦場では、危険の線を引けばよかった。

 王都では、自分がどの線の中に立つのかまで決められていくらしい。


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