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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第8章 王都編前半――見られる側の席

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第96話 見られる側の席

 扉を叩く音で目が覚めた。

 まだ朝の光は薄い。

 泊められた部屋の窓は壁の高い位置にあり、光を入れる以上の役目を持っていないように見えた。

 外の様子はほとんど分からない。

 石の壁。

 固い寝台が並び、机は三つあるのに、水差しは一つしか置かれていない。

 見張りが立つ位置まで最初から決まっていそうな、休ませるためというより、まとめて置いておくための部屋だった。

 遠路ご苦労様、という空気は薄い。

 落ち着ける部屋じゃないと、目を開けた瞬間に思い出した。

「時間です」

 扉の向こうから、事務的な声がした。

 王都ギルド本部の職員だ。

 隣の寝台から、ミナさんが毛布をはねのける。

「うわ、早い……」

「王都は朝から人を働かせる場所なんだろ」

 コルトさんが短く返した。

 いつもの軽口なのに、少しだけ硬い。

 部屋の隅では、テオさんがもう起きていた。

 机の上に布包みを二つ並べて、紐の位置まできっちり整えている。

「原本はガランさん。私は控えと整理用の写しを持ちます」

「助かる」

 ガランさんは短くうなずいた。

「今日の線は昨日決めた通りだ。証人は教会側。帳簿の原本は見せ先が決まるまで俺から離さねえ。全部を一気に投げる気はない」

 その言い方で、胸の奥が少し落ち着いた。

 戦う前の確認みたいだった。

 剣を抜く代わりに、順番を決める。

 王都ではそれが武器になるんだと、嫌でも分かる。

「リアンさんは?」

 俺が聞くと、バルドさんが扉の方を見たまま答えた。

「先に教会側へ行った。証人の様子を見るってよ」

「なら、こっちはこっちでやるだけだな」

 ガランさんが言う。

「セイ」

「はい」

「お前は、聞かれたことだけ答えろ。盛るな。縮めるな。分からねえことは分からねえでいい」

「はい」

「あと、余計にへりくだるな」

「……出来るだけ善処します」

「善処で済ませるな」

 そこで、ミナさんが吹き出した。

「ほら、もうやってる」

「うるさいですよ」

「事実でしょ」

 笑いが少しだけ起きた。

 それだけで、部屋の空気がほんの少し軽くなる。

 こういう時、ミナさんはずるい。

 重さを完全には消さないまま、持てる重さに変えてしまう。

 廊下へ出た瞬間、王都ギルド本部の朝が押し寄せてきた。

 広い。

 通路が多い。

 人の流れが途切れない。

 受付にはもう列が出来ていて、武器を預ける冒険者、書類を抱えた職員、軍の伝令らしい制服姿、白い外套の教会関係者までいる。

 なのに、みんな忙しそうに動いているのに、俺たちを見る目だけは一瞬止まった。

 値踏みだ。

 戦場で向けられる視線とは違う。

 敵か味方かを見る目じゃない。

 何を持ってきたのか。

 どこまで使えるのか。

 どこに繋がっているのか。

 そういう目だった。

『戦場では、前から来る危険を読めばよかった』

 頭の中で、リラが静かに言う。

『ここでは、人の立場が危険の向きを変えます』

(分かってる)

『分かっていても、居心地は別です』

(それも分かってる)

 通路の角で、学院の紋入りローブを着た二人組とすれ違った。

 片方が俺を見て、すぐに視線を逸らす。

 もう片方は逸らさない。

 観察する目だ。

 それだけで、胃が少し重くなった。

「顔、固い」

 小声でミナさんが言った。

「そんなにですか」

「うん。でも昨日よりはマシ」

「比較対象が昨日なら、だいぶ低いところで褒められてますよね」

「王都では、そのくらいから始めるのがちょうどいいんじゃない?」

 案内された部屋は、昨日の待機室よりは広かった。

 机が長い。

 席の位置が最初から決まっている。

 壁には王都周辺の地図と、依頼掲示の整理板。

 ここがただの会議室じゃなくて、判断を集める場所なんだと一目で分かった。

 向こう側には三人。

 年配の男が中央。

 左右に、書記役と補佐らしい女が座っている。

 中央の男は立ち上がらなかった。

 でも、礼を欠いているわけでもない。

 最初から「ここは自分たちの席だ」と決まっている人の動きだった。

「冒険者ギルド王都本部、事案確認室です。これより聞き取りを行います」

 中央の男が言った。

「私は本部副長補佐、レイヴン。記録はすべてこちらで取ります」

 名乗りはあった。

 けれど、俺には名前よりも声の硬さのほうが残った。

「確認事項は五点。上流祈律帯の件、北外縁・東外縁の濁り対応、大規模救出時の撤退判断、街道で確保した証人および帳簿、そして王都搬入までの経緯です」

「最初に言っとく」

 始まる前に、ガランさんが口を開いた。

「証人は今ここに出さねえ。帳簿の原本もだ。写しと口頭で足りるところまで先にやる」

「本部としては、現物の確認を優先したいところですが」

「したいのは分かる」

 ガランさんの声は低い。

 でも、喧嘩ではない。

「だからこそ順番を守る。王都にいる誰が味方で、誰が抜け道側か、まだ全部は見えてねえ」

 一瞬、部屋の空気が止まった。

 言いすぎかとも思った。

 でも、本部副長補佐は怒らなかった。

 その代わり、こちらを見直した。

 試す目から、測る目に変わった気がした。

「……街道で、そこまで見たと?」

「見たから持ってきた」

 ガランさんは即答した。

「潰されねえ順でな」

 そこでテオさんが、すっと布包みを差し出す。

「こちらが写しです。帳簿の数値は表裏で照合済み。護送便の経路変更、不自然な空欄、荷の付け替えと徴税記録のズレをまとめてあります」

 書記役の手が、ぴたりと止まった。

「……もう整理済み?」

「読める形にしてあります」

 テオさんは淡々としている。

「読みにくい証拠は、読まれないことがありますから」

 その一言に、向こうの女が小さく息をのんだ。

 たぶん、嫌味に聞こえてもおかしくなかった。

 でもテオさんは、本気でそういうものだと思って言っているだけだ。

 そこが強い。

「では、上流祈律帯から順に」

 本部側が言う。

 最初はガランさんが全体の流れを話した。

 上流調査の開始。

 Aライン、Bライン、Cラインの運用。

 濁りの濃度が変わる帯。

 支部として踏み越えていい線と、預けるべき線。

 そして、救出戦で何を優先し、何を諦めたか。

 俺は途中まで、横で聞いているだけだった。

 それでいいと思っていた。

 でも、本部副長補佐の視線がこっちに向く。

「セイ君」

「はい」

「君の判断について聞きたい。救出戦で、なぜあの時点で下げた」

「……下げないと、戻れなくなる線が見えたからです」

「具体的には」

「前に出れば、目の前の一人は拾えます。でも、その先で回復役が止まる。止まると後ろが詰まる。詰まると退路が潰れる。だから切りました」

「切った?」

「全員を助ける線じゃなくて、戻せる人数を守る線に切り替えたってことです」

 部屋が静かになった。

 言葉を間違えたかと思った。

 でも、本部副長補佐は次の質問を重ねる。

「その判断で、何を捨てた」

「前進です」

「何を持ち帰った」

「生きて戻れる人数です」

 自分で言っていて、嫌な言い方だと思った。

 綺麗じゃない。

 でも、あの時はそうだった。

「功績を取りに行かなかった理由は?」

「危険が上がってたからです」

「それだけか」

「それだけです。進ませたら死ぬ線が見えたので」

「君は自分で前に出られただろう」

「出るだけなら」

「なら、なぜ」

「俺が出て片付く戦場なら、最初からこんな人数は要りません」

 言ってから、少しだけ言い過ぎたと思った。

 でも止められなかった。

「俺の役目は倒すことじゃなくて、戻すことだったので」

 沈黙。

 今度の沈黙は長かった。

 コルトさんが、その空気を切るように口を開いた。

「補足する。セイの判断がなければ、弓はもっと前へ出てた」

「私も」

 ミナさんが続く。

「あの場で“まだ行けるかも”を切れたの、たぶんセイだけだったよ。嫌な役だったけどね」

「嫌な役で済んだなら安い」

 ガランさんが言う。

「死ぬよりずっとな」

 本部側の書記が、書く速度を上げた。

 紙を走る音が、部屋の中でやけに大きい。

 次に地図が広げられた。

 王都製の綺麗な地図だ。

 でも、現場の泥も匂いもない。

 俺はその上に、テオさんが用意してくれた薄い紙を重ねた。

 赤線。

 青線。

 戻れた線。

 危険が跳ねた場所。

 未踏として残した場所。

「ここが、下げた地点です」

 俺は指を置く。

「ここで前衛二人を半歩ずつ戻しました。右側の足場が崩れかけてたので、先に左へ寄せてます」

「なぜ右ではなく左だ」

「右は沈みました」

「地図では分からん」

「現場では分かりました」

 そこで、少しだけ笑いが起きた。

 馬鹿にした笑いじゃない。

 乾いた、納得に近い笑いだ。

 本部副長補佐が初めて口元を動かした。

「分かった。では、そこを分かる形に変えて持ってきたのが、この記録か」

「はい」

「誰がまとめた」

「リラと俺で下書きをして、テオさんが読める形に直してます」

「最後の一文は私です」

 テオさんがさらっと言う。

「読み手が途中で投げないように」

 また書記の手が止まる。

 たぶん、この部屋では珍しい報告なんだろう。

 その後は街道の件に移った。

 護送便消失の経緯。

 不正徴税。

 闇商人の荷。

 筋の通った盗賊の噂。

 裏組織の手引き。

 ただし、そこでもガランさんは線を引いた。

「世直し団の噂は出す。だが、正体の断定はまだしねえ」

「生き証人も、今は出さない」

「王都の中で消される線が見えなくなるまではな」

 本部副長補佐はそれを否定しなかった。

 代わりに、確認だけした。

「では、本部としては段階受領に切り替える。写しを先行。原本は保留。証人は教会側の保護下で容体優先。異論は?」

「ねえよ」

「ありません」

「ない」

 小さな勝ちだと思った。

 全部を守れたわけじゃない。

 でも、昨日決めた順番は崩れなかった。

 聞き取りが終わる頃には、朝の光が窓の位置を越えていた。

 けれど、疲れは戦闘の後と違う。

 体より先に、頭が削られる感じだった。

「最後に」

 本部副長補佐が、記録紙を閉じた。

「私見を一つだけ述べる」

 その言い方に、部屋の空気が少し締まる。

「君たちが持ち込んだ帳簿は重い。証人も重い。だが、それ以上に厄介なのは――」

 彼は、俺の前の紙を指で軽く叩いた。

「この報告だ」

「報告、ですか」

 思わず聞き返すと、本部副長補佐はうなずいた。

「これは冒険者の戦果報告ではない」

 一拍。

「現場指揮官の報告だ」

 その瞬間、背中が冷えた。

 褒められた感じは、まったくしない。

 むしろ、嫌な予感しかしなかった。

 ミナさんが小さく顔をしかめる。

 コルトさんは黙ったまま窓の外を見る。

 テオさんだけが、何かを確かめるみたいに目を細めていた。

 ガランさんは鼻で笑った。

「やっとそこまで来たか」

「嬉しくなさそうだな」

 本部副長補佐が言う。

「嬉しいわけあるか」

 ガランさんは即答した。

「こいつは、そういう席に座らせるほど気楽な駒じゃねえ」

 そこへ、扉が叩かれた。

 さっきとは違う。

 短く、急ぐ音だ。

「入れ」

 本部副長補佐が言う。

 入ってきたのは、軍服の伝令だった。

 靴音がまっすぐだ。

 迷いがない。

 その場の全員を見て、俺のところで止まる。

「王国軍本部より」

 伝令は紙を差し出した。

「聞き取り予定、繰り上げ。対象はセイ、ガラン、テオ、コルト、ミナ。――本日、正午」

「早いな」

 ガランさんが言う。

「上が急いでいます」

「上ってのは、軍の上か?」

 伝令は少しだけ黙った。

 それだけで十分だった。

 俺は、机の上の地図を見る。

 赤線。

 青線。

 戻れた線。

 戻れなかった線。

 戦場なら、それで足りた。

 でも王都では違う。

 線を読んだ報告そのものが、次の呼び出しになる。

 守るために引いた線が、

 今度は俺を、別の席へ連れていこうとしていた。


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