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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第7章 戦いのあと、王都への道

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第88話 残された帳簿

 北門の倉の裏手は、妙に静かだった。

 静か。

 なのに、落ち着かない。

 荷台。

 縄束。

 割れた樽。

 低い倉庫の影。

 昼ならただの作業場だ。

 でも夜だと、全部が隠れる場所になる。

「……止まってください」

 俺が小さく言うと、ガランさんが即座に足を止めた。

 バルドも止まる。

  コルトは壁際へ半歩。

  テオは手灯りに布をかぶせ、倉の影に目を向けた。

「どこだ」

「正面扉の左上。窓の内側です」

「何人」

「一人。見張ってるっていうより……合図待ちの立ち方です」

 ガランさんの目が細くなる。

「正面は危険が上がってます。右の路地も細い。詰まったら戻れません」

「つまり、正面も路地も使うなってことか」

「はい」

「よし。裏だ。見るだけにする」

「了解です」

 言葉が短い。

 でも、その短さがありがたかった。

 今夜は取りに行く話じゃない。

 見える位置を取る。

  そこを間違えたら終わる。

 壁沿いに回る。

 近づきすぎない。足音も殺す。

 裏手に出たところで、テオが小さく息を吸った。

「中に二人います」

「聞こえるのか?」

 バルドが眉を上げる。

「紙束を、こんな時間に?」

 ミナが嫌そうに顔をしかめた。

「中に二人います」

「聞こえるのか?」

「書類です。擦れる音が軽い。しかも、手早く束ねています」

「うわ、もう嫌な予感しかしないんだけど」

 その直後、横扉が開いた。

 布を巻いた男が二人。

 担いでいるのは木箱じゃない。

 革紐で縛った紙束だった。

「……帳簿か?」

 コルトが低く言う。

「多分」

 俺は頷いた。

「少なくとも、濡らしたくない物です」

「じゃあ当たりだな」

 ガランさんの声が冷える。

「燃やす気か」

「そう見えます」

 男たちは荷車を使わず、裏道へ入っていった。

 人目を避ける動きだ。

「追うぞ」

 ガランさんが言う。

「詰めるな。見失わない程度でいい」

「はい」

「了解」

「分かった」

 王都寄りの町は、夜でも人の気配が消えきらない。

 どこかで車輪が鳴る。

 どこかで酔客が笑う。

 その中で、先を行く二人だけがやけに足早だった。

「急ぎすぎだな」

 バルドが言う。

「時間を決められてるんでしょう」

 テオが返す。

「誰かに見つかる前に、記録を片づけたいんでしょう」

 男たちが向かったのは、町外れの古い荷改め所だった。

 使われていないはずの石造りの小屋だった

 屋根は一部壊れ、扉も歪んでいる。

 昼ならただの廃屋だ。

 でも、今は違った。

「捨てたふりをしてる場所だな」

 コルトが吐く。

「使うために残してる感じですね」

 俺も同意した。

 男たちは中へ入る。

 少しして、窓の隙間に火が揺れた。

「……燃やした」

 リアンの声が固くなる。

「今入る?」

 ミナが一歩出かける。

「まだだ」

 ガランさんが止めた。

「ここで噛めば、誰が何を消したかまで潰れる」

「っ……」

 ミナが唇を噛んで止まる。

「分かってる。分かってるけど、見てるだけって腹立つね」

「俺もです」

 思わず本音が出た。

「でも今は、それでいい」

 火は長く続かなかった。

 それが、おかしい。

「短い」

 テオが言う。

「小屋ごと落とす気じゃない」

「消したい場所だけ焼いてる」

 俺が呟く。

「全部消したいなら、もっと雑にやれるのに」

「時間がないんだろうな」

 コルトが言った。

「はい。しかも、必要な物だけ先に抜いてます」

 やがて男たちが出てきた。

 入る時より、明らかに抱えている量が減っていた。

 しかも周囲の確認が甘い。

 焦っている。

「……行くぞ」

 ガランさんの声で、空気が切り替わった。

「バルド前。コルトは外。テオは床下。リアンは生体確認。ミナは残り火を消せ。セイは危険の線だけ見ろ」

「はい」

「任せて」

「了解」

 小屋の中に入った瞬間、焦げた紙の臭いが鼻を刺した。

「うわ……きつ」

 ミナが顔をしかめる。

「でも柱は生きてる」

 俺はすぐ床を見た。

「燃えてるのは帳場の周りだけです」

「わざとか」

 バルドが言う。

「わざとです。小屋ごと焼いてない」

「証拠だけ消したい連中か」

 ガランさんが低く吐く。

 ミナが残り火に砂をかけていく。

「水は使えない。焼け残った記録まで読めなくなるから」

「助かる」

「でしょ」

 その横で、テオが足を止めた。

「……下に空間があります」

「どこ?」

 リアンが即座に反応する。

「奥。帳場の裏です。浅い」

「人は?」

 リアンが目を閉じる。

 すぐに顔を上げた。

「弱い反応が一つ。生きてる」

 その一言で、胸の奥が強く跳ねた。

 倒れた棚。

 焼けた床。

 奥の色が少し違う。

 蓋の上に棚を倒して隠した跡だ。

「待って」

 俺は手を出した。

「そこ、右から乗ると抜けます。左の梁はまだ持つ。バルドさんはそっち。テオさんは半歩後ろ」

「細かいな、お前」

 バルドが苦笑する。

「見えるんで」

「見えすぎだろ」

「嬉しくないです」

 バルドとテオが棚を手前に引く。

 焦げた板の下から、四角い蓋が見えた。

 その下から、咳が聞こえた。

「生きてる!」

 リアンが膝をつく。

「開ける!」

 蓋をずらした瞬間、熱気が吹き上がる。

 狭い保管穴の底に、若い男が倒れていた。

 帳場仕事の手だ。指が細い。袖に煤とインクが染みついている。

「引き上げるぞ」

 バルドが身を乗り出した、その時。

 ぱきっ。

 穴の右縁の板がきしんだ。

「下がって!」

 俺は反射で叫んだ。

「右が死んでる!」

 右の板が割れる。

 バルドの肩が止まった。

 俺は左足に重心を残したまま、右足を梁の上へ半歩だけ送る。

 深く出ない。出たら落ちる。

 腰だけを折って、穴の中の男へ布を投げた。

「掴んで! それだけでいい!」

 男の指が震えながら布に引っかかる。

「今!」

「おう!」

 バルドが手首を掴んで一気に引き上げる。

 テオが横から支え、男の身体を床へ滑らせた。

 助かった。

 けど、背中に冷たい汗が走る。

 あと少し前に出てたら、俺も一緒に落ちてた。

「セイ」

 ガランさんの声が飛ぶ。

「無茶した自覚あるか」

「……落ちる線は越えてません」

「そういう返しが一番危ねえんだよ」

 低い声だった。

 それ以上は言わず、ガランさんはすぐに視線をロスへ戻した。

 助け出した男は激しく咳き込んだ。

 リアンがすぐに水を少しずつ飲ませる。

 ミナが濡れ布を口元に当てた。

「大丈夫です。ゆっくりでいいです」

 リアンの声はやわらかい。

「聞こえますか。名前を言えますか」

「……ロス」

 掠れた声だった。

「帳場の……書記……」

「書記か」

 コルトが目を細める。

「なら見てるな」

「何を見た」

 ガランさんがしゃがみ込む。

「言えるところからでいい」

 ロスの喉が上下する。

 怖がってる。

 でも、黙って助かる顔じゃないことも分かってる。

「税の……帳簿……通行印……荷印……」

「誰の名前が消された」

「王都側、です……書くなって……」

「誰に言われた」

「青布の……上……名前は、知らない……」

 テオが焼け残りを差し出した。

「これ、まだ読めます」

 中央の数字は残っていた。

「同じ荷車番号が、同じ日に三回あります」

「三回?」

 ミナが顔を上げる。

「一回は入城。一回は徴税控所。もう一回は荷改め所です」

「……普通じゃねえな」

 バルドの声が重くなる。

「こっちも」

 コルトが別の紙を置いた。

「四箱で入った荷が、記録では二箱になってる。でも税額は四箱分だ」

「付け替え……?」

 俺が聞く。

「それ以上だな」

 コルトが首を振る。

「消した荷を別名義で流してる」

 さらに、紙の端を指で叩く。

「この符号、見覚えある」

「どこで?」

「廃砦で見た護衛の荷札と同じだ」

 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 門前の不正。

 北門の倉。

 廃砦。

 全部が繋がり始める。

「……ただの逃亡隠しじゃない」

 ミナが呟く。

「王都寄りまで噛んでる」

 ガランさんが言い切った。

 ロスがびくっと震えた。

「三人は……別々に運ぶって……聞きました」

「三人?」

 俺が聞き返す。

「騎士爵側の三人、です……同じ場所へやると目立つからって……」

「一人はどこだ」

「街道側……一人は倉回し……」

「もう一人は?」

 ロスの声が詰まる。

 その時だった。

 外で、石が小さく鳴った。

 コルトが一瞬で窓際へ滑る。

 バルドが入口へ立つ。

 テオは帳簿を抱え込み、ミナが火種を踏み消す。

 誰も騒がない。

 でも全員、もう戻る形になっていた。

「一人いる」

 コルトが低く言う。

「様子見だ。まだ入ってこない」

「時間切れだな」

 ガランさんが言った。

「ロス。最後まで言え。そこだけでいい」

 ロスは苦しそうに息を吸った。

 もう限界だ。

 それでも、絞り出す。

「北の……廃水路……」

 リアンが支える。

「大丈夫です、あと少しだけ」

「あそこに……一人……まだ……運ばれた……」

 言い切った途端、ロスの体から力が抜けた。

「ロス!」

 リアンがすぐに脈を取る。

 数拍のあと、短く息をついた。

「気絶です。命はあります」

 その一言で、胸の奥が少しだけ緩む。

 でも安心してる暇はない。

「よし」

 ガランさんが立ち上がる。

「証人と帳簿は分けて持つ。どっちか潰されても、片方は残す」

「はい」

 コルトが即答する。

「北へ向かうんですね」

 テオが確認した。

「向かう」

 ガランさんは迷わなかった。

「残る一人を、どっちの手にも渡さねえ」

 その言葉で、今夜の形が変わった。

 三人を追う話じゃない。

 まだ口を持ってる一人を、消される前に拾う話だ。

 北の廃水路。

 狭い。

 崩れやすい。

 待ち伏せ向き。

 口封じには、都合がよすぎる。

 森の危険は見えやすい。

 牙とか、足場とか、濁りとか。

 でも町の危険は違う。

 紙と名前と順番で、人を消す。

「セイ」

 ガランさんが呼ぶ。

「はい」

「次の線、見えるか」

 焦げた帳場を見る。

 抱えられたロスを見る。

 テオの腕の中の焼け残り帳簿を見る。

 それから、北を向いた。

「見えます」

 俺は答えた。

「細いです。けど、まだ切れてない」

 外では見張りの足音が、ひとつ遠ざかっていった。

 知らせに戻ったんだろう。

 なら、急がないといけない。

「行くぞ」

 ガランさんが言う。

「次は、間に合わせる」

「はい」

 ミナが短く返す。

「この人が喋った意味、無駄にしたくないです」

 リアンもロスを支えながら頷いた。

 俺たちは焼け残った帳簿と、生き残った書記を抱えて小屋を出た。

 向かう先は北の廃水路。

 まだ消えていない口を、拾いに行くために。


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