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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第7章 戦いのあと、王都への道

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第83話 消えた護送馬車

 宿場町の門が見えた時、最初におかしいと思ったのは人の動きだった。

 昼前なら、門の前では荷車の列をさばく声や、客を呼ぶ声がもっと飛び交っている。

 けれど今日は、声はあるのに広がっていない。

 門番も商人も、何かを気にしながら喋っている。

 先頭を歩いていたガランが、門の手前で足を止めた。

「……空気が変だな」

 俺も同じことを思っていた。

 門番の二人が、こっちを見た瞬間に顔を見合わせたからだ。

 ただの通行確認じゃない。

 待っていた顔だった。

「エルディア支部の報告隊で間違いないですね」

 門番の一人が言う。

「ああ」

 ガランが短く返す。

「入る前に伝えることがあります。今朝、先行していた騎士爵側三名の護送便が、宿場の西手前で襲われました」

 その一言で、空気がさらに重くなった。

 後ろでバルドが低く息を吐く。

「……は?」

 ミナの声が、いつもより少しだけ固い。

「襲われたって、三人は」

「護送対象の三名が連れ去られました。馬車一台、護衛六名。交代予定の地点まで来なかったため、確認に出た者が途中で止められた車輪跡と争った痕を見つけています」

「護衛は」

 コルトが聞く。

「現場で倒れていました。まだ全員の意識は戻っていません。ただ、血の量は少ないと」

 少ない。

 それは安心材料にも、不気味さにもなる言葉だった。

 ガランはすぐに門番へ向き直った。

「案内しろ。話は歩きながら聞く」

「はい」

 俺たちは宿場へ入る前に、そのまま西の外れへ回された。

 街道脇の草は踏み荒らされ、荷車が一度だけ大きく横へ振られた跡が残っている。

 だが、近づくほど変だった。

 馬が暴れたにしては車輪の跡の乱れ方が浅い。

 襲撃を受けたにしては地面のえぐれ方も足りない。

 何より、止まった位置が良すぎた。

 街道の幅が少しだけ広くなり、低木の影で後ろからの見通しが切れる場所だった。

『慌てた停止ではありません』

 頭の奥で、リラが静かに言う。

『制動のかけ方が均一です。急停止したというより、止める位置を知っていた可能性があります』

(やっぱりそう見えるか)

『はい。さらに左側の馬蹄跡。途中から向きが揃いすぎています』

 俺はしゃがみ込み、土の表面を指先で払った。

 朝の湿り気が、まだわずかに残っている。

「セイ」

 ガランが呼ぶ。

「どう見える」

「逃げた感じは薄いです。迎えが来てた感じが強い」

「理由は」

「まず、三人の足跡の散り方が変です」

 俺は地面に残った跡を順に指した。

「本気で逃げたなら、足幅はもっとばらけるし、向きも揃いません。拘束されたまま引きずられたなら、踵がもっと崩れる。でもここは、途中から三人とも進む向きが似すぎてる」

 コルトが横にしゃがみ、目を細めた。

「……ほんとだ。開き方も近い」

「うん。慌てて逃げた足じゃない。行き先を示されて動いた足だ」

 ミナが少し離れた場所から声を上げた。

「こっち、荷崩れの跡がない! 箱も縄もそのまま!」

 バルドが唸る。

「山賊なら、まず荷だろ」

「そうです」

 俺は立ち上がった。

「護送そのものを壊したかったんじゃない。三人だけ抜きたかった」

 その場の空気が、少しだけ変わった。

 現場を見に来ていた宿場側の下級兵の一人が、戸惑ったように口を開く。

「ですが、街道で襲うなら山賊の可能性も……」

「普通の山賊なら違います」

 俺は言った。

「貴族本人より、まず換金しやすい荷を狙う。護衛を潰すなら、もっと雑に殺す。街道でやるなら、もっと見えるように荒らす。逃げた相手を追いにくくするために」

 コルトも頷く。

「ここ、荒らし方が足りない。消えたいんじゃなく、消したい時の現場だ」

 下級兵は黙ったが、まだ納得しきれていない顔だった。

 そこへ、宿場役人らしい男が遅れてやってきた。

 腹の出た中年で、額に汗を浮かべている。

 息が上がっているのは走ってきたせいだけじゃない。

 何をどう説明するか考えながら来た顔だった。

「し、失礼いたしました。宿場側でも確認を進めておりまして……」

 ガランが一瞥する。

「報告が遅いな」

「い、いえ、現場の把握に手間取りまして」

「最初に異変へ気づいたのはいつだ」

「……交代予定を少し過ぎた頃で」

「確認に出したのは」

「昼の鐘の前です」

「報告が戻ったのは」

「……昼の鐘の後で」

「なら、その間に何をしていた」 

 役人はそこで言葉を詰まらせた。

 ミナがその顔を見て、小さく眉をひそめる。

「帳面、すぐ出せるよね」

「は?」

「護送便が通る予定、交代の予定、確認に人を出したのがいつか。そこは帳面に残ってるでしょ」

 役人の視線が一瞬だけ揺れた。

 その小さな揺れを、俺は見逃さなかった。

『危険の気配が濃いです』

 リラが告げる。

『現場そのものだけでなく、報告の流れにも不自然さがあります』

 ガランは役人から視線を外さずに言う。

「あとで全部見る。今は邪魔するな」

「……承知しました」

 役人は下がったが、足早だった。

 逃げたわけじゃない。

 けれど、現場から離れたがっている足だった。

 リアンが小さく言う。

「報告が遅れた理由、あの人は今考えていました」

「だろうな」

 ガランが吐き捨てる。

「把握に手間取った顔じゃねえ。辻褄を繕う顔だ」

 俺はもう一度、街道から外れた草地へ視線を向けた。

 浅い筋が残っている。

 だが、それも露骨ではない。

 追う側に見せるために、少しだけ残した跡に見えた。

 草を踏んだ人数のわりに、沈みが浅い。

 重さを運んだ跡というより、通り慣れた足運びだ。

 逃亡者を連れて転がるように消えた感じではない。

『右側に細い戻り跡があります』

 リラが言う。

『同じ経路を複数回使った可能性があります』

 コルトも同じ方を見た。

「一回通っただけの折れ方じゃないな」

「うん」

 俺は頷く。

「道を作ってる。少なくとも、ここを使う想定は前からあった」

「つまり」

 バルドが腕を組む。

「待ってたってことか」

「その方が自然です」

 そこへ、総大将エドガーが兵を連れて現れた。

 現場を見るなり、前置きなしに聞いてくる。

「逃亡か、奪取か」

 ガランは俺を一度見てから答えた。

「奪取寄りです」

「根拠は」

「止め方が良すぎる。逃げる奴の散り方じゃねえ。受け取り手がいた線だ」

 総大将は地面へ視線を落としたまま、次を問う。

「護衛の証言は」

 宿場兵が答える。

「まだ揃っていません。ただ、“合図の直後に馬が止まった”と」

「合図?」

「鳥の声のような笛だったと」

 短い沈黙が落ちた。

 コルトが低く言う。

「外から脅しただけで、そんな綺麗に止まるか?」

「止まらねえな」

 ガランが吐き捨てる。

「止める側か、止まると知ってる側がいる」

 リアンが続ける。

「負傷者の傷も、乱戦にしては似すぎています。殴られたというより、先に動けなくされてから崩された感じです」

「薬か」

 総大将が問う。

「その可能性はあります。少なくとも、短時間で全員を均一に弱らせる手つきです」

 宿場側の下級兵がまだ食い下がる。

「で、ですが、山賊の中にも手慣れた者はいます。貴族を攫って身代金を――」

「ない」

 ガランが切った。

「王都へ送られる途中の問題児三人なんざ、表向きの身代金にゃ向かねえ。使い道があるなら、三人に王都で証言させないためだ」

 総大将の目が細くなる。

「王都で喋らせたくない誰かがいる、と」

「そう見た方が筋が通る」

 俺も頷いた。

「命令違反の三人を助けたかったわけじゃないと思います。王都に着かれると困る相手が、先に確保した。その方が、この現場には合ってる」

 総大将の顔から熱が消えた。怒りより先に、冷えた判断が前へ出る。

「宿場を完全には閉じるな」

 兵たちが背筋を伸ばす。

「荷車と人の流れは止めず、帳面と替え馬だけ洗え。騎士爵側の関係先、街道沿いの倉庫、筆記係、荷運び、全員だ。護送時刻を知り得た者を線で拾え」

「はっ」

 ミナがすぐに動く。

「じゃあ、出入りの札と帳面を見ます。止めすぎると、手引きした側が身を隠す。人と荷の動きは残したまま拾う」

「任せる」

 ガランが言う。

 こういう時のミナは強い。

 場を止めずに、必要なところだけ掴む。

 コルトも草地の端を見たまま口を開いた。

「追跡するなら俺が前。枝の戻りと視線の抜けを見る。見張りがいれば拾える」

「私は後ろを見ます」

 リアンが続ける。

「薬や祈りの残り方があれば分かるかもしれません。相手がどれだけ手慣れているか、少しは見える」

 バルドが肩を鳴らした。

「なら俺は壁だな」

「そうだ」

 ガランが頷く。

「前へ押す日じゃねえ。潰された時に戻る線を守れ」

「テオ、お前は宿場側だ」

 ガランが言う。

「帳面、替え馬、合図の痕を洗え。追う側より、残った段取りを拾う方が向いてる」

「了解。そっちは足跡を、こっちは記録を見ます」

 総大将の視線が俺へ向く。

「セイ。お前はどう動く」

「先頭には出ません。でも、追跡隊の中で危険の上がり方は見ます」

「具体的に言え」

「追えば取れる相手なのか、追うほど沈む相手なのか。その境い目を見ます。今日は犯人当てより、引き返せる線を外さない方が先です」

 総大将は一度だけ頷いた。

「いい。そこを外すな」

 方針が決まると、場はすぐに動いた。

 ミナは門と宿場役人の間に入り、帳面と札の管理を切り分け始める。

 コルトは低い木々の縁を回り、見通しの切れる場所に目印を置く。

 リアンは負傷者のもとへ戻り、傷口と意識の戻り方を見に行く。

 バルドは追跡隊の戻り先になる位置を決め、兵を二人配置した。

 誰が何をする人か、もう迷わない。

 俺は車輪の跡の横でもう一度しゃがんだ。

 わだちの端に、小石が二列、ほとんど同じ間隔で並んでいる。

 踏まれて崩れた跡もない。

 自然に転がった並び方じゃなかった。

『人工的な印の可能性』

 リラが言う。

『方向確認、あるいは見張り用です』

(即席じゃないな)

『はい。事前準備寄りです』

 その時、ミナが戻ってきた。表情が少しだけ硬い。

「ガラン、帳面は出た。でも変」

「何がだ」

「交代予定の書き込みだけ、あとから上書きした跡がある。筆圧が違う。時間も微妙にずれてる」

 コルトが顔を上げる。

「帳面を触った奴がいるってことか」

「たぶんね。しかも雑じゃない。ぱっと見だと気づきにくい」

 ガランの口元が険しくなる。

「役人を押さえるか」

 ミナは首を振った。

「今はまだ。ここで露骨に押さえると、知らせが走る」

 総大将も同意した。

「見張れ。泳がせろ。今は線だけ取る」

「はい」

 リアンも戻ってきた。

「二人は意識が戻りかけています。でも、話はまだ揃いません。ただ、一人が繰り返していました。“止まる合図は、先に知っていたみたいだった”と」

「御者か」

 ガランが低く言う。

「断定はできません。でも、完全な不意打ちではなかった感じです」

 総大将が短く息を吐いた。

「……中から腐っているか」

 誰も答えなかった。答えなくても分かるからだ。

 やがて、少数の追跡隊が組まれた。

 ガラン、俺、コルト、リアン、バルド。

 それに、総大将エドガーが選んだ兵が三人。

 多すぎず、少なすぎず。見つけるための人数であって、戦うための人数じゃない。

 木立の入口に立つと、街道の風が急に薄くなった。

 こっちは匂いが溜まっている。人を隠すには都合がいい。

『前方、視界不良。危険が読みにくいです』

 リラが告げる。

『ただし右側は、同じところを何度か通った踏み方です』

 コルトも同じ方を見た。

「右だな」

「うん。左は一度通しただけの荒らし方だ。右は、戻るつもりで踏まれてる」

 バルドが盾の位置を直す。

「戻るつもり、かよ」

「逃げ切るつもりじゃない。出入りしてる感じです」

 その言葉で、全員の空気が少しだけ変わった。

 この先にあるのは、ただの隠れ場じゃないかもしれない。

 受け渡し場所か、中継地か。

 あるいは、街道とは別に人を通すための道かもしれなかった。

 ガランが手を上げ、全員を止めた。

 少し先の枝に、ごく細い灰色の布切れが引っかかっている。

 目立たない。だが、樹皮の色に紛れるには出来すぎていた。

「見張りの印か」

 コルトが言う。

「たぶんな」

 ガランが答える。

「雑な手じゃねえ」

 俺の背中を、嫌な汗が一筋落ちた。

 護送対象が消えたんじゃない。

 拾われた。しかも、道を知っている誰かに。

『危険の気配が濃いです』

 リラが静かに告げる。

『ここから先は、“三人を追う道”というより、“受け渡しの道”に近い』

 森の危険は見えやすい。

 牙や爪や濁りの流れとして前に出る。

 けれど、街道の危険は違う。帳面と時刻と人の都合の中に隠れて、静かに人を削る。

 ガランが低く言う。

「……行くぞ。決着をつけるためじゃねえ。同じ愚かさを、次に通さねえためだ」

 誰も無駄な返事はしなかった。

 俺たちは街道の脇に隠されたその細道へ、足を入れる。

 王都へ向かうはずの道は、そこで一度、見えない方へ折れていた。


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