第82話 戦いのあと、王都への道
荷車の車輪が、まだ朝の湿り気を残した土を重くきしませていた。
東野営地の南端には、王都へ戻すための護送車列が、厳重な警備のもとに並んでいる。
昨日まで前へ出ようとしていた兵たちが、今日は武器を取り上げられ、両手を拘束されたまま、その荷車の前に並ばされていた。
顔色は悪い。
包帯の取れていない者もいる。
それでも戻される。
総大将がそう決めたからだ。
俺は少し離れた場所でその列を見た。
頭の奥で、リラが静かに状況を整理する。
『送還対象は、命令違反の首謀者八名と、その暴走に加わった生き残り兵です。
首謀者八名の内訳は、元Bランク冒険者上がり五名と若手騎士爵三名。
なお、騎士爵側三名は別便で管理されています』
「やっぱり分けるんだな」
『責任の押しつけ合いを防ぐ意図に加え、口止めや逃走を防ぐ意味もあると考えられます』
そこで、総大将の声が聞こえた。
「騎士爵側の便、確認したか」
「はい。出発時刻も別です。護衛も引き渡し先も分けています。責任の押しつけ合いだけでなく、道中で手を回される可能性も見ています」
護送隊長が答える。
「よし」
総大将はそれだけ言って、列の前に立った。
怒鳴らない。
だが、その方が重かった。
「前線で死ななかった以上、ここで終わりにはしない」
誰も顔を上げない。
「お前たちは王都へ戻れ。そして、自分が何をしたか、自分の口で報告しろ。処分はその後だ」
その場の空気が固まる。
泣きも喚きもない。
ただ、自分たちが現場で終われなかったことだけは、全員に伝わっていた。
「見ておけ」
横に来たガランが言った。
「……はい」
「ここで怒鳴って済む話じゃねえ。戦いのあとに、どう片づけるかまでが仕事だ」
「もう一度、線を引き直す方が先ですね」
「そういうことだ」
護送車列が一台ずつ動き出す。
俺たちの報告隊とは、出発時刻も警備も引き渡し先も分けられていた。
同じ列に混ぜないのは正しいと思った。
俺たちは報告のために王都へ向かう。
あの兵たちは、処分を決められるために王都へ戻される。
最初から分けておくべき道だった。
護送車列を見送ったあと、俺たちは中央の会議天幕へ向かった。
中には《ウツシ》の地図が広げられている。
本命洞窟、前庭、玄関線、東野営地、エルディア村、北側の森。
昨日まで戦場だった場所が、今日は整理と判断のための図になっていた。
集まっているのは、総大将エドガー、ガラン、王都軍の士官たち、学院の観測役、教会の祈祷師、そしてコルト、ミナ、リアン、バルド、テオ、サラ。
俺はガランの少し横に立つ。
「始めるぞ」
総大将が言う。
「今日決めることは三つだ。
濁り戦の事後処理。
エルディア村への駐留方針。
王都への報告隊と輸送の段取り。
ひとつずつ片づける」
まず、昨日の勝ち方の確認から始まった。
「本命拠点の核は折れた。当面の濁り流出は止まったと見ていい」
総大将が《ウツシ》の本命洞窟を示す。
「だが、洞窟奥に残るものはまだ未対応だ。ここは昨夜の会議で決めた通り、今日の線には入れない。 王都へ持ち帰って判断する」
昨日の会議で一度決まったことだ。
それでも改めて言葉にする意味はある。
誰もそこに異論は出さなかった。
洞窟奥へ踏み込まなかったからこそ、ここまでの勝ちが勝ちのまま残っているのだと、皆が分かっている。
その次に、総大将は地図の北側を指で叩いた。
「問題はここからだ。濁りが薄れたことで、別の危険が現実になる。エルディアの北には、濁り地区を挟んで隣国がある。ヴァルグレイ帝国だ」
学院の観測役がすぐに補足した。
「ヴァルグレイ帝国は、軍拡で知られる軍事大国です。寒冷地に位置し、金属資源が豊富なうえ、理術兵器の開発と魔石運用に強く、常備軍の規模も大きい国です」
別の士官が続ける。
「教会は弱く、祈りは兵の精神安定程度の扱いです。代わりに理術と軍備が強い。表向きは友好国でも、国境では緊張が切れたことがない」
総大将が重ねる。
「国境付近では代理戦争寸前までいった歴史もある。さらに、向こうの理術兵器研究には、外から妙な思想や手が入り込んでいるという噂まである。濁りを災害として嫌うだけでなく、兵器として見たがる発想が向こうにはありうる」
天幕の空気が少し重くなった。
濁りが薄れるのは良いことだ。
だが、壁がなくなるという意味でもある。
今まで北を塞いでいたものが薄くなれば、向こうから見に来ることもできる。
「だから王都軍は残る」
総大将がはっきり言った。
「今いる本隊の一部をそのまま駐留に回す。歩兵中心、一部騎士、教会と学院からも数名。目的は三つ。
玄関線の維持、本命洞窟周辺の監視、北部防衛ライン構築の事前調査だ」
リアンが静かに尋ねる。
「村の中に軍を入れすぎない形になりますか」
「そこは守る」
総大将は即答した。
「村そのものを軍の城にするつもりはない。生きた村のそばに前段拠点があるから意味がある。村を潰して作る拠点に価値はない」
ガランが地図の東野営地を指で叩き、そのまま北側へ指を滑らせた。
「本営は東のままでいい。西も北も、東と同じ重さの駐留地にはするな」
俺も《ウツシ》の地図を見ながら口を開く。
「村の中へ入口を増やすより、外側を薄くつないだ方がいいです。東は本営と補給につなぐ主線。北は見張りと巡回の線。西は再建と非常時用に細く残す。太い流れまで全部そこへ通さなければ、村の生活線とぶつかりにくい」
コルトがすぐに記録板へ書き込んだ。
「東野営地を主拠点に固定。補給と兵の大きな流れは東へ集約。北は見張り台と巡回路を中心に薄く接続。西は再建優先、補助線のみ」
テオが頷く。
「土属性の魔法なら、今日中に基礎までは作れます。東の主道はソイルリペアで轍を埋めて広げる。北へ伸ばす線は、先にジオセンスで地盤を確かめてから固めます。西は足場だけ整えて、重くしすぎない方がよさそうです」
ミナが口元を上げる。
「表面だけ軽く焼けば、北の見張り線も西の補助線も持たせられるね」
「焼きすぎるなよ」
バルドが即座に言う。
「分かってるって」
総大将は地図を見たまま、短くまとめた。
「それで行く。東に寄せる。北で受ける。西は返すために細く使う。村を囲うんじゃない。外で受ける」
方針が決まると、王都軍の士官が別の紙を広げた。
「見張り台は北東の少し高い地点が候補です。川筋と街道寄りの両方が見えます」
「ただし足場が悪い」
テオが指先で示す。
「まず地盤を締めます。見張り台はそのあとです」
「西側は?」
サラが聞いた。
西側の焼け跡のことだ。
「再建優先です」
総大将が答える。
「兵営にはしない。見張り補助と一時的な資材置き場までに留める」
「その方がいいです」
サラが小さく頷く。
「まだ祈りに来る人がいます」
濁りの戦場だった場所が、今度は残すための配置へ変わっていく。
次は回収物と輸送だ。
会議机の端には、封をした箱や記録板が並んでいる。
濁り混じりの残滓、核周辺から削り取った試料、通常素材として扱えるもの。
全部を同じようには運べない。
「濁り化した個体は、浄化しても普通の素材には戻らねえ」
腕を組んだヒューゴが言った。
解体班の親父らしく、朝から機嫌は悪い。
「筋肉も骨も血も質が落ちる。通常素材として流すにしても、評価は半分が上限だ。後は研究送りだ」
学院の観測役がその言葉に頷く。
「王都で引き取ります。研究材料として封印管理へ回すべきです」
「売り物と証拠物を同じ荷に乗せるな」
ガランが言う。
「研究送りの封印箱は王都軍直轄。報告隊とは別便で管理する」
「危ない箱の近くに爆薬は絶対置かないから」
ミナもきっぱり言う。
「そこは信じる」
ヒューゴが鼻を鳴らした。
そこで俺は荷物の量を見た。
報告に必要な物は多い。
書類、予備の薬、包帯、工具、保存食、交換用の矢やボルト、測定器具。
全部を荷車に乗せれば、道中が重くなる。
「俺が一部持てます」
そう言うと、ガランがこちらを見る。
「露骨にやりすぎない範囲ならいい」
「正式書類と封印箱は別です。公的管理が必要な物は荷車のまま。予備の薬、工具、保存食、交換用の装備、そういうのを俺が持つ」
リアンが少しほっとした顔をした。
「それなら道中がかなり楽になります」
バルドも頷く。
「護衛する側も助かるな」
「じゃあ決まりだ」
ガランがまとめる。
「セイの運搬は補助扱い。便利だからって、見せびらかすな」
「分かってます」
会議が一段落したあと、俺は外へ出た。
東野営地の端では、もう工事が始まっている。
ソイルリペアで轍を埋める者。
アースウォールで低い壁を立てる者。
その表面を焼き固める炎術師。
ジオセンスで地面の状態を確認しているテオの姿も見えた。
残る者たちは、もう次の危険へ向けて手を動かしている。
俺はそのまま村の西側へ視線を流した。
焼け跡の向こう。
さらに外縁の外。
もっと奥。
誰にも詳しく話していない場所がある。
岩壁の中腹に口を開けていた、神殿みたいな入口だ。
『再調査は非推奨です』
リラが先に言った。
「分かってる」
『今の優先順位は王都報告と北側の防備です。ここで西外縁の詳細を表に出すと、議題が増えすぎます』
「でも、あれはいずれ話さないといけない」
『はい。ただし今ではありません。現段階の公式報告は、高危険度エリアと上級魔物の存在までに留めるべきです。ダンジョン本体の可能性は裏ログ維持が妥当です』
俺はしばらく黙って、西の方角を見る。
ここから入口は見えない。
でも、あそこにまだ誰にも話していない危険があることだけは消えない。
「中途半端に言うと、誰かが勝手に見に行くかもしれない」
『その可能性があります』
「じゃあ、今は保留だな。裏ログだけ更新する」
『了解。座標、周辺縄張り、危険ラインを固定します』
夕方までに、王都へ向かう報告隊の顔ぶれも固まった。
ガラン。
俺。
コルト。
ミナ。
リアン。
《鎚灯り》からバルドとテオ。
それに王都軍の護衛が数名。
サラは村と教会側の調整のため、いったんエルディアに残ることになった。
人数は多い。
でも、今回の戦いは前衛だけの話じゃなかった。
撤退判断、救護、支援、土木、記録、後処理。
どれか一つでも欠けていたら終わっていた。
王都で説明するなら、これくらいは必要だと分かる。
荷造りは日が落ちる前から始まった。
「セイ、こっち」
ミナに呼ばれて行くと、地面の上に荷が並んでいた。
「これお願い」
「多いな」
「多いよ。でも荷車に全部載せるよりまし」
俺はひとつずつ受け取っていく。
保存食、水袋、包帯、工具、交換用のボルト、テオの測定具、リアンの予備布、コルトの控え板。
「これとこれは別」
ミナが指さす。
「正式書類と王都軍管理の箱。そこは触らない」
「了解」
「爆薬も私管理」
「そこは任せる」
外から見れば、俺は荷を背負い袋や腰袋にしまっているだけだ。
実際には、マジックボックス側へ静かに送っている。
『分類完了』
「助かる」
「今、何か言った?」
ミナが首を傾げた。
「数えてただけ」
「便利な頭」
「そういうことにしといて」
夜の最後に、ガランが短く確認した。
「王都で話すことは増やしすぎるな。戦いの結果。駐留の必要。北の警戒。この三本が軸だ」
コルトが補足する。
「道中で妙な噂を聞いても、今は結びつけすぎない方がいい」
「妙な噂?」
バルドが聞く。
「徴税官や闇商人の荷だけが妙に狙われている、という話です」
「民間人の被害が少ないってやつだな」
ミナが言う。
「そう。まだ噂の段階だけど」
コルトはそれ以上広げなかった。
ガランもそこで話を切る。
「報告が先だ。今は聞くだけにしとけ」
翌朝、空はよく晴れていた。
東野営地には新しい杭が立ち、低い土壁が伸び始めている。
北東の見張り台候補地では、もう地盤の確認が進んでいた。
残る者たちはこっちを見送りすぎない。
自分の持ち場に戻っている。
その方がよかった。
残る場所がちゃんと動いているから、出る側も進める。
俺たちの荷車は二台だ。
一台は人と最低限の荷。
もう一台は表に出して運ぶべき物だけ。
研究送りの封印箱は別便。
首謀者八名と同調兵の送還便も別便で、もう先に出してある。
総大将がガランに向き直る。
「こちらは任せろ」
「そっちは報告を通してくる」
「エルディアのことを頼む」
「お前もな」
短いやり取りだったが、それで十分だった。
荷車が動き出す。
村の外れを抜ける前に、俺は一度だけ振り返った。
エルディア村は、そこにあった。
焼け跡もある。
新しい兵の杭もある。
教会もある。
野営地もある。
前と同じではない。
けれど、ちゃんと生きている村の形をしていた。
『出発ログ開始』
リラが告げる。
「頼む」
『主目的、王都報告。副目的、道中観察。西外縁裏ログは保留管理』
「うん」
それだけで、考えは十分整理しやすかった。
街道は王都軍が通ってきたぶん、ある程度は整っていた。
それでも護衛の兵は周囲への視線を切らないし、馬もまだ落ち着ききっていない。
戦が終わったばかりだと分かる道だった。
昼を回る頃、最初の宿場町が見えてきた。
街道沿いの中継地だ。
小さな市場、宿、荷馬車置き場、簡易な支部窓口。
だが門前の空気は妙に悪かった。
「なんか、ぴりついてるね」
ミナが言う。
コルトが先に目を細めた。
「徴収だな」
「通行料?」
「それだけじゃない」
門の横に、帳簿を持った役人が立っていた。
旅人だけじゃない。
農家の荷車、小商いの荷、行商人まで一台ずつ止めて金を取っている。
通行税、北方警戒の臨時負担、王都向け復旧協力金。
言い方はいくつもあるが、要するに削っている。
「先月も払ったんだ……」
前の列にいた農夫が震える声で言った。
「今月分とは別だ」
役人が冷たく返す。
「北方警戒が強まった。
王都の決定に不満があるのか」
「そうじゃねえ、でもこれじゃ種銭まで」
「なら荷を減らせ」
その返しに、周囲の空気がさらに沈む。
リアンが小さく息をのんだ。
「……苦しすぎます」
俺もそう思った。
北を警戒する必要があるのは分かる。
戦後で金が要るのも分かる。
だが、相手が生きていけるかより帳面を優先しているように見えた。
ガランが低く言う。
「王都へ近づくほど、こういうのは増える」
「昔からですか」
「昔からある。だが最近は、戦と濁りと北の警戒を口実に、取りやすい所から取る奴が増えてる。表で帳簿を握ってるのは役人でも、その向こうで太る連中は別だ」
バルドが顔をしかめた。
「村でも似た話は聞いたことがある」
テオも頷く。
「高すぎる賦役、というやつですね」
その時、後ろで荷運びたちの噂話が聞こえた。
「またやられたらしいぞ」
「どこが」
「南の峡谷道だ。徴税官の護衛だけきれいに叩かれて、金箱と帳簿だけ消えた」
「民間の荷は?」
「ほとんど無事」
「なんだそりゃ」
「闇商人の荷も前に消えたって聞いたぞ」
「最近いるだろ、裁き屋とか世直し盗賊とか」
「でも一般人はあんまりやられてねえんだよな」
「余計に気味悪い」
俺は黙って聞いた。
ただの盗賊なら、もっと手当たり次第のはずだ。
なのに話が本当なら、狙いが妙に絞られている。
まだ何とも言えない。
でも、変な動きがあるのは確かだった。
俺たちは王都軍の護衛がいるぶん、比較的早く通された。
それでも荷改めの目はきつい。
俺は表に出す荷だけ見せて、必要以上のことはしない。
こういう場所で目立つのは良くない。
宿を取って、中庭で一息ついた時だった。
ガランがふいに足を止めた。
少し先に立っていた男を見たからだ。
背が高い。
肩幅が広い。
旅装と古びた外套だけなのに、前に立つ人間だとすぐ分かる。
武器は目立たないようにしているが、隠しきれていない。
男もガランを見て、一瞬だけ目を細めた。
「……ガランか」
「ラグナ」
その呼び方で、ただの知り合いじゃないと分かった。
男は数歩近づいてきて、口の端だけで笑った。
「生きてたか」
「お前もな」
「勝手に殺すな」
気安い。
でも軽いだけじゃない。
長く会っていなかった相手にしか出ない、少し硬い距離もある。
ガランが俺たちの方を向いた。
「こいつはラグナ。昔の前衛仲間だ」
それだけの紹介だった。
ラグナもそれ以上は飾らない。
「ラグナだ。今はまあ、好きにやってる」
軍も騎士も、何も言わない。
ただ濁す。
その濁し方が妙に自然だった。
俺は軽く頭を下げる。
「セイです」
「へえ。お前が」
ラグナはそれだけ言って、少しだけ俺を見る。
値踏みというより、確かめるような視線だった。
その言い方に、俺は少しだけ引っかかった。
まるで、前から俺のことを聞いていたみたいだったからだ。
『理由は断定できません』
頭の奥で、リラが短く告げる。
『ですが、初対面の反応には見えません』
それなら分かる。
分かるが、今ここで聞く話でもない気がした。
横でバルドが小さく首をひねる。
テオも何か思い出しかけた顔をしている。
たぶん名前に覚えがあるんだろう。
だが、誰も口には出さない。
「今はエルディアのギルドマスターだ」
ガランが言う。
「そうか」
ラグナは短く頷いた。
「似合ってるような、似合ってねえような立場だな」
「うるせえ」
「はは」
そこでラグナは、さっきの門の方へ顎をしゃくった。
「見ただろ」
「ああ」
ガランが答える。
「相変わらずだ」
「戦や警戒が始まると、取りやすい所から削る」
「知ってる」
「お前は中にいる側だから面倒だな」
「お前は外から好き勝手言えるから楽だろ」
「言うねえ」
ラグナは笑ったが、その目は笑っていなかった。
あの徴収を見て腹を立てているのが分かる。
でも今ここで騒ぎを起こす気はない。
ただの旅人ではない何かがある。
そこまでは感じる。
でも、まだそれ以上は見えない。
ラグナは最後に手を振った。
「じゃあな。王都へ行くんだろ」
「まあな」
「中はもっと面倒だ。気をつけろ」
それだけ言って、ラグナは宿場の裏手へ歩いていった。
止めるでもなく、追うでもなく、ガランはその背中を見送る。
俺もつられて見ていたが、やがてラグナは角を曲がって消えた。
「知り合い、ってだけじゃなさそうですね」
俺が言うと、ガランは少しだけ口をゆがめた。
「昔の仲間だよ」
それ以上は言わなかった。
今はそこまで、という区切り方だった。
夕食の席でも、宿場の空気はざわついたままだった。
どこの机でも税の話が出る。
橋の補修名目で取られた。
王都向けの兵糧優先で値が上がった。
北方警戒で追加徴収が来た。
その一方で、闇商人の荷だけが消えた、徴税官の護衛だけがやられた、という噂も飛ぶ。
善悪がきれいに分かれた話じゃない。
けれど、普通の人間から順に苦しくなっていく感じだけは、嫌になるほど伝わってきた。
部屋へ戻ったあと、俺は窓の外を見た。
宿場の灯りはエルディアよりずっと多い。
人も多い。
荷も金も通る。
だからこそ、削る側も集まるんだろう。
『本日の観察を整理しますか』
リラが聞く。
「うん」
『一、命令違反の首謀者八名と同調兵は送還。
騎士爵側三名は別便管理。
二、エルディアは北部防衛ラインの要として再編準備へ移行。
三、ヴァルグレイ帝国への警戒が正式議題化。
四、西外縁の高危険度エリアは引き続き裏ログ優先。
五、街道筋で高すぎる賦役と不正徴税の空気を確認。
六、ラグナと接触。
ただし現時点ではガランの旧友以上の情報なし』
「そのまとめでいい」
『追加しますか』
俺は少し考えた。
窓の外では、遅い時間になっても荷車の音が止まない。
戦場から離れたはずなのに、別の形のきしみがもう始まっている。
「一つだけ」
『どうぞ』
「王都へ持っていくのは、濁りの戦いの報告だけじゃない」
『続きをどうぞ』
「この国の中で、何が守られてて、何がこぼれてるのか。そこも見ないといけない」
少し間を置いてから、リラが返した。
『記録しました』
俺は窓から目を離して、ベッドへ腰を下ろした。
エルディアに残してきたのは、戦場だけじゃない。
守る途中の村だ。
北へ開き始めた国境だ。
そして、まだ誰にも話していない西の危険だ。
その上で、王都への道では別の問題がもう見え始めている。
明日さらに先へ進めば、たぶんそれはもっとはっきりする。
だから、行くしかなかった。




