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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第7章 戦いのあと、王都への道

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第82話 戦いのあと、王都への道

 荷車の車輪が、まだ朝の湿り気を残した土を重くきしませていた。

 東野営地の南端には、王都へ戻すための護送車列が、厳重な警備のもとに並んでいる。

 昨日まで前へ出ようとしていた兵たちが、今日は武器を取り上げられ、両手を拘束されたまま、その荷車の前に並ばされていた。

 顔色は悪い。

 包帯の取れていない者もいる。

 それでも戻される。

 総大将がそう決めたからだ。

 俺は少し離れた場所でその列を見た。

 頭の奥で、リラが静かに状況を整理する。

『送還対象は、命令違反の首謀者八名と、その暴走に加わった生き残り兵です。

 首謀者八名の内訳は、元Bランク冒険者上がり五名と若手騎士爵三名。

 なお、騎士爵側三名は別便で管理されています』

「やっぱり分けるんだな」

『責任の押しつけ合いを防ぐ意図に加え、口止めや逃走を防ぐ意味もあると考えられます』

 そこで、総大将の声が聞こえた。

「騎士爵側の便、確認したか」

「はい。出発時刻も別です。護衛も引き渡し先も分けています。責任の押しつけ合いだけでなく、道中で手を回される可能性も見ています」

 護送隊長が答える。

「よし」

 総大将はそれだけ言って、列の前に立った。

 怒鳴らない。

 だが、その方が重かった。

「前線で死ななかった以上、ここで終わりにはしない」

 誰も顔を上げない。

「お前たちは王都へ戻れ。そして、自分が何をしたか、自分の口で報告しろ。処分はその後だ」

 その場の空気が固まる。

 泣きも喚きもない。

 ただ、自分たちが現場で終われなかったことだけは、全員に伝わっていた。

「見ておけ」

 横に来たガランが言った。

「……はい」

「ここで怒鳴って済む話じゃねえ。戦いのあとに、どう片づけるかまでが仕事だ」

「もう一度、線を引き直す方が先ですね」

「そういうことだ」

 護送車列が一台ずつ動き出す。

 俺たちの報告隊とは、出発時刻も警備も引き渡し先も分けられていた。

 同じ列に混ぜないのは正しいと思った。

 俺たちは報告のために王都へ向かう。

 あの兵たちは、処分を決められるために王都へ戻される。

 最初から分けておくべき道だった。

 護送車列を見送ったあと、俺たちは中央の会議天幕へ向かった。

 中には《ウツシ》の地図が広げられている。

 本命洞窟、前庭、玄関線、東野営地、エルディア村、北側の森。

 昨日まで戦場だった場所が、今日は整理と判断のための図になっていた。

 集まっているのは、総大将エドガー、ガラン、王都軍の士官たち、学院の観測役、教会の祈祷師、そしてコルト、ミナ、リアン、バルド、テオ、サラ。

 俺はガランの少し横に立つ。

「始めるぞ」

 総大将が言う。

「今日決めることは三つだ。

 濁り戦の事後処理。

 エルディア村への駐留方針。

 王都への報告隊と輸送の段取り。

 ひとつずつ片づける」

 まず、昨日の勝ち方の確認から始まった。

「本命拠点の核は折れた。当面の濁り流出は止まったと見ていい」

 総大将が《ウツシ》の本命洞窟を示す。

「だが、洞窟奥に残るものはまだ未対応だ。ここは昨夜の会議で決めた通り、今日の線には入れない。 王都へ持ち帰って判断する」

 昨日の会議で一度決まったことだ。

 それでも改めて言葉にする意味はある。

 誰もそこに異論は出さなかった。

 洞窟奥へ踏み込まなかったからこそ、ここまでの勝ちが勝ちのまま残っているのだと、皆が分かっている。

 その次に、総大将は地図の北側を指で叩いた。

「問題はここからだ。濁りが薄れたことで、別の危険が現実になる。エルディアの北には、濁り地区を挟んで隣国がある。ヴァルグレイ帝国だ」

 学院の観測役がすぐに補足した。

「ヴァルグレイ帝国は、軍拡で知られる軍事大国です。寒冷地に位置し、金属資源が豊富なうえ、理術兵器の開発と魔石運用に強く、常備軍の規模も大きい国です」

 別の士官が続ける。

「教会は弱く、祈りは兵の精神安定程度の扱いです。代わりに理術と軍備が強い。表向きは友好国でも、国境では緊張が切れたことがない」

 総大将が重ねる。

「国境付近では代理戦争寸前までいった歴史もある。さらに、向こうの理術兵器研究には、外から妙な思想や手が入り込んでいるという噂まである。濁りを災害として嫌うだけでなく、兵器として見たがる発想が向こうにはありうる」

 天幕の空気が少し重くなった。

 濁りが薄れるのは良いことだ。

 だが、壁がなくなるという意味でもある。

 今まで北を塞いでいたものが薄くなれば、向こうから見に来ることもできる。

「だから王都軍は残る」

 総大将がはっきり言った。

「今いる本隊の一部をそのまま駐留に回す。歩兵中心、一部騎士、教会と学院からも数名。目的は三つ。

 玄関線の維持、本命洞窟周辺の監視、北部防衛ライン構築の事前調査だ」

 リアンが静かに尋ねる。

「村の中に軍を入れすぎない形になりますか」

「そこは守る」

 総大将は即答した。

「村そのものを軍の城にするつもりはない。生きた村のそばに前段拠点があるから意味がある。村を潰して作る拠点に価値はない」

 ガランが地図の東野営地を指で叩き、そのまま北側へ指を滑らせた。

「本営は東のままでいい。西も北も、東と同じ重さの駐留地にはするな」

 俺も《ウツシ》の地図を見ながら口を開く。

「村の中へ入口を増やすより、外側を薄くつないだ方がいいです。東は本営と補給につなぐ主線。北は見張りと巡回の線。西は再建と非常時用に細く残す。太い流れまで全部そこへ通さなければ、村の生活線とぶつかりにくい」

 コルトがすぐに記録板へ書き込んだ。

「東野営地を主拠点に固定。補給と兵の大きな流れは東へ集約。北は見張り台と巡回路を中心に薄く接続。西は再建優先、補助線のみ」

 テオが頷く。

「土属性の魔法なら、今日中に基礎までは作れます。東の主道はソイルリペアで轍を埋めて広げる。北へ伸ばす線は、先にジオセンスで地盤を確かめてから固めます。西は足場だけ整えて、重くしすぎない方がよさそうです」

 ミナが口元を上げる。

「表面だけ軽く焼けば、北の見張り線も西の補助線も持たせられるね」

「焼きすぎるなよ」

 バルドが即座に言う。

「分かってるって」

 総大将は地図を見たまま、短くまとめた。

「それで行く。東に寄せる。北で受ける。西は返すために細く使う。村を囲うんじゃない。外で受ける」

 方針が決まると、王都軍の士官が別の紙を広げた。

「見張り台は北東の少し高い地点が候補です。川筋と街道寄りの両方が見えます」

「ただし足場が悪い」

 テオが指先で示す。

「まず地盤を締めます。見張り台はそのあとです」

「西側は?」

 サラが聞いた。

 西側の焼け跡のことだ。

「再建優先です」

 総大将が答える。

「兵営にはしない。見張り補助と一時的な資材置き場までに留める」

「その方がいいです」

 サラが小さく頷く。

「まだ祈りに来る人がいます」

 濁りの戦場だった場所が、今度は残すための配置へ変わっていく。

 次は回収物と輸送だ。

 会議机の端には、封をした箱や記録板が並んでいる。

 濁り混じりの残滓、核周辺から削り取った試料、通常素材として扱えるもの。

 全部を同じようには運べない。

「濁り化した個体は、浄化しても普通の素材には戻らねえ」

 腕を組んだヒューゴが言った。

 解体班の親父らしく、朝から機嫌は悪い。

「筋肉も骨も血も質が落ちる。通常素材として流すにしても、評価は半分が上限だ。後は研究送りだ」

 学院の観測役がその言葉に頷く。

「王都で引き取ります。研究材料として封印管理へ回すべきです」

「売り物と証拠物を同じ荷に乗せるな」

 ガランが言う。

「研究送りの封印箱は王都軍直轄。報告隊とは別便で管理する」

「危ない箱の近くに爆薬は絶対置かないから」

 ミナもきっぱり言う。

「そこは信じる」

 ヒューゴが鼻を鳴らした。

 そこで俺は荷物の量を見た。

 報告に必要な物は多い。

 書類、予備の薬、包帯、工具、保存食、交換用の矢やボルト、測定器具。

 全部を荷車に乗せれば、道中が重くなる。

「俺が一部持てます」

 そう言うと、ガランがこちらを見る。

「露骨にやりすぎない範囲ならいい」

「正式書類と封印箱は別です。公的管理が必要な物は荷車のまま。予備の薬、工具、保存食、交換用の装備、そういうのを俺が持つ」

 リアンが少しほっとした顔をした。

「それなら道中がかなり楽になります」

 バルドも頷く。

「護衛する側も助かるな」

「じゃあ決まりだ」

 ガランがまとめる。

「セイの運搬は補助扱い。便利だからって、見せびらかすな」

「分かってます」

 会議が一段落したあと、俺は外へ出た。

 東野営地の端では、もう工事が始まっている。

 ソイルリペアで轍を埋める者。

 アースウォールで低い壁を立てる者。

 その表面を焼き固める炎術師。

 ジオセンスで地面の状態を確認しているテオの姿も見えた。

 残る者たちは、もう次の危険へ向けて手を動かしている。

 俺はそのまま村の西側へ視線を流した。

 焼け跡の向こう。

 さらに外縁の外。

 もっと奥。

 誰にも詳しく話していない場所がある。

 岩壁の中腹に口を開けていた、神殿みたいな入口だ。

『再調査は非推奨です』

 リラが先に言った。

「分かってる」

『今の優先順位は王都報告と北側の防備です。ここで西外縁の詳細を表に出すと、議題が増えすぎます』

「でも、あれはいずれ話さないといけない」

『はい。ただし今ではありません。現段階の公式報告は、高危険度エリアと上級魔物の存在までに留めるべきです。ダンジョン本体の可能性は裏ログ維持が妥当です』

 俺はしばらく黙って、西の方角を見る。

 ここから入口は見えない。

 でも、あそこにまだ誰にも話していない危険があることだけは消えない。

「中途半端に言うと、誰かが勝手に見に行くかもしれない」

『その可能性があります』

「じゃあ、今は保留だな。裏ログだけ更新する」

『了解。座標、周辺縄張り、危険ラインを固定します』

 夕方までに、王都へ向かう報告隊の顔ぶれも固まった。

 ガラン。

 俺。

 コルト。

 ミナ。

 リアン。

 《鎚灯り》からバルドとテオ。

 それに王都軍の護衛が数名。

 サラは村と教会側の調整のため、いったんエルディアに残ることになった。

 人数は多い。

 でも、今回の戦いは前衛だけの話じゃなかった。

 撤退判断、救護、支援、土木、記録、後処理。

 どれか一つでも欠けていたら終わっていた。

 王都で説明するなら、これくらいは必要だと分かる。

 荷造りは日が落ちる前から始まった。

「セイ、こっち」

 ミナに呼ばれて行くと、地面の上に荷が並んでいた。

「これお願い」

「多いな」

「多いよ。でも荷車に全部載せるよりまし」

 俺はひとつずつ受け取っていく。

 保存食、水袋、包帯、工具、交換用のボルト、テオの測定具、リアンの予備布、コルトの控え板。

「これとこれは別」

 ミナが指さす。

「正式書類と王都軍管理の箱。そこは触らない」

「了解」

「爆薬も私管理」

「そこは任せる」

 外から見れば、俺は荷を背負い袋や腰袋にしまっているだけだ。

 実際には、マジックボックス側へ静かに送っている。

『分類完了』

「助かる」

「今、何か言った?」

 ミナが首を傾げた。

「数えてただけ」

「便利な頭」

「そういうことにしといて」

 夜の最後に、ガランが短く確認した。

「王都で話すことは増やしすぎるな。戦いの結果。駐留の必要。北の警戒。この三本が軸だ」

 コルトが補足する。

「道中で妙な噂を聞いても、今は結びつけすぎない方がいい」

「妙な噂?」

 バルドが聞く。

「徴税官や闇商人の荷だけが妙に狙われている、という話です」

「民間人の被害が少ないってやつだな」

 ミナが言う。

「そう。まだ噂の段階だけど」

 コルトはそれ以上広げなかった。

 ガランもそこで話を切る。

「報告が先だ。今は聞くだけにしとけ」

 翌朝、空はよく晴れていた。

 東野営地には新しい杭が立ち、低い土壁が伸び始めている。

 北東の見張り台候補地では、もう地盤の確認が進んでいた。

 残る者たちはこっちを見送りすぎない。

 自分の持ち場に戻っている。

 その方がよかった。

 残る場所がちゃんと動いているから、出る側も進める。

 俺たちの荷車は二台だ。

 一台は人と最低限の荷。

 もう一台は表に出して運ぶべき物だけ。

 研究送りの封印箱は別便。

 首謀者八名と同調兵の送還便も別便で、もう先に出してある。

 総大将がガランに向き直る。

「こちらは任せろ」

「そっちは報告を通してくる」

「エルディアのことを頼む」

「お前もな」

 短いやり取りだったが、それで十分だった。

 荷車が動き出す。

 村の外れを抜ける前に、俺は一度だけ振り返った。

 エルディア村は、そこにあった。

 焼け跡もある。

 新しい兵の杭もある。

 教会もある。

 野営地もある。

 前と同じではない。

 けれど、ちゃんと生きている村の形をしていた。

『出発ログ開始』

 リラが告げる。

「頼む」

『主目的、王都報告。副目的、道中観察。西外縁裏ログは保留管理』

「うん」

 それだけで、考えは十分整理しやすかった。

 街道は王都軍が通ってきたぶん、ある程度は整っていた。

 それでも護衛の兵は周囲への視線を切らないし、馬もまだ落ち着ききっていない。

 戦が終わったばかりだと分かる道だった。

 昼を回る頃、最初の宿場町が見えてきた。

 街道沿いの中継地だ。

 小さな市場、宿、荷馬車置き場、簡易な支部窓口。

 だが門前の空気は妙に悪かった。

「なんか、ぴりついてるね」

 ミナが言う。

 コルトが先に目を細めた。

「徴収だな」

「通行料?」

「それだけじゃない」

 門の横に、帳簿を持った役人が立っていた。

 旅人だけじゃない。

 農家の荷車、小商いの荷、行商人まで一台ずつ止めて金を取っている。

 通行税、北方警戒の臨時負担、王都向け復旧協力金。

 言い方はいくつもあるが、要するに削っている。

「先月も払ったんだ……」

 前の列にいた農夫が震える声で言った。

「今月分とは別だ」

 役人が冷たく返す。

「北方警戒が強まった。

 王都の決定に不満があるのか」

「そうじゃねえ、でもこれじゃ種銭まで」

「なら荷を減らせ」

 その返しに、周囲の空気がさらに沈む。

 リアンが小さく息をのんだ。

「……苦しすぎます」

 俺もそう思った。

 北を警戒する必要があるのは分かる。

 戦後で金が要るのも分かる。

 だが、相手が生きていけるかより帳面を優先しているように見えた。

 ガランが低く言う。

「王都へ近づくほど、こういうのは増える」

「昔からですか」

「昔からある。だが最近は、戦と濁りと北の警戒を口実に、取りやすい所から取る奴が増えてる。表で帳簿を握ってるのは役人でも、その向こうで太る連中は別だ」

 バルドが顔をしかめた。

「村でも似た話は聞いたことがある」

 テオも頷く。

「高すぎる賦役、というやつですね」

 その時、後ろで荷運びたちの噂話が聞こえた。

「またやられたらしいぞ」

「どこが」

「南の峡谷道だ。徴税官の護衛だけきれいに叩かれて、金箱と帳簿だけ消えた」

「民間の荷は?」

「ほとんど無事」

「なんだそりゃ」

「闇商人の荷も前に消えたって聞いたぞ」

「最近いるだろ、裁き屋とか世直し盗賊とか」

「でも一般人はあんまりやられてねえんだよな」

「余計に気味悪い」

 俺は黙って聞いた。

 ただの盗賊なら、もっと手当たり次第のはずだ。

 なのに話が本当なら、狙いが妙に絞られている。

 まだ何とも言えない。

 でも、変な動きがあるのは確かだった。

 俺たちは王都軍の護衛がいるぶん、比較的早く通された。

 それでも荷改めの目はきつい。

 俺は表に出す荷だけ見せて、必要以上のことはしない。

 こういう場所で目立つのは良くない。

 宿を取って、中庭で一息ついた時だった。

 ガランがふいに足を止めた。

 少し先に立っていた男を見たからだ。

 背が高い。

 肩幅が広い。

 旅装と古びた外套だけなのに、前に立つ人間だとすぐ分かる。

 武器は目立たないようにしているが、隠しきれていない。

 男もガランを見て、一瞬だけ目を細めた。

「……ガランか」

「ラグナ」

 その呼び方で、ただの知り合いじゃないと分かった。

 男は数歩近づいてきて、口の端だけで笑った。

「生きてたか」

「お前もな」

「勝手に殺すな」

 気安い。

 でも軽いだけじゃない。

 長く会っていなかった相手にしか出ない、少し硬い距離もある。

 ガランが俺たちの方を向いた。

「こいつはラグナ。昔の前衛仲間だ」

 それだけの紹介だった。

 ラグナもそれ以上は飾らない。

「ラグナだ。今はまあ、好きにやってる」

 軍も騎士も、何も言わない。

 ただ濁す。

 その濁し方が妙に自然だった。

 俺は軽く頭を下げる。

「セイです」

「へえ。お前が」

 ラグナはそれだけ言って、少しだけ俺を見る。

 値踏みというより、確かめるような視線だった。

 その言い方に、俺は少しだけ引っかかった。

 まるで、前から俺のことを聞いていたみたいだったからだ。

『理由は断定できません』

 頭の奥で、リラが短く告げる。

『ですが、初対面の反応には見えません』

 それなら分かる。

 分かるが、今ここで聞く話でもない気がした。

 横でバルドが小さく首をひねる。

 テオも何か思い出しかけた顔をしている。

 たぶん名前に覚えがあるんだろう。

 だが、誰も口には出さない。

「今はエルディアのギルドマスターだ」

 ガランが言う。

「そうか」

 ラグナは短く頷いた。

「似合ってるような、似合ってねえような立場だな」

「うるせえ」

「はは」

 そこでラグナは、さっきの門の方へ顎をしゃくった。

「見ただろ」

「ああ」

 ガランが答える。

「相変わらずだ」

「戦や警戒が始まると、取りやすい所から削る」

「知ってる」

「お前は中にいる側だから面倒だな」

「お前は外から好き勝手言えるから楽だろ」

「言うねえ」

 ラグナは笑ったが、その目は笑っていなかった。

 あの徴収を見て腹を立てているのが分かる。

 でも今ここで騒ぎを起こす気はない。

 ただの旅人ではない何かがある。

 そこまでは感じる。

 でも、まだそれ以上は見えない。

 ラグナは最後に手を振った。

「じゃあな。王都へ行くんだろ」

「まあな」

「中はもっと面倒だ。気をつけろ」

 それだけ言って、ラグナは宿場の裏手へ歩いていった。

 止めるでもなく、追うでもなく、ガランはその背中を見送る。

 俺もつられて見ていたが、やがてラグナは角を曲がって消えた。

「知り合い、ってだけじゃなさそうですね」

 俺が言うと、ガランは少しだけ口をゆがめた。

「昔の仲間だよ」

 それ以上は言わなかった。

 今はそこまで、という区切り方だった。

 夕食の席でも、宿場の空気はざわついたままだった。

 どこの机でも税の話が出る。

 橋の補修名目で取られた。

 王都向けの兵糧優先で値が上がった。

 北方警戒で追加徴収が来た。

 その一方で、闇商人の荷だけが消えた、徴税官の護衛だけがやられた、という噂も飛ぶ。

 善悪がきれいに分かれた話じゃない。

 けれど、普通の人間から順に苦しくなっていく感じだけは、嫌になるほど伝わってきた。

 部屋へ戻ったあと、俺は窓の外を見た。

 宿場の灯りはエルディアよりずっと多い。

 人も多い。

 荷も金も通る。

 だからこそ、削る側も集まるんだろう。

『本日の観察を整理しますか』

 リラが聞く。

「うん」

『一、命令違反の首謀者八名と同調兵は送還。

 騎士爵側三名は別便管理。

 二、エルディアは北部防衛ラインの要として再編準備へ移行。

 三、ヴァルグレイ帝国への警戒が正式議題化。

 四、西外縁の高危険度エリアは引き続き裏ログ優先。

 五、街道筋で高すぎる賦役と不正徴税の空気を確認。

 六、ラグナと接触。

 ただし現時点ではガランの旧友以上の情報なし』

「そのまとめでいい」

『追加しますか』

 俺は少し考えた。

 窓の外では、遅い時間になっても荷車の音が止まない。

 戦場から離れたはずなのに、別の形のきしみがもう始まっている。

「一つだけ」

『どうぞ』

「王都へ持っていくのは、濁りの戦いの報告だけじゃない」

『続きをどうぞ』

「この国の中で、何が守られてて、何がこぼれてるのか。そこも見ないといけない」

 少し間を置いてから、リラが返した。

『記録しました』

 俺は窓から目を離して、ベッドへ腰を下ろした。

 エルディアに残してきたのは、戦場だけじゃない。

 守る途中の村だ。

 北へ開き始めた国境だ。

 そして、まだ誰にも話していない西の危険だ。

 その上で、王都への道では別の問題がもう見え始めている。

 明日さらに先へ進めば、たぶんそれはもっとはっきりする。

 だから、行くしかなかった。


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