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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第6章 西からの十五、線が制度になる戦場

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第81話 本命拠点、決着の線

 濁りの圧が、ほんの少しだけ落ちた気がした。

 遠間弩の照準器越しに前庭を見ながら、俺は息を殺す。

 視界の先では、王都軍の盾列が玄関線ぎりぎりの前で、黒い杭と濁り獣の群れを受け止めていた。

『危険度、前線右端マイナス一。全体としては高値維持』

 リラの表示が、視界の端に淡く浮かぶ。

 数値はまだ赤い。

 たった一段下がっただけじゃ、「安全」には程遠い。

「……今の一矢で、どこまで減った?」

『核から本隊に伸びていた筋の一本が細くなった。別動隊側への圧も少し落ちてる』

 別動隊。

 《リュミエルの灯》《鎚灯り》、それに王都軍から選抜された四名の隊。

 迂回した先、洞窟の裏手近く。

 セイの視界の中のVRの隅」に、小さな窓が開いている。

 ヒトリが飛ばしている映像だ。

 崩れた斜面の縁。

 乾いた土と割れた岩。

 その間を抜けて、別動隊が低い姿勢で移動しているのが見えた。

 黒い混成は、思ったより少ない。

 本隊側に、ほとんどの濁りを送っているせいだ。

(……作戦どおり、か)

 本隊に九割をぶつけ、別動隊の前を薄くする。

 その代わり、本隊は「勝ちに行かない」。

  耐え続ける。

 俺は遠間弩から目を離さず、問いだけ飛ばした。

「別動隊の位置」

『本命洞窟の入口から、あと二筋先。地形は崩れやすい。核から濁りを送るために、土台を無茶に削った痕が見える』

 ヒトリの映像が、岩肌の奥を映し出す。

 洞窟の外縁。

 中腹に、大きな裂け目が口を開けている。

 そこから、黒いマナの筋が地下へ向かい、前庭側へと伸びていた。

「……あれが、核からの本線か」

 周囲の自然マナが薄い。

 本来なら、もっと重く感じるはずの場所だ。

 濁り核が、自分の周りの濁りマナを前線側に送り続けたせいで、足元はスカスカになっている。

 その結果、陥没や崩落があちこちにできている——そういう説明が、頭の中で骨に沿って並ぶ。

『別動隊、足場注意の合図。渡り方を選んでる』

「無理に急がせるな。落ちたら戻れない」

 言葉にすると、喉が少しだけ乾いた。

 俺のすぐ横で、ガルドが遠間弩の巻き上げをもう一度回す。

 金属の軋む音が、耳に残った。

「セイ、矢はあと何本だ」

「核近くまで届くのは三本。前線援護を含めて、合計であと五」

「贅沢はできねえな」

 ガルドが苦笑する。

 その後ろで、ガランが静かに腕を組んでいた。

「前を落とす矢と、奥を支える矢。どこで線を引くかだな」

「……そういうことです」

 俺は答え、指先で照準器の縁をなぞる。

 前庭では、黒い触手がまた一本、盾列の脇から伸びた。

 狙いは玄関線のすぐ手前。

 交代の境目だ。

 王都軍の盾兵が、前へ一歩出て受ける。

 後ろから土の壁がせり上がり、触手の軌道をそらす。

 黒い粉が舞い、浄化魔法の薄い膜が付着を落とす。

 押し返しはしない。

 止めて、削る。

 今日の線は、そこだ。

『別動隊、動きます』

 リラの声が少しだけ速くなった。

 ヒトリの映像窓が拡大される。

 崩れた斜面の上。

 盾役が先頭で腰を落とし、その左右に剣役が並ぶ。

 その後ろを、補助魔法師と《灯》と《鎚灯り》の影が続く。

 彼らの息遣いまでは聞こえない。

 だが、足運びで緊張が分かる。

 足場は不規則だ。

 一歩先が割れて落ちてもおかしくない。

 それでも進まなきゃいけない。

 核がそこにあるからだ。

「セイ」

 ガランが短く呼ぶ。

「前線の危険度は、まだ『高』だ。だが、こっちから見える“怖さ”だけで決めるな」

「分かってます」

 俺は頷き、ヒトリの映像と前庭の現物を見比べた。

 前庭——濁り本隊。

 洞窟——核。

 数で言えば、本隊の方がはるかに多い。

 だが、核が残れば、いくらでも補充される。

 逆に言えば。

 核さえ折れば、濁りの流出はひとまず止まる。

 遠間弩の照準を、少しだけ上へ持ち上げた。

 洞窟の裂け目をなぞるように。

『セイ』

「分かってる。……前線は、まだ持つ」

 リラの声は何も否定しない。

 ただ、数字だけを映す。

 危険度。

 交代の回り方。

 転倒の発生数。

 全部、「まだ耐えられる」側にある。

 なら、今は——奥だ。

「次弾、核側に振る。前線は、今の圧を維持しながら削るだけに絞る」

「了解。総大将にも回す」

 ガランが伝令役に合図を送り、短く伝える。

 遠くで号令が返った。

 作戦は最初から、それを許容している。

 本隊は「勝ちを拾うため」じゃなく、「別動隊が核へ届く時間を作るため」にここにいる。

 なら、線の優先順位は決まっている。

『別動隊、核の外縁視認』

 リラの声が、ひときわはっきりした。

 ヒトリの映像が、洞窟内部へと切り替わる。

 岩盤を削ってできたような半球状の空間。

 中央に盛り上がる、黒く濁った塊。

 石のように硬そうで、液体みたいにゆれている。

 その表面から、細い黒い筋が何本も伸びて、壁や床に食い込んでいた。

 それぞれの筋の先が、前庭側や外縁の濁り獣に繋がっている。

 濁り核から送られた濁りマナが、そこを通って本隊へ流れているのが見えた。

「……あれが、本命の核」

 喉の奥で、言葉がひとつ落ちる。

 正しい場所だ。

 ここを折れば、この拠点からの流出は止まる。

 ただ、簡単ではない。

 核の周りにも、濁り獣が数体うごめいている。

 本隊側よりは少ないが、一体一体が重い。

 そして——

『核から、本隊側と別動隊側に、新しい筋が伸び始めています』

「学習してるな」

 ガランが小さく吐き出す。

「こっちからの圧に合わせて、配分を変えてきている」

「はい。前庭の圧が少し下がった分、別動隊に筋を増やしてる」

 ウツシの中で、黒い筋が一本、別動隊の横合いへ向かって伸びていく。

 地面の中を通り、足元をすくいに来る軌道だ。

 別動隊の盾役が気づき、合図を出す。

 剣役が筋の進行方向から離れ、補助魔法師が簡易の土壁を立てる。

 だが、それだけじゃ足りない。

『セイ、あれを放置すると、足場ごと落ちます』

「……だよな」

 俺は照準を微調整した。

 遠間弩の矢が、一番通りやすい「線」を探す。

 洞窟の入口から、核のふち。

 そこから伸びる黒い筋の、ほんの少し上。

 一度でも外せば、別動隊の頭上へ落ちる。

 腕の中の筋肉が、嫌な汗で固くなる。

 ここで無理をしたら、封印ルールの意味がなくなる。

 命が落ちる瞬間だけ、前に出る。

 今、前に出ているのは俺じゃない。

 別動隊だ。

 なら。

 俺は「前に出る」のではなく、「伸びすぎた線を切る」だけだ。

「……リラ」

『はい』

「補正の数字をもう一段細かく。核からあの筋までの高さ、誤差を抑えたい」

『了解。理層の流れを基準に補正線を一本引きます』

 視界に、薄い線が一本追加される。

 核から伸びる濁りマナの流れをなぞるように。

 そのすぐ上、わずかに澄んだ帯がある。

 そこなら、矢が濁りマナに飲まれず通る。

「そこか……」

 息を吸って、半分だけ吐く。

 肩の力を抜いて、指先だけで引き金を撫でる。

「次弾、核から別動隊側へ伸びる筋の上、ここ」

『射線、問題なし』

 ガルドが矢をセットする。

 ガランが台座を押さえた。

「撃て」

 引き金が落ちる。

 遠間弩が低くうなり、重い矢が空気を裂いた。

 ヒトリの映像の中で、矢が黒い霧を切り裂きながら飛んでいく。

 核から別動隊側へ伸び始めた黒い筋の「根元」を打つ。

 鈍い音。

 黒い筋が、一瞬だけぶれた。

『命中。筋の太さが半分以下に低下。流出量も低下』

「別動隊は」

『足場の崩落、なし。前進再開』

 胸の奥で、固まっていた何かが少しだけほどける。

 だが、終わりじゃない。

 核の表面が、ざわりと波打った。

 一部が膨らみ、別方向へ新しい筋を伸ばそうとする。

 学習している。

 こちらの「切り方」に合わせて、違う角度から伸ばそうとしている。

(……本当に、たちが悪い)

 マナの異常で出来ている、濁り。

 こっちの行動をそのまま理解しているわけじゃない。

 だが、結果として「効かれる行動」を避けるように変化してくる。

 その度に、こちらの線も引き直さなきゃいけない。

「セイ」

 ガランの声が低く落ちる。

「全部を切るな。切れる線と、切れなくてもいい線を分けろ」

「分かってます」

 全部切ろうとすれば、矢が足りない。

 前線も別動隊も守るなんて、欲張ればどこかで破綻する。

 だから——

「次は、核そのものを削る。別動隊が刺しに行きやすいように」

『了解。核の表面、濁りマナの流れが薄くなる瞬間を探します』

 リラが、核の周囲をなぞるように線を走らせる。

 濁りマナが「吐き出しに集中している」瞬間。

 そのとき、核の表面防御がわずかに薄くなる。

『今。ここ』

 視界に、核の表面の一点がハイライトされる。

 そこからは本隊側・別動隊側、どちらにも筋が出ていない。

 ただただ、周囲に圧をかけているだけの点。

 そこを削れば——

「核の“外がわ”を一枚剥がせる」

『はい』

 矢をつがえる。

 引き金に指をかける。

「ガルド」

「おう」

「外したら怒ってください」

「当てたら、後で酒おごれ」

 短い言葉のやりとりで、少しだけ肩の緊張が抜けた。

 俺はもう一度息を整え、照準をその一点に合わせる。

 引き金が落ちる。

 矢が、一直線に核へ向かった。

 ヒトリの映像の中で、核の表面がはじける。

 黒い殻の一部が砕け、濁りマナが一瞬だけ乱れた。

『外殻の一部破壊。流れが乱れます』

 その瞬間。

 別動隊の影が、動いた。

 盾役が一歩前へ。

 核からの残りの筋を肩で受けて、押さえ込む。

 左右の剣役が、同時に踏み込む。

 片方は筋を斬り払うために。

 もう片方は、核そのものへ向かって。

 その後ろで、《鎚灯り》の重い武器が振り上げられるのが見えた。

 補助魔法師の光が、その一撃を支える。

 何本も重ねてきた訓練の「線」が、そこに集約されている。

『別動隊、核へ接触』

 リラの声が、少し震えた。

 盾役が押さえた筋が、悲鳴を上げるように揺れる。

 だが、踏ん張りは崩れない。

 剣役の刃が、砕けた外殻の隙間に食い込む。

 濁りマナがはじけ飛び、視界が真っ黒に染まる。

 その中心へ、バルドが構えた片手剣が振り下ろされ、核の割れ目に深く食い込んだ。

 硬いものが砕ける鈍い音が、少し遅れて耳に届いた。

 核の塊が大きくゆがみ、揺れた。

『——核の出力、急速低下。周辺の濁り密度も一気に落ちています』

 前庭の様子が、目に見えて変わる。

 黒い触手が、力を失ったように地面へ落ちる。

 濁り獣の動きが鈍り、その場で崩れた。

 王都軍の盾列が、一斉に息を吐く。

 だが、誰も前へ飛び出したりはしない。

 線はまだ、そこにある。

「本隊は形を崩すな!」

 前線から、号令係の声が届く。

「押し返すな。削りながら、濁りが引くのを確認するまで待て!」

 総大将の声だ。

 ガランの線と同じ方角を向いている。

『前線危険度、中程度へ低下。撤退ラインの余裕が広がっています』

 リラの数字も、それを裏付けた。

 別動隊の映像では、核だった塊が崩れ落ちていく。

 黒いマナが霧になり、消えていく。

 その奥。

 さらに暗い穴が、口を開けているのが見えた。

 そこからのマナの流れは、まだ残っている。

 だが、今の段階では、細い。

 濁り核の洞窟の奥の方角だ。

(……そこまでは、今日の線じゃない)

 喉の奥で、言葉にならない線が一本引かれる。

 今やるのは、「本命拠点からの濁り流出を止める」ところまで。

 濁り核の洞窟に踏み込むのは、別の線の仕事だ。

『別動隊、核周辺の警戒線を確保。負傷はあるが、致命傷なし』

「よし……」

 気づけば、手の中で遠間弩の台座を握りしめていた。

 指先が白くなっている。

 ガランがその手を軽く叩いた。

「セイ。まだ終わりじゃないが、よく通した」

「まだ、数字次第です」

 俺は深呼吸をひとつして、前庭へ視線を戻す。

 濁り獣の数は目に見えて減っている。

 黒い粉も、さっきまでのような粘りを失っている。

 本隊は、押し返さない。

 玄関線の少し前で、形だけを維持しながら、残りを削っていく。

 長かった圧が、少しずつほどけていくのが分かった。

 やがて——

 黒い霧が、前庭からゆっくりと引いていく。

 残っていた濁り獣が、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

『前線危険度、低へ移行。新たな増援なし』

「本隊、停止! 玄関線まで下がりながら、残滓の処理!」

 号令が飛ぶ。

 盾列が、一歩ずつ下がっていく。

 撤退ではない。

 決めた「戻る線」まで戻る動きだ。

 玄関線の杭と赤布のところまで戻り、そこから先は追わない。

 それが今日引いた線。

 俺は遠間弩から手を離し、肩で息をした。

 

 日が傾き始めた頃、本隊は玄関線の内側まで完全に戻っていた。

 前庭には、もはや濁り獣の姿はない。

 残っているのは、黒く汚れた地面と、崩れた岩、それに薄い濁りマナの名残だけだ。

 浄化担当と教会の祈祷師が前庭に入り、薄くマナを洗い流す。

 学院の観測役が携行型ウツシに記録を取り続ける。

 濁りが再び濃くならないか。

 奥から新しい筋が伸びてこないか。

 それを見張る役目だ。

 東野営地へ戻る道は、静かだった。

 行きと同じ道なのに、別の場所みたいに感じる。

 玄関線の杭に結ばれた赤布が、風に揺れた。

 戻る場所として引いた線。

 そこを、ちゃんと守って戻ってこられた。

(……やっと、一つ目の線だな)

 肩越しに振り返ると、前庭の向こうに本命洞窟の入口が見えた。

 入口の奥、核があった場所からの濁りマナの流れは、ほとんど感じない。

 ただ細い、冷たい流れが、さらに奥の暗闇へ続いているだけだ。

 そこに何があるかは、今日の範囲外だ。

 東野営地に入ると、救護テントの前でサラが腕を組んでいた。

 顔つきは疲れているが、目はまだ動いている。

「戻ったわね」

「ただいま。こっちはもう一段落?」

「重い傷は、何とか全部、線の内側で止められた」

 サラが短く答え、すぐに別の担架へ向かう。

 リアンが祈り場で亡くなった者たちの名を呼んでいた。

 あの札箱は、今日も戻り札と戻らない札を分け続けている。

 命が戻った線と、戻らなかった線。

 それを、また次の線引きの材料にしなきゃいけない。

 

 夕暮れ。

 東野営地の中央天幕で、簡易の戦後会議が開かれた。

 本隊の将校、王都の騎士、教会と学院の代表、それにエルディア組。

 総大将エドガーとガランが中央に座り、そのすぐ後ろに俺が立つ。

 中央には、《ウツシ》の地形図。

 本命洞窟と前庭、その奥の暗い穴までが映し出されている。

「本命拠点の核は折れた。当面の濁り流出は止まったと見ていい」

 総大将がまず言った。

「王都の判断としても、これは“勝ち”だ。……だが」

 そこで視線を前線側ではなく、俺たちの方へ向ける。

「この奥にあるものは、まだ残っている。濁り核の洞窟だな」

「はい。ここを今日の線には入れていません」

 俺は《ウツシ》上の暗い穴を指でなぞった。

「今、ここに踏み込めば、今日の被害の記録が無駄になります。撤退と線引きの意味が薄れる」

「……そうだな」

 総大将は短く頷く。

「本命拠点の入口と前庭を押さえた時点で、王都軍としての第一次目標は達成だ。濁り核の洞窟への対応は、王都に持ち帰って相談する」

 その言葉に、騎士たちの中から小さく息が漏れた。

 ほんの少し、悔しそうな音も混じる。

 だが、誰も声を上げない。

 今日の戦いを見た今、「怖さで線を引く」やり方を腰抜けと笑う者は、さすがにいなかった。

 総大将は、続ける。

「この上流本命拠点周辺には、王都軍から駐留部隊を残す」

「人数と構成は」

 ガランが静かに問う。

「本隊から歩兵を中心とした一部隊。騎士団から数名。教会と学院からそれぞれ観測役と祈祷師を残す。数は明日までに詰めるが、最低限“玄関線を維持できる戦力”は置いていく」

 線を守るための駐留だ。

 攻め込むためじゃない。

「エルディア側には、どうお願いする?」

 総大将の視線が、ガランへ向く。

「村と支部からは、人を借り続けている。無理は言えんが……」

 ガランは少しだけ顎に手を当て、それから答えた。

「村の守りを崩さない範囲で、灯と鎚から数名ずつ、交代制で上流の補助に出す。足場の補強と線の維持は、こっちの得意分野だ」

「助かる」

 総大将の顔が、ほんの少しだけ緩む。

「代わりと言っては何だが……エルディア組の一部には、王都まで来てもらいたい」

 その言葉に、天幕の空気がわずかに変わった。

「今回の上流本命拠点戦の記録と、線引きのやり方を、王都側に正式に報告してほしい。ガラン殿と——」

 そこで、総大将の視線が俺に向く。

「撤退ラインと危険度の線を引いた、セイ君にも」

「……俺、ですか」

 口から出た声が、思ったより低かった。

「他にも、必要に応じて数名。《ウツシ》と記録に詳しい者がいれば助かる。エルディア支部の判断に任せる」

 ガランがこちらを見る。

「王都までの護衛はこっちで用意する。帰りも送る。しばらく村を離れることになるが……どうだ?」

 王都。

 この世界に来てから、一度も足を踏み入れていない場所。

 そこへ行く理由が、「武功」じゃなく「線引きの報告」だというのは、悪くない。

 頭の奥で、リラが短く告げる。

『同行を推奨します。今回のログ整理と報告補助の面でも妥当です』

 俺は一度だけガランの方を見てから、答えた。

「……行きます」

 ガランが小さくうなずいた。

「よし。じゃあ決まりだな。村にも話を通す。サラやミナ、他のメンバーとも相談して、誰を残して誰を出すか決めよう」

「はい」

 会議は、そこから細かい話に移っていった。

 駐留部隊と交代制。

 村への補給線。

 祈律帯の新しい危険ラインの位置。

 それらはガランと総大将、エドガーたちの仕事だ。

 俺は一歩だけ後ろに下がり、天幕の外の空気を吸った。

 東野営地の空は、ゆっくりと暗くなっていく。

 灯籠の光が一つずつ灯り、線の位置を示す。

 本命拠点の濁りは、ひとまず止めた。

 今日の線は、それでいい。

 だが。

(王都か……)

 頭の中に、新しい線が一本浮かぶ。

 上流本命拠点から、村。

 村から、王都。

 その線の上で、どんな「怖さ」が待っているのかは、まだ分からない。

 分からないなら、線を引きながら進むしかない。

 玄関線の杭に結ばれた赤布が、遠くで揺れた気がした。

 戻る場所は、ちゃんと守られている。

 だから俺たちは、次の場所へ行ける。

 そう思いながら、俺は天幕の中へ戻った。

 次の線を決める話し合いに参加するために。



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