表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第9章 王都編中盤――王都の足場、見えにくい線を掘る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/117

第116話 北と王都を結ぶ線

 四人は同時に駆け出した。

 西の表通りを外れ、細い路地へ滑り込む。

 石畳は、夜気のせいで表面だけ少し湿っていた。

 灯の届かないところは暗く沈み、木箱と樽の影が路地をさらに狭く見せている。

 セイは走りながら、まず役目を分けた。

「バルドさん、抜け道を塞いでください。次の広い通りに出て、通行人に紛れられるのを防いでほしいです」

「分かった」

「テオさんは前方の音を拾ってください。走っているのが一人か二人か、この先で誰かに合流する気配があるか、物を受け渡す動きが出るかを知りたい」

「はい」

「サラさんは、板を置いた場所の祈りの残りを見てください。補修か、隠す祈りか、流れをずらした直後の痕かを見分けたい」

「任せてください」

 セイは最後に、指先だけ少し上げた。

 屋根の縁を沿うように、小さな淡い鳥が一羽、前へ滑る。

 光量を落とした低空のヒトリが、次の角へ先に入った。

『低空ヒトリ、次の角の先で対象を確認。外套の人物一名。左へ折れます』

 頭の奥で、リラが短く返した。

 セイはすぐに三人へ伝えた。

「一人、左へ折れました。外套を着ています」

 四人はそのまま角を曲がった。

 路地の途中、灯の近くの石畳の継ぎ目が不自然にずれていた。

 さっきまで外套の人物がいた場所だ。

「サラさん、ここを」

「はい」

 サラが膝をつき、敷石の縁へ指先を寄せた。

 祈り手の手つきは静かだが迷いがない。

 セイは足を止めて、灯の足元から敷石の下へ落ちた流れを見た。

 本来ならまっすぐ地へ落ちる力が、敷石の下で横へ薄く引かれている。

 北外れで見た時と同じだ。

 切られているのではない。

 灯から落ちた力の一部だけが、横へ抜かれている。

「直前です」

 サラがすぐに言った。

「灯の補修じゃありません。誰かがさっき、流れを横へ押しました。まだ祈りの残りが温かいです」

「行きます」

 セイは再び走った。

 後ろでテオが呪文を唱えた。

「サウンドスキャン」

 次の瞬間、細い風が通路をなでた。

 ただの夜風にしか見えない弱さだ。

 だがテオは、その弱い風で前方の音を拾った。

「一人分の足音が前です」

 テオが走りながら言った。

「でも、それだけじゃない。左の先で、車輪のきしむ音がします。荷車かもしれません」

「人はいますか」

「いる可能性はあります」

 バルドの顔が険しくなった。

「先に誰かいるってことか」

「まだ断定はしません」

 セイは答えた。

「でも、逃げ道を前もって用意している可能性は高いです」

 次の角を曲がった瞬間、前方で黒い外套の人物が見えた。

 振り返らない。

 走り方に迷いがない。

 肩を大きく振らず、足音も抑えている。

 セイはその動きを見て、相手がただの雇われた素人ではないと悟った。

 路地に慣れていた。

 荷運びか、夜の出入りに慣れた人間だ。

 バルドは、最初の指示どおり一気に前へ出ていた。

 大盾を身体の横に寄せたまま、壁や荷に引っかからない角度で走る。

 ただ速いだけではない。

 向こうが広い通りへ抜ける前に、先回りして道を塞ぐ。

 あの巨体が立てば、それだけで抜け道は消える。

『中空ヒトリ、路地の先を確認。出口寄りの左奥に荷車一。人影は不鮮明。低空ヒトリ、外套の人物を継続追跡』

 セイはすぐに三人へ伝えた。

「左奥に荷車が一台あります。先に誰かいるかもしれません」

 その時、外套の人物が路地の脇に積まれた木箱へ足をかけた。

 箱の上へ半歩。

 そこから樽へ乗り、倉庫の荷出し口の上に低く張り出した雨除けへ身を移した。

 無理な跳び方じゃない。

 何度も通った者の動きだ。

「上です!」

 セイが叫んだ。

 後ろでテオが短く呪文を唱えた。

「ウィンド」

 次の瞬間、細い風が上へ走った。

 倉庫の雨除けの端を叩く、乾いた音が返った。

 だが、落とすための風ではない。

 布を煽って視界だけを乱す、足止めの一手だ。

 外套の人物は一瞬だけ身を低くした。

 その隙に、セイは足元へ薄くマナを落とした。

 敷石の表面を一歩分だけずらし、上へ踏み込む足場を整えた。

 傍から見れば、踏む場所を選んだだけにしか見えない幅だ。

 セイは木箱へ足をかけた。

 左足を浅く乗せ、体重を上げる前に、右足のつま先で次の足場を読んだ。

 沈まない。

 滑りもしない。

 そこへ半歩。

 だが、その瞬間だった。

 雨除けの向こうで、低く押し殺した笛の音が鳴った。

 短い。

 一度だけ。

 合図だ。

「もう一人います!」

 セイが言った瞬間、左奥の荷車が動いた。

 止まっていたはずの車輪が急に回り、路地の出口を塞ぐように横切る。

 バルドが舌打ちした。

「目くらましか!」

 荷車を引く人影は、頭から布をかぶっていた。

 顔は見えない。

 だが、外套の人物のように逃げるのが役目ではない。

 こちらは追う側の足を止めるために動いていた。

「テオさん、前を止めてください! サラさん、後ろの灯を見てください! 板が残っているか見てください!」

「はい!」

「分かりました!」

 四人の動きがそこで噛み合った。

 テオが短く呪文を重ねた。

「ウィンド」

 風が車輪の脇へ流れ、荷車の進みがわずかに鈍った。

「止めきれませんが、少しだけ遅らせます!」

 サラは最初の場所へ戻りながら、灯の足元を見た。

「板は残っています! でも、急いで差し込んだせいで、角が少し欠けています!」

 その言葉で、セイはここで相手を追い切る判断を捨てた。

 無理に前へ出れば、住民を巻き込みかねない。

 しかも相手は二手だ。

 一人は逃がすために走る。

 もう一人は止めるために動く。

 追うことだけに集中すると、残した証拠の方を失う。

 セイは箱から飛び降りた。

「現場を押さえます!」

 バルドは荷車の脇を抜け、そのまま広い通りの方へ消えた。

 セイは膝をつきかけたまま、ヒトリの返す視界を追った。

 広い通りには、もう人の流れができていた。

 遅い時間でも、王都は完全には止まらない。

 夜荷を運ぶ人足。

 店じまいの手伝い。

 酔ってふらつく客。

 その中へ紛れれば、黒い外套一つを追い切るのは難しい。

『対象は広い通りへ出ました。追跡継続は困難です』

 その直後、バルドが戻ってきた。

「駄目だ。先で人に紛れた」

「それでいいです」

 セイはもう敷石の前に膝をついていた。

 相手が最後に踏んだ敷石。

 その脇に落ちた小さな黒い欠け。

 木箱に擦れた繊維。

 荷車が切った泥の薄い筋。

 一つずつ見ていく。

 灯の足元から敷石の下へ落ちた流れは、差し込まれた板の角で不自然に折れ、その先で細く痩せていた。

 北外れの時と同じ消え方だ。

 違うのは、今回の方が急いで置かれていることだった。

『低空ヒトリが逃走路の途中までは追えています』

(どこまでだ)

『左に二回、右に一回です。その先は高く積まれた荷で視界を切られました。ただし、途中で一人分の足音が消えています。別の移動手段に乗った可能性があります』

 セイはすぐに三人へ伝えた。

「左に二回、右に一回。その先で足音が消えています。途中で荷車か、別の引き継ぎがありました」

 テオが近くの敷石へ手を当てた。

「こちらにもあります。車輪の跡が一度だけ深い。人を乗せた重さです」

「単独じゃないですね」

 サラが戻り、欠けた黒い板の角を布で包んだ。

「置く役。逃がす役。少なくとも二人で動いています」

「しかも慣れてる」

 バルドが通りの闇をにらんだ。

「置いて、逃がして、痕まで薄くしてやがる」

 セイは落ちた欠片を拾い上げた。

 軽くない。

 煤でも石炭でもない。

 乾いた黒なのに、灯りだけを鈍く沈める。

 指先に伝わる嫌な感触まで、北外れの人工物と同じだった。

「引きます」

 セイは立ち上がった。

「今はこれ以上追っても、住民の中へ入ります。現場の痕と欠片を持って戻った方が大きい」

 バルドが短くうなずいた。

「賛成だ」

「私もです」

 テオが答えた。

「もう一人を追うより、今は証拠をつないだ方が早い」

 サラも布包みを抱えた。

「灯の流れも、このままにはしておけません。応急だけ戻してから帰りましょう」

 四人はその場で最後の役目を済ませた。

 サラが祈りで灯の足元を静かに整え、これ以上流れが痩せないようにした。

 セイは敷石の縁と板の位置を目で追い、流れがどこへ逃がされていたかを記憶に刻んだ。

 テオは車輪の跡と、足音が消えた場所を紙へ写し取った。

 バルドは通りの両端に立ち、夜番や通行人をうまくやり過ごしながら、誰も現場へ近づけなかった。

 四人とも、やることはぶれなかった。

 それだけで、逃がした悔しさが次の一手へ変わっていった。

 西棟近くの宿へ戻った時には、夜はさらに深くなっていた。

 部屋へ入るなり、テオが机を空けた。

 サラは灯りを一つ寄せた。

 バルドは窓と扉の位置を確かめてから、壁際に立った。

 セイは回収した物を順に机へ並べた。

 北外れで拾った黒い板の欠片。

 今夜の路地で拾った欠け。

 匿名の証言。

 欠けた蝋印。

 紙片。

 詰め所で写した帳簿の控え。

 人足代の小さな記録。

 荷改めの浅い記録。

 それから、今夜の逃走路を書いた紙。

(重ねてくれ)

『比較準備が整いました』

 リラの声が落ち着いて響いた。

『北外れの回収物、今夜の路地の欠片、北・西・東三地点の異常の流れ方を重ねます』

 セイの意識の中で、いくつもの線が重なった。

 北外れで見た横流し。

 西で見た急な差し込み。

 東でヒトリが拾った短い痩せ。

 どれも同じだった。

 祈り灯の流れを正面から切らず、端だけを薄く奪っている。

 壊すためではない。

 気づかれにくい幅を測るためのやり方だ。

「同じ系統です」

 セイははっきり言った。

「北外れで回収した物と、今夜の欠片は同じです。流れの逃がし方も同じです。置いた相手は違っても、使っている仕組みは同じです」

 テオが二つの欠片を見比べた。

「削り方も近いです。自然に割れた物ではありません。どちらも、使う前提で角を整えています」

 サラも続けた。

「祈りの残りも似ています。灯を落とすつもりなら、もっと強く乱せます。でもそうしていない。少しだけ痩せさせて、どこまで気づかれないかを見ています」

「じゃあ、北部でやったのも」

 バルドが低く言った。

「いきなり本番じゃなかったってことか」

「そうなります」

 セイは帳簿の写しへ手を伸ばした。

「しかも、このやり方は板を置くだけで終わっていません」

 テオがすぐに人足代の紙を引いた。

「ここです。異常が出た夜と、人足代が小さく増えた夜が重なっています。大金ではない。でも、小口に切って何人かを動かすには十分です」

 サラが別の紙を寄せた。

「教会側の保護や手当ての記録も同じです。人数だけはいるのに、本当に人を寝かせた痕が薄い日があります。形だけ作っています」

「荷改めも浅い」

 セイが言った。

「中身まで見ていない日がある。倉庫街なら、その方が混ぜやすい」

 机の上の物が、少しずつ一つの話にまとまっていった。

 北外れの黒い板。

 王都の複数の小さな異常。

 置き役と逃がし役のいる末端の実行。

 帳簿の小口分割。

 浅い荷改め。

 形だけの保護記録。

 一つずつは小さい。

 だが、重ねると同じ方向を向いた。

『補足します』

 リラが静かに言った。

『単純な私腹肥やしなら、祈り灯異常を複数地点で試す必要は低いです。単純な破壊なら、もっと大きく切断すればよい。現状は、制御できる異常を使って、人と記録と評価を動かす準備に見えます』

「評価、か」

 バルドが眉をひそめた。

 セイはうなずいた。

 濁りを起こす。

 危険を広げる。

 それを止める人間を前へ出す。

 功績ができる。

 その裏で金が動き、記録も整えられる。

 失敗したら、保護や祈りや帳簿の正しい顔で薄める。

「北部の件も、これでつながる」

 セイは言った。

「三貴族をただ逃がしたんじゃない。ただ消したんでもない。濁り戦を使って、誰かを押し上げる場を作ろうとした」

 テオがすぐに続けた。

「腐敗組織は、戦が起きればよかった。でも、黒い板を置く方法そのものは別口に任せていた。そう見るのが自然です」

「敵は一枚じゃないですね」

 サラの声は静かだった。

「記録を使う側。人工物を置く側。それから、その上で結果を欲しがる側」

「そうだ」

 セイは短く答えた。

「少なくとも、一つの組織じゃない」

 バルドが腕を組んだ。

「面倒だな。でも逆に言えば、末端を一人取ったくらいじゃ終わらねえってことでもある」

「はい」

 セイはうなずいた。

「だから今夜、追い切れなくてよかったとまでは言いません。でも、今必要だったのは顔より線でした」

 今の調査は、濁りから人工物へ向かっている。

 人工物から人へ向かっている。

 人から金と記録へ向かっている。

 そしてその先は、さらに上だ。

 王都の中で、誰が灯を守るか。

 誰が危険を止めたことになるか。

 誰が責任を持つか。

 それを動かせる位置にいる者が、きっといる。

「祈りが悪いんじゃない」

 セイは机を見たまま言った。

「灯も、保護も、帳簿も、本来は人を守るための仕組みだ。でも、正しい物ほど、その顔を借りれば疑われにくい」

 サラがまっすぐ答えた。

「はい。だから私は、祈りそのものじゃなくて、祈りがどう使われたかを見ます」

「俺は数字を見る」

 テオが言った。

「数字は正しい顔をして嘘をつきます」

「俺は人の動きを見る」

 バルドが短く言った。

「逃がした役も、押し上げたい役も、最後は人だ」

 セイは三人を見た。

 勘で決めない。

 欠片も、祈りの流れも、帳簿も、全部重ねて見る。

 そのために、自分にはリラがいる。

『一点、追加します』

 リラの声が落ちた。

『北外れ、王都北、西、東。現時点で異常が確認された位置を結ぶと、外から内へ試す幅が広がっています。偶然なら散り方はもっとばらつきます。ですが今回は、中心へ向かうように深さが変わっています』

 セイの背筋が、ゆっくり冷えた。

 地図を広げる。

 北。

 西。

 東。

 置かれた場所。

 試された場所。

 回収した場所。

 点はばらばらに見える。

 だが、深さを変えて並べると、外から内へ掘っているように見えた。

 小さく試し、気づかれない幅を測り、少しずつ奥へ寄せる。

「狙いは灯そのものじゃない」

 セイは低く言った。

 三人がこちらを見た。

 セイは地図の中心近くへ指を置いた。

 まだ建物の名までは切れない。

 まだ断定は早い。

 だが、向いている先だけはもう見えた。

「混乱を起こしたいだけなら、もっと派手にやれる。でもやっていない。濁りも、祈り灯も、帳簿も、全部道具だ」

 テオが息をのんだ。

 サラの表情が硬くなった。

 バルドだけが、ゆっくりとうなずいた。

「上か」

「はい」

 セイは答えた。

「北部の戦も、王都の異常も、誰かを前へ出して、誰かを下げて、上の判断を動かすための仕込みです」

 部屋の中が静まり返る。

 灯の火だけが小さく鳴った。

 今夜、路地で逃がした外套の人物は末端だ。

 置く役。

 逃がす役。

 その程度だ。

 だが、その末端が動いたことで、逆に見えた。

 北部の件は終わっていない。

 王都の中で、もっと大きい形に育て直されている。

 セイは地図から目を離さなかった。

「次に読むのは、犯人の顔じゃない」

 声は低いのに、はっきりしていた。

「次に狙われる席だ」

 その瞬間、頭の奥でヒトリが一度だけ羽を震わせた。

『中心寄りの観測点で、新しい痩せを確認しました』

 セイの指が地図の上で止まる。

 高い位置から見ていた灯の列の中で、王都の中心寄りの一点が、ほんのわずかに痩せていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ