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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第9章 王都編中盤――王都の足場、見えにくい線を掘る

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第115話 王都の底

 頭の奥で、リラの声が短く響いた。

『異常を検知しました』

 詰め所の机を囲んだまま、セイの背筋にぞくりとした冷たさが走る。

 帳簿の上に置いていた指が、そこで止まった。

 一拍おいて、リラが続けた。

『ヒトリの観測点から報告です。北、西、東。三か所で、祈り灯の流れに短い乱れが出ました。どれも小規模。ただし、乱れ方が似ています』

 さっきまで切り分けていたのは、帳簿の中の話だった。

 人足代と記された一行。

 保護したと書いてあるのに、本当に人を寝かせた痕が薄い記録。

 あとから帳尻が合うように整えられた控え。

 だが今、王都の中で別の何者かが動いた。

 しかも一か所ではない。

「どうした」

 バルドがすぐに気づく。

 セイは顔を上げ、実務官を見た。

「小さい異常が別の場所でも出ました。現場を先に見てきます。帳簿の続きは、明日朝からまたお願いします」

 実務官は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにうなずいた。

「分かりました。こちらでも、残りの分の書類も含めて分けておきます」

「助かります」

 セイが答えると、バルド、テオ、サラもすぐに書類から手を離した。

 四人は詰め所を出て、西棟裏の細い通路へ回った。

 表通りより人が少ない。

 遠くで荷車の車輪が石畳を鳴らし、酒場帰りの笑い声が、少し冷えた夜の空気の中へ流れていく。

 詰め所の前より、人に見られる心配も、話を聞かれる心配もずっと少なかった。

 セイは一度だけ周囲を見てから口を開く。

「先に一つ、話しておきます」

「改まったな」

 バルドが腕を組む。

「新たに見つけた異常は、俺一人で見つけたわけじゃないです。少し特殊なやり方で拾っています。上を見てください」

 三人がつられて夜空を見上げる。

 最初に見えたのは、屋根の縁の暗がりから落ちてくる、小さな淡い光だった。

 それが近づくにつれ、光のまとまりが細く伸び、鳥の形を結ぶ。

 薄い羽が二度、小さく動く。

 光量をかなり落としているせいで、近くまで来てようやく輪郭がはっきりした。

 サラが目を細める。

「……使い魔、ですか」

「そう見てもらって大丈夫です」

 セイは答えた。

「私のマナ召喚獣です。名前はヒトリ。遠くへ飛ばして、見た物と聞いた音、それからマナの乱れを返させています」

 テオが静かに問う。

「喋るのですか」

「喋りません。自分のマナで制御して、見聞きした内容や線の情報を、私にそのままリンクさせて感じ取っています」

 バルドが小さく笑う。

「便利なもん隠してやがったな」

「私の秘匿案件です。よろしくお願いします」

 セイはまっすぐ返した。

「王都の上空でこういう物が目立てば、余計な騒ぎになります。でも、北外れで黒い板を回収してから、先手を取られ続けるのも嫌でした。だから、疑いのある場所だけ、観測点を決めて監視していました」

 サラがヒトリへ手を伸ばしかけ、途中で止める。

「濁りではありません。……セイのマナを感じます」

「はい」

 セイはうなずいた。

「北、西、東の三か所だけです。王都全部は見ていません。高い位置で灯列全体を見るヒトリ。通り全体の乱れを見るヒトリ。石畳や灯の足元を見るヒトリ。高さを分けて、短時間だけ使っています」

 テオはすぐに要点をつかんだ。

「高さを分けて見ているから、小さい異常でも場所ごとの違いを重ねられるわけですね」

「そうです。そして今、三か所で似た乱れが出た」

 バルドの声が低くなる。

「たまたま一か所壊れた、じゃ済まねえな」

「その可能性は下がりました」

 セイは言った。

「どれも短いです。灯が落ちるほどじゃない。通りを歩いている人が、少し違和感を覚えるかどうか、そのくらいで収まる幅です」

 サラがすぐに言う。

「壊すためではなく、試しているのですね」

「私もそう見ます」

 セイははっきり答えた。

「どの場所なら、どのくらい流れをずらせるか。騒ぎにならない幅で確かめている感じです」

 バルドが嫌そうに眉を寄せた。

「面倒なことしやがる」

「だから、今から一つだけ先に見に行きます」

 セイは地図の筒を軽く叩いた。

「三か所全部を同時には追えません。まず一か所を押さえる。他の二か所はヒトリで監視を続けます。乱れが大きくなるようなら、王都側の夜番へすぐ伝えて、住民に被害が出ないよう先に灯の確認を回してもらいます」

「どこへ行く」

「西です」

 セイは即答した。

「倉庫が多くて、夜でも人が動く。今そこにいる実行役の動きは、まだ書類になっていないはずです。でも、あとから帳尻を合わせるなら、人や荷の出入りが多い場所の方が記録をごまかしやすい。西なら、後日それらしい作業記録を混ぜても埋もれやすいです」

 テオが続ける。

「私は風で前の音を拾います。石が外れている場所、隠れている人数、荷の擦れる音がないかを見ます」

 サラも言った。

「私は祈りの残りを見ます。治療か、隠すための薄い祈りか、灯の補修か。何に祈りが使われたかを切り分けます」

「俺は通りを押さえる」

 バルドが盾を軽く叩く。

「通る人間を巻き込まねえ位置に立つ。危険が上がったら、お前らの撤退路は残す」

 セイは三人を見た。

「私は石畳と灯の足元を見ます。削られた跡がないか。流れが痩せている場所がないか。ヒトリを先に出して、その先の様子を見ながら進みます」

「よし」

 バルドが短くうなずく。

「行くぞ」

 西の倉庫街へ入ると、詰め所の周りとは空気が変わった。

 閉じた木戸。

 濡れた縄。

 川から上がる湿った風。

 積み上げた木箱の隙間から漏れる油の匂い。

 夜でも動いている倉庫があるせいで、通りには細い灯が一定の間隔で残されている。

 セイには、その灯と灯のあいだを流れるマナの筋が見えていた。

 普段なら、灯から落ちた流れは道の下を素直に進む。

 だが今夜の西は違う。

 灯の根元から落ちた流れの一部が、一瞬だけ横へ引かれている。

 ほんの少しだ。

 だが、自然な石畳の下で起きる流れ方ではない。

「止まってください」

 セイが手を上げる。

 三人がすぐ止まる。

「何が見えた」

 バルドが聞く。

「左の灯の足元です。石畳の継ぎ目が一つだけ不自然です。流れが真下へ落ちず、横へ逃げています」

 テオが一歩前へ出て、指先から細い風を伸ばした。

 風は地面をなぞり、石と石の隙間へ潜る。

「……浅い空洞があります。排水溝の上ですね。でも、自然に欠けた形じゃない。削って幅をそろえたみたいです」

 サラも膝をつく。

 灯の下へ手をかざし、目を閉じる。

「祈りの残りが薄いです。消えたというより、少しだけ横へ持っていかれています。補修ではありません。誰かが、灯から流れる力の一部だけを別へ流しています」

「開ける前に周りを見ます」

 セイは通りの先へ視線を向けた。

「ヒトリを先に出します。様子を見てから進みましょう」

 淡い光がふわりと離れ、倉庫の軒下へ消える。

 ヒトリが先へ飛んで行く。

 セイはその間も、足元の流れを見続けた。

 セイが足元の流れを見ている視界の端に、ヒトリが見た先の景色が小さく重なった。

 ヒトリが見た通りに、人影はない。

 荷車も止まっていない。

 ただ、右側の通りに王都の夜番が一人いる。

 倉庫の戸締まりと、夜の灯が落ちていないかを見て回る見張り役だ。

 歩く速さは遅い。

 こちらへ来るまで、まだ少しある。

 セイは小さく息を吐いた。

「見え方だけ切ります。テオは音を散らしてください。サラは灯の流れを押さえてください」

「分かった」

「任せてください」

 二人がすぐに動く。

 テオは指先から細い風を流し、通りをまっすぐ抜ける音を少しだけ横へ逃がした。

 石が動いても、その音がそのまま外へ返らない。

 サラは灯の根元へ薄く祈りを重ねる。

 祈り灯の流れが急に痩せたり揺れたりしないよう支えるためだ。

 バルドは通り側へ出て、石畳の前に自然な形で立つ。

 盾を少し外へ向け、外套の裾を広げる。

 通り側から見れば、大柄な前衛が緩んだ石の前に立っているようにしか見えない。

 その陰で、セイは石畳の上を通る光へ意識を伸ばした。

 遮るのは物ではない。

 光だ。

 開いた部分を通る見え方だけを、元の閉じた石畳に重ねる。

 大きな幻ではない。

 そこが開いていないように見せる、薄いごまかしだ。

「外からは、閉じたままに見えるようにします」

 セイが低く言う。

 バルドが片眉を上げた。

「便利だな、お前のそれ」

「見え方を少し工夫しているだけです」

 セイは軽く流した。

 それから、問題の石畳へ指先を置く。

 横四十センチほど、縦三十センチほどの石だ。

 大人が両手でようやく動かせる重さがある。

 だが、ただ持ち上げるわけではない。

 セイは石そのものを形成する(ことわり)へ触れた。

 その一枚だけが、今だけ浮きやすく、返しやすくなる側へ寄るように、マナで条件を整える。

 石全体が音もなく軽くなる。

 そのまま静かに半回転し、裏面が上を向いた。

 石は脇へそっと下ろされた。

 バルドが振り向いて眉を上げる。

「今の、浮遊術か」

 セイは肩をすくめた。

「浮遊術の応用みたいなものです。大きく持ち上げると目立つので」

「応用で済ませるには、やけに細かいですね」

 テオが低く言いながら、裏返った石の下をのぞき込む。

「細かくやらないと、灯まで揺れますから」

 セイはそれだけ返した。

 石の下の様子が、今度ははっきり見えた。

 排水溝の上に細い受けが渡してある。

 そこへ薄い板を差し込んでいた跡がある。

 溝の底には黒い粉が残っていた。

 煤ではない。

 乾いているのに、灯の光を鈍く吸う黒だ。

「容器を」

「どうぞ」

 テオが腰の袋から小瓶を出して差し出す。

 セイは指先に意識を集め、黒い粉だけをそっと浮かせる。

 粉が散らないよう一か所へ寄せ、そのまま小瓶の中へ落とした。

 テオがすぐに蓋を閉める。

「前に回収した板の削り粉に近いかもしれません」

「断定はまだしないでください」

 セイは言った。

「でも、似ています」

 サラも溝の縁を見つめる。

「灯を壊すための置き方ではありません。流れを少し横へ逃がして、どれだけ痩せるか見た形です。これなら、すぐには大騒ぎになりません」

「だから見逃されるわけか」

 通りの中央からバルドが低く言う。

「石が少し鳴った、灯が少し弱った。そのくらいじゃ、誰も本気で壊されたとは思わねえ」

 セイはうなずいた。

「小さい異常として流される。それが狙いかもしれません」

 その時だった。

 通りの向こうから、慌てた足音が近づいてきた。

 若い男だ。

 倉庫番の見習いらしく、腕には木札の束を抱えている。

 倉庫を閉める前に、荷札の差し替えを届ける途中なのだろう。

 男の目には、石畳は閉じたままに見えている。

 しかも急いでいる。

 足元を疑わず、そのままこちらへ走ってくる。

「来るぞ」

 バルドが低く言った。

 セイはすぐに石へ意識を戻した。

 今度は逆だ。

 裏返した石が、元の位置へ戻る側に条件を寄せる。

 石がふわりと持ち上がる。

 半回転する。

 元の向きへ戻り、噛み合う位置へぴたりと収まった。

 見え方のごまかしも、そのまま一拍だけ維持する。

 それでも、走り込んだ足は強い。

 若い男の足が石の上へ落ち、石がわずかにぐらつく。

 その瞬間、バルドが腕を掴んだ。

「走るな。石が緩んでる」

「す、すみません! 荷札の差し替えが遅れると倉庫番に怒鳴られるんで……!」

 若い男は真っ青になって頭を下げ、そのまま走り過ぎていった。

 サラが息をつく。

「危ないところでした」

「でも、大事にはなっていません」

 セイはすぐに視線を戻した。

 見え方をずらす光のごまかしを解く。

 石畳は元通りに見える。

「今はそれで十分です」

 テオが顔を上げる。

「目立たせないためですね」

「はい。ここで騒ぎを大きくすると、置いた側に気づかれます。今は捕まえる段階じゃない。まず、見失わない段階です」

 バルドが通りへ目を配りながら言う。

「腹は立つが、筋は通ってる」

 その時、ヒトリが一度だけ羽を震わせた。

 セイの意識へ、別の景色が流れ込む。

 北の通り。

 石畳の端。

 灯の根元。

 そこでも、同じように短い乱れが出ている。

 東でも一つ。

 どちらも大きくはない。

 だが、流れを横へ逃がす角度が似すぎていた。

『追加報告です。北と東の比較が終わりました。三地点とも、主流を切らず、側流だけを抜いています。破壊ではなく、計測に近い動きです』

 セイはそのまま言葉に変えた。

「三か所とも同じです。灯の大元は切っていない。横の流れだけを少し抜いている。壊したいんじゃない。どのくらい動くか、確かめている」

 テオの表情が固くなる。

「王都の中を、順番に測っているわけですか」

「そう見えます」

 サラも静かに言った。

「大きな異常を起こす前に、小さい異常を重ねている。それだけじゃなく、関係する書類の中に紛らわしい情報を混ぜて、誰かが気づいても調査がすぐ本格化しないようにしているのでしょう」

「表向きに答えだけは作ってあるわけか」

 バルドが通りを見回す。

「前に何かあった場所を聞かれたら、人足代の紙がある。作業があったのかと聞かれたら、それらしい書き方が残ってる。深く掘らなきゃ、そこで止まる」

 セイは西で見つけた痕と、北と東の異常を地図の上で重ねるように整理した。

 北外れで回収した黒い板。

 東と西の小規模異常。

 そして、書類の中へ混ぜ込まれた紛らわしい記録。

 金そのものが主目的ではない。

 王都の中で起きている細工に気づかれても、調査の手がすぐ実行役まで届かないよう遅らせるためのカモフラージュだ。

「……やっぱりそうか」

 セイが小さく言う。

「人足代の紙は、こういう細工のあとで『人は出ていた』と後から言える形を作るためのものかもしれない」

 バルドが眉を寄せた。

「今夜の分の紙は、まだ出てねえかもしれねえってことか」

「はい」

 セイはうなずいた。

「でも、前に同じやり方が使われていたなら、今も使う可能性は高いです」

 テオが小瓶を指で押さえた。

「現場の細工と帳簿の処理が、ようやく同じ方向を向きましたね」

「まだ断定はしません」

 セイはすぐに言った。

「でも、別々に見えていた物が、同じ流れの中にある可能性は上がった」

「一度戻って、地図に落としますか」

 テオが聞く。

 セイはすぐには答えなかった。

 今戻るのが安全だ。

 だが、今夜の違和感は重なりすぎている。

 その時、ヒトリからもう一つ景色が返った。

 今度は西でも東でもない。

 高い場所から見下ろした灯列の、その少し内側だ。

 細い路地。

 石畳の縁。

 暗がりの中で、誰かの手だけが一瞬見えた。

 手袋をした手が、薄い黒い板を石の隙間へ滑らせている。

 顔は見えない。

 体も外套の影に隠れている。

 だが、指先が離れた瞬間、その板の角が灯の光を鈍く吸った。

 見覚えがある。

 北外れで拾った、あの黒い板と同じ消え方だった。

 セイの背中が強く張る。

「セイ?」

 サラが呼ぶ。

 セイはすぐに顔を上げた。

「今、別の場所で置かれました」

「どこだ」

 バルドが即座に問う。

「ここから近い。西の内側です。顔は見えていない。でも、石の下へ黒い板を差し込んだ」

 テオの声が低くなる。

「今、この瞬間にですか」

「はい」

 セイは短く答えた。

「もう試した跡を追うだけじゃない。置いている最中の相手がいます」

 その一言で、三人の空気が変わる。

 バルドが盾を握り直す。

 テオの指先に風が集まる。

 サラが胸元で手を結ぶ。

「行きますか」

 テオが聞く。

 セイは西の暗がりを見た。

 王都の中で、誰かが今も石畳の下へ異常の種を増やしている。

 北外れの件は終わっていなかった。

 王都の中で、その続きが進んでいる。

「行きます」

 セイは言った。

「今度は、置いた瞬間を押さえる」

 四人は同時に駆け出した。

 その先の路地は暗い。

 だが、見失ってはいけない線だけは、もうはっきり見えていた。


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