表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第9章 王都編中盤――王都の足場、見えにくい線を掘る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/117

第114話 別口の手

 詰め所の空気が張りつめた。

 机の上にあるのは、小さな紙が一枚だけだ。

 そこには「人足代」とだけ書かれていた。

 金額は小さい。

 一見すると、よくある細かな支払いに見える。

 だが、人数も荷の種類も行き先もない。

 中身が抜けすぎていて、逆にその一行だけが目についた。

 セイは紙の端を指で押さえたまま、実務官を見た。

 ちょうどその時、実務官も遅い食事の黒パンを口に運んだところだった。

 目が合うと、実務官は少し気まずそうにパンを飲み込み、帳面へ視線を戻す。

 セイが確かめたいのは、「人足代」という言葉そのものじゃなかった。

 その金が本当に普通の作業賃なら、帳簿のどこに何が書かれるのかだ。

「本当に普通の人足代なら、帳簿には何が記入されるのですか?」

 実務官はすぐには答えなかった。

 別帳面を開き、隣の控えを引き寄せる。

 灯りの下で紙を寄せる手つきに、疲れと気の重さが混じっていた。

「人数です。少なくとも頭数は残ります。それがなくても、荷の種類、持ち出し先、受け渡し先のどれかは残る。何もないまま『人足代』だけで終わる形は、まずありません」

「しかも、その先の保管記録がない」

 テオが低く言った。

「記録を消したというより、最初から表の流れに乗せていません。公式の帳面に入れる前提の荷ではなかった可能性が高いです」

「人を動かしたのか、物を動かしたのか」

 バルドが腕を組む。

「どっちにしても、表に出せねえ仕事だな」

 セイは小さくうなずいた。

 人足代の前後には、他にも小さな支払いが並んでいる。

 荷車の車輪代。

 縄の補充。

 夜番への差し入れ。

 どれも額は小さい。

 だが、何のための金かは分かる。

 この一行だけが違った。

 何の金か分からないように、わざと中身を抜いてある。

「テオ。普通の人足代と比べて、どこが一番不自然ですか」

「省き方です」

 テオは迷わなかった。

「普通の帳簿は、急いでいてもどこかに癖が出ます。人数を書いて、場所を省く。場所を書いて、荷数を省く。でも、これは違う。消したい所だけではなく、最初から何の金か分からない形に寄せています。読んだ人が『よくある細かい支払いだな』で流す書き方です」

「書いた側が、帳簿の読み方を知っている」

 セイが言うと、テオは短くうなずいた。

「はい。しかも、見る側がどこで面倒になるかまで知っています」

 サラも別の紙をめくりながら口を開いた。

「教会側も似ています。回復祈りの当番が増えているのに、実際に人を寝かせた痕が薄い日がありました。保護したように見せたい。でも、本当に保護したなら残るはずの減り方がない。役所の帳簿と同じで、中身を薄くしています」

「じゃあ、同じ相手か」

 バルドが言う。

「そこは、まだ断言できません」

 サラはすぐに首を振った。

「隠し方が似ていても、実際に手を動かした相手まで同じとは限りません。祈りの記録を薄くするのは、表の仕組みを知る人の仕事です。でも、石畳の下に黒い板を入れて、異常が出る夜に人か物を運ぶのは、別の動き方が必要です」

 その言葉で、セイの視線が上がった。

 そこだ。

 今、切り分けるべき線はそこだった。

 祈り灯の流れを乱す黒い板は、ただ置けばいい物ではない。

 人通り。

 灯の位置。

 石畳の継ぎ目。

 夜番の目。

 そういうものを外して、狙った場所へ入れなければ意味がない。

 役所の机で金を分ける手と、夜の街で石を外す手。

 同じ人間がやるには、動きが違いすぎた。

「金を出した側と、置いた側が別かもしれない」

 セイが言うと、バルドが小さく息を吐いた。

「それなら話が通る。役人や商会の連中は、金と記録をいじる。でも、夜中に膝をついて石畳を開けて回るかって言われたら、やらねえ。そういう汚れる仕事は、別の手に投げる」

「腐った金の側は、結果だけ欲しい」

 テオが続けた。

「濁り案件が起きること。功績を作れること。誰かを薄く消せること。そこが目的なら、方法は外へ投げても成立します」

「実行側は、金をもらって動く」

 サラが言った。

「しかも、濁りや祈り灯の仕組みを少しは知っている。知らなければ、あんな場所へ板は置けません」

 話が一つの形にまとまり始める。

 セイは机の端へ広げた地図に手を伸ばした。

 北で拾った黒い板。

 西と東で出た小規模異常。

 帳簿で見つかった小口分割。

 そして、この人足代。

 点が増えたわけではない。

 線の種類が見え始めていた。

 その時、視界の左上に薄い青い印が最上空に三つ並んだ。

 次に、中空の列が六つ。

 その下に、低空の光が十二。

 セイは一度だけまばたきをした。

 王都に入ってから、リラはヒトリの運用を一段上げていた。

 異常が出た北、西、東の区画だけに絞って、観測点を先に置いてある。

 最上空を飛ぶ三体は、灯の流れ全体の痩せ方を見る。

 中空を回る六体は、灯列の揺れと人の流れを見る。

 低空を受け持つ十二体は、石畳の継ぎ目、路地の曲がり角、灯の足元の乱れを拾う。

 王都全体を覆うほどではない。

 だが、再発しそうな場所だけなら、十分に目を置ける。

 ヒトリは喋らない。

 異常があれば、視界に色と記号で返る。

 説明は全部、リラの役目だ。

『整理します』

 頭の奥で、リラが落ち着いた声を出した。

『今、分けて考えた方がいい手は三つあります。

 一つ目。

 王都の制度、帳簿、徴税、商会の流れを使って金を通した側。

 二つ目。

 夜に人か物を動かし、黒い板の設置や運搬を実行した側。

 三つ目。

 証言を流し、こちらへ断片を渡してきた側です』

「三本か」

 バルドがつぶやいた。

「そうです」

 セイは地図から目を上げた。

「今までは一本に見えてた。でも、ここで分けた方が無理がない。金を流す手。実際に置く手。それを外から見ている手。敵は一枚じゃない」

「むしろ、その方が危険です」

 テオが言う。

「一つ潰しても、他が動ける形ですから」

「でも、切り分けられれば追いやすくなります」

 サラが静かに返した。

「今までは全部が曇っていました。でも、腐敗組織と実行組織が別なら、祈り側で拾うべき痕も変わります。私は、表の保護導線に乗っていない小さな祈りの痕を見ます。本当に人を助けたのではなく、異常物を一時的に抑えた痕や、短時間だけ使われた清めの跡がないか、そちらを拾いたいです」

「俺は人の動きだな」

 バルドがすぐに言った。

「夜に荷を動かすなら、街の中で完全に消えるのは無理だ。表の役人じゃなくても、門番、荷車引き、補修の職人、夜番崩れ。そういう奴らの目には一回は引っかかる。正面から聞いても吐かねえだろうが、出入りの偏りは拾える」

「私は帳簿の中で、同じ省き方を探します」

 テオが紙束を押さえる。

「人足代だけではなく、『再仕分け済み』『受け取り済み』のような、中身を隠すための浅い言葉です。同じ手癖なら、別口の実行側へ渡した金を拾えるかもしれません」

 役割が決まる。

 誰が何を見るかが、机の上で自然に分かれた。

 セイはその速さに少しだけ息をついた。

 《鎚灯り》は王都へ来てから、さらに噛み合い方が深くなっている。

 バルドは、人の動きを現場の重さで拾う。

 テオは、数字の整い方の中に嘘を見つける。

 サラは、祈りの正しい顔の裏にある使われ方を見る。

 自分は、その三つをつなぎ直して切り分ける役だ。

 祈りそのものが悪いわけじゃない。

 祈りで助かる人はいる。

 灯に守られている場所もある。

 でも、祈り万能世界の正しさを借りて歪みを隠すなら、そこは理で順番に見なければいけない。

 そうしないと、表向き正しい顔をしたまま、人が消える。

「実務官」

 セイが呼ぶと、相手はすぐに顔を上げた。

「この人足代。同じ夜か、近い日で、石畳補修か灯周りの点検名目が増えていませんか」

「見ます」

 実務官は別の束へ手を伸ばした。

 紙を繰る音が少し速くなる。

 疲れているはずなのに、その手は止まらない。

 やがて一枚を抜き、机へ置いた。

「ありました。補修申請そのものは小さい。ですが、北外れ、西の裏通り、東の小灯列。どれも、異常が出た前後で『軽補修済み』の札だけが先に立っています。中身が薄い」

「補修の中身は」

「記録なしです」

 テオがその紙をのぞき込み、すぐに顔をしかめた。

「これも同じです。何をどう直したかがない。普通は石の入れ替えか、土台の締め直しか、それくらいは残ります」

「わざと浅くしてるな」

 バルドが言った。

「しかも、派手な工事じゃねえ。少人数で済む程度の小さい手入れに見せてる」

 セイの指が地図の上を滑った。

 北。

 西。

 東。

 離れているようで、記録の薄さは同じだ。

 その下に、小口分割と人足代が重なる。

「腐敗側は、濁り案件が起きればいい」

 セイはゆっくり言葉を置いた。

「功績の場ができる。金も動く。人も消せる。でも、黒い板をどこへ置けば祈り灯が痩せるかまでは、自分で分かっていないかもしれない」

「だから、分かる相手に投げた」

 サラが受ける。

「実行側は、理屈の全部までは知らなくても、現象の起こし方は知っている。祈りを正面から壊すのではなく、通り道を少しずらして守りを薄くする。そういうやり方に慣れている相手です」

『補足します』

 リラの声が入る。

『黒い板の役割は、祈りを消すことではありません。祈り灯へ流れるマナの通り道をずらし、負の偏りを強めることです。つまり、実行側は“壊す”より“弱らせる”を理解している可能性があります。力任せの破壊者ではなく、弱る場所を知っている手です』

 セイはその要点だけを短く口に出した。

「黒い板は、祈りを壊してるんじゃない。流れをずらして、守りが薄くなる場所を作ってる」

「嫌な相手だな」

 バルドが吐き捨てるように言った。

「真正面から来ねえ。守りを薄くして、危険が勝手に大きくなったように見せる」

「だから今まで、老朽化や偶然で流されかけたんです」

 テオの声は硬かった。

「表の帳簿をいじる側だけなら、ここまで現場と噛み合いません。でも、別口の実行側がいるなら説明がつく。腐敗組織は結果を買った。実行組織は方法を売った。そう考えるのが一番自然です」

 そこまで言った時だった。

 視界の左上で、最上空を飛んでいたヒトリの表示が一つだけ黄色く変わった。

 続いて中空が二つ点滅する。

 最後に、低空を受け持つ一つが赤く切り替わった。

 セイの背筋が固くなる。

『……セイ』

 リラの声が一段低くなる。

『西の裏通り、第三小灯周辺の観測点が乱れました。最上空ヒトリで見る灯列全体は、まだ崩れていません。ですが中空ヒトリが、灯の痩せ方の偏りを拾っています。低空ヒトリが、石畳の継ぎ目の下で局所的な揺れを検知しました』

「どの程度だ」

『まだ小さいです。ただし自然な揺れではありません。祈り灯へ流れるマナが一度だけ細くなり、戻りかけています。前に見た、作られた乱れに近いです』

 詰め所の空気が、今度ははっきり変わった。

「今かよ」

 バルドが短く言う。

「紙を読まれてる間に、向こうも動いたかもしれません」

 サラの声は静かだったが速かった。

 実務官が立ち上がる。

「王都側へ連絡を――」

 その言葉を最後まで聞く前に、廊下の向こうで足音が弾けた。

 次の瞬間、扉が強く叩かれる。

「失礼します!」

 飛び込んできた若い職員は、息を切らしていた。

 顔色が悪い。

 ただ走っただけじゃない。

 現場の空気を吸ってきた顔だ。

「西の裏通り、第三小灯です!さっきまで保っていた灯が、急に痩せました!濁りはまだ小さいですが、石畳の下で何かが脈打つみたいだと、現場の祈り手が!」

 セイはもう椅子を引いていた。

 机の上には、人足代の紙がある。

 帳簿の中にいた手が金を流した。

 帳簿の外にいた手が、今も石の下で動いている。

 しかも向こうは、こちらが気づいた後に慌てて消したんじゃない。

 気づかれる前に、次の場所へ手を入れている。

「行くぞ」

 セイが言うと、バルドはもう剣帯へ手をかけていた。

 テオは必要な紙だけを素早くまとめ、サラは白布と祈り具を抱える。

 実務官が道を開ける。

 詰め所を飛び出す直前、視界の端で低空ヒトリの表示がもう一つ赤く変わった。

 西の裏通りだけじゃない。

 同じ瞬間、東の小灯列の観測点まで揺れ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ