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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第9章 王都編中盤――王都の足場、見えにくい線を掘る

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第113話 帳簿の奥

 王都側が用意した西棟近くの宿に戻った時には、夕食の時間はもうだいぶ過ぎていた。

 一階の食堂では、食事を終えた客がまだ何組も席に残っている。

 酒の入った杯を片手に明日の荷の話をしている商人もいれば、今日の稼ぎを笑い合っている冒険者もいた。

 店員は空いた皿や杯を順に下げている。

 料理を運ぶ忙しさは、もう落ち着いていた。

 壁際の広い卓に、黒パンと豆の煮込み、それから薄い塩肉の皿が並べられる。

 セイ、バルド、テオ、サラが席についた。

「早く落ち着いて食いたいな」

 バルドが周りを見て、小さく言った。

「この中で三貴族の話はしたくねえ」

「分かっています」

 セイは食卓の中央へ指を向けた。

「静けさよ、ここに留まれ」

 短い詠唱のあと、食卓の周りだけ空気が少し変わる。

 近くの席の笑い声や皿の触れ合う音は、そのまま聞こえる。

 だが、こちらの声は外へ抜けにくくなった。

 バルドが眉を上げ、卓の外へ視線を流す。

「……今の、結界か」

 サラも周囲を見てから、静かに息をついた。

「声だけ切り分けたんですね。こんなに狭く、きれいに」

 テオは食堂全体を一度だけ見回し、それから小さくうなずいた。

「宿の中で使うには、ちょうどいい強さです。目立ちません」

「派手にやる必要がないだけです」

 セイは椅子に座った。

「近くで聞く気がある相手までは止めきれません。でも、普通の客に中身まで拾われることは減ります」

「前から思ってたが、お前、そういう加減が妙にうまいよな」

 バルドが苦笑する。

「村でもそうだった。前に出る時は出るのに、出すぎねえ。引く時は迷わねえ。そのくせ、今みたいな細けえ使い方までやる」

「若いのに、落ち着き方が変なんですよね」

 サラも続けた。

「強いとか弱いとかだけじゃなくて、周りが動きやすい形を先に作っている感じがします」

「同じBランクでも、そこは簡単に真似できません」

 テオが言う。

「力だけならまだしも、判断まで早い。年齢を考えると異例です」

 向けられた視線を、セイは皿の方へ落とした。

「買いかぶりすぎですよ。目立たないようにやる癖がついているだけです」

『半分は本当です』

 頭の奥で、リラが静かに言う。

 セイは聞かなかったことにして、豆の煮込みへ視線を移した。

「ともかく、今は話を進めましょう。食べている間に整理したいです」

 テオが卓の中央に紙を置いた。

 少し前に匿名で届いた、二人目の証言の控えだ。

 机に置かれたのは、欠けた蝋印、細い紙片、それから短い文だった。

 蝋印の欠片は、本物の家印が使われた可能性を示している。

 細い紙片は、役所か商会の途中記録に近い形だった。

 短い文には、残る一人が歩かされ、印が三度使われ、金を追えと書かれている。

 三貴族の失踪が、その場しのぎではなく、最初から段取りを組んで動かされた可能性が高いと、この三つは示していた。

「先に分けます」

 テオが紙を押さえたまま言う。

「今わかっていること。まだ分からないこと。帳簿で確認すること。ここを混ぜると、あとで紙を見た時に、見たい答えへ引っ張られます」

「そうですね」

 セイはうなずいた。

「思い込みは入れません。証言と、今確認できている材料だけで整理しましょう」

「なら、まず今わかってることからだ」

 バルドが腕を組む。

 食堂のざわめきは結界の外にあるのに、こちらの卓だけ少し切り離されたみたいに静かだった。

 セイは指を一本立てた。

「一つ。王都の祈り灯異常は、老朽化だけでは説明しにくいです。石畳の下から、祈り灯の流れを吸う黒い板が回収されています。しかも、西と東でも似た小規模異常の報告が出ています」

「一か所だけじゃないってことか」

 バルドの声が低くなる。

「はい」

 テオが答えた。

「王都の中で、複数の場所に同じ系統の問題が出ている可能性があります」

『補足します。ヒトリの上空観測でも、王都の西と東に、祈り灯の流れが不自然に痩せている帯があります。正確な数まではまだ分かりませんが、一か所だけの異常ではありません』

 セイは小さくうなずいた。

「報告だけではありません。上から見ても、流れの痩せ方が何か所かで似ています。王都のどこか一つが壊れているのではなく、何か所かに手が入っている可能性が高いです」

 サラも続ける。

「祈りの流れを乱す物が、意図して置かれていた可能性が高いです」

 セイは二本目の指を立てた。

「二つ。三貴族のうち一人は王都側が確保しています。残る二人は消息不明です。ただ、三人とも早い段階から別々に移動させられていた可能性が高いです」

「まとめて逃げたわけじゃねえ」

 バルドが吐き捨てるように言った。

「最初から分けて使うつもりだった」

「そう読むのが自然です」

 テオがうなずく。

「行き当たりばったりの逃亡ではありません」

『推測ですが、三人を同じ用途で動かすつもりではなかった可能性が高いです。分離移動、印の使用、金を追えという指示が一致しています。三貴族本人や、その家の印や名義が、複数の手続きに使われた可能性があります』

 セイは一度だけ目を閉じた。

「まとめて隠すつもりではなく、別々の流れに乗せて使う前提だった可能性が高い、ということですね」

「……嫌な使い方だな」

 バルドは顔をしかめた。

「人が必要だったというより、その人が持つ権限を順に使うのが目的だったのかもしれません。だから少なくとも、必要な段取りが終わるまでは生かしておく理由があった、とは考えられます」

 そう言ったのはサラだった。

「そう考えると、印が先に流れている形ともつながります」

 テオが低く続けた。

 セイは三本目の指を立てた。

「三つ。届いた証言には、残る一人は自分の足で歩いた、歩かされたと言い換えてもいい、とあります。それから、表の宿には入っていません」

 サラの表情が曇る。

「歩ける状態で移されたか、歩かせる程度には生かされていた。そこまでは読めます」

 サラは少し考えてから続けた。

「もし本当にその状態で動かしたなら、教会の保護導線か、それに近い一時保護の場所を使った可能性があります。表の宿を通していないなら、寝台、水、包帯、回復祈りの当番、そのどれかに痕が残るはずです」

「足取りが残るとしたら、そこか」

 セイが言う。

「はい」

 サラはうなずいた。

「逆に、そこにも痕が薄いなら、保護したのではなく、保護したように見せる準備だけだった可能性があります」

「ただ、自分の意思で歩いたのか、脅されて歩かされたのかまでは、まだ分かりません」

 セイが言うと、サラはすぐにうなずいた。

「はい。そこはまだ分かりません」

 セイは四本目の指を立てた。

「四つ。印は三度使われています。一度目は通し。二度目は受け取り。三度目は徴税控えです。本人より先に、印の方が流れへ乗せられていた可能性があります」

 テオが細い紙片を指で押さえた。

「ここが大事です。同じ印が、一度きりではなく、別の段取りに繰り返し使われています」

「蝋印の欠片もある」

 バルドが言う。

「印だけの話じゃなく、本物を使った可能性が高いってことだな」

「はい」

 サラが答えた。

「少なくとも、安い偽物を急いで作った感じではありません」

「待ってください」

 バルドが眉を寄せる。

「三貴族それぞれが、別々の権利を持ってたってことですか」

「そこまではまだ言えません」

 セイは紙片へ視線を落とした。

「三貴族それぞれが別の権利を持っていた、とはまだ言えません。ただ、三貴族の名義や家印が、通し、受け取り、徴税控えの流れに使われた可能性が高い、という段階です」

「それに、この細い紙片は、正式な帳簿そのものではありません」

 テオが続ける。

「帳簿へ写す前の控えか、仮受けに近い形です。途中の流れを知っている人間が選んで渡した可能性が高いです」

「じゃあ」

 バルドは顔をしかめた。

「まとめて隠すより、別々の役目で使う前提だった可能性が高いってことか」

「そう考える方が自然です」

 テオが低く言った。

 セイは最後の指を立てた。

「五つ。証言には、追うなら金を見ろと書かれていました」

 サラが皿へ手を伸ばす前に言った。

「ここまで並ぶと、ただ隠しただけではありません。何かを通した可能性が高いです」

「荷か、金か、人か」

 セイは言った。

「荷なのか、金なのか、人なのか。今の段階では、まだ一つには絞れません」

 テオが整理するように言う。

「ここまでをまとめると、三貴族の件は、ただの逃亡でも単純な誘拐でもありません。誰かが段取りを組み、印を使い、途中記録を残し、金の流れに乗せて動かした可能性が高いです」

「しかも、その段取りは祈りや保護の流れと無関係ではないかもしれません」

 サラが続けた。

「表の宿に入っていないのなら、教会の保護導線か、それに近い一時保護の場所を使った可能性があります。そのうえで手当てしたのか、しばらく隠したのか、別の場所へ移したのか。そのどれかです」

 バルドは眉を寄せた。

「人を荷みてえに扱ってる」

「人として見ていないからできます」

 サラの声は静かだったが、冷たかった。

 セイはパンをちぎって口に運んだ。

 塩気はある。

 腹も減っている。

 だが、噛んだ瞬間、前の世界の食事を少しだけ思い出した。

 焼いた肉に胡椒が利き、湯気の立つ汁物があり、香草の匂いが鼻に抜ける。

 それを知っていると、どうしても簡素に感じる。

 ふと、前の世界で追っていたものを思い出した。

 あの頃は、目に見えない理そのものを追っていた。

 今は、人の手で歪められた流れを追っている。

 違うようで、やっていることの芯はあまり変わっていないのかもしれない。

 それでも今は、味より先に順番を整えたかった。

「じゃあ逆に、まだ分からないことも分ける」

 セイは言った。

「一つ。残る一人は生きているのか、もう死んでいるのか。二つ。歩いたのが自分の意思か、脅されていたのか。三つ。印が使えた理由が、本人がいたからなのか、印だけを奪われていたからなのか。四つ。金が何に使われたのか。五つ。黒い板を置いた手と、この証言の後ろにいる手が同じかどうか」

「それともう一つ」

 バルドが言った。

「証言を流してきたやつが、助けるつもりで渡したのか、別の相手を削りたいだけなのか。そこもまだ分からねえ」

「その通りです」

 テオが返した。

「今の時点で言えるのは、こちらへ情報を流せる位置にいて、帳簿や印の流れを知っている相手がいる、までです」

『現時点で接続が強いのは、祈り灯異常、黒い板、三貴族の分離移動、印の三重使用、そして金の流れです。ただし、今つながって見えている物が、最後まで同じ手とは限りません』

 セイは小さくうなずいた。

「今見えてる線はつながってる。でも、最後まで全部が同じ相手の仕事とはまだ決められないってことだ」

「その言い方なら分かりやすい」

 バルドもうなずく。

「今はつながって見えてる。でも最後まで同じ相手とは決まってねえ」

「そういうことです」

 セイは言った。

 テオが紙の端をそろえながら続ける。

「では、今見えている問題点も整理します。一つ目。祈り灯異常は、人が仕掛けた可能性が高い。二つ目。三貴族の件は、王都の中の制度や記録を使って動かされている可能性が高い。三つ目。その二つが、同じ金の流れに乗っているかもしれない」

「四つ目」

 サラが足した。

「祈りや保護は、本来人を助けるための仕組みです。でも、その仕組みを使えば、人を隠しやすくもなります。そこを使った者がいるかもしれません」

 セイは小さくうなずいた。

 この世界では、祈りは人を助けるものとして受け取られている。

 だからこそ、その流れに紛れれば疑われにくい。

「祈りが悪いわけではありません。でも、その仕組みが悪用されているなら、そこは確かめないといけません」

「はい。だから私は、祈りそのものより、どう使われたかを見ます」

「俺は数字を見ます」

 テオが言う。

「帳簿の癖までは消せません」

「俺は出入りだ」

 バルドが短く言った。

「紙を触った人間と、運んだ人間を拾い直す」

 セイは三人を見た。

 見る場所は違う。

 だが、追う先は同じだった。

「では、次に帳簿で見るものを決めましょう。不正徴税、荷の付け替え、裏取引の前段記録。この三つです」

「教会側の不自然な保護や回復の記録も見ます」

 サラが続ける。

「そこまでつながれば、三貴族が濁り戦を使った出世用の駒だったかどうか、かなり見えてきます」

「今のところ、その可能性は高いです」

 テオははっきり言った。

「濁り案件が起きる。功績を立てる場ができる。その裏で金が動く。失敗したら今度は記録ごと薄くする。全部、別々には見えません」

「でも、まだ確定ではありません」

 セイが釘を刺す。

「はい」

 テオは素直にうなずいた。

「だから帳簿です」

 その時、宿の下働きが食堂の壁際まで来て、こちらに声をかけてきた。

 セイが返事をしたが、下働きは少し困った顔で立ち止まった。

 席の近くまで来ているが、結界の外なので、こちらの声は届いていない。

 セイは短く指を振った。

 食卓の周りの遮りを少しだけ緩める。

「どうしましたか」

 セイが聞く。

「王都側の実務官の方が」

 下働きが小声で言った。

「詰め所でお待ちです。最初の山がそろった、と」

 テオの目が変わる。

「来ましたか」

 サラもすぐに立ち上がった。

「ここから先は紙ですね」

 バルドが先に立った。

「俺も行く」

 セイは首を振った。

「最初は一緒に来てください。そのあとで出入りの拾い直しに回ってほしいです」

「分かった」

 バルドはすぐに切り替えた。

「まず紙を見て、必要ならすぐ動く」

 セイは銀貨を置き、椅子を引いた。

「行きましょう。食事の席で分けた話を、そのまま帳簿で確かめます」

 詰め所に入ると、机の上には紙の束が三つ並べられていた。

 実務官は立ったまま待っている。

 灯りの位置まで変えてあり、机の中央が広く空いていた。

 目の下には、さすがに少し疲れが出ていた。

 セイは宿を出る前に下働きへ頼んで持たせてもらった包みを、机の端へそっと置いた。

「手を止める時間も惜しいでしょう。食べられる時に食べてください」

 実務官は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに小さくうなずいた。

「……助かります」

 そして視線を紙へ戻す。

「集められたのは最初の山だけです」

 実務官が言った。

「北側徴税整理の控え。仮受け。受け取り側の写し。それから、商会側の荷改め記録の一部です」

「十分です」

 テオが答える。

「まずは日付を揃えればいい」

 セイはすぐに役割を切った。

「テオは数字と転記の癖を見てください。サラは教会側へ重なる保護や手当ての痕を。実務官は書式の違いを見てください。私は日付と異常地点を重ねます。バルドは、ここへ運ばれた紙と人の出入りを見てください。誰がいつ入って、どの束を触ったかまで拾いたいです。リラ、回収物の時期も並べてください」

『了解しました』

 紙が広がる。

 最初に止まったのは、やはりテオだった。

「これです」

 テオは三枚の紙を横に並べた。

「同じ日付の、通し、受け取り、徴税控えです。数字の揃い方が不自然です」

 実務官がのぞき込む。

「どこがですか」

「普通は崩れます」

 テオが説明する。

「通しで少しずれる。受け取りでまたずれる。徴税控えに回る時には字の詰め方も雑になります。でもこれは違う。最初から最後まで、あとから整えたみたいに揃っています」

 セイも数字を追った。

 一件ごとでは小さい額だ。

 だが、三枚を並べると見え方が変わる。

「分けていますね」

 セイが言う。

「はい」

 テオは即答した。

「一度に出せば目立つ額を、通し、受け取り、徴税控えに分けています」

 実務官の顔色が変わる。

「この切り方は、帳簿を知っている人間の手です」

 バルドが横から紙をのぞいた。

「しかも、きれいすぎる。現場で慌てて書いた紙には見えねえな」

「そうです」

 テオが答えた。

「現場でそのまま作られた記録には見えません。あとから帳尻が合うように、控えか写しを整えた可能性があります」

 サラも別の紙を持ち上げた。

「こっちも見てください。回復祈りの当番が増えている日があります。でも、寝台の使用数は増えていません。包帯も香油も、水も、減り方が弱いです」

「つまり」

 セイが言う。

「本当に人を保護した痕は薄い、ということですね」

「はい」

 サラがうなずいた。

「保護したように記録だけ整えた可能性があります」

 バルドが低く言う。

「役所の帳簿だけじゃなく、祈りの側の記録も使って隠してるかもしれねえってことか」

「その可能性が高いです」

 セイはうなずいた。

「不正徴税、荷の付け替え、裏取引の帳簿。それに保護記録の偽装まで重なるなら、ここでつながるかもしれません」

 テオが次の紙を抜いた。

 商会側の荷改め記録だ。

 品目の書き方が妙に浅い。

 布なら布。

 薬草なら薬草。

 普通ならそれくらいは書くはずなのに、問題の紙には「受け取り済み」「再仕分け済み」としかない。

「荷の付け替えもあります」

 テオが言った。

「中身を書きたくないか、書けないか、そのどちらかです」

 実務官が眉を寄せる。

「この流れなら、不正徴税だけでは済みませんね」

『一致率が上がりました。祈り灯異常が出た時期と、小口分割の時期が重なっています。濁り案件に使われた資金の一部が、王都の役人や商会を経由している可能性が高いです』

 セイはすぐに紙へ目を戻した。

 黒い板が見つかった夜。

 小口分割の控えが増えた時期。

 荷改めの記録が急に浅くなった日。

 一つずつなら別の問題にも見える。

 だが、時期を並べると重なっていた。

 祈り灯の流れが乱れた時期と、金の流れを細かく分けた時期が同じなら、偶然と見る方が無理がある。

「やっぱり、濁り案件そのものが使われています」

 セイは言った。

「危険への対処という顔をさせれば、金も人も隠しやすいです」

「はい」

 サラが答える。

「濁りは嫌われています。祈りは正しい行いとして見られます。その二つが重なると、詳しく見たがらない人が増えます」

「だから帳簿も薄くなる」

 テオが言う。

「中身まで見ない人間が増えるからです」

 バルドが低く言った。

「汚ねえやり方だな」

 テオが続ける。

「これで、三貴族の件もつながります。濁り戦を使って功績を作らせる。その裏で金を動かす。失敗したら記録ごと薄くする。駒として扱うなら、この流れが一番合います」

 セイは黙ってうなずいた。

 食事の席で分けた話が、帳簿の上で一つずつ裏づけられ始めている。

 ここまでで、三貴族が使い捨ての駒だった可能性はかなり高くなった。

 だが、その時だった。

 テオの手が、束の一番下から小さな紙を引き抜いた。

「……待ってください」

 その声で、全員が止まる。

 紙には小さく、人足代とだけ書かれていた。

 金額は目立たない。

 だが、日付が異常の出た夜と重なっている。

 実務官が別帳面をめくる。

 すぐに眉を寄せた。

「その先の保管記録がありません」

「普通の荷なら残ります」

 テオが低く言う。

「でも、これはない。最初から別の帳面へ渡した形です」

 バルドが顔を上げる。

「紙の上ではここで終わってる。でも実際には、その先で誰かが夜に動いたってことか」

 セイはその小さな紙を見つめた。

 ここまでなら、帳簿と証言で裏づけられる。

 王都の中で、濁り案件の金が動いた。

 役人や商会の手も入っている。

 三貴族はその流れの中で出世用の駒として使われた可能性が高い。

 だが、この一行は、その先で人か物を実際に動かした手がある可能性を示していた。

 腐った金の流れは見えた。

 だが、黒い板を置き、夜に運び、痕を薄くした手までは、まだ届いていない。

「帳簿の中にいた連中だけじゃない」

 セイはゆっくり言った。

「夜に人か物を動かした手が、まだ別にいるかもしれない」

 詰め所の空気が止まる。

 次に追う相手は、帳簿の外にいる。

 そして、その手はまだ王都の中にいる可能性が高い。


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