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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第9章 王都編中盤――王都の足場、見えにくい線を掘る

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第112話 二人目の証言

「待ってください」

 包みに触れる前に、サラがそう言った。

 俺は手を止めた。

 サラは机に半歩近づき、灰色の紙包みにそっと手をかざした。

 害のある祈りや細工がないか、息を整えて確かめる。

 バルドはその間に扉の前へ立つ。

 左足を半歩前へ出し、肩を開きすぎない。

 誰かが急に入ってきても、部屋の中へ入る前に止められる位置だ。

 テオは机の端から包みの形を見ていた。

「紙の巻き方は崩れていません」

「どういう意味だ」

 バルドが聞く。

「これを持ってきた者は、途中で投げたり雑に扱ったりしていない、確実にここへ届けるのが目的です」

 サラが目を閉じたまま答える。

「害する為の祈りは薄いです。呪いも、痛めるための細工も感じません」

「薄いってことは、ゼロじゃないのか」

「触った人の気配を消すような、整え方だけあります。追わせるけれど、送り主までは掴ませたくない。そんな感じです」

「徹底してるな」

 俺は扉の外にいる下役人へ目を向けた。

「置いていった相手は」

「顔を見せませんでした。声も低くしていて、男か女かも……」

「他には」

「残るもう一人の件だ、とだけ」

 下役人は肩をすくめた。

 本当にそれしか聞いていない顔だった。

「分かった。しばらく廊下から離れててくれ。ここへ来たことも、今は誰にも話すな」

「は、はい」

 扉が閉まる。

 足音が遠ざかったのを確かめてから、俺は包みへ手を伸ばした。

 紙を解く。

 中から出てきたのは、折りたたまれた紙が二枚。

 それと、欠けた蝋印のかけら。

 さらに、細い紙片が一つだった。

「蝋印」

 テオがすぐに身を乗り出した。

 欠けた赤い蝋の端には、押しつけられた紋の一部が残っていた。

 完全な形じゃない。

 だが、羽根のような細い線と、縦に伸びる穂のような刻みは見える。

「家印の一部か」

 俺が言うと、テオがうなずく。

「可能性は高いです。

 しかも、急ごしらえの偽物ではありません。

 少なくとも、安い裏細工で作れる感じじゃない」

 サラは細い紙片を見て眉を寄せた。

「これは役所の紙ですか」

「商人の荷札にも見えるな」

 バルドが言う。

「いや」

 テオは首を振る。

「切り方が違います。

 商会の現場札より細い。

 仮受けか、控えの切れ端に近いです」

 俺は先に折りたたまれた紙を開いた。

 字は整いすぎず、崩れすぎず。

 癖を消した字だ。

 目立たないように書いたのが分かる。

 短い文が並んでいた。

『残る一人は、自分の足で歩いた』

『歩かされた、と言い換えてもいい』

『表の宿には入っていない』

『印は三度使われた』

『一度目は通し』

『二度目は受け取り』

『三度目は徴税控え』

『顔より印が先に使われた』

『追うなら金を見ろ』

 部屋の空気が変わった。

 最初に口を開いたのはバルドだった。

「顔より印が先、か」

「ああ」

 俺は紙を机へ置く。

「本人を表へ出さずに、家の印だけ使ったって意味だ」

 サラの顔が曇る。

「生きているから使えるのか。それとも、もう本人はいなくても印だけ残っているのか」

「そこは、まだ切れません」

 テオが静かに言う。

「でも三度という数は重いです。一回だけではない。同じ印を、別の段取りに繰り返し使っている」

 俺はもう一枚の紙を開いた。

 そっちは文ではなく、短い言葉が並んでいた。

 日付。

 数字。

 簡単な記号。

 それから、三つの丸印。

「これは」

「控えです」

 テオがほとんど即答した。

「正式帳簿そのものではありません。帳簿へ写す前に、数字だけ先に並べる時の置き紙です」

「そこまで分かるのか」

 バルドが聞く。

「王都の実務は、きれいに整えすぎる癖があるんです。数字の並べ方に、人が出る」

 テオは紙を持ち上げ、光へ透かした。

「しかもこれ、商人が荷につける札とは作りが違います。役所の実務で使う控えや伝票に近い紙です」

 サラが最初の紙へ目を戻した。

「一度目は通し。二度目は受け取り。三度目は徴税控え」

「ただ隠しただけじゃない」

 俺は言った。

「隠しながら、何かを通した」

「荷か、金か、人か」

 バルドが低く言う。

「そのどれかだ」

 俺の頭に、さっき見た染物小屋の長椅子と毛布が浮かぶ。

 一人は手当てされていた。

 生きたまま移された形跡があった。

 だが、それと同じやり方をもう一人にも使ったとは限らない。

「三人とも、同じ使われ方をしてないな」

「そうですね」

 テオがうなずく。

「一人は王都側が押さえた。残る二人は消息不明。けれど実際は、同じ流れで消えたわけじゃない」

 サラが小さく息を吐く。

「最初から役割で分けていたのかもしれません」

「あり得る」

 俺は言う。

「口を持ってるやつ。家の印に価値があるやつ。生かして運ぶ価値があるやつ。向こうは、そうやって分けてる」

 バルドの眉が寄る。

「人を荷物より細かく仕分けてやがるな」

「人として見ていないからできます」

 サラの声は静かだったが、冷たかった。

 俺は細い紙片を指先でつまんだ。

 端に残った記号は、途中で切られている。

 全部は分からない。

 だが、意図は見える。

 こっちに全部を渡す気はない。

 それでも、次に掘る場所だけは間違えさせない。

「王都側の窓口を呼んでくれ」

 俺が言うと、バルドはすぐに扉を開いた。

 数刻もせず、地味な服の実務官が詰め所へ入ってきた。

 派手さのない男だ。

 だが、袖も靴もきれいで、机に向かう人間の動き方をしている。

「急ぎと聞きました」

「これを見てくれ」

 俺は細い紙片と、数字が並んだ紙を渡した。

 実務官は最初こそ怪訝そうだった。

 だが、二息ほどで目つきが変わる。

「……どこで、これを」

「拾った場所はまだ伏せる」

 俺は先に言った。

「まず、何かだけ答えてくれ」

 実務官は短くうなずいた。

「これは正式帳簿ではありません。

 徴税整理の前段に使う仮の控えです」

「役所の紙か」

「ええ。少なくとも、商会単独では持てません」

 テオがすぐに続ける。

「北側ですか。南側ですか」

「北側に近い」

 実務官は紙片の端を見た。

「記号の残り方がそうです。それと、この数字の切り方。三つとも、一件ごとを小さく見せる時の並べ方です」

「小さく見せる」

 バルドが聞き返す。

「一度に見れば大きい金でも、三つに割れば確認が浅くなるんです」

「つまり」

 俺は紙へ目を落とした。

「通し。受け取り。徴税控え。その三つに分けて、別の金に見せた」

「その可能性が高いです」

 実務官が答える。

 テオはすでに、机の上に広げていた移送記録の写しへ手を伸ばしていた。

 紙を並べ替える。

 日付をそろえる。

 数字の位置だけを追う。

「ここです」

「あったか」

「はい。この日だけ、通しの数と受け取りの数がきれいすぎる。最初から合っていたんじゃない。あとから合わせています」

 実務官も横から覗き込んだ。

「……本当だ」

「しかも雑じゃない。慣れた手です」

 テオの声は冷えていた。

「帳簿を知っている人間がやっています」

 サラが最初の紙へ視線を落としたまま言う。

「残る一人は、自分の足で歩いた。歩かされた、と言い換えてもいい」

「手当てした上で、運べる状態にしたってことだろうな」

 バルドが言う。

「生きたままな」

 俺はうなずいた。

「一人は雑に消される側じゃない。少なくとも、その時点ではまだ使い道があった」

「家の印を押させるためですか」

 サラが聞く。

「それもある」

 俺は蝋印の欠けらを見る。

「でも、それだけじゃない」

 紙に書かれていた一文。

 追うなら金を見ろ。

 それが引っかかっていた。

「人を隠した先じゃなく、人を使って通した金の口。こっちはそこを見ろって言ってる」

 実務官が顔を上げる。

「この控えを寄越した相手は、帳簿の流れを知っています」

「知ってるだけじゃない」

 テオが言う。

「この切れ端を選んで渡しています。全部ではなく、これだけで足りると分かっている」

「こっちの動きも読んでるってことか」

 バルドが腕を組む。

「そうです」

 俺が答えた。

「向こうは、こっちが何を拾えば次に進めるか分かってる」

 サラが小さく言う。

「味方でしょうか」

「まだ言えない」

 俺は首を振る。

「ただ、腐敗組織の側なら、こんな渡し方はしない」

「嵌めるための餌って線は」

 バルドが聞く。

「ゼロじゃない」

 俺は正直に言った。

「でも、嵌めるならもっと派手にする。これは逆だ。必要な物だけ置いて、残りは隠してる」

 テオが紙片を指で軽く叩いた。

「表に出られないか、出る気がないか」

「そのどっちかだな」

 俺は包みの外紙を見る。

 紙はありふれている。

 紐も安い。

 でも巻き方だけは丁寧だった。

 雑に投げた人間の手じゃない。

「こっちを使う気だ」

 バルドが俺を見る。

「ああ」

「善意か」

「違う。善意だけなら、もっと早く名乗ってる」

 俺は答えた。

「でも敵でもない。少なくとも今は、腐敗組織を削るためにこっちへ材料を渡してる」

 実務官が低い声で言う。

「帳簿を洗えば、転記先が残っているかもしれません」

「消されていても、痕はあるな」

 テオがすぐに返す。

「数字は一度通れば、完全には消えません」

「今夜のうちに洗えるか」

 俺が聞くと、実務官は少しだけ黙った。

 それから腹を決めた顔でうなずく。

「最初の山までは」

「頼む」

 俺は立ち上がった。

 机の上には、欠けた蝋印。

 役所の紙片。

 数字の控え。

 そして、顔を隠した誰かが残した短い文。

 二人目の居場所そのものは書かれていない。

 だが、それで十分だった。

 これで分かる。

 残る二人は同じように消えたわけじゃない。

 三貴族は、逃亡者として処理されたんじゃない。

 使える順に、別々の段取りへ押し込まれた。

 その上で、金の流れまで作られている。

「テオ」

「はい」

「移送記録と徴税の抜けを重ねてくれ。数字が合いすぎてる日から洗う」

「分かりました」

「サラは、確保済みの一人が話した家印の特徴をもう一度整理してくれ。今日の封に残った蝋印と重なるところを見たい」

「はい」

「バルドは出入りを止めてくれ。今日この詰め所へ入った人間を、下役まで含めて全部拾う」

「任せろ」

「実務官殿」

 俺が向き直ると、相手もすぐ背筋を伸ばした。

「北側の徴税整理で、数字の消し方が似てる日を全部持ってきてくれ」

「今夜中に」

「できる限りでいい。でも、最初の一枚は外すな」

「承知しました」

 皆が動き始める。

 部屋の空気が、追跡から照合へ切り替わっていく。

 さっきまで追っていたのは裏町の角だった。

 でも、もう違う。

 見えない誰かが渡してきたのは、隠れ家の場所じゃない。

 もっと奥だ。

 人を隠した先ではない。

 人を使って金を通した先。

 帳簿の奥。

 王都の表の中だ。

 俺は細い紙片を指で押さえた。

 端に残った数字は小さい。

 なのに、その先につながる穴は深かった。

「次は裏町じゃない」

 自然に、そう口に出ていた。

「敵は、帳簿の中にいる」


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