表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第9章 王都編中盤――王都の足場、見えにくい線を掘る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/118

第111話 見えない受け渡し

「行くぞ」

 俺は灰色の布切れを握り直した。

 布の端から続く細い線は、まだ切れていない。

 その先は裏町の奥へ続き、いくつもの角を曲がっていた。

「俺がこの布から続く線を追う」

 そう言って、通りの先を見た。

「バルドは前です。細道で誰かが飛び出しても、戻る道を残せる位置を取ってください」

「分かった」

「テオは足元と建物です。人を運んだ跡と、どこで服を替えたかを見てください」

「任せてください」

「サラは怪我の手当ての痕です。祈りが使われたなら、どこで、何のために使われたかを見てほしい」

「はい」

 役目を言い切ってから、俺はもう一度、布から続く線へ目を戻した。

 石畳の上を細く走るその線は、最初の角で西へ折れている。

 その先で南へ曲がり、さらに西、南、西と続いていた。

 ただ逃げた動きじゃない。

 人目を避けられる角だけを選んで進んだ線だった。

『最初の角で西です。その先は南、西、南、西の順に続いています』

 リラが短く補足する。

『角を曲がった先の続きも、まだ拾えます』

「まだ追える。急げば届く」

 俺たちは広場を離れ、洗濯物が頭の上を横切る細道へ入った。

 裏町の奥は昼でも暗い。

 家と家の間が狭く、石畳の幅も一定じゃない。

 人が二人並べば肩が触れる。

 その分、隠し事の跡も残りやすかった。

 最初の角では、そこで一度荷を持ち直した跡が強く残っている。

 次の角では壁際へ寄っていた。

 狭い道で向きを変える時、真ん中を通ると人目につく。

 片側を空けて進んだ動きだ。

「急いでるのに、雑じゃないな」

 前を歩くバルドが低く言った。

「ああ。こういうふうに人を隠して運ぶのに慣れてる」

 三つ目の角を曲がったところで、サラが足を止めた。

 石壁の下、雨水を流す溝のそばにしゃがみ込む。

「ここで一度、痛みを抑える祈りが使われています」

「どこを見て分かった」

 バルドが振り返る。

 サラは溝の脇に残った濡れ布を指した。

「布を押し当てたあとがあります。その上から、短く祈っています。治すためではなく、歩かせるための祈りです」

「怪我人を無理やり立たせたのか」

「違います」

 サラは首を振った。

「暴れる人を押さえた感じではありません。痛みを少しだけ落として、動けるようにした手つきです」

 俺は布から続く線を見た。

 たしかに、そこから先は怪我人の足取りが少しそろっている。

 倒れかけた人間を引きずった形じゃない。

 足を出せるようにして、歩かせている。

「生きてる可能性が上がったな」

 俺が言うと、バルドの顔が少しだけ険しくなった。

「安心していい話じゃねえ」

「ああ。生きてるなら、まだ使われる」

 そのまま南へ折れる。

 四つ目の角は袋小路に見えた。

 だが、布から続く線はそこで消えない。

 左の壁際、壊れかけた木箱の横を通って奥へ入り、最後は古い染物小屋の戸口で止まっていた。

「ここだ」

 バルドが俺の一歩前へ出た。

 左足を半歩前へ置き、盾を上げすぎず、右手は剣を抜かないまま腰だけ落とす。

 正面から何か飛び出しても、押し返して扉を塞げる立ち方だった。

「開ける」

 短く言って、木戸を押す。

 中は暗かった。

 染料の匂いはもうほとんどない。

 代わりに、湿った布と血の薄い匂いが残っている。

 誰もいない。

 だが、使われた跡は残っていた。

 壁際に長椅子が寄せられ、その上に毛布が一枚ある。

 床には切れた縄。

 桶の水は薄く赤く濁っていた。

 それから、上等な上着から外したらしい飾り紐が一本、足元に落ちていた。

 テオがすぐに動く。

 杖の先を床へ向け、風を浅く流した。

 舞い上がった埃の流れで、踏まれた場所だけが先に見える。

「三人で入っています。そのうち一人は足が乱れています」

「引きずってるか」

「いえ。自分で歩いています。ただ、左足を前へ出す幅が狭い。肩か脇腹をやられている時の歩き方です」

 テオは長椅子の端を見た。

「ここで一度、座らせています。そのあとで服を替えていますね」

「服を替えた?」

 俺が聞くと、テオは床に落ちた紐を拾った。

「これは裏町で普段着る紐じゃありません。織りも染めも上等です。表の家の人間が着る服から外した物です」

 サラも長椅子の前で膝をついた。

 毛布の端に、乾きかけた血が残っている。

「肩です。それから口元も切っています。でも、ここでちゃんと止血しています」

「ちゃんと、って?」

「先に血を止める。次に痛みを落とす。そのあとで服を隠す。順番がきれいです」

 サラは毛布の端をそっと押さえた。

「手当てした人は慣れています。命をつなぐやり方を知っています」

 俺は部屋の奥へ視線を移した。

 布から続く線は、長椅子の前で一度止まり、そこから裏口へ続いている。

 そして裏口の前で、別の二人分の線と重なっていた。

「ここで、裏から別の二人が入ってる」

「何人だ」

 バルドがすぐに聞く。

「二人だ。最初の三人とは別に、裏から来てる」

『争った形はありません』

 リラが補足した。


『受け取りに来た線です』

「受け渡しか」

 バルドが吐き捨てるように言った。

「そう見える」

 俺は裏口を押し開けた。

 外は、水路へ下りる細い石段だった。

 石段の三段目だけ、水が片側へ寄っている。

 しゃがんで見ると、右の縁が深く擦れていた。

「ここで一度、右へ体重が落ちてる」

「怪我人が崩れたか」

「いや、抱え直してる」

 俺は三段目から四段目へ視線を移した。

「三段目では右側の支えが強い。でも四段目では左にも重さが戻ってる。片側だけじゃ足りなくなって、両側で支えた」

 テオが横に並ぶ。

「その先の泥も見てください」

 水路脇の泥には、狭い車輪の跡があった。

 大きな荷車ではない。

 人を一人、横にして布を掛ければ、病人か酔っ払いに見せられるくらいの幅だ。

「来る時は軽い。帰る時だけ沈みが深いです」

 テオが言う。

「待ち伏せではなく、受け取り用に置いていた荷車ですね」

「最初から運ぶつもりで動いてたってことか」

 バルドの声が低くなる。

 俺は車輪の跡の先を見た。

 布から続く線は、そこで急に薄くなっていた。

 消えたわけじゃない。

 消されている。

 だが雑じゃない。

 人を隠す時の消し方だ。

 追う側を袋へ入れるために、わざと誘う消し方ではない。

「この先、細い水路が二回曲がる」

 俺は先を見たまま言った。

「その先で道幅が一人分になる。

 上から見られる窓も三つある。

 追えば一列になる」

 バルドがすぐに理解した。

「戻る道を潰されるな」

「ああ。しかも今の線の薄さだと、曲がった先で何人待ってるかまでは拾えない」

「じゃあ、ここで止めるか」

 俺は少しだけ迷った。

 生きている可能性は高い。

 今追えば、届くかもしれない。

 でも、それは相手の場へ踏み込む話だ。

 戻る道が細い。

 上を取られる。

 今いる四人のうち、誰か一人でも動けなくなったら取り返しがつかない。

「今日はここで線を引く」

 俺ははっきり言った。

「追えば相手の場に入る。今欲しいのは、捕まえることより、何が起きているかを確かめることだ」

 バルドはすぐにうなずいた。

「了解だ」

 その返事に無理がなかった。

 止まる判断を、ちゃんと壁役が受け取ってくれる。

 それだけで、胸の奥の力が少し抜けた。

 サラが水路の脇を見つめたまま、小さく言う。

「でも、一つだけはっきりしています」

「何だ」

「ここでは殺すつもりがありません」

 サラは視線を上げた。

「祈りがそう言っています。口を閉じさせるために痛みを落としたなら、もっと荒いです。でもここでの祈りは、歩かせるため、運ぶためです」

「生かして移した」

 テオが言う。

「しかも、身元を隠して」

 俺は染物小屋の中をもう一度見た。

 切れた縄。

 外された飾り紐。

 替えの粗い外套。

 一時的に人を座らせた長椅子。

 死体を捨てる場所じゃない。

 隠して運ぶための中継点だ。

「残る二人のうち一人は、ここを通った」

 俺は言った。

「しかも、濁りの荷を動かしていた側に回収された感じでもない」

「別の手が先に拾った、か」

 バルドが腕を組む。

「でも善人とも限らねえ」

「ああ」

 俺はうなずいた。

「保護してるのか、利用するために生かしてるのか、そこはまだ分からない」

『セイ』

 リラが不意に呼んだ。

『上です』

 反射で顔を上げる。

 水路の向こう、二階の小窓の内側で、こちらを見ていた人の線が一瞬だけ浮いた。

 誰かがこちらを見て、すぐに引いた。

「見張りか」

 バルドが半歩前へ出る。

「追うか」

「いや」

 俺は首を振った。

「今の一瞬で十分だ。こっちがここまで読んだことは、向こうにも伝わった」

 テオが窓を見上げたまま言う。

「試されている感じですね」

「だろうな」

 俺は染物小屋の戸を見た。

 布切れを置いたやつ。

 この場所へ繋がる線を、あえて残したやつ。

 そして今、俺たちがどこで止まるか見ていたやつ。

 全部が同じかは分からない。

 でも、少なくとも一つの側は、俺たちを完全には遠ざける気がない。

「戻るぞ」

 俺は言った。

「ここで拾った順番を先に固める。布から続く線。中継点。受け取りの荷車。それから、ここで服を替えたこと。この四つを崩さずに持ち帰る」

「了解」

 バルドが先に立つ。

「俺が前を取る。帰り道で誰か来ても、通すか止めるかはお前が決めろ」

「任せる」

 俺たちは来た道を引き返した。

 さっきまで追うために見ていた角が、今度は戻るための角になる。

 こういう時、前に盾があるのは本当に助かる。

 裏町を抜けて、王都側の仮机が置かれた詰め所へ戻った時には、もう日が少し傾き始めていた。

 テオが拾った紐と布を机へ並べ、サラが毛布の血の位置と手当ての順番を紙へ書き出す。

 俺は布切れを机の中央へ置いた。

「残る二人のうち一人は、まだ死んでいない可能性が高い」

 そう言うと、部屋の空気が少しだけ張った。

「ただし、助かったとはまだ言えない。誰かが先に押さえて、町の中で動かしてる」

「表向きは失踪のまま、裏では生きたまま使う気かもしれねえな」

 バルドが言う。

「あり得ます」

 テオが答える。

「家の印がまだ必要なら、なおさらです」

 サラは小さく息を吐いた。

「でも、今日の祈りは命をつなぐものでした。少なくとも、あの場では」

 その時だった。

 廊下の向こうで、慌てた足音が止まった。

 扉の外から、若い下役人の声がする。

「……あの、失礼します」

「入れ」

 バルドが言う。

 扉が開く。

 下役人は、困った顔で小さな包みを差し出した。

「これを、こちらへと。置いていった相手は顔を見せませんでした。名前も言いません。ただ……」

「ただ?」

 俺が聞くと、下役人はごくりと喉を鳴らした。

「残るもう一人の件だ、と」

 部屋の空気が、一気に変わった。

 テオがすぐに机の上を空ける。

 サラは祈りの気配を見るため、包みへ静かに手をかざした。

 バルドは扉の外へ目をやり、出入り口の様子を先に確かめている。

 俺はその包みを見た。

 灰色の紙に巻かれた、手のひらに乗る大きさだった。

 だが、見た目ほど軽くはない。

 なにか物を包んでいるようだ。

『害する意図は薄いです』

 リラが低く告げる。

 俺は包みへ手を伸ばした。

 この町の奥で、見えない誰かが、今度は二人目につながる手がかりまでこっちへ送ってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ