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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第9章 王都編中盤――王都の足場、見えにくい線を掘る

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第109話 小さな濁り

 地下へ沈んだ白い流れを追って、俺たちは倉区画の裏手に隠れていた細い石階段を下っていた。

 先頭はバルドだ。

 盾を少し前に出し、足元を確かめながら一段ずつ降りていく。

 俺はその一段後ろで、石階段の継ぎ目を見ていた。

 三段ほど下りたところで、次の段の右端に黒い筋が細く走っているのが見えた。

「待ってください」

 俺はすぐに声をかけた。

「次の段の右端を踏まないでください」

 バルドが踏み出しかけた足を引いた。

「見えてるのか」

「見えてます」

 湿った石階段の継ぎ目に、黒い筋が細く走っていた。

 濁りそのものはまだ小さい。

 けれど、置かれている場所が悪い。

 その黒い筋は、王都の中心へ向かう守りの祈りをここで地下へ引きずり込むために置かれていた。

 守りを正面から壊す気じゃない。

 少しだけ向きを変えて、薄い場所を作る気だ。

 そうすれば濁りは溜まりやすくなる。

 人や荷も、その隙を使って通しやすくなる。

 ここで踏み抜けば、そのずらされた祈りの流れまで一気に乱れる。

 テオが杖を少し浮かせた。

「地下導線の古い補修路ですね。思ったより西へ流れている」

 頭の奥で、リラが静かに告げた。

『王都中央へ向かった守りの祈りが、途中で王都西外れ寄りの古い補修路へ分岐しています。表の地図では切られていますが、下の導線はまだ生きています』

「中央へ向かう祈りが、途中で西へ逃がされています」

 俺は低く言った。

「表の地図では切れていても、下の道はまだ生きてる」

 バルドが眉をひそめた。

「内側へ入って、その先で西へ逃がしてるのか」

「はい」

 俺はうなずいた。

「人も、祈りも」

 そのときだった。

 下の暗がりから、金属を細くこすったような音が響いた。

 祈り灯の澄んだ音じゃない。

 守りの流れを無理にずらした時の、嫌な擦れ方だった。

「急ぎます」

 俺たちは石階段を駆け下りた。

 地下の空気は冷たかった。

 壁の両側には、古い祈り灯が等間隔に埋め込まれている。

 火は消えていない。

 だが、奥へ行くほど白い守りが弱っていた。

 さっき石階段で見た黒い筋が、王都の中心へ向かう祈りの流れを地下側へずらしているせいだ。

 本来なら灯りにまっすぐ入るはずの守りが、途中で引かれ、薄く削られている。

 だから火だけは残る。

 それなのに、守りだけが痩せる。

「……上の石階段にあった黒い筋のせいか」

 バルドが低く言った。

「はい」

 俺はうなずいた。

「あれが上で流れを引っ張っています。そのせいで、下の灯りに入る守りが細くなってる」

 北外れで見た異常と同じだった。

 表から見れば普通の灯りに見える。

 中の守りだけが抜かれている。

 角を曲がると、地下導線と祈り灯を点検するための小部屋があった。

 部屋の中央には低い石台があり、その上に膝ほどの高さの祈り灯が据えられている。

 だが、その根元には握り拳ほどの黒い塊が絡みついていた。

 自然に広がった濁りじゃない。

 細い濁りを、誰かが無理やり灯りの根元へ巻きつけた形だった。

 祈り灯の前では、若い祈り手が膝をついていた。

 額に汗を浮かべ、両手を組んだまま必死に祈りを流している。

 だが、押し返せていない。

 白い流れが根元で横へ引かれ、灯りへ入る前に削られていた。

 小部屋の右奥には、補修員の服を着た男が二人いた。

 一人は入口側を気にしながら、細い刃を構えている。

 もう一人は、布に包んだ薄い板を抱えたまま、石台へ踏み込む間をうかがっていた。

 祈り手は灯りを守るので精一杯で、まだ後ろの二人に気づいていない。

「あれを祈り灯の根元に置く気です!」

 俺が言った瞬間、バルドが動いた。

 左足を一歩前へ出す。

 盾を先に入れる。

 祈り手と祈り灯の前へ、自分の体を滑り込ませた。

 刃を持った男が反射で腕を振る。

 だが、バルドは右足を残したまま、盾の角でその腕を外へ流した。

 刃が盾に当たり、男の手首がぶれる。

「テオ、左を狭く」

「はい」

「サラ、祈り手を下げて、灯りを守ってください」

「分かりました」

 サラが祈り手の肩を抱き、壁際へ下げる。

 入れ替わるように、自分が祈り灯の前へ入った。

 サラが祈り用の白い札を一枚取り出し、祈り灯の下へ滑り込ませた。

 その横で、テオの土壁が立ち上がった。

 膝くらいの高さだ。

 男たちの左側がふさがる。

 これで石台へ回るなら右しかない。

 俺は前へ出ない。

 板を持った男の足だけを見る。

 板を持った男は、石台へ最短で踏み込もうとしていた。

 次の二歩で届く。

 置いたら、そのまま右へ抜ける気だ。

 なら、触るのは二歩目だけでいい。

 俺は石床へ薄く土を流した。

 狙うのは、男の右足が次に落ちる場所だけだ。

 その一点だけを、踏んだ瞬間に少し沈むくらいまで緩める。

 さらに、そのすぐ外側をわずかに低くする。

 右足が乗れば、足首が外へ流れる形だ。

 見た目では分からない。

 だが、走ったまま踏み込めば、体勢が崩れる。

「テオ、灯りの手前に低い壁を」

「合わせます」

「バルド、もう半歩だけ前です」

「任せろ」

 バルドが左足を半歩進めた。

 盾がさらに前へ出る。

 板を持った男は、避けるために右へ寄った。

 その先が、俺のずらした場所だった。

 右足が沈む。

 踵が逃げる。

 足首がぶれる。

 膝が内へ入る。

 上体が前へ流れた。

「今です!」

 テオの土壁が、祈り灯の手前に立つ。

 男は真正面から行けなくなった。

 無理に腕だけを伸ばす。

 だが、もう体勢が崩れている。

 布包みは石台の手前に落ち、乾いた音を立てて転がった。

 もう一人が、そこで無理に切り込んできた。

 狙いはサラじゃない。

 場を乱して、板を置く時間を作る気だ。

 だが、バルドの方が早かった。

 左足を一歩入れる。

 盾で腕を外へ流す。

 そのまま肩を前に出す。

 ぶつけるんじゃない。

 前に立つ。

 それだけで、男は進めなくなった。

 下がろうとした足が、テオの土壁の端に引っかかる。

 踏ん張れない。

 男はそのまま壁へ叩きつけられた。

 サラの祈りが、祈り灯の根元を包む。

 白い光が細く広がった。

 黒い塊が、ぴし、と小さく鳴る。

「押さえました!」

「こっちも終わりだ」

 バルドが低く言った。

 荒い息だけが小部屋に残った。

 倒れた二人。

 祈りを切らないサラ。

 杖を下ろさないテオ。

 壁にもたれた若い祈り手。

 石台の手前に転がる黒い薄板。

 そして、祈り灯の根元に巻きついた小さな濁り。

「……助かりました」

 若い祈り手が、掠れた声で言った。

「急に守りが痩せて、補修が来ると聞かされていたので、最初は信じてしまって」

「怪我は」

 サラがすぐに聞く。

「ひどくはありません。

 祈りを流しすぎただけです」

「なら大丈夫です。

 でも、もう無理はしないでください」

 俺は石台の横へしゃがんだ。

 根元の黒い塊は、小さいくせにいやらしい。

 暴れていない。

 広がってもいない。

 ただ、祈り灯へ入る守りの祈りを、根元で少しずつ横へ引っ張っている。

『北外れの板片と近いです』

 リラが言う。

『大きさは小さいですが、やっていることは同じです。

 守りを消すのではなく、届く向きを変えています』

「やっぱりか」

 俺は小さく息を吐いた。

 壊すためじゃない。

 見た目を保ったまま、守りの働きだけを変える。

 目立たない。

 だから長く残る。

「取れますか」

 バルドが聞く。

「急に引き剥がすのはまずいです」

 俺は答えた。

「先に祈りを通してください。

 そのあとで、置き場をずらします」

「分かりました」

 サラがうなずく。

「白を先に通します」

 テオもすぐに構えた。

「支えます」

 俺は石台の右奥、その下へ薄く土を流した。

 持ち上げるんじゃない。

 傾きを変えるだけだ。

 黒い塊が食いついている角度をずらす。

 サラの祈りが先に入る。

 細い白が一本、根元へ戻る。

 そこへテオの支えが入る。

 石台がわずかに鳴る。

 黒い塊が、ぴし、とまた音を立てた。

「今です」

 俺は石床の継ぎ目を浅く開いた。

 ほんの小さな溝だ。

 逃げ道を作っただけ。

 黒い塊は、根元からずるりと滑り、その溝へ落ちた。

 床から離れた瞬間、祈り灯の白がふっと太くなる。

 部屋の冷えた空気が、少しだけ和らいだ。

「戻りました」

 サラが息を吐く。

「まだ完全ではありませんが、もう持ちます」

 若い祈り手の肩からも、ようやく力が抜けた。

 そのときだった。

 押さえつけられていた男の一人が、低く笑った。

「遅いんだよ」

 かすれた声だった。

「灯りひとつ守ったくらいで、何になる」

 バルドが首元を押さえたまま、目だけで威圧する。

「しゃべれるなら吐け」

 男は笑いを切らしながら、床へ唾を落とした。

「俺らだけじゃねえ」

「上が変われば、裏も変わる」

「このまま王都が無事で済むと思うなよ」

「そのために黒い板を置いているのか」

 俺が聞く。

「守りを薄くして、濁りを溜めるためか」

「違うな」

 男は吐き捨てた。

「道を作るためだ」

「通せる場所を増やすためだ」

「人も、荷も、怒りもな」

 部屋の空気が一段重くなった。

 若い祈り手が、小さく口を開いた。

「……やっぱり」

「知っているのか」

 バルドが聞く。

 祈り手は迷いながら、うなずいた。

「西外れでは、ここ数日、妙な噂が流れていました」

「悪い徴税官の倉だけが荒らされたり」

「人を売る手合いの荷だけが消えたり」

「でも、普通の住民はほとんど巻き込まれていません」

「誰がやってる」

「顔は見ていません」

「ただ、裏町ではそう呼ばれています」

 祈り手は唇を湿らせた。

「裁き屋、と」

 その名前に、押さえつけられた男の肩がわずかに動いた。

 嫌がったんじゃない。

 怒った。

 そこが分かりやすかった。

「そいつらが、お前らの仲間か」

 俺が聞くと、男は歯を食いしばった。

「仲間なもんか」

「連中は勝手に正義ぶってるだけだ」

「だが、裏が荒れりゃ、表も荒れる」

「それで十分なんだよ」

『発言を整理します』

 リラの声が静かに響く。

『黒い板を置く側。人や荷を動かす裏社会側。そして、悪人だけを狙うと噂される裁き屋』

『同じ西外れの導線上で、少なくとも三つの動きが重なっています』

 違う線が、同じ場所に集まっている。

 だから厄介だ。

 ただの誘拐でもない。

 ただの濁り異常でもない。

 王都の裏で、別の思惑が同じ道を使い始めている。


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