表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第9章 王都編中盤――王都の足場、見えにくい線を掘る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/118

第103話 送る線と、迎える線

「遅くなりました」

「村から、合流しました」

 扉を開けたサラは、旅埃を払うより先にそう言った。

 そのまま一歩だけ部屋へ入る。

 目はもう、俺の顔を見ていた。

「それと、来る途中で教会の伝達を受けました」

 やっぱり軽い話じゃない。

 俺が口を開く前に、サラは続けた。

「王都北外れの祈り灯が、一基だけ痩せています。祈りを足しても戻らないそうです」

 西棟の部屋の空気が一気に張った。

 王都北外れの祈り灯が一基だけ痩せている。

 サラの報告を聞いた瞬間、頭の中で王都北の地図が重なった。

 場所は分かる。

 でも、灯が本当にどこまで痩せているかは、まだ現場で見ていない。

「もう来たか」

 バルドさんが低く言う。

「こっちが腰を据える前に、ですね」

 テオさんも紙から顔を上げた。

 俺はサラを見る。

「被害は」

「まだ大きくはありません。でも、灯の下で見張っていた神官が言っています。“祈りが届いている感じがしない”と」

 それは嫌だった。

 灯が弱るだけなら、手入れ不足やマナ石の消耗でも起きる。

 でも、祈っても戻らないなら話は別だ。

「行きます」

 そう言った瞬間だった。

「行くのはいいですけど、その前に水です」

 サラが真顔で机の上を指した。

「え?」

「少し無理をしましたね。

 見れば分かります」

 テオさんが小さく息を吐く。

「到着して五呼吸で役目を果たしましたね」

「見れば分かりますから」

 サラはまったくぶれなかった。

「よく動いたあとの張りが残っています」

「……そんなにですか」

「動けなくなるほどじゃありません。

 でも、使った分はちゃんと体に出ています」

 俺は黙った。

 バレるのが早い。

 バルドさんが腕を組んだまま笑う。

「助かるな。

 そういう役、今のこいつにはいる」

「……分かりました」

 木杯の水を一気に飲む。

 サラはそれを見届けてから、ようやく少しだけ表情を緩めた。

「はい。

 それでいいです」

 ガランさんが村へ戻って、背中側の重しが一枚外れた気がしていた。

 でも、その空いたところに別の支えがすっと入ってきた。

 《鎚灯り》が、王都でようやく揃ったんだと、その時に実感した。


「方針を決めます」

 俺は机の地図を引き寄せた。

「目的は二つ。北外れの祈り灯の異常確認。それから、人工物の線と繋がるかの確認」

「現場で戦闘が起きる可能性は」

 テオさんが聞く。

「低い。でもゼロじゃないです」

「なら前は俺が持つ」

 バルドさんが即答した。

「私は灯の維持と浄化を見ます」

 サラが続く。

「石や土台の状態は私が見ましょう。王都の道は、土より石のほうが面倒です」

 テオさんらしい言い方だった。

 俺はうなずいた。

「俺は線を見ます。前へ出るのは、落ちる人が出る時だけです」

 サラの目が細くなる。

「言いましたね」

「言いました」

「あとで変えないでくださいね」

「……努力します」

「努力じゃなくて守ってください」

 強い。

 でも、そのくらいでいい。

 王都は森より見えにくい。

 だからこそ、こっちの足を見てくれる人間がいるのはありがたかった。


 北外れへ向かう道すがら、俺はようやく三人の“王都側の顔”を知ることになった。

 最初に道を選んだのはテオさんだった。

「正門通りは遅いです。巡回と荷馬車が多い。学院横の裏道を抜けます」

「詳しいですね」

「一応、戻る席だけはありますから。休学中の伯爵家三男です」

 軽く言ったけど、軽い話じゃない。

「王立学院のほうが、王都の地図より頭に入っていますよ。嫌な記憶も込みで」

「嫌な記憶込みって言い方、だいぶ苦いですね」

「苦くない学院生活なんて、たぶん贅沢です」

 その隣で、バルドさんは肩をすくめた。

「俺はギルド訓練班上がりだ。北側の詰所にも、顔見知りが何人かいる」

「じゃあ、通りやすいですか」

「通りやすいのと、面倒が減るのは別だ」

 それはそうだ。

 最後にサラが前を見たまま言う。

「私は王都大教会の分院にいたので、祈り灯の配置はだいたい分かります。北外れは古い灯が多いんです。だから、ただの老朽化なら逆に話が早いんですけど……」

「今回は違う気がする」

 俺が言うと、サラはうなずいた。

「私もそう思います」

 村では俺が線を見て、みんながその先を支えてくれた。

 でも王都では違う。

 この三人のほうが、この街の癖を知っている。

 それが少しだけ心強くて、少しだけ悔しい。

 いや、悔しいは違うな。

 頼れる、が近い。


 北外れの祈り灯は、石造りの細い水路の脇に立っていた。

 人通りの多い大通りではない。

 荷運びや裏方の出入りが多い、半端な場所だ。

 だからこそ、異常があっても大騒ぎになりにくい。

 灯のそばには若い神官が一人。

 その後ろに、荷車引きのおじさんが二人。

 不安そうな顔で灯を見上げていた。

「ああ、来てくださったんですね」

 神官が頭を下げる。

「教会から聞きました。祈っても、こうで……」

 近づいて見る。

 光は消えていない。

 でも、芯が痩せていた。

 灯の上にあるはずのやわらかい広がりがなく、糸みたいに細い。

 祈り灯の線は、ふつうは周囲から少しずつ寄ってくる。

 水を張った皿に、静かに水が足されるみたいに。

 でもここの灯は違った。

 寄ってきた分が、そのまま横へ逃げている。

「……流れてる」

「どこへ?」

 サラが聞く。

 俺は灯の土台から、石畳の下へ視線を落とした。

「下です。水路の脇。たぶん、吸われてる」

 テオさんが膝をつく。

 指先で石の継ぎ目をなぞり、そっと風を流した。

 細い砂と埃が一筋だけ、右へ吸い込まれる。

「空洞がありますね。自然な抜けじゃない」

「人工物か」

 バルドさんが前へ出る。

「その可能性が高いです」

 俺は灯の脇へしゃがみ込んだ。

 石畳は三枚。

 中央だけ、ごくわずかに沈んでいる。

 でも踏んだら分かる程度じゃない。

 見慣れてなければ、まず気づかない。

「開けます」

「待ってください」

 サラが俺の肩を軽く押さえた。

「あなたは真ん中に行きすぎです」

「いや、まだ行ってませんよ」

「行く顔をしています」

 なんでそこまで分かるんだ。

 バルドさんが前へ出て、大盾を少しだけ斜めに構える。

「なら順番だ。俺が前。テオ、石を浮かせられるか」

「少しなら。でも下で何か弾けたら、正面から受けないでくださいよ」

「分かってる」

「本当にですか?」

「お前は心配が細けえな」

「細くないと生き残れません」

 そのやり取りが少しだけ空気を軽くした。

 俺は灯の横へ回る。

 右足を石畳の固い帯に置く。

 左足はまだ乗せない。

 体重を前に流さず、腰を落とす。

 落ちる先だけを見て、半歩ぶんのつながりを書き換える。

 低く、短く。

 人目には“風で体を軽くした”くらいにしか見えない高さだ。

『浮力、安定』

 頭の奥で、リラが言う。

 石を踏み抜かないまま、俺は中央の沈みを真上から見た。

 あった。

 継ぎ目の下に、黒い薄板みたいなものが差し込まれている。

 以前拾った人工物の欠片より細い。

 でも、線の嫌さは同じだった。

「当たりです。細い板が入ってる。灯の流れを横へ吸ってます」

「抜いた瞬間に漏れる可能性は」

 テオさん。

「あります」

「なら、受けます」

 サラが即答した。

「灯の周りだけ結界を張ります。広くは取りません。漏れた分だけ削ります」

「結界の外に立つ。漏れたら俺が盾で止める」

 バルドさんの盾が半歩前へ出る。

「テオさん、石を」

「はいはい。後で“安全マージンは十分でした”と言わせてください」

 テオさんの土魔法が石の下へ潜る。

 ごく小さく、石が持ち上がる。

 サラが祈った。

 灯の周りに淡い膜が張られる。

 俺は息を止めて、黒い薄板を指先で挟んだ。

 冷たい。

 嫌な冷たさだった。

 まるで、水じゃなくて意味の悪いほうだけ吸ってるみたいな。

「いきます」

 引き抜いた瞬間だった。

 黒い靄が、糸みたいにぶわっと噴いた。

 でも広がるより先に、サラの結界にぶつかる。

 膜が揺れる。

 バルドさんが一歩だけ前へ出て、盾で押さえる。

 テオさんが石の脇に土杭を一本立てた。

 逃げ道が狭まる。

「右、半歩」

 俺が言う。

 バルドさんの右足がそのまま石の固い帯へ乗る。

「そこです。前に乗らないでください」

「おう」

 靄は盾の縁へ流れた。

 その先をサラの光が焼く。

 濁りというほど濃くはない。

 でも、祈り灯から抜いた光を痩せさせるには十分な嫌さだった。

「消えます」

 サラが言う。

 光が一段強くなる。

 黒い糸がちりちりと痩せ、最後は音もなく消えた。


 静かになった。

 その直後だった。

 祈り灯の芯が、ふっと太くなる。

 糸みたいだった光が、ようやく灯らしい丸みを取り戻した。

 若い神官が息をのむ。

「戻った……」

 本当に戻った。

 周囲から寄ってくる線が、今度は逃げない。

 ゆっくり、ちゃんと灯へ入っていく。

 俺は息を吐いた。

 小さな勝ちだ。

 でも、ちゃんと勝ちだ。

「老朽化じゃなかったですね」

 テオさんが石の下を覗き込む。

「嫌な細工です。しかも、見つかりにくい」

「王都っぽいな」

 バルドさんが盾を下ろした。

 褒めてない。

 俺は黒い薄板を布に包む。

 線の感触は、前に拾った五つの欠片に近かった。

 同じ根だ。

 少なくとも、ただのいたずらじゃない。


「セイさん」

 振り向くと、サラが真っ直ぐ見ていた。

「手、出してください」

「今ですか?」

「今です」

 逆らえないやつだ。

 手を出すと、サラは軽く祈りを流した。

 疲労を見るための、薄い光だった。

 数秒。

 それだけで、サラの眉が少しだけ寄る。

「少し使いすぎましたね」

「そこまでですか」

「ええ。

 でも、まだ余裕はあります」

 即答だった。

「さっきの足場の渡りと、線を見続けた分です。

 倒れるほどではありませんけど、無理の跡は残っています」

 バルドさんが横から言う。

「言ったろ。

 そういう役が要るって」

 テオさんも冷静に刺してくる。

「王都で倒れられると、記録が非常に面倒です」

「心配の仕方が二人とも違う」

「でも同じ意味ですよ」

 サラが言った。

「長く動くために、無理を減らしてください」その言い方はきつくない。

 でも、逃がしてもくれない。

 俺は苦笑した。

「了解です」

「本当ですか」

「……たぶん」

「次やったら本当に怒りますからね」

 柔らかい声なのに、全然笑えない。

 でも、嫌じゃなかった。


 帰り道、北の風は少し冷たかった。

 灯が戻ったせいか、さっきまであった張りつめた感じが少しだけ薄い。

 けれど、俺の頭の中では別の線が太くなっていた。

 灯の流れを横へ吸う細工。

 見つかりにくい場所。

 大騒ぎにならない裏道。

 それは、王都の中に“少しずつ削る側”がいるやり方だった。

「一基だけじゃ済まない気がします」

 歩きながら言うと、テオさんがうなずく。

「同感です。派手に壊す気なら、もっと目立つやり方をします。これは“点検漏れ”に見せたい壊し方です」

「北外れだから、人の目も薄い」

 バルドさん。

「でも、完全に捨てられてる場所でもない。地味に効く」

 サラが小さく息を吐く。

「祈り灯は、街の空気そのものですから。一つずつ痩せたら、気づく頃には人の気持ちも沈みます」

 その言葉に、俺は足を止めかけた。

 人の気持ち。

 祈り。

 灯。

 この世界では、それ自体が仕組みだ。

 だったら灯を削るのは、ただの設備破壊じゃない。

 街の土台を、静かに痩せさせるやり方だ。


 西棟の部屋へ戻ると、机の上に地図を広げた。

 北外れの灯に印を付ける。

 回収した薄板を包みの横へ置く。

 前からある五つの欠片のそばに並べた瞬間、嫌な統一感が出た。

「似てますね」

 テオさんが言う。

「厚みは違いますが、流れの崩れ方が近い」

「教会側にも見せますか?」

 サラが聞く。

「まだ最小限で」

 俺は答えた。

「まずは、王都の中で同じ異常が他にないか洗います」

「そのための人と場所が足りませんね」

 テオさんがさらっと言う。

「紙も棚も、今日のぶんで半分使いました」

「寝る場所もな」

 バルドさんが壁にもたれたまま言う。

「ここ、仕事部屋としてはいい。でも拠点としては狭え」

 その時だった。

 部屋の外で、早足の気配が止まる。

 扉が叩かれた。

「セイ殿」

 昼に来た実務官の声だ。

「北外れの件、もう聞きつけたのか」

 バルドさんが呟く。

 早い。

 いや、王都ならこれが普通か。

「どうぞ」

 扉が開く。

 実務官は一礼して、短く告げた。

「報告です。王都東側でも、似た小規模異常が一件。それと、西側の古い祈り場で、灯の揺れが一つ」

 地図の上で、俺の指が止まった。

 北に一つ。

 東に一つ。

 西に一つ。

 偶然にしては、並びが良すぎる。

『接続図、出します』

 リラの声と同時に、頭の中に王都の地図が重なった。

 北、東、西。

 報告のあった三つの場所が浮かぶ。

 その位置関係を追うと、王都の中にひとつの向きが見えてくる。

 まだ確証はない。

 でも、偶然で片づけるには並びが良すぎた。

 でも、もう“たまたま”ではなかった。

「……なるほど」

 俺は地図の中央寄りを見た。

「王都の中にも、掘るべき線がある」

 サラが静かに息をのむ。

 テオさんはすでに新しい紙を引いていた。

 バルドさんは扉のほうへ体を向け直している。

 仮の足場はできた。

 でも、仮のままじゃ足りない。

 王都の異常は、こっちが整うのを待ってくれない。

 そして俺たちは、今夜だけで三つ目の点を拾った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ