ナナシの危険性
ナナシの最も危険な部分。
それは、
悪意がほとんど存在しないことだった。
ナナシは、
人を苦しめたいわけではない。
壊したいわけでもない。
支配したいわけでもない。
傷つけたいわけでもない。
むしろ、
人間そのものへ、
強い温もりを感じている。
だからこそ、
知りたい。
理解したい。
もっと触れたい。
その欲求が、
全ての始まりだった。
しかし、
ナナシは、
その行為の危険性を、
根本的に理解できていない。
何故なら、
ナナシにとっては、
「知る」
ことが自然だから。
人が呼吸するように。
食事をするように。
ナナシは、
人の奥側へ触れようとする。
だから、
罪悪感が薄い。
悪意がない。
だからこそ、
止まりにくい。
⸻
理解が先に来る
普通の人間は、
まず善悪を考える。
これはやっていいのか。
悪いことではないか。
傷つけないか。
怖がられないか。
そういう順番で考える。
しかし、
ナナシは違う。
ナナシは、
まず、
「知りたい」
が来る。
理解したい。
何故そうなったのか。
何を感じているのか。
どうしてそんな顔をしたのか。
そこが先に来る。
だからナナシは、
善悪の判断が遅い。
というより、
理解が終わるまで、
善悪へ辿り着かない。
そのため、
普通なら踏み込まない場所へ、
自然に入ってしまう。
相手の痛み。
依存。
恐怖。
壊れかけた感情。
普通の人間なら、
躊躇する。
しかしナナシは、
まず理解しようとしてしまう。
それが、
ナナシの危うさだった。
⸻
ナナシは、
人間の表層を剥がしてしまう。
ただし、
本人にその自覚は薄い。
ナナシは、
相手を理解したいと思う。
そのために、
相手が理解可能な形へ揺らぐ。
相手は、
「この子は分かってくれる」
と思う。
だから、
深い場所を見せてしまう。
本音。
矛盾。
隠していた感情。
言葉にならない衝動。
ナナシは、
それらを自然に露出させる。
しかし、
ナナシ自身は、
それを「壊している」
とは思っていない。
元々そこにあったものを、
見ているだけだと思っている。
だからこそ、
止まれない。
⸻
ナナシは、
人を簡単に裁けない。
何故なら、
理由が見えてしまうから。
どうして壊れたのか。
どうして歪んだのか。
どうして苦しんでいるのか。
どうして狂ってしまったのか。
そこまで見えてしまう。
だから、
単純に、
「悪い人」
と思えない。
例えば、
人を傷つけた人間がいたとしても。
その奥にある孤独。
恐怖。
喪失。
依存。
絶望。
そうしたものまで、
ナナシは感じ取ってしまう。
だから、
責めきれない。
もちろん、
善悪の概念を理解していないわけではない。
人が傷つくことも知っている。
悪いことが存在することも理解している。
しかし、
その前に、
「どうしてそうなったのか」
を考えてしまう。
だからナナシは、
人間を嫌いになりきれない。
どれだけ壊れたものを見ても。
どれだけ歪んだ感情へ触れても。
ナナシは、
まず理解しようとしてしまう。
⸻
壊れた後は静かに離れる
ナナシは、
「壊れた後」
へ強い執着を持たない。
ナナシが惹かれているのは、
深層そのものではない。
切り替わる瞬間。
落差。
表層から深層へ落ちる刹那。
そこにだけ、
強い温もりを感じている。
だから、
本音が露出しきった後。
壊れきった後。
ナナシは、
静かに離れていく。
そこには、
もう新しい落差が存在しないから。
もちろん、
憎んでいるわけではない。
飽きた、
とも少し違う。
ただ、
「もう知れない」
と感じている。
だから、
静かに離れる。
次の揺らぎを探しに行く。
それは、
あまりにも自然だった。
⸻
ナナシ自身は、人間だと思っている
ナナシは、
自分を怪物だと思っていない。
むしろ逆。
自分も、
人間だと思っている。
友達と遊ぶ。
学校へ行く。
アニメを見る。
夕飯を食べる。
笑う。
楽しいと思う。
寂しいと思う。
だから、
ナナシ自身は、
「みんなと同じ」
だと思っている。
だからこそ、
人間社会へ溶け込もうとする。
擬態する。
輪へ入る。
普通を覚える。
何故なら、
ナナシにとって、
人間は、
遠い存在ではないから。
自分もまた、
その中の一人だから。
しかし、
その「普通」の中で。
ナナシだけが、
人の深層を見てしまう。
ナナシだけが、
落差へ温もりを感じてしまう。
ナナシだけが、
本音の露出へ惹かれてしまう。
そして、
それを異常だと思っていない。
だからこそ、
ナナシは危うい。
静かで。
穏やかで。
優しくて。
人畜無害に見えるまま。
人の最も深い場所へ、
自然に触れてしまう。
それが、
ナナシという存在の、
本当の危険性だった。




