第8話『紳士な老人』
アヒージョを食べ終え、湯呑みの水で清涼カプセルを飲み込んでいると、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」
大将が元気よく声を出す。
中に入って来たのは、まるでマジシャンのような黒いタキシードを着た80歳くらいのおじいちゃん。
左右に伸びた立派な白い口髭が特徴的だ。
おじいちゃんは杖を入り口に置き、頭に被っていた黒いホンブルグハットを脱ぎながら言った。
「おや、空いてますね、珍しい」
脱いだ帽子から、綺麗な銀の長髪が現れた。
後頭部で髪を結び、ローポニーにしている。
このおじいちゃん、間違いなくお洒落だ。
『オシャレ』と、カタカナで書くのが失礼とさえ思えるくらい、大人の『お洒落』を着こなしている。
そんなおじいちゃんに、大将は言った。
「結斗さん、久しぶりですね」
結斗!?
えっ、それおじいちゃんの名前だよね!?
いや、否定はしないよ、否定は。
だけど、なんだろ、違和感しかない。
「ええ、墓参りに行ってました」
結斗と呼ばれたおじいちゃんは大将にそう言って、私に声をかけた。
「お嬢さん、ここよろしいかな?」
そう言って、さっきまで龍馬さんが座っていたベンチ椅子を指す。
「え? は、はい、どうぞ……」
なぜ他に沢山席があるのに、私の対面に座るんだ……。
いや、構わない、構わないけどさ……。
「結斗さん。その、今回は、力になれず、すみませんでした……」
言いづらそうに大将は、結斗さんに頭をさげた。
結斗さんは首を横に振って言った。
「いやいや、大将は充分やってくれました。感謝します」
そう言って今度は結斗さんが大将に頭を下げる。
何か、失敗でもしたのだろうか……?
まあ、立ち入った話のようだし、あまり興味を持つのはやめとこう。
「ところでお嬢さんは、どの時代の人間ですか?」
いきなり結斗さんに質問される。
私は回答を躊躇った。
だって、過去の人に令和とか言ってしまったら、下手すりゃ歴史が変わってしまうかもしれない。
まあ、これはドッキリだけど、ドッキリの設定なんだけど……。
どう回答しようか悩んでいると、私の代わりに大将が言った。
「令和ですよ。俺と同じ時代です」
「ほう、大将と一緒とは珍しい」
そんな簡単に年号言っちゃって大丈夫!?
私はビックリして大将を見た。
私が何を言いたいか気付いた大将は、笑って言った。
「結斗さんは未来の人なんです。しかも、俺たちと同じ時代を子供の時に過ごしてる。だから俺たちの時代のことは何話しても大丈夫なんですよ」
未来人!?
いや、ちょっと待て。
だからか、さっきの違和感は。
私たちと同じ時代に子供だったのなら、結斗という名前は納得できる。
そうだよね。
昭和生まれで結斗なんて名前、そりゃ探したら少しはいるかもしれないけど、やっぱり珍しいよね。
そっか、過去だけじゃなくて、未来からも来店するんだ。
凄いな、このお店。
いや、凄いな、このドッキリ。
「私の世界の事は、お二人には話せませんがね」
そう言ってウインクして、結斗さんは笑った。
落ち着いた物腰で紳士的かと思えば、チャーミングな仕草。
この人、絶対若い頃モテただろうな。
「エッちゃんのメイド服は、結斗さんが持ってきてくれたんです」
大将はそう言って、結斗さんにメニュー表を渡し、湯呑みを置いた。
なるほど、あのクラシカルなメイド服は結斗さんの趣味だったか。
タキシードを着こなしている姿を見ると、納得でしかない。
「あれ、凄いエッちゃんに似合ってて可愛いです」
そう言うと、結斗さんは「ホッホッ」と笑い、湯呑みを口に当てた。
そしてメニュー表を開ける。
「大将さん、今日はナポリタンをもらえますか?」
「はい、ナポリタンですね。少々お待ち下さい」
そう言ってメニュー表を持って行こうとする大将を、私は呼び止めた。
「あっ、大将。私、何かデザートを頼みたいです」
そう言うと、大将が苦笑いをする。
「いやー、申し訳ありません。デザートは扱ってないんですよ。実は俺、デザートは専門外でして……」
「そうなんですか……」
残念だ。
料理が美味しかったから、きっとデザートも美味しいんだろうなと勝手に思ってしまっていた。
私は製菓の専門学校に通って、この春卒業した。
あいにく就職先は決まらなかったが、今は洋菓子店でバイトをしている。
だから研究も兼ねて、こういった美味しいお店では必ずデザートを頼むようにしている。
「大将、平安時代の人たちも熱望してますし、そろそろデザートを作れる人を雇うのはいかがですか?」
結斗さんがそう言うと、大将は渋い顔をした。
「いやあ、募集はしてるんですけどねえ……」
じゃあ、私を雇ってください、なんて言えたらなあ……。
一応、製菓衛生師と菓子製造技能士2級の資格は持っている。
ここが東京なら、間違いなく私は手を挙げていた。
だけどさすがに東京から京都に通うのは無理だし、知らない土地で一人暮らしを決断できるほど、私には勇気もキャリアもお金も無い。
「歩実さん。デザートは無いんですけど、もし二十歳になっているんでしたらお酒なら出せますけど、どうですか?」
お酒か……。
普段飲まないし、あまり好きでもないけど、こういう旅先でなら飲んでもいいかな……。
「じゃあ、もらおうかな」
「ビール、ワイン、カクテル、アペロール、日本酒、焼酎、色々ありますけど、どれにします?」
どれ、と言われても、私は専門学校で得た知識程度しかお酒に詳しくない。
だけど、そうだよね。
お酒を覚えていかなきゃいけないとは思っていた。
「じゃあ、ビールを下さい」
実は、ビールをまともに飲んだことがない。
いい機会だと思った。
「ホッホッ、じゃあ、私もビールをもらいましょうかな」
結斗さんは、そう言って立派な口髭を擦った。
「お二人共ビールですね。どのビールにしましょ?」
大将の質問に、私は結斗さんと目を合わせた。
結斗さんが「じゃあペローニで」と答えたので、私も「同じので」と返事をする。
ビール経験値ゼロの私にビールの種類を聞かれても、分かる訳がない。
ここは人生の先輩に合わせるのが無難だ。
「はい、お待ち!」
そう言って大将は、即座に木製のビールジョッキを2つ、テーブルに置いた。
「木のジョッキ……?」
思わずそう呟く。
こんなジョッキ、アニメや海賊の映画でしか見たことがない。
「ガラス製を使うとね、持って帰ろうとする人がたまにいるんですよ」
そう言って大将は笑った。
なるほど、ガラス製が珍しい時代の人が欲しがるという訳か。
あっ、だから水もコップじゃなくて湯呑みに入れて出すんだ!
謎が解けたところで、私は結斗さんとジョッキを合わせ、乾杯をする。
ガラスでは味わえない、木の軽快な音が心地良く鳴った。




