第6話『四人の危険人物』
「いいこと教えちゃる、おまんちょっちこっち来ぃや」
そう言って和服は、自分のテーブル席の対面に座るよう、私を促した。
言われるがまま、私は食べかけのアヒージョを持って和服の対面にあるベンチ椅子に座った。
すぐさま、カウンターに忘れた湯呑みとバケットをエッちゃんがテーブルに移してくれる。
「ありがと」
礼を言うと、エッちゃんは「はい!」と元気よく笑った。
エッちゃんは、おそらく小学生だ。
小学校高学年、10歳くらいかな?
私の半分くらいの歳なのに、なんて気が利く子なんだろう。
私のテーブル移動が完了すると、和服は話を続けた。
「おまん、もしこん店に通おう思うとるんなら、こん店にゃ四人危険人物がおるから、覚えとくんじゃ」
先ほどの陽気な雰囲気と打って変わって、和服は神妙な面持ちだ。
「はあ、危険人物ですか……?」
「ほうじゃ。まずは、二人の平安の者じゃ」
「平安のモン……?」
首を傾げると、店主が私に言う。
「平安時代の人ですね。ウチの常連の、清少納言さんと紫式部さんです」
また、有名な……。
いや、もう驚かないよ。
あっ、いや、むしろ驚いてあげた方がいいのかな?
私ね、分かっちゃったもん。
隠しカメラはどこにあるんだろうか?
だってこれ、ドッキリだよね。
まあいい。
面白そうだから、付き合ってやるか。
テッテレーってやつで、私のとびっきりの驚き顔を用意しておいてやるから、ありがたく思いたまえ。
「平安時代の人が、どうして危険なんですか?」
なんて質問しちゃって。
いやあ、ノリいいなあ、私。
「あん人ら、何でも歌にしちゅうがじゃ。しかもそん歌は後世に残っちょる。ワシらのちょっとした言葉が、あん人らの歌になってしもうたら、それだけでワシらは外に出れんちや」
ふむふむ。
聞き取れた所だけを要約すると……。
つまり、平安の人は何でも歌にして後世に残してしまうから、会話に気を付けろと。
「分かりました。私たちの些細な言葉一つで、歴史が変わってしまう可能性があるっていうことですね!」
私がそう言うと、和服は頷いて続けた。
「そん次は、信長公じゃ」
出た出た、有名な歴史上人物第一位の織田信長。
さすがドッキリだな。
ちゃんとみんなが分かる人物を出してくるじゃん。
どこの放送局の番組なんだ、これ。
「信長公はな、失言王じゃ。家臣がおらんっちゅうて、いっつも羽目外してぎょうさんペラペラ喋っちゅう、意外に陽気なお方じゃ。けんど、そのせいでワシら全員外に出れんくなった時が一回あるっちゃ」
聞き取れた所を要約すると……。
織田信長はペラペラ喋る失言王で、そのせいで一度歴史が変わったことがある……と。
「えーと、歴史が変わって外に出られなくなって、それでどうやって元に戻ったんですか?」
私がそう聞くと、和服は腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「えーっと、あん時はどうやったかいのう?」
おいおい、質問を想定した台本用意しとけよ!
しっかりしろ、アドリブ!
心の中でそう突っ込んでいると、エッちゃんが側に来て言った。
「あの時は、信長さんが紫式部さんの前で、戦に出陣する時の朝方に見える月が一番美しいとか言ったんです。そしたら紫式部さん、それに影響されちゃって……。小倉百人一首の下の句の、夜半の月かな、の部分を、有明の月、に変えてしまったんです」
「ええ!?」
私は驚いてエッちゃんを見た。
なんかこの子、凄い聡明じゃない!?
話している内容も難しい上に、それを全部覚えてて、しかもすんなりとそれを言うことが出来るんだよ!?
おい、誰だ、こんな子にこんなセリフ用意したスタッフ。
怒らないから今すぐ出て来い。
「あの時は大変だったねえ……」
そう言って店主は苦笑いを浮かべながら、ピザとカルパッチョを私たちのテーブルに置いた。
「ほい、龍馬さん、お待たせしました」
「おお、旨そうじゃあ!」
そう言って和服は目を輝かしながら、ピザを一切れ手に取り、早速口に運んだ。
チーズがグングンと伸びてから千切れ、その千切れたチーズの先が光を反射させて輝いたように見える。
モッツァレラチーズだろうか?
ふっくらとして少し焦げ目のついた耳に、生地はおそらくクリスピーだろう。
パリパリ、サクサクと美味しそうな音が聞こえる。
明太子とマヨネーズが生地の上で愛し合っているのが、私には見える。
「あん時はほんで、どうやって直したんじゃったっけ?」
和服はピザを食べながら、エッちゃんに質問した。
「紫式部さんが帰っちゃってから誰もお店から出れなくなって、次の日紫式部さんがお店に来るまで全員ここで待つことになったんです。それで、大将が紫式部さんに必死に頭を下げて、後世に残す下の句を、夜半の月、にしてもらうよう頼んで、歴史が修正されて何とかなったんです」
私は唖然とエッちゃんを見た。
なんか、ドッキリにしては作り込み過ぎなのでは?
本当にドッキリなの、これ……?
演技上手すぎない?
「あと一人、最後の危険人物は、大将ちや」
そう言って和服は店主を指差し、続けた。
「大将はアホじゃき」
「ちょ、龍馬さん!?」
「冗談ちや!」
「もう、勘弁して下さいよ!」
店主の反応を見て、和服は豪快に笑った。
エッちゃんもクスクス笑っている。
なるほど、ここは笑う所か。
店主がアホ……かどうかは知らないけど、この中で確実に一番頭が良いのは、エッちゃんだろう。
それは言動から見て、間違いない。
私は、早くテッテレーって来いよ、と思いながら、残りのアヒージョを食べたのだった。




