第5話『店の秘密』
ふう……。
嵐のような人だな、あの和服。
初対面なのに私の肩を叩かないでほしい。
ここが職場ならセクハラで訴えてやるところだ。
私はもう一口水を飲み、気を取り直してスプーンを握る。
その時、店の奥から声が聞こえた。
「大将、シャワーいただきました!」
そう言って奥からエッちゃんが出てきた。
私はエッちゃんの姿を見て、感嘆を漏らす。
「うわ、可愛い……」
先ほどの、もんぺや薄汚れたシャツとは打って変わり、エッちゃんはメイド服を着用していた。
フリルが多用された白くて大きな長いエプロン、紺色のワンピース、ハイネックに長袖、メイド喫茶のそれとは違う由緒正しきロングスカート、そして頭にレースのカチューシャ。
完璧だ……。
完璧なクラシカルなメイド服だ……。
それを小さな女の子が着てる時点で、可愛さが限界突破してる……。
ボブにカチューシャとか、完全に私の好物を狙い打ちしている。
「ほらね、可愛いでしょ」
自慢気に店主がそう言うと、エッちゃんは両手で裾を上げてペコッとお辞儀した。
「いい趣味してますね、店主さん」
純粋に褒めて言ったつもりだったけど、店主にはそう聞こえなかったようで、慌てながら店主は言った。
「ち、違いますよ! 俺じゃなくて、常連のお客さんが買ってきてくれたんですよ!」
ふーん、そうなんだ。
さっきは、さも自分の功績であるかのように「ほらね」とか言ってましたけどねえ?
まあ、そういうことにしておこう。
「お水入れますね」
そう言ってエッちゃんは、和服のテーブルにある湯呑みに水を入れた。
そこで私は、あることに気付いて声を出した。
「えっ!?」
店主は、エッちゃんを自分の子供ではないと言っていた。
いや、自分の子供でもこんな気合いを入れた制服を着用させて手伝わせるのはどうかと思うけど、この店まさか他人の子を店で働かせてる……?
「どうかしました?」
そう聞いてきた店主に、私は躊躇いながら言った。
「あの、エッちゃんって、その、お子さんじゃないのに……」
そこまで言うと店主は私が何を言いたいか理解したようで、カルパッチョを作る手を止めて言った。
「エッちゃんはね、ここで働いているんですよ」
「えっ、働いているって……」
「今は西暦何年ですか?」
「はい?」
思わず聞き返した。
どういうことだ?
なぜ唐突に西暦を聞くんだ……?
「いいから答えて下さい、西暦何年ですか?」
「はぁ、2026年ですけど……」
取り敢えずそう答えると、店主は少し驚いた顔をした。
「えっ、珍しい! 俺と同じ時代の人なんて!」
は?
時代?
何言ってんだ、この人。
怪訝な顔をする私に構わず、店主は続けた。
「この店はね、色んな時代の人間が来店する店なんですよ。過去でも、未来でも、京都のこの場所に来れる人なら、時を越えてこの空間に来ることができるんです」
な、なんだってぇぇぇえ!
思わず私は振り返り、和服の男を見た。
店主の言っていることは信じがたい。
信じがたいが、もし本当なら、あの鼻歌を歌って体を揺らしているあの和服は……本当に坂本龍馬!?
「お客さん、名前は?」
店主にそう聞かれ、私はカウンターに顔を向き直す。
「千堂歩実です」
店主は少しビックリした顔をしたが、直ぐに戻って言った。
「じゃあ、歩実さん、この店では絶対にやってはいけないことがありますので、よく聞いて下さい」
なんかちょっとビックリしたよね、今……。
気にはなったが、取り敢えず「はい」と返事する。
「この店ではね、絶対に歴史が変わるようなことを言ってはいけません」
「歴史が変わること……?」
「例えば──」
そう言って店主は、和服をチラッと見た。
和服に聞かれても影響のない例え話を思案したのだろう。
「源平合戦の勝者は源氏……とか。これを合戦の前に源氏側に言っても問題ありません。歴史に何も影響しませんので」
「ふむふむ」
分かるような、分からないような。
取り敢えず話の続きを聞く。
「ですけど、これを負けた平氏側に言ってしまったら、もしかしたら源平合戦が起こらず、日本の歴史が変わってしまうかもしれません」
なるほど。
その戦いはあなたが負けます、なんてことを言えば、戦い自体が無くなりかねないっていうことか。
「歴史が変わったらどうなるんですか?」
そう聞くと、店主の代わりに和服が言った。
「そこん扉から出れんくなるがじゃ」
「出れなくなるって……」
「歴史が変おうて、おまんの世界がのうなる。じゃから出れんくなるがじゃ」
歴史が変わって世界が無くなる……。
えっ、何それ、超怖いんですけど……。
この話が嘘か本当か、どちらにしろ私はなんかヤバいお店に入ってしまったようだ。
心を一旦落ち着かせる為、私はバケットを小さく割いて、アヒージョに浸して口の中に放り込んだ。
店内に流れる不穏な雰囲気とはまるで異次元であるかのように、幸せの味が口内に広がった。




