最終話『悠久の花嫁』
6月初旬の日曜日、私たちは下京区山王町室町通りにある、結婚式場に訪れていた。
今日は、結斗さんの結婚式だ。
私、大将、峰やん、龍馬さん、中岡さんが、それぞれ結斗さんへ祝いの言葉を述べる。
お父さんはあれから、家に帰ってお兄ちゃんに生存報告をした。
葬式で喪主まで務めたお兄ちゃんは、それはもうビックリしただろう。
そして歴史は改変され、私と大将、そして結斗さんの住む未来への扉は閉ざされてしまった。
とは言っても、私と大将は2026年をやり直すだけで済んでいる。
結斗さんも、2026年を楽しんで過ごしているようだった。
デメリットを言えば、私と大将と結斗さんの3人は店の表のドアから店内に入れなくなったことくらいだろうか。
まあ、裏口から入ればいいので大した問題じゃない。
「まさか、独りになってだいぶ経つのに、再婚で式まで挙げるとはね」
新郎新婦を見ながら、大将が言う。
「素敵じゃないですか」
そう言うと、大将は笑った。
配偶者に先立たれ、年老いたとしても、やっぱり結婚は素敵だと思う。
「歩実さん、受け取ってね」
そう言って、花嫁が後ろを向いてブーケを投げた。
宙を舞うブーケが私に向かって飛んでくる。
そしてブーケは私ではなく、隣にいる大将の手にストンと落ちた。
「あーっ! 私に向かって投げてくれたのにー!」
文句を言うと、大将は困った顔をして苦笑いを浮かべた。
龍馬さんが私に言う。
「歩実さんには、結婚はまだまだ早いっちゅうことじゃき」
便乗して中岡さんが言う。
「ちっと色気が足りんちや」
ノンデリの志士どもめっ!
道場潰れてしまえっ!
二人を睨んでいると、峰やんがフォローを入れる。
「大丈夫ですよ、歩実さんにはファンが沢山いますから」
私のファン?
「例えば?」
そう聞き返すと、峰やんは少し考えて言った。
「エッちゃんに、清さんに、藤さんに、あと信さんや健太君も」
「それ全部お菓子のファンじゃん!」
そう突っ込むと、周りのみんなが爆笑した。
結婚式が終わり、みんなでトワイライトの裏口から店の中へ入る。
するとカウンター席で電気も点けず、薄暗い中で一人寂しく飲み物を飲む影があった。
大将が電気を点けると、影が姿を現す。
私は影に声をかけた。
「あれ、エッちゃん? 今日はお店休みだよ?」
「皆さんを待ってました。戻ってきたなら作戦会議です」
そう言うエッちゃんに、みんなが首を傾げる。
「作戦会議って?」
私がそう聞くと、エッちゃんは眉間にシワを寄せた。
「6月21日の作戦会議です!」
「何があった?」
龍馬さんがそう聞くと、エッちゃんはカウンターをバンッと叩いた。
「忘れたんですか! 今年は信さんの時代で本能寺の変が起きる年です!」
ああ、そういやそうだった……。
でも、ちょっと早くない?
まだ6月に入ってすぐだけど。
私たちが互いに顔を見合わせると、エッちゃんは続けた。
「皆さん、酷いです……」
そう言って、私たちを睨む。
大将が頭を掻いて言う。
「そんなに酷いかな?」
エッちゃんの声が、次第に涙声へ変わっていく。
「子供だからって私だけ除け者にして、みんなで結斗さんの結婚式に行くなんて、あんまりです」
なるほど、本題はこっちだったか……。
本能寺の変の作戦会議っていうのは、エッちゃんなりの建前なんだろう。
「エッちゃん、そりゃあな……」
龍馬さんが言いかけて、やめる。
言えないのだ。
エッちゃんが結斗さんを好きなことぐらい、みんな知っている。
だけどエッちゃんを結斗さんの結婚式に呼ぶわけにはいかない。
だって、結斗さんの結婚相手は、80年後のエッちゃんなんだから。
「そうだ! エッちゃん、苺パフェ食べる?」
唐突な私の提案に、エッちゃんは口角を下げた。
「歩実さんまで、子供扱いしないでください」
私はジト目で聞き返す。
「食べないの?」
暫く黙って、エッちゃんが呟く。
「……食べます」
「だよね!」
私が笑顔でそう言うと、大将がカウンター奥から一升瓶を出して言った。
「今日は店の酒全部飲みましょう!」
待ってましたとばかりに、騒ぐ幕末の人間たち。
「酔い潰れても、私とエッちゃんは知らないですからね」
そう忠告すると、中岡さんが切なげな表情で言う。
「明治以降の女子は愛想ないのう!」
エッちゃんが睨む。
「封建時代の女子と比較せんといて!」
エッちゃんの突っ込みに、私は笑った。
いつまでも、みんなでこうしていたい。
この店で、みんなと笑い合っていたい。
これからも、きっと沢山の不思議な出会いがあるんだろう。
辛いこともあるかもしれない。
だけど、きっと乗り越えていける。
きっと変えていける。
だってここは
タイムスリップレストランなんだから──。
──おわり──




