第50話『いざ、事故現場へ』
3月26日夜、私は龍馬さんが運転する車で東京に向かった。
大将から借りた白いミニバンには、若葉マークが付いている。
「坂本さん、安全運転でお願いします」
後部座席で不安そうにそう言う峰やん。
「任いちょけ。北辰一刀流免許皆伝を舐めちゃいかんぜよ」
自信満々にそう答える龍馬さん。
剣術と車の運転に何の関係もないけど、折角やる気を出してくれているので、何も言わないでおく。
龍馬さんが運転する車には、助手席に私、後部座席に峰やん、そして木箱が積んである。
近江屋事件で使った、人形が入ったあの木箱だ。
木箱の中身は、私のお父さんを模した人形が入っている。
一人で東京に行くことになると思っていたので、龍馬さんと峰やんが一緒に来てくれるのは本当に有難い。
私は車の免許を持っていない。
木箱を持って新幹線に乗るつもりだったけど、こんな大きな木箱は目立つし、もし警察に中身のチェックを言われたらと思うと、新幹線での移動はかなり危険な橋だったと思う。
運転免許取りたての龍馬さんだけど、頼もしい存在だ。
そして目的地には翌日、27日の早朝に着くことができた。
事故が起こる交差点の近くにある駐車場に車を駐めて、車の中で少し仮眠する。
そして事故が起きる30分前、私たちは耐刃服に着替えて、車を出た。
「こん服、ほんに防御力高いんかや?」
黒いウインドブレーカーのような服の袖を引っ張り、龍馬さんが言う。
近江屋事件の時、大将は斬撃による切創は防いでいた。
だけど腕が折れたことから、衝撃は防いでいないことが分かる。
私たちが今欲しいのは、斬撃より衝撃に耐えることだ。
お父さんと幼い結斗さんを救った後、万が一の二次災害がないとは限らない。
なんせ、相手のバイクはよそ見運転をしているのだ。
私たちは念のために耐刃服を装備することにしていた。
「結斗さん曰く、緩衝材を入れて改良したって言ってたけど……」
私がそう言うと、木箱を持った峰やんが首を傾げて質問する。
「こんな短期間で人形の用意や耐刃服の改良をして、結斗さんは何者なんですか? いつもトワイライトに来て、失礼ながら仕事をしているようにも思えないんですが」
峰やんの疑問に、私は同意だ。
「ワシがあの爺さんと初めて会うたのは、江戸修行に行く時たまたま店に寄った時じゃき、もう10年以上前じゃ。まだ居酒屋じゃったあん時からずっと店におるし、不思議な人じゃ」
10年……。
そっか、龍馬さんと結斗さんって、そんなに長い付き合いだったんだ。
「もしかして坂本さんって、結斗さんとは大将より付き合い長いんじゃないですか?」
峰やんがそう質問すると、龍馬さんは腕を組んで目を細めた。
「あん店ではワシが一番付き合い長いかのう。何度酒を奢ってもらったか、もう覚えちょらん」
そんな龍馬さんでも、結斗さんが何者なのか知らないらしい。
本当に、謎の老紳士だ。
「じゃあ坂本さん、結斗さんにこれから奢られた恩を返していかないといけませんね」
峰やんがそう言うと、龍馬さんは俯いた。
「まあ、それは……道場の経営が上手くいってからやきに」
そう呟いた龍馬さんを見て、私は笑った。
諸説あるけど、日本初の株式会社と言われる亀山社中を作った坂本龍馬が、赤字の道場に悩む様は見ていて可笑しい。
龍馬さんのお陰で、いい感じに緊張が解れた。
それに感づいた龍馬さんが、笑う。
「歩実さん、やっと笑ったきに」
そう言われ、前日から緊張しっぱなしだったことに気付く。
「どびなあば、じゃ」
そう言って私の肩を叩く龍馬さん。
すかさず峰やんが言う。
「発音酷ッ!」
二人のやり取りに、私は再度笑った。
そうだよね、ドント・ビー・ナーバスだよね。
だって、こんなに頼もしい二人がいるんだもん。
失敗なんて絶対ないから、落ち着いてやろう。
私は立ち止まり、目を瞑って頬を両手で叩いた。
「行こう!」
そう気合いを入れて、事故現場へ向かったのだった。




