第45話『龍馬の叫び』
「じゃから、間違えてピストルを発泡してもうただけじゃち。何ちゃあないっち言うちょるがよ」
土佐藩邸からやって来た、空気圧グローブの音を聞いて不審に思った人を龍馬さんが玄関で追い返す。
玄関を入ってすぐの場所に気絶した6人の侍が置いてあり、バレるかヒヤヒヤしながら見守っていたが、龍馬さんの必死の弁明で何とか土佐藩邸の人は帰っていった。
「いやあ、ヒヤヒヤしました」
そう言う結斗さんに、龍馬さんは溜め息を吐いた。
「ヒヤヒヤしたんはワシん方ぜよ。上から見ちょったけんど、大将がメッタ斬りされた時なんか、生きた心地せんかったがよ。んで、大将はまっこと無事なんか?」
信さんが答える。
「骨が折れておったが、命に別状はない」
再度溜め息を吐く龍馬さん。
「そりゃ良かったがよ……」
玄関口で座り込む龍馬さんに、結斗さんが言う。
「龍馬さん、安心しているところ悪いですが、この方々が目を覚ます前に人形を設置して、事件を再現する必要があります」
「おう、そうじゃったの」
そう言って龍馬さんは立ち上がり、玄関口に置いていた木箱から、山田藤吉の人形を取り出す。
そして龍馬さんは、その人形の顔を刀で切った。
「きゃあッ! グロいッ!」
顔を斬られて血が噴出する人形に、私は悲鳴を上げた。
「グロい? どういう意味じゃ?」
信さんが質問してくるが、私に答える余裕はない。
「奇怪で悍ましということです」
結斗さんがそう答えると、信さんは笑った。
「ではワシなんか、民衆からしたらグロいということじゃな」
いや、自虐ネタかよ。
でもやっぱりこういうところで、信さんや龍馬さんとは生まれた時代が違うんだなと強く感じる。
二人は人形の血飛沫ぐらいじゃ、何も動じない。
「じゃあ、峰やんの人形はここに寝かせときゃええんかの?」
「はい、それで構いません」
「じゃあ、後はワシと中岡の人形じゃな」
そう言って2階に上がろうとする龍馬さんを、結斗さんが止める。
「龍馬さん、近江屋の店主に、事件の裏口を合わせるようお願いしてきてもらえませんか?」
「ん? 井口さんにか?」
「はい。襲撃された時の状況を、井口さんたちには何も知らない、見ていないと証言してもらいたいのです」
「分かった」
そう返事して、井口さん家族の元へ向かう龍馬さん。
私たちは2階へ行き、龍馬さんと中岡慎太郎の人形を木箱から取り出した。
信さんが懐に隠し持っていた短刀で、龍馬さんの人形の額に横一線の切り傷を入れる。
「信長様、それはもしや!」
急に信さんに声をかける中岡。
「ん? 何じゃ?」
「それはもしや、薬研藤四郎ではございませんか!?」
「ほう、うぬは刀に詳しいのか?」
「はい、信長様の短刀は私の時代まで語り継がれてございます。なんでも、鉄の薬研は切れるのに、主人の腹は切らないとか」
そう言う中岡に、信さんは短刀を鞘に戻して中岡に投げた。
「ならば、うぬにくれてやろう。先ほど生きる決断をした褒美じゃ。その短刀に誓って、今後自害することを許さぬぞ」
「ほ、本当でございますか!?」
驚喜の顔を浮かべる中岡を横目に、私は信さんに言った。
「信さん、いいの? だってあれ、価値ある物なんじゃない?」
「フンッ。ワシは前々からあの、薬研藤四郎という格好悪い名前が気に入らなかったんじゃ」
なんだそりゃ!?
子供みたいなセリフだな。
「格好悪いって、別にそんなことないと思うけど……。誰かに言われたの?」
そう聞くと、信さんは少し黙って呟くように言った。
「……悦子に言われた」
はあ!?
アラフィフの戦国大名が何言っちゃってんの!?
子供にカッコ悪いって言われたから捨てるって、薬研藤四郎を作った刀工の職人さんが可哀想だよ!
私は額に手を当てて、信さんを哀れんで見た。
エッちゃんに好かれたい一心で、かっこつけようと必死じゃん。
「信さん、その気持ち、分かります」
そう言いながら、ナイフで中岡慎太郎の人形に切り傷を入れる結斗さん。
ここにも歳のいったダメな男が一人。
この人たち、きっとエッちゃんが願えば財産も手放すんだろうな……。
良かったね、エッちゃんが悪女じゃなくて。
「できたかえ?」
龍馬さんが戻ってきて、部屋を見渡す。
「できました。これで近江屋事件、完全再現です」
そう言って立ち上がり、カッターナイフをポケットにしまう結斗さん。
「ん? 中岡、そん短刀は何じゃ?」
「信長様から賜った、薬研藤四郎じゃ。どうじゃ、羨ましいじゃろ?」
そう言って短刀を龍馬さんに見せる中岡。
龍馬さんは自分の腰にある刀を手に取り、言った。
「ワシにはこの名刀、陸奥守吉行があるき」
そうドヤ顔をする龍馬さんに、結斗さんは申し訳ない顔を浮かべて言う。
「龍馬さん、あの、残念なのですが、その刀はここに捨てていかなければいけないのです」
「何じゃち!?」
「史実で龍馬さんは、ここで死ぬのです。勿論、刀もここに放置されます。その刀がこの場で放置されないと、歴史が狂ってしまうのです」
「こん刀は、坂本家の家宝ぜよ!?」
「家宝でも、です」
「じゃあ、こんピストルはどうなるんじゃ!?」
「勿論、ピストルも捨ててください」
「カァァーッ!」
龍馬さんのやりきれない思いの、悲痛の叫びが八畳間の部屋に響いたのだった。




