第42話『サディスティック・ポテンシャル』
VRヘッドセットを被ったエッちゃんのドローン操作で、近江屋に龍馬さんたちが居るのを確認する。
「龍馬さんです! 三人ともいます!」
そう言うエッちゃんの前に置かれたノートパソコンの画面で、エッちゃんの視点を確認する。
エッちゃんの言うとおり、龍馬さんたちが近江屋2階で話し合っているのが見える。
「では、参りましょうか」
そう言って結斗さんは、黒い防災頭巾のような物を被った。
私と大将と信さんも同じ頭巾を被る。
私たちが被ったのは、刀の攻撃から頭部を守る、耐刃頭巾だ。
「人形は私、それと信さん、歩実さんが持つようお願いします」
私がこの2メートルくらいある木箱を持つの!?
「えっ、俺が持ちますよ?」
大将がそう言うと、結斗さんは首を横に振った。
「いいえ。大将には木箱を持つ私たちを守っていただきます。大将は空手をやっていたのですよね?」
「はい、昔ですけど」
「なら、護衛をお願いします」
「分かりました」
そう言って大将はグローブを両手にはめた。
大将が空手をやっていたとか、初耳だ。
結斗さんが、龍馬さんのクローンの手袋を使って店のドアを開け、大将が店の外に出ていく。
「信さん、歩実さん、少し持ちにくいですが、空気圧グローブをはめてから木箱を持って、外に出てください」
結斗さんの言葉に、信さんは首を傾げて言う。
「このグローブとやらを手にはめて木箱を持つのか?」
「はい。敵に襲われたらグローブをはめる時間などありませんから」
信さんは「仕方がないのう」と言って、グローブをはめて木箱をヒョイッと頭の上に持ち上げ、店の外に出て行った。
「ちょっと待って!」
思わず叫んだ。
だって、私が木箱を持ち上げらるかという問題が解決していない。
「どうかしましたか?」
「こんな大きな木箱、私が持ち歩けるわけ──」
そう言いながら木箱を少し浮かす程度に持ち上げようとしたら、あまりの軽さに言葉を失った。
まるで、発泡スチロールのような軽さだ。
「人形も木箱も軽い素材で作ってありますので、問題なく持ち歩けると思います」
そう言って結斗さんは「ホッホッ」と笑った。
あんなに精巧な人形が、こんなに軽いの!?
一体どんな素材だ!?
木箱って言ってるくせに、木製じゃないのかよ!
そんなツッコミを心の中で唱えつつ、私は返事した。
「あっ、大丈夫そうです。持って行きます」
そう言って、私は信さんと同じようにグローブをはめてから木箱を頭の上に持ち上げ、店の外に出た。
初めて実際に見る、幕末の京都だ。
店を出た瞬間、どこからか鰻を焼く美味しそうな匂いがした。
最後に木箱を持った結斗さんが店を出て、一旦木箱を地面に置いてから龍馬さんのクローン手袋をズボンのポケットにしまって、脇に挟んでいた空気圧グローブをはめた。
「さて、近江屋へ向かいましょうか。大将、先導してください」
「分かりました」
そう返事した大将が、ゆっくりと歩いていく。
しばらく大将の後ろを歩いていると、大きな木製の建物に南座と書かれた看板が目に入った。
現代の建物とは少し違うけど、こんな幕末の時代から同じ場所で同じ劇場があったんだ……。
なんて思いながら周囲の建物を見物していると、大将が足を止めた。
前から大勢の騒がしい声が聞こえる。
「ええじゃないか、ええじゃないか、えっじゃなーいか」
そう歌って踊る仮装した民衆が、道を塞いでいる。
民衆の歌を聞いて赤福餅を連想した私は、もう立派な関西人なのかもしれない。
「どうします? あれ」
困り顔でそう言う大将に、結斗さんが言う。
「踊りながら突き進みましょう」
「分かりました」
そう返事した大将が、盆踊りのような踊りで民衆の中に入っていく。
木箱を持っている私たちは大将のように踊ることはできないけど、リズムに合わせて頭上の木箱を上下に振りながら民衆の中へ入っていった。
「ええじゃないか、ええじゃないか、えっじゃなーいか」
体や木箱が民衆に何度も当たるが、構わず進んでいく。
民衆の群は四条大橋の先まで続いた。
そしてやっとの思いで民衆の群を抜けると、横から声をかけられた。
「おい、お前たち、怪しい奴らだな」
そう言って近付いてくる三人組の男の格好を見て、私は目を大きく開かせた。
浅葱色の生地に、白いダンダラ模様の入った羽織。
ドラマで見た新撰組が、そこにいた。
「桶屋でございます」
結斗さんがそう答えると、三人組の真ん中の男が怪訝に結斗さんを見て言った。
「それは棺か? 中を見せろ」
ヤバい……。
この時代、確か龍馬さんは指名手配されていたはずだ。
そんな龍馬さんそっくりの人形を、龍馬さんと対立関係にある新撰組なんかに見せるわけにはいかない。
「大将、やれ!」
信さんがそう叫ぶと、大将は三人組の一人を横から殴った。
大将に躊躇いはない。
空手をやっていたという話は、本当のようだ。
大将が殴った瞬間、風船が弾けたようなパンッという大きな音とともに、殴られた男が3メートルくらい吹き飛ぶ。
結斗さん以外の全員がその光景を驚愕した。
「な、なんだこれ!?」
驚いてグローブを見つめる大将。
大きな破裂音がしたのに、グローブは破れていない。
そんな大将の背後に、刀を抜いた浅葱色の男がもう一人いることに気付く。
ヤバい、あいつ、大将を背後から斬りつける気だ!
私は咄嗟に木箱を地面に置き、大将を背後から襲おうとする男の、さらに背後へと回った。
じわりじわりと大将に近付く男に、私が背後から急襲する。
人を殴るのは怖い。
殴り合いの喧嘩なんてしたことがない。
だけど、大将が斬り殺されるかもしれない。
結斗さんは、刀で斬りつけられても大丈夫とは言ってたけど、そんなの分かんないじゃん!
大将が殺されるのを見るくらいなら、私は人を殴るッ!
私は気付かれないよう、無言で男を背後から殴った。
グローブが相手の体に当たる瞬間、手元から大きな破裂音とともに風が発生する。
吹き飛んでいく相手を見て、私は呟いた。
「えっ、嘘……」
今、自分がやったなんて信じられない。
でも、確かに残る拳の感覚。
面白いように吹き飛んでいく相手。
──いや、実際、面白かった。
残る2人の新撰組が刀に手をかけるのが見え、私は素早く走り、一人に蹴りを入れた。
さっきと同じように、ブーツから大きな破裂音とともに風が発生し、吹き飛んでいく相手。
もう一人を大将が殴り飛ばす。
私は、吹き飛んで気を失った相手を見つめた。
そして、無意識に不謹慎なことを呟いたのだった。
「なんか……気持ちいい……」
人を吹き飛ばす余韻に浸っていると、突然エッちゃんの声が聞こえる。
「歩実さん!」
周囲を見回す。
頭上からプロペラの羽音が聞こえ、上を見るとドローンが飛んでいた。
「歩実さん、大きな音を聞いた侍たちがこっちに向かってます!」
「えっ、このドローン、スピーカーが付いてたの?」
「そんなことより、早くそこから逃げてください!」
そう言われ、私はさっき地面に置いた木箱を持ち上げた。
「悦子、どっちに逃げれば良い?」
信さんがドローンに向かって言う。
「こっちです!」
そう言って、飛んでいくドローンの方向に私たちは急いだ。
先斗町を抜け、家々の狭い路地から木屋町通りへ出る。
そのまま少し北上し、高瀬川に架かる橋を渡って、大きな屋敷の門を横目に、屋敷の塀に沿って蛸薬師通りを西へ進み河原町通りに出た。
「ちょっと待ってください」
ドローンが高く上がり、周囲の偵察へ向かう。
私はふと、先ほどから隣にある大きな屋敷を見た。
高瀬川の方にも門があったが、河原町通りにも門がある。
河原町通りを挟み、屋敷の門の斜め向かいに近江屋が建っている。
「大きな屋敷ですね。誰の屋敷ですか?」
私がそう言うと、結斗さんが答える。
「土佐藩邸です」
えっ、土佐藩邸って、こんなに近江屋からすぐ近くの場所だったの!?
じゃあ、龍馬さんが居た場所って、本当は襲撃される心配なんてないくらい、安全な場所だったっていうことじゃない?
だってこんなの、現代で言ったら家の向かいに警察署が建っているようなもんじゃん。
そんなことを思っていたら、偵察に行っていたドローンが、上空から帰ってきた。
ドローン越しにエッちゃんが言う。
「誰もいません。今なら近江屋に入っても大丈夫です」
私たちは顔を見合せ、近江屋に突入したのだった。




