第41話『キック力増強ブーツ』
慶応3年11月15日、グレゴリオ暦12月10日。
私は早朝から作業場でケーキの用意をしていた。
今日は龍馬さんの誕生日だ。
『近江屋事件、坂本龍馬暗殺。奇しくもこの日は坂本龍馬の33歳の誕生日だった』
そんな記事をネットで見つけて、救出祝いも兼ねてケーキでお祝いしたくなったのだ。
誕生日といえば、苺のショート。
これは譲れない。異論は認める。
ケーキが完成した頃には、みんなが既にカウンターに集まって、早めの昼食を食べていた。
「龍馬さんにケーキを作っていたのですか?」
結斗さんが質問してきたので返事する。
「はい、龍馬さんの誕生日って、今日らしいので」
すると、エッちゃんが言った。
「和暦で祝うんですか?」
「和暦って?」
頭を傾げてエッちゃんに聞く。
年下に何でも質問してしまうのは良くないのかもしれないけど、この頭脳明晰の少女に知識で勝とうなんて微塵も思わない。
「龍馬さんの誕生日は和暦だと天保6年11月15日ですけど、これをグレゴリオ暦にすると1835年12月24日なので、クリスマス・イヴが本当の龍馬さんの誕生日なんです」
「えっ、そうなの!? じゃあ今日が誕生日じゃないじゃん!」
あのネット記事め!
嘘つきやがったなッ!
苦い顔をしている私に、結斗さんは笑う。
「ホッホッ、まあ、龍馬さんの時代だと本日は慶応3年11月15日です。和暦なら誕生日なのでいいではありませんか」
そうだよね!
でも、そういうことなら分かった。
私は気合いを入れて言った。
「じゃあ、クリスマス・イヴには龍馬さんもクリスマスも両方祝って、もっと豪華なケーキを用意してやるんだから!」
私の宣言に拍手するエッちゃん。
「わあ! 楽しみです!」
「だから絶対救出しようね!」
「はい!」
私たちの会話に、信さんが腕を組んで言う。
「ワシはあの縮れ毛はあまり好かんが、キリシタンは好きじゃ。キリストの前夜祭を祝うというなら、少しは気合いを入れて奴を救出してやるかのう」
「信さんはヤンデレだな」
そう言って笑う大将。
ヤンデレなんて言葉、この中で私しか分かんなよ、大将……。
「ヤンデレとは何じゃ?」
大将を睨む信さん。
「あっ、いや……」
ほら、そうやってすぐ詰め寄られるんだから。
そんな信さんに、結斗さんが言う。
「ヤンデレとは、傲岸不遜と愛及屋烏の表理一体の感情ではありますが、夙夜夢寐を夢幻泡影と感じて欣喜雀躍を隠蔽するために慇懃無礼に
瞞着する心理的防衛機制を持つ人物のことです」
信さんは少し黙り、言った。
「お、おう……。じゃあ、良いか……」
良いか、じゃねえしッ!
絶対信さん今分かんなかったよね!
私も分かんなかったけどさ!
「歩実さん、これ食べな」
そう言って大将は、カウンターにカツカレーを置いた。
「カツカレーだ! 美味しそう!」
「今日は勝たなきゃいけないからね」
そう言った大将に、私は頷いた。
ウンウン、そういうの好きだよ、私。
バスケの試合の前日はよくお父さんがカツカレー作ってくれたな……。
私はカウンターに座り、手を合わせた。
「いただきまーす!」
「では、歩実さんは食べながらお聞きください」
そう言って結斗さんは、テーブル席のベンチ椅子に置いていた段ボールを開けた。
そして中から黒いウインドブレーカーのような服を取り出す。
以前着た防火服と同じデザインだ。
「これは耐刃服です。刃物では破れない素材で出来ています。刀で斬りつけられても斬られる心配はありません」
大将が驚いて言う。
「えっ、斬り合いになるんですか!?」
結斗さんは首を横に振り、続けた。
「斬り合いにはなりません。しかし、龍馬さんの時代の街中には、新撰組、京都見廻組、尊皇攘夷の志士、その他多くの侍や、無法者なんかもゴロゴロいます。彼らが私たちを見て無反応だとは到底思えません。そんな危ない所にこれから向かうのです」
確かにそうだ……。
幕末の京都は治安が物凄い悪かったとか、何かの本で読んだことがある。
「ちなみに斬られはしませんが、刀で斬りつけられると少しばかり痛いですので、お気を付けください」
私は恐る恐る手を挙げて質問した。
「い、痛いって、どの程度ですか?」
「裸の状態でムチを打たれる程度でしょうか」
それって相当痛いんじゃ……。
なぜに結斗さんが裸ムチの痛みを知っているのかは、今はスルーしておこう。
「あと、こちらです」
そう言って結斗さんは、段ボールから赤いボクシンググローブと赤いブーツを取り出した。
「このグローブは相手を殴る瞬時、圧縮させた空気を解き放ち、相手に与える衝撃を増強させるグローブです」
マ、マジか……。
未来の道具なんだからそういう物もあるんだろうけど、何でそれを結斗さんが持っているのか謎すぎる。
もしかして未来の治安って悪いのかな……?
結斗さんは続けた。
「このブーツも同じ仕組みで、空気圧によりキック力を増強させるブーツです」
キック力増強ブーツだって!?
アレじゃん!
名探偵が履くやつじゃんッ!
「ワシは刀さえあればそんな物はいらん」
そう言う信さんを、結斗さんは真っ直ぐ見つめて言った。
「信さん、刀は禁止です。絶対に相手を斬ってはいけません。龍馬さんの時代に京都にいる人物というのは、歴史に名を残している人物である可能性が高いのです。死ぬはずでないそんな人物が死んだとなれば、歴史が変わってしまいます」
「では襲ってくる敵をどう迎え撃つというのじゃ」
「その為の、これです」
そう言って結斗さんは、グローブとブーツを信さんに渡した。
「格闘術だけで迎え撃てというのか!?」
「はい、そうです。しかし、問題ありません。このグローブをはめると、小突く程度で相手を吹き飛ばせる程度の威力がありますので」
いやいや、絶対それ刀よりヤバいやつじゃん。
相手を吹き飛ばせるけど殺傷力はないっていうことなのかな?
うん、きっとそうだよね。
そういうことなんだと思う。
「ごちそうさまでした!」
カレーを食べ終えた私に、結斗さんが未来の道具一式を渡してくる。
「えっ、私はドローン役では?」
そう言うと、結斗さんが苦笑いをして言った。
「いえ、先程エッちゃんにドローン操作をやってもらったら、かなり上手かったもので。今回ドローン役はエッちゃんにやってもらおうかと思います。歩実さんは、近江屋突入班でお願いします」
ま、マジか……。
そこ、危険なんだよね?
「こんなうら若き乙女を危険な場所に送り込むなんて……」
私がそう言うと、結斗さんは笑った。
「ホッホッ、心配ご無用です。これらを装備さえすれば、命に危険は及びませんから」
いや、私の心配しろよ!
例え身の危険がなくても、精神的に心配しろ!
……なんて言えるわけもなく、私は着替えるために2階へ上がったのだった。




