第39話『空撮の古都』
「では歩実さん、ドローン操作の練習をしましょう」
そう言って結斗さんは、ゲームのコントローラーのような物と、フルフェイスヘルメットを私に渡した。
私はフルフェイスヘルメットを持って、質問する。
「これを被るんですか?」
「はい。それはVRヘッドセットです」
VRヘッドセット……。
私の時代にもVRはあるけど、私自身は体験したことがない。
自分の時代の物より先に未来のVRを体験することになろうとは……。
私はヘッドセットを被り、コントローラーを持った。
「それではカメラを起動させます」
結斗さんがそう言うと、何も見えない状態から、見慣れたカウンター席が映し出された。
トワイライトの店内だ。
「歩実さん、顔の向きを変えて横や上を見てみてください」
言われた通り、首を動かして横を見る。
そして違和感。
「あれ? なんかみんな大きく見えるんですけど」
「ドローンの目線だからです。このドローンには360度周りを見ることができるカメラが搭載されています。そのカメラの映像が、歩実さんのVRヘッドセットに映し出されているのです」
「ほえー……すごい!」
背の小さい信さんが、大きく見える。
強面のくせに背が小さいから、まだなんとか恐怖を感じなかったけれど、大きく見える信さんは、正直恐い。
目線が違うと、こうも見え方が違うのか。
信さんだけじゃなく、全ての物が大きく見える。
まるで私が小人になったようだ。
「歩実さん、コントローラーの右スティックを上へ倒してください」
言われた通り、右スティックを上に倒す。
すると風切り音が聞こえ、宙に浮くように私の視点が上がった。
「おお、飛んだぞ!」
信さんの驚く声が聞こえる。
「右スティックを上に倒すと、ドローンは上昇します。逆に下に倒すと、下降します」
右スティックを下へ倒してみる。
すると、私の視点は下がっていった。
「なるほど、了解です」
「次に左スティックですが、これは倒した方向にドローンが傾き、その方向へ進みます。ですが、倒しすぎに注意してください。倒しすぎるとドローンの最大傾斜角を超えて、落ちてしまいます」
私は左スティックを少しだけ右側に倒した。
歩いてもいないのに、視界がカウンター席へ進む。
左スティックを放しても視界が進み続けるので、私は咄嗟に左スティックを反対側へ少しだけ倒した。
すると、視界の進行が止まった。
「おお、止まり方はまだ教えていないのに。やはりゲームをやっている人は勘が冴えてますなあ」
まさか、ゲームをやってて褒められる日が来ようとは……。
このドローン、操作性がシューティングゲームに近い。
これなら私でも簡単に操作ができそうだ。
「歩実さんの視点はパソコンに映し出され、我々も共有しています」
そう言った結斗さんを、ドローンのカメラ越しに見る。
結斗さんは立ち上がり、手袋をはめて店のドアを開けた。
「それでは、実際に龍馬さんの時代の京都を飛んでみましょう」
龍馬さんの時代の京都を飛ぶ!
私はその言葉に胸が高鳴った。
そんなの、絶対楽しいに決まってるじゃん!
私はコントローラーを操り、結斗さんが開けたドアの外へドローンを出した。
「人に見つからないよう上昇してください」
「はい」
上昇すると、江戸時代の祇園の街が次第に顕になっていく。
小袖、袴、着物、男も女もみんな和服だ。
全ての建物が木造建築で、土を固めた道と相まって全体的に茶色い。
ただ、その中で桃燈の飾り付けや黄色い看板、朱色の壁の家が点在し、華やかな街であることが窺える。
「歩実さん、右を向いてください」
結斗さんにそう言われ、首を右に向けると、朱色の門が見えた。
あれは現代でもある建物だ。
パソコン画面で私の視点を見ているエッちゃんが言う。
「あっ、八坂神社だ」
私は八坂神社から伸びる、幅6メートルほどの通りを見て言った。
「もしかして、あの小さい幅の道が四条通りですか?」
結斗さんが答える。
「そうです。この時代の通りは歩実さんの時代や、信さんの時代ほど広くありません。では、四条通りを八坂神社の逆方向へ進んでください」
「分かりました」
返事して、左側に飛んで行く。
少し進むと、大きな木製の橋が見えた。
信さんが言う。
「ほう、四条大橋か。ワシの時代とあまり変わらんな」
鴨川を越えて少し進むと、桃燈が沢山掛けられた家屋が密集している場所が目につく。
先斗町だろうか?
そこを歩く鮮やかな着物を着た白い顔の女性……。
それを見たエッちゃんが言う。
「あっ、舞妓はんだ! 歩実さん、もうちょっと近づけれないですか!?」
少し興奮気味にそう言うエッちゃんを、私は不思議に感じた。
「えっ? エッちゃんって、京都に住んでるのに舞妓はんが珍しいの?」
「はい! 私の時代に舞妓はんはもういませんし、歩実さんの時代でもまだ見たことがありません」
あっ、そうか。
戦時中はそういうの禁止されてたんだ。
もう戦争は終わったけど、戦後すぐだし、そもそもエッちゃんは4月の空襲で家が燃えて以降、ずっと現代で暮らしている。
あんまり外を出歩いてないのかな?
私はそこらをブラついてると結構見るけど。
「歩実さん、一番右のボタンを押してください」
結斗さんの指示に従いボタンを押すと、私の視界がグングンと前へ進み、小さかった舞妓はんが目の前にいるかのように大きく映った。
「うわぁ! 本当に顔が白いんだ!」
そう言って喜ぶエッちゃん。
今度エッちゃんを私の時代の先斗町に連れて行ってあげようかな。
子供がお座敷遊びできるか知らないけど。
「これは前に進んだわけではありません。映像を拡大したのです」
結斗さんにそう言われ、納得する。
視界がグングンと進む感じが、カメラをズームする感覚に似ていた。
「一つ左のボタンで元に戻ります」
そう言われ、一つ左のボタンを押すと景色がバックしていくかのように縮小していき、先斗町全体が見える視点へと戻った。
「では、もう少し西へ進みましょうか」
結斗さんに西と言われ、鴨川とは反対側にある高瀬川の方を向く。
現代じゃなくても瞬時に東西南北が分かる京都の地理は助かる。
少し進むと、通りが交差している十字路が見えた。
「あれはもしかして、河原町通りですか?」
これも現代のような大きな通りではなく、幅5メートルくらいの小さい通りだ。
「そうです。では今度は河原町通りに沿って北へ進んでください」
「分かりました」
そう返事し、指示通り北へ進む。
少し進むと、結斗さんが言う。
「歩実さん、止まってください」
「はい」
「左斜め下に醤油と書かれた看板があります」
そう言われ、醤油を探す。
なかなか見つからない。『油醤』と書かれた看板があるけど、もしかして……。
私は『油醤』をズームして言った。
「これですか?」
「そうです。それが、近江屋です」
「えっ、そうなんですか!?」
勝手に近江屋は料亭だと思っていた私。
そっか、醤油屋だったんだ。
「ズームじゃなく、見つからないよう、近づいてください」
そう指示され、額から汗が出る。
なかなか難しい指示だ。
店内が見える位置まで高度を下げ、店の中を覗く。
「誰もいませんね」
私がそう言うと、結斗さんが新たな指示を出す。
「2階を覗いてください」
そう言われ、高度を少し上げる。
悪いことをしてる気分になってきた。
いや、実際盗撮してるわけなんだけど。
「誰ぞおるな」
信さんがそう言い、私は2階の窓へ少しずつ近づいた。
窓から見える部屋の中に、3人の男が見える。
一人は龍馬さんだ。
「龍馬さん、それに中岡慎太郎と山田藤吉もいます。痩せている方が中岡慎太郎、太っている方が山田藤吉です」
龍馬さんの他に、ガリガリの男と太ってる男。
なんとも極端な組み合わせだ。
暫く3人を覗いていると、結斗さんは言った。
「3人の撮影に成功しました。みなさん、近江屋の場所は分かりましたね? それでは歩実さん、誰にも見つからない内にここまで戻りましょう」
そう言われ、私の初フライトは無事終了したのだった。




