第37話『作戦会議』
山が赤く色づき、京都の街はどこも人で溢れて賑わいを見せている。
紅葉シーズンの旅行客で祇園の街も活気に満ち、まさに書き入れ時の季節だ。
しかし、そんな事はまるで関係ないように世間と乖離した存在のトワイライトは、相変わらず常連しか来ない店だった。
私は休みをもらい、永観堂の境内奥にある石の階段を登った。
そして、多宝塔から京都の街を見下ろす。
「うわ、綺麗……」
永観堂境内の、埋め尽くされた紅葉を越して、京都の街を一望する。
突然吹いた冷たい風に髪を乱され、私はフロントを開けていたチェスターコートの胸元を思わず両手で閉めた。
「もう、12月か……」
京都にやって来て、8ヶ月が経った。
今では常連の歴史上人物にも顔を覚えてもらえ、気さくに話しかけてもらえる。
そして、頼りないけど憎めない大将と、賢く可愛い妹みたいな存在のエッちゃん、いつもフォローしてくれる結斗さん。
私は、あの店が大好きだ。
「ちょっとお腹空いたな……」
ここからトワイライトまでは、ゆっくり歩いて1時間くらいだろうか。
丁度いい腹具合になりそうだ。
私は紅葉の綺麗な街並みを見納め、石の階段を降りた。
入り口のドアに掛けられた猫の顔を型どった可愛い小さな看板を触る。
『restaurantトワイライト』
仕事が休みでも、結局この店でご飯が食べたくなっちゃうんだよね。
「ただいまー!」
店のドアを開けて店内に入ると、大将とエッちゃんが声をかけてくれる。
「お帰りなさい」
「お帰りー」
私が店に一歩入ると、入口すぐの所に龍馬さんが立っていた。
「大将、今までのツケ払うぜよ」
そう言って龍馬さんは、カウンターに金色の小判を3枚置いた。
「えっ、ちょ、龍馬さん!? これ小判じゃないですか!」
「ええっちゃええっちゃ、紀州藩からこじゃんと賠償金ぶんどれたきに」
「えっ、何ですか、賠償金って?」
大将がそう聞くと、龍馬さんは笑った。
「それはワシやのうて、エッちゃんに聞けば分かるちや」
そう言って龍馬さんはエッちゃんに「な?」と言うと、信さんと将棋を指していたエッちゃんは振り返って「はい!」と笑顔で返事した。
「ほんじゃあ、また!」
大将とエッちゃんにそう言ってから、私に顔を向ける。
「次は歩実さんの菓子も食いに来るきに」
そう言って龍馬さんはドアを開け、手をヒラヒラさせて出ていった。
「これ、絶対貰いすぎだよなあ……」
困った顔をして小判を持つ大将。
そんな大将に、結斗さんが言う。
「天保小判ですね。私の時代だと1枚百万円くらいはしますが、大将の時代だと30万円くらいでしょうか」
私たちの時代と結斗さんの時代って、そんなに金の価値が違うんだ……。
それでもあれ3枚で90万円か。
金額に驚いて、「あちゃー」と、手で目を塞ぐ大将。
「それよりも悦子、あやつの縮れ毛は手に入れたんじゃろうな?」
奥のテーブル席で将棋を指しながらバーニャカウダを食べている信さんが言う。
対面に座るエッちゃんは将棋を指す手を止めて、ポケットから何かを取り出して返事した。
「はい、手に入れました!」
その言葉を聞いて、結斗さんがエッちゃんに近付く。
「エッちゃん、さすがですな。では、その毛はいただきましょう」
そう言って結斗さんはズボンの後ろポケットから緑の手袋を取り出し、エッちゃんから受け取った毛を手袋のどこかに差し込んだ。
手袋を見て、ピンとくる。
あれはもしや、クローンの手袋じゃないだろうか?
「大将、歩実、うぬら全員こっちへ来い」
そう言って信さんが、私たちをテーブル席に手招きする。
信さんは、それまでエッちゃんと指していた将棋盤をテーブルの端に退けて、言った。
「これより評定じゃ」
評定?
作戦会議ってこと?
一体何の?
私はエッちゃんの隣に座り、隣に大将が座る。
そして信さんの隣に結斗さん。
5人でテーブルを囲うと、結斗さんが口を開いた。
「まずは大将と歩実さんに、近江屋事件について解説が必要でしょう。エッちゃん、頼めますか?」
そう言われたエッちゃんは、「はい!」と返事し、近江屋事件の解説をしてくれた。
──近江屋事件。
1867年12月10日の夜、河原町通り蛸薬師西側にある近江屋にて、坂本龍馬、中岡慎太郎、使用人の山田藤吉の3名が襲撃された事件。
坂本龍馬と山田藤吉は即死、中岡慎太郎は重傷にて二日後死亡した。
刺客は、取り次いだ山田藤吉に南大和国の十津川郷士を名乗ったが、騙った可能性が高い。
江戸幕府が作った、京都見廻組という警察のような治安維持組織が真犯人という説が最有力らしい。
「そして、龍馬さんの時代は今年慶応3年、西暦1867年ですので、もうすぐ起こる事件なんです」
エッちゃんの説明に、大将は渋い顔をして言った。
「つまり、もうすぐ龍馬さんは暗殺されるということだね?」
「はい……」
そうなんだ……。
坂本龍馬が暗殺されるっていうのは、漫画か何かを見て知ってはいた。
だけど、それって今年なんだ……。
私は手を上げて質問した。
「すみません、近江屋のある蛸薬師西側って、どの辺ですか?」
私の質問に大将が答える。
「河原町にあるドンキの隣のカラオケ屋だよ」
ああ、あそこか……。
近江屋って、あそこにあったんだ。
京都に住んで8ヶ月、その辺りは何度も通っているのに気付かなかったな……。
「歩実さんはテレビゲームをしたことがありますか?」
唐突に結斗さんから訳の分からない質問をされる。
「えっ、ゲームですか? まあ、お兄ちゃんと一緒によくやりましたけど……?」
そう答えると、結斗さんは店の奥へ行き、すぐにノートパソコンのような物を持って戻ってきた。
「まずは、歩実さんにこれを」
そう言って結斗さんは、プロペラの付いた小さなドローンのような物と、ゲームのコントローラーのような物をテーブルに置いた。
そしてノートパソコンを開ける。
「これは何ですか?」
「高性能なカメラの付いたドローンです」
「ドローン……」
「これを歩実さんに操作してもらい、ある写真を撮ってもらいたいのです」
結斗さんの言葉に、私は目を丸くした。
一体、何を言っているだ、この人は……?
「は? いや、どうやって?」
「操作方法はこれからお教えします」
「私より大将の方が……」
私がそう言うと、結斗さんは首を振った。
「大将の操作はドがつく下手くそでした。残念ながら任せられません」
そう言われ、苦笑いをする大将。
「ある写真って、一体何ですか?」
エッチなやつは断固拒否だからな。
まあ、結斗さんに限ってそんなことはないだろうけど。
「撮っていただきたいのは、中岡慎太郎と山田藤吉の写真です」
「はあ!?」
驚愕する私に、落ち着き払って当然のように結斗さんは言う。
「私たちは中岡慎太郎と山田藤吉の顔を知りませんからな」
この人は一体何を言っているんだ……?
なぜそんな写真がいるのか……。
「ごめんなさい。ちょっと、話が見えないんですけど……。これは一体、何をしようとしているんですか?」
私がそう聞くと、結斗さんはニヤッと笑った。
「近江屋事件を防ぐのですよ」
近江屋事件を防ぐって……。
そんなの、絶対に歴史改変してしまうじゃん。
龍馬さんのことを助けたいのは分かるけど、歴史上有名な人だけに、龍馬さんを助けて歴史を変化させないっていうのは無理なんじゃない?
「そんなこと、許されるんですか?」
私がそう言うと、結斗さんはエッちゃんに顔を向けた。
「エッちゃん、言ってやりなさい」
結斗さんにそう言われたエッちゃんは、私に顔を向け、力強い目付きで言った。
「これは、近江屋事件偽装作戦です!」




