第34話『紫式部とバナナパフェ』
あれからエッちゃん家族は近所のマンションに住み、フミさんは毎日トワイライトを経由して病院勤めを続けている。
不思議な通勤方法だ。
フミさんは朝、マンションからトワイライトにやって来て店内に一旦入ると、大将に挨拶してそのままドアを開けて1945年に行く。
そして帰宅する時もまたトワイライトに一旦入って、私か大将がドアを開けて2026年のマンションに帰宅するのだ。
勿論エッちゃんもマンションに帰宅している。
近所に帰宅できるのだから、エッちゃんの泊まり勤務は無くなった。
昼過ぎから午後7時まで。
それが新たに決められたエッちゃんの勤務時間だ。
一緒に寝ることができなくなって残念だけど、仕方ないよね……。
そんな変更点はあったものの、特に変わったトラブルもなくあっという間に3ヶ月半が経ち、季節は夏真っ盛りの時期に突入していた。
「それじゃ、歩実さん。エッちゃん送っていくから」
大将からそう言われ、私は「はい」と返事して、パフェグラスに砕いたココアクッキーを入れた。
勤務の終わったエッちゃんをマンションまで送るのは、私か大将の仕事だ。
近所のマンションとは言っても、小学生に夜道を一人で歩かせるわけにはいかないからね。
今はパフェの注文が入っていたため、大将がエッちゃんを送っていった。
ココアクッキー、コーンフレーク、チョコソース、カットしたバナナ、ホイップクリーム、バニラアイス、最後にもう一度チョコソースをかけて完成。
「はい、結斗さん、バナナパフェお待たせしました!」
カウンターに座る結斗さんに、パフェを出すと、結斗さんはニッコリと笑った。
「いただきます」
そう言ってスプーンを手に取り、バニラアイスを掬って一口。
「はぁ~、この暑い時期に冷たいデザート、たまりませんねえ」
そう溜め息を吐いてから、結斗さんはスプーンを止めて言った。
「ところで歩実さん、ガラス製を使うことにしたんですか?」
結斗さんが質問しているのは、パフェグラスのことだ。
ほぼ木製で統一している店だけに、このガラス製のパフェグラスは異様だろう。
「木製はさすがに見栄えが悪いので止めました」
「なるほど。確かにパフェは見栄えが悪かったら致命的ですね」
そう言って口髭を撫でる結斗さん。
そんな時、店のドアが開いた。
大将が帰ってくるには、まだ早すぎる。
「いらっしゃいませ!」
「こんばんは」
そう言って入って来た人は、私がこの店で初めて見るお客さんだ。
ただ、何となく誰なのか分かった。
歳は私よりも少し下だろうか。
ピンクの派手めの小袖、ふくらはぎまで伸びた長いストレートの髪、そして前髪はサイドを頰で揃えた姫カット。
結斗さんが小声で言う。
「紫式部さんです。紫は後の世の通称なので、藤さんと呼んでください」
藤さん……。
どこかのコックとは違って、ちゃんと呼び方を教えてくれる結斗さんは流石だな。
「あら、大将はいないのかしら?」
藤さんにそう質問される。
「すぐ帰ってくると思います。よろしければお好きなお席にどうぞ」
そう言うと、藤さんは結斗さんの隣のカウンター席に座った。
「あらおじ様、お久しぶりですわね。何を召し上がってらっしゃるのかしら?」
「これはパフェです」
「ぱへ? 何とも発音しづらい食べ物ですこと。でもなかなか綺麗で美味しそうですわね。私もこの『ぱへ』を所望いたしますわ」
この人、あれだ……。
どこかで聞いたことのある口調だなって思ったけど、お嬢様言葉というやつだ。
平安時代って、こんな喋り方だったの……?
「分かりました。バナナ以外にも色々ありますよ」
そう言って私はメニュー表を取り、パフェのページを開いて藤さんに渡した。
「どれも聞いたことのない食べ物ね……」
そう言ってメニュー表を閉じて続けた。
「おじ様と同じ物を頼みますわ」
「分かりました、バナナパフェですね」
私はそう復唱して、さっきと同じ手順でパフェを作る。
この店の食器類や道具はどこにあるか全て覚えた。
慣れると、下手くそな私でも結構早く作れるもんだ。
「はい、バナナパフェお待たせしました!」
「あら、美しい。この容器も綺麗ですわ」
そう言ってパフェグラスを指でなぞる藤さん。
私はふと気になったことを質問した。
「藤さんは『いとおかし』とか言わないんですね」
不思議そうに私を見て、突然笑い出す藤さん。
「オホホホ、それは文で書く言葉。そんな面倒な言葉を普段から使うわけがございませんわ」
言われてみればそうだ……。
普段の喋り方が古文みたいな喋り方だったら、喋る方も聞く方も面倒この上ない。
現代の私たちでも、喋る時と書く時では言葉が違う。
誰だよ、現代の人は平安時代の人と会話ができないとかテレビで言ってた人は。
「うーん、美味しい。この黄色くて甘い物は何と言う食べ物ですの?」
「それはバナナです」
「へえ、バナナとはどういった物なのかしら?」
私は皮をむいてないバナナを藤さんに見せた。
「これがバナナです。南国の木に実る果物です」
「へえ、これがバナナ……」
そう復唱し、藤さんは今までの淑女らしい振る舞いが嘘のように、パフェにがっついた。
「ご馳走様でした。また来ますわ」
ものの3分もかからずにパフェを平らげた藤さんは、あめ玉くらいの銀の塊を5つ個置いて店を出て行った。
「これって1つ、いくらぐらいなんですかね?」
銀の塊を手に取ってそう言うと、結斗さんが言う。
「おそらく1つ2000円くらいでしょうか」
「2000円……。じゃあ、これ1つで藤さん1枚ということですね」
我ながら面白いことを言ったぞ。
そう思ってドヤ顔で結斗さんを見ると、結斗さんは首を傾げた。
なぜだ、なぜ笑わん!?
私は慌てて言った。
「えっ、ほら、2000円札ですよ、紫式部の」
さらに首を傾げる結斗さん。
未来人には伝わらないのか、この話題……。
「ただいまー」
なぜか店の奥、居間の方から大将が帰って来た。
「あれ? お帰りなさい」
店のドアから入って来なかったのは何でだろう?
「なんか、店のドアが開かなくなっててさ。裏口から入ったんだけど」
ドアが開かなくなってた?
ついさっき藤さんがそこのドアを使って出て行ったけど?
「しまったッ!」
急に結斗さんは席を立ち、店のドアを開けた。
夜7時を回っているとはいっても、ドアから見える景色は真っ暗で何も見えない。
結斗さんが外に出ようとすると、まるで見えない壁にでも立ちはだかれているように、前に進むことが出来なくなっていた。
ドアを一旦閉めて、結斗さんが言う。
「歩実さん、開けてみてください」
言われるがまま、店のドアを今度は私が開ける。
すると結斗さんと同じように、外は真っ暗な世界が広がっていた。
店から出ようとしてみるけど、どれだけ足に力を入れても前に進むことができない。
「な、なんですか、これ……」
諦めてドアを閉める。
異様な空気が店内に漂い、私は生唾を飲んだ。
結斗さんが、左手で左目を覆う。
そして溜め息を吐いて、言った。
「やられました、歴史改変です」




