第33話『扉を騙す方法』
健ちゃんの回復を少し待ってから、健ちゃんを大将と私の間に乗せた。
大将が自分のフルフェイスヘルメットを健ちゃんに被せる。
どう考えてもサイズが合っていないが、ないよりはマシだろう。
2台とも危ない乗り方に加え、もう急ぐ必要はないので、ゆっくりと私たちは御池通りを東へ進んだ。
目的地は、寺町京極にあるフミさんが働いている病院だ。
もう空襲警報は鳴っておらず、通りから見える人々も日常生活に戻っているようだった。
ついさっきまで、この辺りにも恐ろしいことが起きようとしていたのに、なんて逞しいんだろう……。
御池通りは、車が通るわけでもないのに、私たちの時代と同じくらい広い。
「なんでこの道路、こんなに広いの?」
私がそう質問すると、結斗さんが答えた。
「空襲での火事を分断させる為です。だから交通量に関係なく広いのです」
その広く作った通りが、そのまま現代の道路へ変化して、京都の交通網として機能しているということか……。
何とも皮肉な話だ。
「あそこ、曲がります」
そう言ってエッちゃんは指を差した。
エッちゃんの案内で、私たちは寺町通りを南下していく。
寺町通りに入ると、行き交う人が一気に増えた。
私たちはバイクを降り、ここからは徒歩で移動することにする。
バイクが目立って注目されるかもしれないと思ったけど、それを気にする人は案外少ない。
それよりも、信さんの丁髷の方が人の注目を集めていた。
「バイクってあまり珍しくないんですかね?」
私の疑問に、バイクを押して歩く結斗さんが答える。
「まあ、既に電車も車も飛行機もある時代ですからねえ」
なるほど、確かにそうだ。
他にバイクや車を見なかったから、この時代を下に見てしまっていたのかもしれない。
だけど文明レベルでいえば、この時代は現代とさほど変わりはない。
バイクぐらいじゃ誰も驚かないのだろう。
「着きました、お母さんの働いている病院です」
エッちゃんの言葉で、私たちは足を止めた。
コンクリート二階建ての、病院という割には少し小さめの建物だ。
診療所と言った方が正しいだろう。
「フミさんを呼んできてくれますか?」
結斗さんはエッちゃんにそう告げた。
私たちが病院に入ると、何かしらのトラブルが発生してしまうかもしれない。
だから私たちは病院の入り口でフミさんを待つことにした。
「健ちゃん、気分どう?」
私は屈んで健ちゃんの顔色を窺う。
「大丈夫です」
そう答える健ちゃんの顔色は、確かに悪くなさそうだ。
「痛いとこ、ない?」
「はい」
火傷もしてなさそうで、私は息を大きく吐いた。
あと少し遅ければ、きっと間に合わなかっただろう。
あの時瞬時に家に飛び込んだ信さんは、英断だった。
「そういや信さん、どこも火傷とかしてないのかい?」
大将がそう聞くと、信さんは頷いて言った。
「この服のお陰じゃ。ワシが炎に囲まれた時、この服から霧のようなものが出てきたんじゃ」
結斗さんが頷く。
「はい。この防火服は、周囲の熱を感知したら、自動でミストを発生させる機能が備わっています。そのミストが、炎から全身を守ってくれるのです」
こ、これは間違いなく、未来の防火服だ!
だけど私が知りたい未来の道具は、これだけじゃない。
「お店の中で結斗さんが使った手袋、あれは一体何なんですか?」
私がそう聞くと、結斗さんは防火服のフロントジップを開けて、内ポケットから青色の手袋を取り出した。
「これは、エッちゃんの手のクローンです」
「クローンって……」
私は大将と目を合わせた。
大将も懐疑的な目で見ている。
「私は以前より考えていました。あの店の扉は、私たち一人一人を識別しているのではないかと。私たちを識別しているから、開けた者の時代へ繋げるのではないかと」
結斗さんの言葉に、大将が質問する。
「意思があるって言うんですか? あの扉に」
結斗さんは大きく頷いた。
「そうです、あの扉には意思があります。なら、騙すこともできるのではないかと考えたのです」
「騙すって……相手は扉ですよね?」
若干否定気味に私はそう言ったが、結斗さんはさらに頷いた。
「そうです、相手は扉なんです。じゃあ、どうやって扉を騙すかということを考えた結果、手で騙せばいいんじゃないかという結論に至ったのです」
私と大将が驚いて結斗さんの話を聞いていると、信さんは笑った。
「ガッハッハ、つまりその手袋は、本人がいなくても時代が飛べるというものなんじゃな。それで、結斗のことじゃ。あるんじゃろう? 悦子の他にワシらの時代に飛べる手袋が」
信さんの言葉に、結斗さんはニヤリと笑った。
「無論です」
なぜ私と大将より古い時代の信さんが、私たちより理解が早いのか……。
きっと私たちより頭が柔軟なんだろう。
「健ちゃん!」
唐突に声が聞こえ、振り返ると白衣姿のフミさんが私たちに駆け寄っていた。
そして健ちゃんの無事を確認し、私たちに頭を下げた。
「皆さん、本当にありがとうございました」
大将が言う。
「いえ、フミさん。健ちゃんを助けたのは、信さんです。危険を顧みず、燃える家屋に飛び込んでいきました」
「信さんが……!」
フミさんの視線に堪えきれず、信さんは頭に手を当て、視線を斜め上に向けて言った。
「あ、いや、ま、当然のことじゃ。健太はワシの小姓にしたいと思うておるからな!」
おいおい、照れるなよ、アラフィフの戦国大名が。
「ですがフミさん。その、家が燃えてしまいました」
大将が言いにくそうに言う。
そうだ。私たちがここに来た理由は、健ちゃんの無事と家が燃えてしまったことの連絡だ。
目的を見失わない大将、今日はちょっと賢い!
「そう、でしたか……」
残念そうに俯くフミさん。
しかしすぐ顔を上げ、笑って言った。
「まぁ、家なんかまた建てればいいですね」
強いな、フミさん……。
いや、この時代の人は、エッちゃんも健ちゃんも、道行く街の人々も、みんな強い。
「とりあえず、暫くの間は俺たちの時代で暮らすのはどうでしょう?」
大将がそう言い、私は驚いて大将を見た。
いい案だと思う。
だけど、それは歴史改変の原因になったりはしないのだろうか?
結斗さんを見ると、結斗さんは目を閉じて右手で口髭を触りながら思案し、目を開いた。
「おそらく、大丈夫でしょう。エッちゃん家族が大将たちの時代の何を知ろうと、歴史に変化はないように思います」
結斗さんの予測はどこまで正しいのかは分からない。
だけど、今私たちの中でこのタイムトラベルと歴史改変に一番詳しいのは、間違いなく結斗さんだ。
結斗さんがそう言うなら、私はエッちゃん家族が現代で住むのは手放しで喜ぼうと思う。
「別にワシの時代に来てもいいんじゃぞ?」
そう言う信さんに、私たちは苦笑いした。
大将が遠慮なく信さんに言う。
「信さんの時代は、この時代の次に危険だよ。それに不便そうだし」
「うぬらの時代が便利すぎるのじゃ! なんじゃあの平行に走る馬は!」
そう言って信さんはバイクを指差した。
平行に走る馬とは、また面白い言い回しだ。
そんな信さんをからかうように大将が言う。
「馬じゃないよ。馬力は40馬力だけどね」
「馬力? 馬力とは何じゃ!」
「馬40頭分の力っていうこと」
「馬40頭分じゃな。では3000貫で買おう」
「は? 売らないよ!」
「馬40頭と言うたではないか! それでも3000貫は破格じゃ!」
「そんなの、歴史変わっちまうよ!」
「ワシが死ぬまでに誰にも分からん所へ廃棄すれば歴史は変わらんじゃろう!」
「そんなの、廃棄したやつが見つかるかもしれないだろ!」
呆れて二人を見ていると、結斗さんが私の肩を軽く叩き、小声で言った。
「帰りましょう」
そうして私たちは、トワイライトに向かって歩き出した。
二人の不毛な言い争いが、真っ昼間の京極の街で、いつまでも響いたのだった。




