第32話『日本史上最悪の時代』
結斗さんの後ろに信さんが座り、大将の後ろに私が座る。
そして私たちは、空襲警報の鳴り続けるコンクリートのない四条通りを西に向かって爆走した。
結斗さんの後ろで、ヘルメットも被らず鞘に入った刀を片手で持って肩に置く格好の信さんは、まるで暴走族だ。
昭和20年の四条通りを拝めるなんて貴重すぎる体験だけど、今はそんなのどうでもいい。
私は高速で移動する中、注意深く周囲を見回した。
すれ違う人々の中から、小さな女の子を見落としてはいけない。
この時代の人々は、皆同じような格好をしている。
エッちゃんと同じ格好、同じ髪型の女の子も、もう2人はすれ違った。
「この辺にいてもいいんですけどね」
大きな声で結斗さんがそう言った時、四条大橋を西へ渡ろうと走る女の子が見えてきた。
空襲警報が鳴っているのに、橋の下に避難するわけでもなく西へ走る少女は、この時代に初めて来た私の目にも異質だ。
私は大将の背中を叩いた。
「あれじゃない!?」
大将は女の子の少し前に止まり、ヘルメットを取る。
「エッちゃん!」
女の子は、やっぱりエッちゃんだった。
エッちゃんは驚愕して大将を見る。
「大将!?」
「私もいるよ」
そう言ってヘルメットを取ると、さらに驚くエッちゃん。
「歩実さん!?」
そして私たちの隣にスクーターが止まる。
「結斗さん、信さんも!?」
私はバイクを降りて、エッちゃんに抱きついた。
「助けにきたよ、エッちゃん」
「皆さん、どうやって……」
呆気に取られている少女に、結斗さんは自分のヘルメットをエッちゃんに被せた。
「話は後です。エッちゃんの家に急ぎましょう」
そう言って結斗さんは、エッちゃんをハンドルの前に立って乗るよう促す。
スクーターのハンドル下部には物を入れる為のポケットがあり、そこをしっかり掴まって乗るように結斗さんはエッちゃんに注意した。
危険な乗り方だが、バイク2台で5人が移動するには、一番マシな乗り方なのかもしれない。
私たちはすぐにバイクを動かし、再度西に向かって爆走した。
ネットの情報では、B29が太秦を爆撃するのは正午頃と書かれていた。
正確な時刻は分からない。
今は11時40分。もうすぐ正午だ。
先導する結斗さんのバイクに立って乗っているエッちゃんが、指を差す。
「あの天神川を渡ったら、右に曲がって川沿いを走ってください!」
エッちゃんの指示通りバイクが曲がる。
これまではコンクリートこそないが舗装された走りやすい土の道だったが、曲がって少し進むと、砂利の多い道へと変化した。
タンデムシートのある大将のバイクはいいが、本来一人用である結斗さんのスクーターにこの道はキツい。
「エッちゃん、スピードを出すのでしっかり前を握ってください」
「はい!」
エッちゃんはハンドルの下にある小物入れのポケットを両手で握りしめている。
結斗さんはそう言ったものの、四条通りを爆走していたみたいなスピードは出せずにいた。
そんな時、ふと空を見上げた私は体が震えた。
銀色の翼が三機、小さく真上を飛んでいるのが見える。
「キャアッ!」
思わず叫んだ。
だってあれは、人殺しの飛行機だ。
「大丈夫、あれだけ高かったら、標的は工場です。機銃掃射は心配ありません!」
そう言うエッちゃんだが、今にも爆弾を落としてきそうで気が気じゃない。
きっとエッちゃんは学校などで、戦闘機の高度によって標的が何なのか考えて逃げることを教えられているのだろう。
生き延びる為の知識かもしれないけど、こんな小さな女の子がそんな事を覚えなきゃいけないこの時代は、やっぱり日本史上最悪の時代だ。
「もう時間はありません、急ぎましょう!」
そう言ってスピードを上げる結斗さん。
私は空を飛ぶ戦闘機を注視していた。
そして、何か黒い物体が戦闘機から排出されたことに気付く。
「爆弾だッ!」
そう叫ぶと、皆が一斉に空を見上げる。
黒い物体はだんだんと大きくなり、それは一つではないことが明らかになっていく。
そして、落下先は私たちの向かう先であろうことが予測できた。
ダメだ、間に合わなかった……。
「健ちゃぁぁあんッ!」
エッちゃんがそう叫んだ直後、複数の爆弾は地に落下して爆発音を発しながら煙をあげ、周囲を燃やした。
こうなっては、近づくのは危険だろう。
だけど、戦闘機は一度の爆撃でどこかへ行ってしまったことに気付いた私たちは、エッちゃんの家に急行した。
「エッちゃんの家、どれ?」
私がそう聞くと、エッちゃんは指を差した。
「あれです!」
エッちゃんの家は爆撃を免れていた。
しかし、隣の家が爆撃で火事になり、それが燃え移ってエッちゃんの家も燃えていた。
家の中に駆け込もうとするエッちゃんを、大将が止める。
「止めんといて!」
そう言って大将の手を振り払おうとするエッちゃん。
「ワシが行く。悦子や他の者ははそこにおれ」
信さんはそう言ってエッちゃんの頭をポンと触り、大将に刀を無理矢理預けて家に向かって走り出した。
私たちも助けに行くべきか?
いや、複数人で行っても危険が増すだけで、あまり意味がない。
こうなってしまっては、私たちは信さんと健ちゃんの無事を祈るしかなかった。
エッちゃんの家から出る黒い煙が、次第に大きくなっていく。
燃える壁がメキメキと音を立てて燃え広がっていく様を、私たちはただ眺めることしかできなかった。
もうダメなのか?
屋根が崩れたその時、家から人影が出てくるのが見えた。
信さんだ。
信さんは小さな男の子を抱いている。
「信さん!」
私たちは信さんに駆け寄った。
「信さん、大丈夫でした!?」
私がそう聞くと、信さんは健ちゃんをゆっくりと降ろし、地面に寝かせた。
健ちゃんは目を瞑り、ぐったりとしている。
「ワシは無事じゃが、健太が煙を吸ってしまったようじゃ」
「大丈夫なのか!?」
大将がそう聞くと、健ちゃんは目を微かに開けて、ゆっくりと笑った。
そして、すぐ目を閉じる。
どう見ても辛そうなのに、力を振り絞って笑顔になった小さな男の子に、私は胸を締め付けられた。
信さんが言う。
「朦朧としているが意識はある。火傷はしておらんようじゃが、少し休む必要があるようじゃ」
信さんの言葉に、エッちゃんは崩れ落ちるようにその場に座った。
「ううう、よかった……」
両手で顔を覆い、体を震わせたのだった。




