第31話『空襲警報』
私がこのお店で働くようになって、一週間が経った。
私の作るお菓子は徐々に常連に認められ、今日も昼間から信さんと結斗さんがお菓子を目的に来店している。
「餡子岩と抹茶岩、ワシと結斗と悦子の分3つずつじゃ」
そう言って信さんは、新メニューを注文した。
信さんが勝手に名前を付けちゃってるけど、餡子岩の岩とは、シュー生地のことだ。
餡子を入れた餡子シューに、抹茶シュークリーム。
信さんからシューとは何じゃと聞かれ、シューとはキャベツのことだと言うと、今度はキャベツとは何じゃと聞かれ、説明が面倒になって、結局信さんが勝手に名前を決めてしまった。
抹茶シュークリームはエッちゃんのお母さん、フミさんに作った食べ物だ。
フミさんは、ジャガイモみたいな形の抹茶の洋菓子と言っていたので、おそらくこれで間違いないだろう。
今日はエッちゃんが帰宅する日なので、私はフミさんに食べてもらうつもりでいた。
「エッちゃん、そろそろお母さんが迎えに来る時間じゃない?」
カウンターに並んで座る3人にシューを出しながら私がそう聞くと、エッちゃんは手を合わせながら返事した。
「今日はお母さんの仕事が忙しいようなので、一人で帰ることになってます」
エッちゃんの言葉に少し不安になる私。
結斗さんも同じく、不安そうに言った。
「時代が時代なだけに、少々不安ですね」
すると信さんが質問する。
「悦子の時代は危ない時代なのか?」
結斗さんが返す。
「そうですね。ある意味、信さんの戦乱の時代より危ないです。大人子供関係なく爆撃されますので」
シューを食べようとしていた信さんが、結斗さんの言葉でシューを手から溢してしまう。シューは運良く皿の上に戻った。
「子供までもが爆撃されるのかっ!?」
驚いてそう言う信さんに、結斗さんは頷く。
「はい。無差別に殺される時代です」
結斗さんの言葉に、開いた口が塞がらない信さん。
そんなみんなを安心させるかのように、エッちゃんは言った。
「大丈夫です。空襲は夜中から明け方が多いので、昼間なら安全です」
戦争映画とかで見る空襲も、確かに夜中とか朝が多いけど……。
「本当に大丈夫なのかい?」
大将がそう聞くと、エッちゃんはシューを両手で持って言った。
「はい、大丈夫です。ですけど、家で健太が一人で留守番しているので、できれば今日は早めに帰りたいです」
大将が大きく頷く。
「それは勿論。それ食べたら早く帰んな」
「はい!」
そう返事して、エッちゃんはシューにかぶりついた。
そして目をキラキラさせ、深い溜め息を吐いている。
私はエッちゃんが一人で帰るという不安に加え、今日はフミさんにシューを食べてもらえないことを残念に思った。
いつも正午ぐらいにエッちゃんを迎えに来てくれるフミさん。
そんな時間にいつも迎えに来れるフミさんの仕事とは、一体どんな仕事なのだろう?
「エッちゃんのお母さんは、どんな仕事をしているの?」
ふと気になり、エッちゃんに質問する。
「看護婦です」
「看護師なんだ、そりゃ忙しいよね!」
私がそう言うと、看護師という言葉に首を傾げたエッちゃんだったが、そこには気にせず話を続けた。
「お母さんは、いつも昼の休憩時間に迎えに来てくれるんです。私と家に帰ったら、すぐ病院に戻ります」
仕事の合間で来てくれてたんだ!
そりゃ大変だ!
エッちゃんはシューを2つペロリと食べ、席を立った。
「ごちそうさまでした。それじゃあ、着替えて帰ります」
そう言って居間の方に消えていく。
そして数分後に、もんぺに着替えたエッちゃんがカウンターに戻ってくる。
「じゃあ、帰ります。今日もありがとうございました」
そう言って深々とお辞儀をしたエッちゃんに、大将が言う。
「ああ、気を付けて帰るんだよ」
「はい」
そう返事して、エッちゃんが店のドアを開けた。
その瞬間、けたたましい音が外から店の中に入ってきた。
消防車より少し低く、それでいて何倍も大きな音。
聞いたことのない私でも分かる。
空襲警報のサイレンだ!
突然の大きな音に私たち全員が動揺した瞬間、エッちゃんは店を飛び出し走り去った。
そしてドアが閉まる。
「エッちゃん!」
私はすぐさま店のドアを開く。
しかし、エッちゃんの姿は見えない。
サイレンの音も消えていた。
「えっ、何で……」
カウンターを振り返ると、結斗さんが首を横に振って言った。
「歩実さんが開けると、外は歩実さんの時代へと繋がります」
「でも、それじゃあエッちゃんが!」
エッちゃんは空襲警報の中を走り去った。
この行動の意味は、さっきエッちゃんが言っていた話を思い出すと分かる。
家で健太が一人で留守番している、と。
「落ち着きなさい、京都は空襲が少ない地域です」
結斗さんはそう言うが、空襲がゼロだったわけじゃない。
私はスマホをポケットから取り出し、『京都、空襲、4月16日』と検索した。
そして、検索結果を見た瞬間、私は顔から血の気が引いた。
「あ、あ……」
私が呻くと、結斗さんは私のスマホを取り上げて、画面を声に出して読んだ。
「1945年4月16日正午頃、京都市右京区太秦地区でB29爆撃機による空襲……」
4月16日というのは、勿論今日の日付だ。
そして以前エッちゃんは言っていた。
太秦に住んでいる、と……。
「ど、どうしよ、エッちゃん、行っちゃった……」
私と同じように顔を青ざめている大将と信さん。
エッちゃんを助けに行きたい。
危険かもしれない。
それでも、助けに行きたい。
でも、エッちゃんの時代に行くには、エッちゃんが店のドアを開けるしか方法がない……。
「皆さん、5分時間をください」
そう言って結斗さんは店を飛び出した。
私はヨロヨロとテーブル席のベンチ椅子に座り、顔を両手で覆い涙を流した。
エッちゃんを助けに行ったら、歴史が変わるかもしれない。
だけど、そんなのどうでもいい。
もしエッちゃんが死ぬのが歴史というなら、こっちから願い下げだ!
助けに行きたい、助けに行きたいよ……。
少しして結斗さんが店に戻ってきた。
私は顔を両手で覆いながら、結斗さんの話を聞く。
「みなさん、行きましょう!」
行くって、こんな時にどこに行けって言うの?
私はエッちゃんがこの店に戻ってくるまで、一歩もここを動きたくない。
「行くって、どこに?」
大将がそう質問すると、結斗さんは耳を疑うことを述べた。
「エッちゃんの時代にです。これがあれば、エッちゃんの時代に行くことができます」
私は両手を顔から放し、結斗さんを見た。
結斗さんは青い手袋を持っている。
「それは何じゃ?」
信さんが聞く。
「これは、クローン技術で作ったエッちゃんの手と同じものです。こんなこともあろうかと、作ってありました」
そう言って結斗さんは手袋を右手にはめ、店の扉を開けた。
再度、けたたましいサイレンの音が店内に入ってくる。
「何か分からんが、悦子の時代へ行けるのじゃな!」
そう言って信さんが立ち上がる。
確かにそうだ、何か分からないけど、今はそんなことどうでもいい。
エッちゃんの時代に行けるなら、私は行くよ!
私と信さんがドアに近づくと、結斗さんはドアを閉めた。
「あっ、なんで!?」
思わずそう言うと、結斗さんは手袋を外してから再度ドアを開き、外から段ボール箱を店の中に入れた。
「みなさんの防火服が入ってます。着てください」
「そんな物はいらん、すぐに向かうのじゃ!」
信さんがそう言うと、大将は信さんに言った。
「信さん、待ってくれ。俺も取りに行きたい物があるから、その間にそれを着ててくれ」
「何じゃと言うんじゃ! うぬらは悦子が心配ではないのかッ!」
どちらかと言うと、私は信さんと同じ意見だ。
今すぐにエッちゃんを追いかけたい。
こうしている間にも、エッちゃんや弟の健ちゃんが危ない目に遭っているかもしれないんだから。
「何を取りに行こうというのですか?」
結斗さんがそう聞くと、大将は「バイク」と言って店を飛び出した。
「なるほど。なら私も持ってきましょう」
そう言って今度は結斗さんが店を出る。
店内に残される私と信さん。
信さんはイライラしながら、段ボール箱を開けて肩衣、小袖、袴を脱ぎだした。
そうだ。今できることを私もやろう。
私は段ボールから防火服を取って居間に行き、着替えた。
カウンターに戻ると、大将と結斗さんは既に戻って防火服に着替えていた。
そして店内には、所狭しと駐輪した黒い中型バイクと黄色いスクーター。
「歩実さん」
大将から赤いフルフェイスヘルメットを渡される。
大将はシルバーのフルフェイス。
信さんはヘルメットなし。
結斗さんはゴーグルの付いた青いハーフヘルメット。
それぞれがヘルメットを被り、結斗さんが手袋をはめてドアを開けた。
大将が中型バイク、信さんがスクーターを押して店外へ出ていく。
私もそれに続いて、サイレンの音が鳴る世界へとタイムスリップしたのだった。




