第25話『悪者の笑顔』
ピザピールという、ステンレス製のシャベルみたいな物を手に取り、窯の中からアルミホイルを被せたパイを掬い出す。
もう三回目の作業だ。
「今度こそ上手く焼けてろよ……」
もう、2回も温度調整に失敗してパイを焦がしてしまった。
どうしても強くなってしまう火加減に、対策としてパイにアルミホイルを被せてみたのだ。
私はパイを作業机に置いてある皿の上に置き、手にミトンをつけて願うようにアルミホイルを取った。
「やった……」
思わず、感嘆を漏らす。
アルミホイルの中から現れたのは、綺麗なきつね色のアップルパイ。
リンゴ、シナモン、ナツメグ、バターの焼けた匂いが、まるで私に拍手を送ってくれているかのように甘く香ばしい匂いを放っている。
「できたかい?」
匂いにつられ、大将が覗きに来る。
「多分……」
自信なく返事をした。
2回も失敗してしまった後なので、楽天的な私でもさすがに少しヘコんでいる。
「こっち持って来てよ!」
大将にそう言われ、カウンターに持っていく。
お客さんはおらず、カウンターには大将しかいない。
「まだ誰も来てないんですか?」
「お客さんはまだだね。さっきエッちゃんが来たけど今シャワーを浴びてるよ」
「あっ、じゃあエッちゃんにも味見してもらいたいな!」
「そうだね」
大将はそう返事してからアップルパイを綺麗にカットした。
そしてフォークを刺して口元へ運び、切れ目の先端をかじる。
その後、しばらくの沈黙……。
「ど、どうですか?」
沈黙を嫌ってそう質問すると、大将は静かに言った。
「……旨い」
その一言で、私はすぐさまミトンを外し、フォークを手に持ってアップルパイを口に運んだ。
外はカリッと、中はトロッと、そして折りパイ本来のサクサクした軽い食感。
口の中でとろけていくリンゴ。
その後からくるシナモンの香りが口の中を幸せにさせる。
しかし、少しばかり甘味が足りない気がする。
やっぱり練りパイで作るべきだったか……。
「ちょっと甘さが足りないかな……」
私がそう呟くと、大将が首を傾げた。
「そうか? 俺はこれくらいの甘さがいいけどな」
そう言って大将は口を大きく開け、フォークに刺さっている残りのパイを丸ごと口に放り込んだ。
「大将って、甘い物好きですか?」
「ひや、はんはり」
口をモゴモゴ動かしながらそう答える大将。
いや、あんまり、と言ったようだ。
甘い物が好きじゃない人の評価はあまりアテにはしたくないなあ……。
大将はパイを飲み込んで言った。
「これ、メニューに入れようよ」
そう言ってくれるのはありがたい。
「うーん、そうですねえ……」
どうするか思案していると、大将は冷凍庫を開けた。
中に入っている魚を確認している。
その姿を見て、私は閃いた。
「そうか!」
「ん、どうした?」
「大将、今からもう一度買い物行っていいですか!? すぐ戻ってきます!」
「ああ、別に構わないけど……」
「ありがとうございます!」
そう返事し、私は店を飛び出した。
アップルパイが冷める前に戻らなければいけない。
本当はスーパーの方がいいけど、この際コンビニでもいい。
私が買いたいのは、バニラアイスだ。
結局近場のスーパーは見つからず、私はコンビニでバニラアイスを買ってトワイライトに戻った。
10分も走っていないのに、息切れが酷い。
高校の頃バスケ部だったんだけどな、私……。
息を整えてから店の扉を開けると、メイド服を着たエッちゃんが大将の側にいるのが見えた。
そしてエッちゃんはフォークに刺さったパイを食べようとしている。
「エッちゃん、ちょっと待って!」
即座にストップをかけ、私は買ってきたバニラアイスを取り出す。
そしてエッちゃんが食べようとしていたアップルパイの上にバニラアイスを置いた。
「なんですか、これ?」
不思議そうに見るエッちゃんに、私はニヤッと笑った。
「パイと一緒に食べてみて」
そう言うと、エッちゃんは頷いてからアイスとパイを同時に口に入れた。
みるみる、エッちゃんの顔が驚喜に変化し、目を輝かせているのが見える。
体をブルブルと震わせ、何も言葉を発しないエッちゃんに、大将は冗談っぽく言った。
「おーい、エッちゃーん、大丈夫かー?」
一頻り体を震わせてから、エッちゃんは私に顔を向けた。
「これは、凄い物ですッ!」
キラッキラの笑顔でそう言うエッちゃんに、私は爆笑した。
「あっはっはっはっ!」
いきなり私が爆笑したもんだから、エッちゃんは驚いて私を見ている。
だけどごめん。
どうしても堪えきれなかった。
だって、だってさ、忘れかけていた小さい頃を思い出しちゃったんだもん。
私が子供の頃病気で亡くなったお母さん。
小学生の時、初めて焼いたクッキーを喜んで食べてくれたお母さん。
私がパティシエになることを決めた瞬間の出来事だ。
あの頃の気持ち、エッちゃんのお陰で思い出すことができた。
そうだよ、なんで忘れかけていたんだろう。
作った料理を喜んで食べてもらえることって、こんなにも楽しくて、こんなにも嬉しいことなのに。
「今度は練りパイにして、もっと美味しく作るからね」
そう言うと、エッちゃんは驚愕と期待の眼差しで言った。
「これよりさらに美味しくなるんですかっ!?」
「なるよ。美味しさは無限大だよ?」
そう言ってわたしはニヤッと笑った。
そんな私を見て、大将が言う。
「歩実さん、その笑顔なんかちょっと悪者みたいな笑顔だよ」
「誰が悪者ですかっ!」
私がそう叫ぶと、今度は二人が大爆笑したのだった。




