第24話『レンガ窯』
買い物を済ませた私は、バイト先に電話して辞めることを告げた。
お兄ちゃんにも電話しようと思ったけど、帰って来いと怒られそうなので、取り敢えず京都に暫く滞在するとだけ、メッセージを送った。
トワイライトに戻って、早速2階の自室で買ってきたばかりの服を袋から出す。
可愛い路線をグッと堪え、なかなか正統派なパティシエの服が買えたんじゃないだろうか。
白いコックシャツに袖を通し、ボタンを留める。
左右均等に縦列したダブルブレストの青いボタンが特徴的だ。
そしてウエスト総ゴムのヒッコリー柄ズボンを穿き、黒いサロンエプロンを腰に巻く。
首もとには赤いネッカチーフ、そして頭はベージュのベレー帽型コック帽を被った。
戦闘準備が完了し、下の階へと降りる。
カウンターを覗くと、大将が一人カウンターに立っているだけで、まだお客さんはいない。
「おっ、着替えてきたんだ」
大将はそう言って首を上下に動かし、私の姿を全身見てから一言。
「いいじゃん!」
パティシエに定番の色を選んだつもりだけど、褒められるのはやっぱり嬉しい。
「ありがとうございます」
大将はもう一度私の下半身を見て、言った。
「サロンエプロンは黒にしたんだ?」
「はい。私、絶対にチョコとかこびり付けちゃいますので」
パティシエは想像より遥かに汚れる。
私が下手くそなだけかもしれないけど、それは専門学校で思い知らされた。
本当はコックシャツも白を着るのは気が引ける。
コックシャツも汚れを目立たせないために黒を着たいところだけど、汚れる自信しかない私がそれを着てしまうと、きっと衛生面で悪影響が出てしまうだろう。
「黒か……」
そう呟く大将に、不安が募る。
「えっ、ダメでしたか……?」
「ああ、そうじゃないんだ」
慌てて大将は呟きの訳を話した。
「信さんがね、前々からずっと厨房服を欲しがっているんだ。断り続けて最近やっと欲しがらないようになったんだけど、信さん黒色が好きだからねえ……」
私は眉を潜めた。
信さんの要求を断り続けるのは骨が折れそうだ。
「その時は大将、お願いします」
そういう面倒なことは大将に丸投げしよう。
「ええ!? 俺がかい!?」
驚いてそう言った大将だったが、渋い顔をして呟いた。
「まあ、仕方ないよなあ……」
そんな大将を見て、ワタシは「フフッ」と笑った。
きっと大将は私と同じで、頼まれ事を断るのが苦手な性格だ。
「ところで、メニューはいくつか決まったかい?」
そう質問され、私は頷いた。
「はい、取り敢えずケーキとパイをいくつか作ってみたいんですけど、あっちにある窯って使ってもいいんでしょうか?」
そう言って、カウンター奥にあるコンクリートの部屋に移動し、レンガ式の窯を指す。
「いいよ。まだこの時間はお客さん来ないし、使い方教えようか」
「はい、お願いします!」
私はそう返事して、胸を高鳴らせた。
この部屋の奥には薪が積んで置いてある。
窯で使う薪だ。
薪を使う窯なんて、キャンプ場でもなかなかお目にかかれない。
「まずはね、こいつを使う時は必ず換気扇を回すこと」
そう言って大将は、作業場入り口すぐにある赤いボタンを押した。
窯の上部の壁に備わっている大きな換気扇が、次第に大きな音を立てて回りだす。
「一応、煙突から煙が抜ける構造にはなっているけど、絶対に、換気扇を回してくれ」
絶対に、と強調して大将は言った。
これがどれほど重要なことなのか、初心者の私でも分かる。
「はい!」
気合いを入れて返事をした。
薪を燃やすと一酸化炭素が発生する。
室内で窯を使うなら、一番気を付けなきゃいけないポイントだ。
「次に火起こしだね。窯に薪を入れていくんだけど、薪は空気が通る道をイメージして奥から順に入れること」
「どれくらい薪を入れるんですか?」
そう質問すると、大将は積んである薪を指さした。
縄で括った薪が十束くらい積んで置いてある。
「あそこにある薪はだいたい10キロくらいの量を一束にして置いてあるんだけど、最初の着火で窯を温めなきゃいけないから、一束全部使うね。そこから温度計を見て、必要に応じて足していく感じかな」
予想を遥かに越える薪の量に、私は驚いて大将を見た。
電気やガスのオーブンと比べて、なんて非効率な代物なんだろう……。
「実際やってみるから見てて」
そう言って大将は、窯に薪を入れていく。
「細い薪は下に、太い薪はできるだけ上に置くと着火しやすいから覚えておいて」
「はい!」
「そして薪の一番下に着火材を投入。着火材はそこのコンテナボックスにあるからね」
「はい!」
「次に着火材に火を付けるんだけど、火を付ける前に、ここでも換気扇が回っていることを確認すること」
「はい!」
「んで、着火材に火を付けて、薪が燃えてくるまでひたすら待つ」
「はい!」
ヤバい……。
私、『はい!』しか言ってない。
だって、見てるだけで楽しすぎるんだもん。
こんなの、毎日がキャンプ場じゃん!
「ピザを焼くなら、だいたい内部のレンガが白くなるのが目安なんだけど、パイを焼くならピザより少し低い温度がいいよね?」
「そうですね。だいたい250度くらいです」
「なら、温度計で確認した方がいいね。温度調節は難しいけど、まっ、頑張れ!」
そう言って大将は両手を腰に当てて笑った。
「頑張りますっ!」
今年一番のハキハキした声で、私は返事したのだった。




