第22話『歩実の決意』
「あの日、自分の幼い姿を見た私は、なぜかこの店に瞬間移動しました。理由ははっきりとはしませんが、おそらく、タイムパラドックスのようなものが発生し、世界が私の存在を強制退去させたのでしょう」
結斗さんの話を聞き、私は目を閉じた。
とても怒る気にはならない。
むしろ今の話を聞いて私の中に、ある希望が芽生えた。
「事故を未然に防ぐチャンスを不意にして、それでもなぜ無様に生きているのだとお思いでしょう」
結斗さんは何もないテーブルを見つめ、そう言った。
私は首を横に振る。
「いえ、そんな……」
結斗さんは続けた。
「しかし、もしかしたらまだチャンスはあるかもしれない。大将や歩実さんの時代より少しだけ前の時代を生きる人がもしこの店に現れたら、もう一度タイムスリップして、事故を未然に防ぐことができるかもしれない。そう思い、今はまだ死にきれず生きているのです」
結斗さんがそう言った直後、後ろから声が聞こえた。
「事故防いだら、死ぬん?」
声の主は、エッちゃんだ。
エッちゃんは薄汚れたシャツともんぺに着替えて立っていた。
エッちゃんは結斗さんたちが座るベンチ椅子にヨロヨロと近付き、突然叫んだ。
「そんなん嫌や!」
そして結斗さんの隣、通路側に座る大将の太ももを両手で何度もポコポコ叩き、泣いた。
「死ぬやなんて言うな! 死ぬやなんて言うな!」
私も大将も、結斗さんも驚いてエッちゃんを見た。
エッちゃんは可愛く愛想の良い頭脳明晰の働き者。
これが私の評価だ。
ただ、可愛いけど子供っぽくは見えなかった。
言うこと為すこと全てが大人っぽく見え、まだ10歳の子供だということを失念してしまう。
そんなエッちゃんが、初めて見せた子供っぽい行動に、私は驚いてしまった。
大将も結斗さんも驚いている。
もしかしたら、大将にも結斗さんにも初めて見せた子供っぽい行動なのかもしれない。
「大丈夫だよ、エッちゃん。私が結斗さんを死なせない」
私はそう言って立ち上がり、エッちゃんの頭を撫でた。
そしてさらに宣言した。
「結斗さんも、お父さんも死なせない。私もやるよ、その計画」
京都に住み、この店に通う。
そして自分の時代より少し前の時代を生きる人の来店を待つ。
それは恐ろしいほど低い可能性なのかもしれない。
だけど、その可能性を捨てて生きるなんて、私にはできない。
「だけどそれは、長いことこの店に通うことになりますよ?」
大将は目を大きく見開いたまま、そう言った。
それは構わない。
むしろ大歓迎だ。
毎日ここの料理が食べられるなんて、幸せでしかない。
しかしそこには、大きな問題がある。
私の貯金が、それを許してはくれない。
私は大将に言った。
「大将、一つ……いや、二つお願いがあります」
そう言って私は頭を下げた。
「私をこのお店で雇ってください!」
頭を下げているため、大将の表情は分からない。
しばらくの沈黙。
そして静かに大将は言った。
「もう一つのお願いとは?」
私は顔を上げ、大将を見た。
大将の顔は真っ直ぐこちらを見つめ、真剣そのものだ。
「京都に住めるだけのお金を貸してください!」
再度、頭を下げる。
また、しばらくの沈黙……。
沈黙を破るかのように、笑い声が聞こえた。
声の主は、大将だ。
大将は立ち上がり、私の肩をパシッと叩いた。
「あっはっは、OK、採用だ!」
そして結斗さんに向けて言う。
「結斗さん、俺も次は絶対に失敗しません。そして結斗さんが死ぬなんて許しませんよ。俺たち二人で、結斗さんが死なないように監視します」
大将がそう言った直後、エッちゃんが言う。
「二人ちゃう。三人や!」
そう言って右手の指を三本立てて、それを結斗さんに見せる。
子供なのに迫力満点の声量に、結斗さんは体を後ろに傾けた。
そして降参するかのように両手を胸まで上げて、掌をこちらに向けた。
「わ、分かりました、分かりました。死にません、事故を未然に防げても死にませんから」
そう言う結斗さんの姿は、滑稽だったかもしれない。
だけど、それを笑う者は誰一人としてこの場にはいなかった。
結斗さんの言葉に、私たちは肩をなでおろしたのだった。




