第21話『結斗の過去2』
それから30年の月日が経った。
あの日居酒屋で出会った若い男からの連絡はなかったが、結斗さんにはこの気の遠くなるほどの長い時間、待ちに待ったある計画があった。
それは、大将の時代にタイムスリップするというものだ。
途中、居酒屋永久の大将が引退し、店を倅に引き継いで居酒屋からレストランに変わりはしたが、タイムスリップができることに変化はなく、何も問題はなかった。
忘れもしない、2026年3月27日。
大将の時代がこの日付になった時、結斗さんはタイムスリップすることを決意していた。
あのバイク事故を、未然に防ぐ為に……。
そして当日、結斗さんの計画に賛同した大将と共に、結斗さんは2026年3月27日へとタイムスリップをした。
京都から東京へ移動し、幼い頃に住んでいた町へ向かう。
何もかもが懐かしい風景だったが、そんなものに感傷する余裕はなかった。
早めに事故が起こる交差点に着いた結斗さんと大将は、事故が起こるその瞬間を待った。
「どうやって未然に防ぐんですか?」
大将からそう聞かれ、結斗さんは答えた。
「幼い私と、私を助けてくれた男性を突飛ばします。二人の位置がほんの少しずれれば、事故は起きません」
大将にはそれだけを告げ、結斗さんはその後の事態を黙秘した。
大将はこの計画に何の疑問も持たずに付いて来てくれている。
そんな大将に、自分が死ぬなんていうことを、事を成すまでは絶対に悟られてはいけない。
結斗さんは、この日死ぬ覚悟をしていた。
事故を未然に防ぐと、歴史は変わってしまうだろう。
だけど、歴史が変わったとしても、誰にも迷惑はかからない。
大将はこの時代の人間だし、店の常連客は大将の時代より過去の人物だ。
大将より未来を生きるのは自分だけ。
だから、歴史改変で世界が消えるのは自分しかいない。
そしてその自分が死ねば、世界が消えて困る人は誰一人としていないのだ。
大将に全てを話せば、自分の時代が消えたとしても、この時代で一緒に生きようと言ってくれるだろう。
だけど、もう充分生きた。
この日こそが、自分が長生きした唯一の理由なのだ。
それ以降の人生に興味なんかない。
助けてくれた男性を突飛ばし、自分が代わりにバイクに轢かれる。
それが、結斗さんの計画だった。
「そろそろ来ると思います」
結斗さんは腕時計を見て、大将にそう告げた。
しばらくすると、懐かしい顔が交差点を渡っているのが見えた。
結斗さんの、若い頃の母親だ。
その少し後ろをトボトボと歩く、幼い男の子。
その男の子を結斗さんが見た瞬間、予想だにしない出来事が起こった。
突然、結斗さんが消えたのだ。
その場に取り残された大将は、訳も分からず混乱した。
しかし、事態は待ってはくれない。
交差点では、男の子が転んでいるのが見えた。
「取り敢えず、何とかするしかない!」
そう思った大将は、持てる全ての声量で叫んだ。
「おぉぉい、そこ! 危ないぞぉぉ!」
すると、近くにいた男性が両手を振って車の発進を見合わせる合図をとった。
それに気付いた車が、信号が変わっても発進せず見合せている。
よかった、これでバイクが進入することはない……。
自分が叫んだことによって男性の行動が変化し、周りの交通が止まることによって事故を未然に防ぐことができた。
大将はそう思い、安堵の溜め息を吐いた。
大将は事故の詳細を知らなかったのだ。
結斗さんからは、幼い自分を男性が庇ってバイクに衝突されてしまう事故、ということしか聞かされていなかった。
だから、バイクを運転していた者がよそ見をしていたことも、男性が両手を振って車を止めるという行動も、何一つ変化することなく歴史どおりだということを、大将が察するには無理な話だった。
そして歴史どおり、事故は起こってしまった……。




