第20話『結斗の過去1』
店の中に戻った私は結斗さんに先ほどの態度を謝り、ドア近くのテーブル席にあるベンチ椅子に座った。
対面に結斗さんと大将が座る。
二人は、何かしようとしていた。
平成5年のお父さんにラインIDを教えたのも、この店の口コミ評価にお父さんの名前を書いたのも、この二人の仕業だ。
私は知らなければいけない。
この二人が、何をしようとしていたのかを。
「……田中愛莉という人は、誰なんですか?」
重苦しい沈黙を破るように、私は二人に質問した。
結斗さんが答える。
「田中愛莉は、私の母親の名前です」
そして結斗さんは語った。
お父さんの事故を未然に防ごうとした、長い、長い人生の物語りを……。
2026年3月27日、今からちょうど10日前の日付だ。
この日、9歳の結斗さんは母親と一緒にスーパーに行って買い物をした帰りだった。
人気のトレーディングカードを母親に買ってもらって、それを眺めながら母親と少し距離を開けて交差点を歩いていると、歩行者信号が点滅した。
「信号変わっちゃうよ!」
交差点を渡った先から聞こえる母親の声に気付き、早く渡るため走ろうとした結斗さんは、交差点の中程で転んでしまった。
「大丈夫かい?」
結斗さんに声をかけたのは、私のお父さんだ。
お父さんは、結斗さんの側で両手を大きく振って、信号が変わっても発進を見合わせるよう車に合図を送った。
交通量の多い国道の交差点だったが、多くの車はそれに気付き、発進を見合わせていた。
しかし、それに気付かない者がいた。
止まっている車と車の間を割るように走行するバイク。
そしてそのバイクは、両手を振り続けるお父さんを襲った。
身を挺して自分を守ってくれた人が亡くなり、結斗さんは何度もこの出来事を悔やむ人生を送ることになった。
そんな結斗さんがこの店に出会ったのは、40 歳になろうとしていた時だった。
仕事の都合で東京から京都に移り住んだ結斗さんは、トワイライトの前身、居酒屋永久の常連客となっていた。
結斗さんが常連となって10年くらい経ったある日、結斗さんにとって思いがけない人物の来店があった。
それは、いつものように違う時代の人と会話を楽しんでいる時だった。
見慣れない新顔の若い男の客がいたので気さくに声をかけてみると、男は当時の大将……つまりは今の大将のお父さんと同じ時代の人間だということが分かった。
何気なく名前を聞くと、結斗さんに衝撃が走った。
「千堂祐介です」
そう名乗った若い男を、結斗さんは唖然と見続けた。
幼い頃、身を呈して自分を守ってくれた人と同じ名前だ……と。
単なる同姓同名かもしれない。
いや、その可能性の方が高いだろう。
だけど、一縷の望みをかけて、結斗さんは自分の母親が若い頃に使っていたスマホアプリのラインIDを男に教えた。
「これから30年後くらいに、スマートフォンという携帯電話が普及します。誰でも持っている物です。それを手に入れたら、このラインIDに連絡してください」
ポケベルという最新機種でも最大14文字しか送れない携帯端末が全盛期の時代を生きる相手に、スマホやラインなんて理解されないだろう。
しかし、この若い男は律儀に手帳にメモを残してくれた。
それだけでも、結斗さんにとっては頼んだ甲斐があったというものだ。
結斗さんは念を押すように言った。
「絶対に連絡してください。これで、あなたの死が回避できるかもしれません」
そう言って顔を強張らせ、結斗さんはバイク事故の詳細を男に話したのだった。




