第19話『転んだ男の子』
「どういう事ですか! ちゃんと説明してください!」
私は強い口調でそう言った。
土下座している相手に使うべき口調ではなかったかもしれない。
しかし、お父さんが死んだ原因だとか言われて冷静でいられるはずがなかった。
結斗さんはゆっくりと体を起こし、床の上で正座しながら言った。
「私は幼い頃、バイクに轢かれるところをある男性に命がけで助けられました。歩実さんのお父さん、千堂祐介さんにです」
お父さんが亡くなった時、お兄ちゃんから聞かされたことがある。
お父さんは、交差点を渡る時に転んでしまった男の子を助けようとしていたところ、よそ見運転をしていたバイクに轢かれた……と。
「えっ、じゃあ、お父さんが助けようとしてた転んだ男の子って……」
「私です」
何を言っているだ、この人は……。
お父さんが助けた男の子とこのお店で会うなんて、そんな偶然あるわけないだろ!
しかもその男の子がこの老紳士だって!?
私は結斗さんを睨んだ。
こんな嘘、絶対に許さない。
「ちょっと、ごめんなさい……」
私は震える声でそう言い、立ち上がって店を出た。
気持ちの整理ができない。
私はまだ、このお店が本当に過去や未来の人が集まる所だということを、完全に信じてはいない。
今もまだ、ドッキリなんじゃないかとさえ思っている。
それに、お父さんが助けようとした男の子が結斗さんっていうのは、あまりにも出来すぎな話じゃないか?
結斗さんとは、昨日たまたま来たこのお店で、たまたま会ったという間柄だ。
──いや、たまたまじゃない。
私がこのお店に来たのは、ネットの口コミに書かれていたお父さんの名前があったからだ。
あの口コミが無ければ、私はこのお店には来なかった。
あの口コミを書いたのが結斗さんだとすると、私は結斗さんによってこのお店に誘われたのだ。
「お父さん……」
空を見上げた。
空に何かある訳じゃない。
零れそうなものを止めようと見上げただけだ。
だけど、太陽が眩しくて目を瞑ると、それは私の頬を伝って下へと流れ落ちた。
お父さんが結斗さんを助けなくても、もしかしたら結斗さんは死ななかったかもしれない。
お父さんが死ぬ必要なんかなかったかもしれない。
でも、お父さんが助けようとしていた男の子は、優しい老紳士になっていた。
それだけで、報われる。
お父さんが死んだのは無駄じゃなかったんだと思える。
きっと結斗さんは何も悪くない。
なのに、さっきの私の態度を見て、結斗さんは今も店の中で傷心しているだろう。
勿論、結斗さんに恨みなんて微塵もない。
だけど少しの時間、今だけは一人でお父さんを偲ばせてほしい。
「この話、信じていいのかな……?」
私は空にいるお父さんに語りかけた。
返事はない。
爽やかな春の風が、私の頭を撫でるように吹き抜けていった。




