第15話『──side悦子2──』
扉を少しだけ開き、店の中を覗いてみる。
中には、和服を着た30歳くらいの男と、大礼服を着た80歳くらいの老人が、長机の付け台を前に並んで座っている。
そして長机の付け台の奥には、厨房服を着た30歳くらいの男が立っていて、三人で何やら楽しそうに談笑している。
そして和服の男が、パンをかじっているのが見えた。
この店は営業しているんだろうか……。
この食料不足で、一体どこから食料を調達しているんだろう……?
もう少しだけよく見たいと思い、扉をさらに開けようとしたら手が滑って、私は体勢を崩して扉を思いっきり開けて店の中へ倒れ込んでしまった。
「おいおい、大丈夫かや?」
すぐに和服の男が私の所まで来て、私に手を差し伸べてくれる。
「すみません……」
私は和服の手を握り、立ち上がってから俯いた。
しくじった……。
ここはきっと、高級なお店だ。
大礼服の老人が居るということは、きっと政府の偉い人が通う店なのだろう。
私のような人間が入ることなど許されるはずがない。
「これまた、可愛いお客様の来店ですな、大将」
そう言って大礼服の男は「ホッホッ」と笑った。
この老人、私のお爺ちゃんに少しだけ似てる。
私のお爺ちゃんは、京都市役所の役人だった。
幼い頃に見た正装のお爺ちゃんの優しい笑顔と同じものが、この老人からは感じられた。
「あの、勝手に入って申し訳ありません。すぐ帰ります」
そう言って頭を下げると、長机の奥から思ってもみない言葉が聞こえた。
「何か食べてくかい?」
「えっ!?」
頭を上げると、厨房服を着た男はニコッと笑った。
「でも私、お金を持っていません」
そう言うと、私は和服に抱き抱えられて和服と老人の間の席に座らされた。
「ええっちゃ、ええっちゃ。金はこの爺さんが出してくれるきに」
和服がそう言うと、老人は口髭を擦って片目を瞑った。
「無論です。こんなレディーにご馳走できる機会など、あまりありませんからな」
自分のことをレディーだなんて言われたのは初めてだし、女扱いされたのも人生で初めてだ。
気付いたら私は顔を真っ赤にしていた。
「はい、取り敢えず飲み物どうぞ」
そう言って厨房服は、私の前に木製の洋杯を置いた。
中見を見ると、透明がかっているので水かと思いきや、何やら泡が吹き出しているようにも見える。
とんでもない物だったらどうしよう?
だけど、私はどのみち今日死ぬ予定なんだ。
これが例え毒でも、後悔はない。
「いただきます」
私は意を決して洋杯に口を当てた。
乾いた口唇にひんやり冷たく当たる液体。
口の中でジュワっと弾ける炭酸。
喉越しスッキリの甘い爽やかな味……。
「三ツ矢シャンペンサイダーだ!」
思わず、大きな声を出してしまった。
忘れもしない。
私が小さい頃、死んだお爺ちゃんがまだ市役所勤めをしていた頃に、お爺ちゃんと一緒に飲んだ三ツ矢のシャンペンサイダーにそっくりの味だ!
「シャンペンサイダーとは何ですか?」
老人が首を傾げる。
あれ?
違うのだろうか……?
「それはシャンペンサイダーじゃなくて、ただのサイダーだよ」
そう言った厨房服と目を合わせる。
厨房服は、続けて私に質問した。
「シャンペンサイダーを飲んだことがあるのかい?」
「はい、小さい頃に祖父と飲みました」
私がそう答えると、厨房服は老人に言った。
「結斗さん、シャンペンサイダーというのはね、三ツ矢サイダーの前身のサイダーなんですよ。明治から昭和中頃まであった飲み物です」
「へぇー、そうですか。大将にも歴史に詳しいことがあったとは……」
そう言って驚いた顔を大将に向けていた老人は、私に顔を向けた。
「この格好、おそらく彼女は、太平洋せ……第二次世界大戦の頃の人でしょう」
太平洋?
何を言いかけたのだろう?
しかし、第二次世界大戦とは、また妙な呼び方をする人だ。
確かに、世界大戦は一度あったし、今回の戦争も世界規模だ。
だから今回の戦争が第二次世界大戦と言っても何も間違いじゃない。
だけど、世間では大東亜戦争と呼んでいるし、政府もそれを公式の呼称としている。
私は店内を見回した。
この店の店内は、外の温度より少しだけ低い。
晩秋のこの時期、暑くも寒くもないが、店内はより快適な温度を維持しているような気がする。
だけど、考えてみるとおかしなことだ。
店内は火を扱う。
人も集まる。
それなのに外よりも涼しいなんて、まるで特急アジア号に備わっている冷房でもあるようじゃないか。
そして厨房服の後ろにある白い大きな箱。
気になって見ていたが、厨房服があれを開けると、信じられないくらいの冷気の煙が出てくるのが見えた。
あれは冷蔵庫じゃないだろうか?
しかも氷を入れて冷やす冷蔵庫なんかじゃない。
電力で冷気を作り出す冷蔵庫だ。
さらに、その横にあるあの調理器具。
あれはガスコンロだ。
だけど、厨房服はレバーを触っただけで点火させていた。
どうやってガスに着火させたのだろう?
あんなコンロ、見たことも聞いたこともない。
この店は、何もかもが世界技術で最新鋭の設備をしている。
私は、この店の正体が分かった。
こう考えれば、この店の全てが納得いく。
厨房服はさっきこう言った。
シャンペンサイダーは、三ツ矢サイダーの前身のサイダーで、明治から昭和中頃まであった飲み物……と。
昭和がいつ終わるかなんて、誰にも分からない。
昭和中頃なんて言い方、未来人にしか言えない言い方なんだ。
「ここは、未来のお店ですか?」
私がそう言うと、三人は驚愕の眼差しを私に向けたのだった。
それから私は、食料を分けてもらうことを条件に、この店で働くことになった。
大将も、龍馬さんも、結斗さんも、信長さんも、みんな優しい。
いつも私を気遣って、美味しい物を食べさせてくれる。
そして、美味しいご飯を持って帰ることができる。
私の家族は、この店に救われた。
私の家族は、この店の常連に救われた。
もう、私の大好きな人を、お父さんのような理不尽な殺され方はさせない。
絶対に、許さない。
だから本能寺の変も、近江屋事件も、私が絶対に変えてやるんだから!




