第14話『──side悦子1──』
私とお母さんと五つ歳の離れた弟を残して、お父さんが憲兵に捕まってから二年が経った。
何か悪いことをした訳ではないし、社会主義者という訳でもないのに、反戦を唱えていたお父さんは社会主義者として捕まり、処刑された。
それからだ、私たち家族に嫌がらせが始まったのは。
犯罪者の娘と言われ、時に石を投げられた。
時に殴られた。
そして、食料配給を減らされた。
それでなくても元々少ない配給だった。
一日一食だけお粥と一口の沢庵が食べれる程度の配給なのに、それすら半分に減らされた。
それから私たち家族は、何でも食べた。
バッタ、セミ、タガメ、コオロギ……。
しかし、冬が近づくにつれ、だんだんと昆虫すら手に入れることができなくなり、このままだと私たち家族は飢え死にする未来しか残されていなかった。
学校にはもう行かない。
初等科6年を卒業するまでが義務教育だけど、あんな所で私が学べることなど何一つもない。
今の学校は嘘だらけだ。
先日も先生が、特攻隊の活躍でサイパン戦を勝利したとか言っていたけど、あんなの嘘に決まってる。
特攻なんて名前を変えているけど、いわば捨て身の作戦なんかで勝てる訳がないんだ。
お父さんが教えてくれた歴史の中では、捨て身で逃げる戦争はいくつかある。
関ケ原の合戦での島津軍なんかが有名だろう。
だけど、捨て身で勝った戦争なんて、一つもない。
この戦争は負ける。
鉄もオイルも食料も不足しているこの国が、世界相手に勝てる訳がないんだ。
この国で生きていく希望なんて何もない。
せめて、遠くに行ってお母さんと弟の迷惑にならないように死ぬんだ。
そして、私一人分の口を減らすんだ。
何も親孝行が出来なかったけど、許してください、お母さん……。
そう思い、普段来ることはない祇園の街を彷徨い歩いた。
遊興の制限で開いているお店はなく、かつて人が賑わい華やかだった街の面影が微塵も感じることができないほど閑散としている。
ここで死のう……。
そう思い、八坂神社で今生最後のお祈りをしている時だった。
ふと、香ばしい匂いがした。
何の匂いか分からないが、とても空腹を刺激する匂いだ。
匂いに誘われるまま、私は八坂神社を後にした。
「ここだ……」
八坂神社からすぐ近くの場所に、それはあった。
木造建築の一軒家。
入り口らしき扉に、猫の顔を型どった可愛い小さな看板が掛けられている。
そして看板には、こう記入されていた。
『restaurantトワイライト』
少しだけなら、外国の文字は読める。
海外に留学したこともあるお爺ちゃんが教えてくれた。
この単語は、フランス語のレストランだ。
欧米の文字は軽佻浮薄の敵性語だなんて言われるこのご時世に、なんて豪気な店なんだろう……。
トワイライトの意味も分かる。
これは夕焼けや朝焼けのように、空が朱色に染まることだ。
そういえば今まさに、空が夕陽に染まっている。
たまたまだけど、何か運命的なものを感じた。
「ちょっとだけ、覗いてみようかな……」
どう考えても、子供の来る所ではない。
ましてや、お金を一銭も持っていない。
だけど、どんなお店なのか死ぬ前に一瞬だけ見ることくらいはいいんじゃないだろうか。
私はそっと店の扉を開けた。




