第13話『1000円の価値』
結斗さんの言葉に、私は開いた口を塞ぐことができずにいると、信さんは店の入り口付近でエッちゃんに銀色の何かを渡しながら言った。
「それじゃあ、ワシは帰るぞ。うぬは来ないということでよいのだな?」
そんなの無理無理ッ!
お寺に泊まるとか、しかも昔の時代に行くとか。
そもそも、心の中で信さんとか呼んでるけど、今日初めて会った人だよ?
そんな人に付いて行けるほどの勇気は持ち合わせてはいない。
「はい、大丈夫です、ありがとうございます」
そう返事すると、信さんは店の扉を開けて店外へ出ていった。
一瞬だけ扉の外の様子が目に入る。
店の外には、提灯を持って信さんを待っていた従者のような人がいるのが見えた。
それ以外は真っ暗で何も見えず、タイムスリップが本当なのか判断することはできなかった。
私もそろそろ店を出よう。
ホテルを探して、ダメならネカフェを探さなきゃいけない。
「すみません、お勘定お願いします」
私がそう言うと、エッちゃんが「はい」と返事をくれる。
QRコード決済なんて出来ないよね。
サコッシュから財布を取り出すと、エッちゃんは困った顔をして大将に言った。
「アヒージョとビールって、大将たちの時代だといくらぐらいですか?」
そうか……。
このお店には色んな時代の人がやって来るから、予め金額を決めてないんだ……。
そういえばさっき、信さんがエッちゃんに銀色の何かを渡していたけど、あれは飲食代を払っていたということか。
大将はしばらく考え、言った。
「うーん、じゃあ1000円で」
おっ、安いな……。
アヒージョだけでも1000円以上はしそうだけど。
ビールはオマケしてくれたのかな?
「1000円!?」
エッちゃんは驚いた声でそう言った。
そうだよね、いくら金額を決めてなかったとはいっても、安すぎだよね。
驚いて開いた口が塞がらないエッちゃんに、結斗さんは言った。
「エッちゃん、大将たちの時代の1000円というのは、エッちゃんの時代の3円くらいの価値なんですよ」
あっ、そうか。
エッちゃんは太平洋戦争の頃の子だよね。
円の価値が今とは全然違うんだ。
エッちゃんは1000円という金額が安すぎて驚いたんじゃなくて、高すぎて驚いたのか。
「そ、そうなんですか……。じゃあ、1000円で」
そう言うエッちゃんに、私は財布から1000円を取り出して渡した。
「あっ、北里柴三郎さんだ……」
そう呟いたエッちゃんを、私は驚いて見た。
そんな歳で北里柴三郎を知ってるの!?
正直、ごめんなさいだけど、私は千円札になるまで北里柴三郎という人物は知らなかったよ。
この子、本当に賢い子だな……。
「ご馳走様でした」
「はい、またのご来店、お待ちしています!」
元気にそう言ってお辞儀をするエッちゃんに見送られながら、私はお店を後にした。
結局、予約なしで泊まれるホテルは見つからず、私はインターネットカフェで一夜を過ごすことにした。
無料ドリンクのメロンソーダをストローで飲みながら、今日一日の出来事を振り返る。
「とんでもないお店だったな……」
そう呟き、ふと自分がなぜあのお店に行ったのかを思い出した。
サコッシュからお父さんの手帳を取り出す。
「忘れてた……」
そうだった……。
私は、この手帳に記入されていた謎のラインIDを調べる為にあのお店に行ったんだった。
「明日もお店に行って、絶対このことを調べなきゃ!」
そう決意して、私はマッサージチェアのリクライニングを倒したのだった。




