第10話『信さんとナスビ』
結斗さんのナポリタンを食べる姿を眺めながらビールをチビチビと飲む。
結斗さんは背筋をピンと立て、銀色のフォークにナポリタンを適度に絡め、それを口へと運ぶ。
ナポリタンを食べると口まわりが汚れそうなものなのに、口まわりを一切汚さずにナポリタンを食べる結斗さんの姿は上品を極めている。
そんな姿をうっとり見ていると、またお店のドアが開いた。
「邪魔するぞ」
そう言って入って来た人の頭を見て、私はビールを吹き出しそうになった。
前頭部から頭頂部にかけて剃り上げている。
月代というやつだ。
そして後頭部は丁髷を立てている。
大河ドラマとかでよく見る、武士のヘアースタイルをしていた。
そして白地の小袖の上から緑の肩衣を羽織っている。
顔の厳つい、比較的小柄な中年男性がそこに立っていた。
丁髷だ、初めて見た……。
驚いて中年男性を見ていると、いつの間にか私の隣に座っている龍馬さんが、私に耳打ちした。
「織田信長公じゃき。ここでは皆から信さんっち言われとるがや」
信さん……。
それ大丈夫?
そんなあだ名呼びして、切り殺されたりしない?
「信さん、いらっしゃい!」
私の心配をよそに、大将がそう挨拶をする。
信さんは手に持っていた板を大将に見せた。
「今日は雪辱を晴らしにきた」
そう言って、店の奥側にあるテーブル席に行き、持っていた板を荒々しく置いてベンチ椅子に座った。
「悦子、勝負じゃ!」
そう言って、厳つい顔でエッちゃんを睨みながら、板の上に置いてある木箱を開けた。
木箱の中から、ジャラジャラと駒が出てくる。
信さんが持っていたのは、将棋の盤と駒だ。
「エッちゃん、接客はいいから相手してやんな。手加減しなくていいから」
大将がそう言うと、エッちゃんは嬉しそうに「はい!」と返事をした。
織田信長といえば、この中で一番偉い人なのではないだろうか?
それなのに大将は他の客よりも、ぞんざいに扱っている気がする。
「信さん、今日は何を賭けるんだ?」
そう言って大将は笑った。
ほらやっぱり。
他の人には敬語なのに、大将は信さんだけにはタメ口だ。
「これじゃ」
そう言って信さんは、胸元からナスビのような陶器を出した。
それを見た大将が、残念そうに言う。
「ええー? そんなのより、信さんが負けたら俺たち全員に敬語を使う、とかの方が面白いなあ」
「そんなかったるいことできるか!」
不思議に二人を見ていると、隣の龍馬さんが私に耳打ちした。
「信さんは、負けたら敬語で話さんくてもいいっちゅうて、エッちゃんに負けたんじゃ」
ああ、なるほど……。
だから信さんには、あえて罰ゲーム感覚でタメ口なのか。
「いやいや、大将、お待ちなさい!」
結斗さんがいきなり席を立ち、信さんに近付いてマジマジと陶器を見る。
そして、声を震わせながら言った。
「これはもしや、松本茄子では!?」
松本茄子?
茄子を型どった陶器ということ?
「さすが結斗じゃ。歳を取っているだけはある」
そう言って信さんは、「フハハハ」と悪役みたいな高笑いをした。
龍馬さんが首を傾げて質問する。
「んで、そんナスビは旨いんかの?」
「食えるかアホたれ!」
そう言って信さんは、ナスビの頭頂部にある蓋を取った。
「茶入れじゃ、茶入れ! 見て分からんのか!」
結斗さんは、恐る恐るナスビを触った。
触る指が震えている。
「これが、幻の松本茄子……」
結斗さんが呟く。
その呟きに、信さんは怪訝な顔をした。
「幻? 今、幻と言ったか?」
「あ、いやいや、私のような者からすると、拝見できるのは幻のように感じますので」
結斗さんは慌ててそう言うと、カウンターの前に行って大将に耳打ちした。
そして私たちのテーブルに戻ってきて、小声で言う。
「あれは、大名物の茶道具です。戦国時代当時でもあれ一つで大名になれるくらいの価値がありましたが、本来は本能寺の変で焼失する物なのです。焼失を免れた一品が発見されたと言って、歩実さんや私の時代で売るとどの程度になるか、とても図り知れません」
そんなに価値があるの!?
あんなナスビみたいな陶器が!?
だってあんなの、百円ショップで売っててもスルーするよ、私は。
「ワシが勝ったら、うぬらは今後ワシに敬語で話せよ」
そう言いながら信さんは将棋の駒を並べている。
そんなヤバい価値の陶器を賭けて、信さんが勝った時のメリットが小さすぎではないだろうかと思ったけど、信さんからすると威厳を取り戻すのが何より大切なんだろう。
さすが織田信長、と言ったところか。
私はもういつの間にか、これらがドッキリだと思わなくなっていた。




