第35話「靴でも舐めてこようかなあ」
光が収まると俺たちは商会のなかにいた。
ホールのような場所の奥には美しいガラステーブルやアバンギャルドな雰囲気の漆喰の切り株椅子がありそこに案内された。
「待っててな今茶出すさかいに。」
アルスはそう言うとアベルを連れて奥に引っ込んだ。
「しかし...急に決めちまって悪かったな、みんな。」
「いいんだ。あの人に気に入られれば絶対損は無いから。すごい人なんだよああ見えて。」
俺が皆の方を見て謝るとマカフィーがそう言った。
「ダイゴが料理の技術がすごい事が伝われば上手くビジネスになるでしょうし、彼に店を出す手伝いをしてもらえるかもしれませんね。」
「まじか!よし!靴でも舐めてこようかなぁ。」
「ブフッ。」
俺がハルートに載せられてバカを言ってるとアベルがお盆を持ってこちらへ戻ってきた。
「主人はちょっと電話を取っているので少々こちらでお待ちください。」
「あら、忙しいのにこちらこそ俺たちなんかに構ってもらってすみません。」
「ふふっ。いいんです。むしろこちらが助けていただく立場なのでお待たせして待ってすみません。もう間もなく戻ると思いますので特性のダージリアティーをお飲みになってくつろいでくださいね。」
アベルが俺たちに笑いかける。
可憐で美しいのに少しだけハスキーな声をした不思議な雰囲気の女の子だなぁ。
シャルは彼女を見て小声でなにか囁いた。
耳をすませて聞くと俺はちょっと気まずくなった。
(あ、アンタ血の匂い強いぞ。よかったらあんたも座りな。無理しなくていいから。俺強めの薬もってるから辛い時は言えよ。俺もかなり重い方なんだ。)
(...ありがとうございます。実は御手洗に行きたくて...。上手く誤魔化していただけたらうれしいです。で会ったばかりなのにこんな事お願いしてすみません。)
シャルは突然立ち上がった。
「あー!俺小便してぇ!すまんね!アベルっていったっけ?案内してくれるか?」
「ええ、こちらです。」
アベルはシャルにだけ分かるように会釈をしながら彼女を化粧室へと案内した。
女の子って大変だなぁ。
「ハルート。この椅子ってかなりセンス良くない?」
気まずくなったので文化フェチの知識箱に全然違う話題を投げかけてみる。
すると面白いほど反応が良かった。
「ええ、おっしゃる通りです。こちらはルコニア原産のマルゴデアの木を使ったものだと思われますがそもそもマルゴデアは加工向きでは無くこの丁寧な作りからかなりのこだわりを感じます。」
「へ...へぇ...。この木自体もめずらしいのか?」
「はい...ルコニア地方のしか育つことのない特殊な樹木なのですがルコニアでもマナの高い深い山間部で尚且つ火山側からは遠い場所飲みで生息するものです。また通常の色は白いのですがこちらは茶色みがかってたり黄色くなっているでしょう?これは特定の気候が続いた時にだけ変化するもので...。」
マシンガンの如く飛び出す知識に面白いと思いながらもだんだんと興味のアンテナが薄れてきた。
「通常この手の樹木は伐採できる数が法律で定められていて...。」
あぁ...まだ続くのかしら自分で聞いといてなんだけどオタクってのは外側から見たらこう見えるんかい?
俺も料理の話する時は気をつけよう。
口臭とかワキガとかに似てるよね、こういうのってさ。
「偉いすんません。取引先から電話来てもうて対応してたんで遅なってしまいました。」
ちょうどいいところにアルスが戻ってきてハルートの知識アラームは止まった。
「あれ?騎士の女の子とうちのアベルがおらんけど。」
「あぁ、お花摘みに行きましたよ。」
「おぉ!そうかそうか!ちょうどええな。
んじゃすまんけど先に始めさせてもらってもええですか?」
お花摘みってこの世界でも通じるんだというのはさておきアルスは俺の隣に腰掛けた。
彼からは男らしいアンバーな感じの香水の香りがした。
シダーとかムスクとかサンダルウッドとかそんな感じの。
うわーしごできって感じでかっけーな。
「それでこの資料を見てほしいんやけど。」
と言って彼はどこからともなくこの世界でのiPad的なやつを取り出してスライドさせた。
そこに書かれていたのはグレイスランドの奥地にあるダンジョンの資料だった。
「おぉ...これはスノードラゴンが住むって書いてあるな。」
「おぉ!それは珍しい。かつて勇者レオが賢者メトロとの初めての冒険で討伐したとされる巨竜の魔物ですね。」
「そうなんよ。俺も歴史書でしか見たことなくてびっくりしたわ。
この洞窟の依頼書はなとあるツテから特別に入手し禁足地での依頼やねん。でそういう所には珍しい遺物が沢山湧くやんか?
でもさすがに一人でスノードラゴンは相手でけへんさかいに手を焼いてて困ってたところなんよ。しかもこれ国からも特定の冒険者のみに討伐依頼として出してんねんけど何せ場所が場所やし相手が相手やから誰もやりだがらんくてな。同時に機関の方には洞窟調査依頼やら行ってるみたいやけどそっちも難航してるみたいでいささかみんな手を焼いてんねん。」
「おぉ...なるほど。」
「無理にとは言わんけどこういう案件が幾つかあんねん。すまんけどどれか一個でも手伝ってくれへんかなぁおもてます。俺のパーティとして参加してもらえれば報酬も出せるさかいに。」
「なぜ俺たちに?」
「あははは!俺にはなちょーっとだけ特別なスキルがあんねん。これはオフレコでお願いしたいんやけどな相手のギルドカードを見ずに能力値をわかるっていうギフトを持ってるんや。俺らの祖先マーシェット様は聖女の生まれ変わりやったからか幾つか特別な力があってな。冒険の途中でどれも覚醒したみたいやねんけど、それが俺ら子孫にも時々発現するみたいでな。俺のギフトはまぁこれだけやないけど相手のステータスが一瞬でわかる。相性のいい相手ならある程度の背景や素性も話してれば分かることもあるんや。
ズバリダイゴくん、あんた転生してきたんやろ?」
「まじか!あんたすげーな。」
「うひひ...あんま褒められるのはずいなぁ。あひゃ...まぁこないな感じですこーしだけ特別な力はあるんやけどなにせ戦闘は普通のSランク冒険者並みなんよ。君のやりたいことも何となく分かっとるし手伝ってくれたらなーんも悪いようにはせえへんすまんけど俺らの力になってくれるか?
あ、あと俺のこの力はアベルには秘密にしてんねん。悪いけどあいつにはこのこと黙っててくれるか?」
空いた口が塞がりましぇーん。
まじかすげーなで済ませたけどそれしかまじで出てこない。
まくし立てられてる訳でもないのに断る理由が見つからないほど足元を固められてYES以外の回答が全く出てこない。
この男がなぜこの大きな商会のスリートップのうちの一人をこの若さで務めているのかよくわかった。
こりゃ誰も叶わんし嘘が通じないってことだ。
「わかった。約束するよ。それに今回のこと引き受けさせてもらう。」
「すまんけど契約書を結んでくれるか?こういうのは手堅く行きたいねん。
もちろんアベルに俺の能力を伝えないってこともそうやけど仕事の方の契約や。
時間をあげるさかい隅から隅まで読んで大丈夫だと思ったらこのPadのサイン欄にサインしてくれるか?」
俺はマカフィーとハルートと目を合わせて頷きあってから三人でPadに表示されてる契約書の内容を隅から隅まで読んだ。
そんなことをしているうちにシャルが戻ってきたがアベルはまだかかるとだけ言って席につくと自分の分の紅茶を飲み始めた。
内容に俺たちが極端に損をしてしまうようなこと、レストラン経営やルカとの約束に支障が出ないことを確認した上で俺はPadのサイン欄にフルネームでサインした。
「交渉成立や。ナイスディールやで絶対に損はさせへんからよろしゅうに。」
アルスは俺に手を差し出し、俺は差し出された手を握り返して握手を交わした。
「おわったんか?なぁ俺腹減ったよぉ。」
シャルちゃんは自由だねぇ。
「長なってすまんな。アベルが戻ってきたらみんなでご飯いこか。」
「おぉ!何食わしてくれんだァ?」
「そりゃ料理人がいるんやし俺もそれなりに奮発するで。特にマナーとかはないところに行くさかい気楽に構えててな。」
「おぉ!やったぜ!堅苦しいと食った気しねぇんだよな!あはははは。」
シャルちゃんのそういう素直なところ僕大好きです。
おバカさんなそのお口をぺろぺろしたいです
アルスのまだうっすら残る怪しさは正直スパイスのようでそれも含めてこの男の魅力そのものに見える。
顔は甘くベビーフェスなのにな!
こういうのが女にモテんだよなあ。
ちっ!うらやましぃぜ、ちんちくりんの俺からしたら嫉妬の対象....足もなげぇし...。
あとでシークレットブーツでも紹介してもらおうかしら。
これで俺も明日から高身長!?なんてな...あぁむなし。
「皆さんすみません。お待たせしました。」
声がしたので振り返るとアベルがカジュアルな格好で戻ってきた。
メイクも落としてさっきとは違う香水を身につけている。
パンツスタイルでスラッとしたパーカーを身につけている。
さっきより胸とかが目立たないからまるで少年のようだ。
「アベちゃん。着替えてきたん?」
「すみません。ちょっと冷えてしまいまして。」
「ん〜そうかぁ。しゃあないな。お化粧も落としてもたんか。」
「ええ...落ち着かないし毛が絡まるので。」
「爆美女を隣に置いておきたい男の願望少しくらいかなくてくれてもええやんけ。」
アルスは俺たちに聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言った。
「すまん!俺がそんな格好じゃ冷えるだろ?とか言っちまったよぉ。」
アルスに向かって、しゅんとするシャルちゃん。
「いえ、いいんです。事実冷えると余計に悪化しますし、ヒラヒラしたかっこより僕はこっちの方が好きですから。あっ...。」
自然な笑顔で喋るアベルはなにか言いすぎたと思ったのかマズイという顔をした。
「もうええよ。アベちゃん。改めて紹介するわぁ。この子は俺のお世話係のアベル言いますねん。色んな理由があるんやけど...下手に世話係だとか言ったりすると欲しがるやからが居て困るのもあって隠すつもりで妻だと紹介したんや。嘘つくみたいな感じになってえらいすんません。」
アベルは若干呆れた顔で俺たちに事情を説明した。
「そんなわけで皆さん、改めてよろしくお願いします。」
二人は頭を下げた。
俺は最初から夫婦でないことはわかっていたが...どう見ても両思いだと思うけどなぁ。ま、なんか事情があるんだろうし俺には関係ないからいいや。
「あー!腹減ったな!よし!とびきりいい所連れてったる。マルジニアまで飛ぶで。ほんとはローズで済ませたいんやけどダイゴ君にどうしてもマルジニア料理食わせたいんや。」
「え!まじで?
超嬉しい。アルスさんあんたってホント人たらしな。」
素直に喜びたいのだが裏にある意図を探ってしまおうとするレストラン時代から培った悪いクセでどうもこの人の行動には義理も込で全てに意味があると汲んでしまう。
まぁそう読んでることすら計算されてるんでしょうけどね。
なので馬鹿なフリをしてついて行くのがここはベストかも。
「人たらしはよしてや〜!それじゃ行くで!気術!瞬間転移、摩楼!」
俺たちは、再び赤い光に包まれた。




