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犬の名前

掛上の声が、掛上の息の熱さが俺の耳を刺激して、何がなんだか分からなくなってゆく。


押し入れの中の空気もどんどん淀んで、湿度が匂いを増幅させていた。


「……ごめん、岸辺くん……腕が……ちょっと、さわるね……」


きっと四つん這いで俺の身体の上にいる掛上が苦しそうに動く。


濡れた掛上の髪の毛が顔に乗る。


こそばゆいが、冷たくて少し助かった。


「せまくて……きつ……ごめんね……」


息が苦しくなったのか掛上の言葉は妙に艶かしくなる。



俺は目を閉じているのにまぶたの裏でチカチカと光が瞬いた。


「熱い……」


掛上がたまらず呟く。


俺の首筋に焼けるような息がかかる。


限界だ………



俺は両腕を上げて掛上の身体に巻きつけた。



「ん?……っ!」


驚いた声が弾ける。



俺の胸の上に柔らかい重みが押しつけられた。



俺は思考もできないほどの興奮から逃れようと、潰してしまうくらい掛上を両腕で絞めつけて濡れた髪の毛に顔を埋めた。



輪廻、転生、助けろ!




米粒ほどの理性が頭の中で叫んだ。



「ワン!」



暗く熱い湿った空間の外から犬の声がする。



「え!」


掛上が俺の腕に絡め取られながら襖を開けた。



「わんさん!だめだよ!」



悪魔にだけ吠える犬が、嬉しそうに尻尾を振りながら押し入れに入って俺と掛上の顔を容赦なく舐めまくった。



犬特有の犬臭に俺はすっかり毒気を抜かれ、それでも名残惜しいのか、掛上のウエストのくびれに両手を這わせていた。



「ごめん、岸辺くん……手を……」


犬が俺と掛上の間に鼻先を突っ込み、手を外そうとする。



「……あ、ああ、すまん」



俺、終わった……



「わんさん、ほら小屋に行くよ。あ、ご飯の時間過ぎてるね。ごめん、ごめん」



掛上は犬を抱え、押し入れから出る。


何事もなかったかのように。



あの犬、わんさんて名前かよ………



襖が開けられたことで新鮮な空気が俺の頭を、汗だくの身体を冷やす。




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