variations
どこからか変わった音が聞こえる。
ピアノのような、弦を爪弾くような………
弱く弾ける旋律はたどたどしいが、それは寂しさを誘う演出かもしれない。
目覚めと、混沌の境界にふさわしい音色だった。
開き始めたまぶたから外を覗く。
小さめの折り畳みの机に掛上が上半身をかがめていた。
さっきまで流れていた旋律は、机に置かれた黒い四角い物体からノイズ混じりで聞こえる。
掛上が机の上に広げた本をめくり、目線を上下させながらシャーペンをノートに走らせた。
旋律が終わり、やはりノイズ混じりで人の声がこの曲の題名を告げる。
(なんだ、ラジオか……)
目線を上に向けると、すぐ間近に木目の天井があった。
俺はまだ押し入れの中らしい。
頭には枕があてがわれ、額の上には濡らしたタオルが乗せられてぬるくなっていた。
頬には湿布薬だろうか、べったりと貼られてジンジンする。
ブレザーとスニーカーはどこかに消えて、腹にはタオルケットがかぶせられていた。
また目線を掛上にそっと戻す。
課題でもやっているのだろうか。
見覚えのある参考書を真剣にめくり、掛上はノートに書き込み続けている。
シャーペンの滑る音と、ラジオからまた始まる控え目な音の旋律。
掛上の乾いてしまった髪が耳から落ちた。
唇を擦り合わせ、黒目を小刻みに揺らし、思案するまなざし。
落ちた髪をまた耳にかける幼い指。
穴のような押し入れから眺める光景に俺はまた夢心地だ。
ああ、このままずっとこうしていたい。
俺は素直にそう感じた。
嘘の笑顔じゃない。
掛上の真面目な、少し、頑張っている顔。
かわいいな。
普通の女の子だ。
水原がぽつりと掛上を気持ち悪い、と言ったことがあった。
悪口なんて、本人にそのまま言い放つ性格の水原がめずらしく慌てて口をつぐんだ。
俺は聞こえないふりをして、違う話題を話し出したっけ………
水原だけではない、いつもつるんでいる女子達も掛上の居ない所ではよく「キモい」と陰口を叩いていた。
それでも一緒に居るのは、ノートのコピーや掃除当番を代わってもらえるからだろう。
俺はそんな掛上が大嫌いなんだ。
大嫌いだけど、何もしない。
俺は掛上にとってはただのクラスメイト以外の何者でもないからだ。
俺が恋人なら、俺が掛上の好きな奴なら、水原に言い返し、女子達に注意する。
いや、やっぱりただ見守って掛上が弱ったら慰めて、頼られたら行動を起こそう。
掛上だってもう高校生だし、これくらいのこと、乗り越えないとな。
掛上、簡単だよ。
嘘の笑顔をやめて、自分の意見をはっきり言えばいい。
掛上の心を皆に少しでも見せたら、きっと仲良くしてくれる奴はできるよ。
そしたら屈託のない笑顔で、一日の何分かは過ごせるから、それで充分なんだ。
それで掛上は掛上らしくいられる。
嘘の笑顔をつくることをきっと忘れてしまうよ。
俺はそんな掛上を……つばめ、を見たいんだよ。
もし、誰も仲良くしてくれなかったら、俺がいるから。
心を見せてくれるなら、俺がつばめを笑わせるから。




