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押し入れの中

掛上が一歩前へ出ると、桃果が拒むように一歩下がった。


掛上は心配そうに足を進め、桃果は怯えたように後ずさる。


そんな攻防が五歩分ほど続く。


台所と俺が居る畳の部屋の敷居を挟み、二人は対峙した。


明らかに桃果が掛上に押されている。


二人のパワーバランスを俺は誤解しているのかもしれない。


男女の仲は、はたから見ただけでは計り知れないことは俺の両親で分かっていた。


喧嘩していたかと思えば普通に会話していて、笑っているかと思えば、しばらくお互い声もかけなくなる。


掛上と桃果の間に流れるものが輪廻の言っていた幼なじみの何なのか、俺は知らない。


俺は完全に外野なのだ。


両親のことは鼻白むけれど、それは分かっているからだ。


幼い頃、俺と壮は両親の喧嘩に振り回され、疲れ果てて家出を何度計画したことだろうか。


嫌というほど繰り返される執着と拒絶。


それに巻き込まれた俺と壮は二人の子供だ。


愛ゆえに仕方がない、とのたまうのなら俺は両親を間違いなく嫌悪していた。

壮もきっと同じだ。


両親は何も弁解しないし、俺達に謝りもしない。

だから、俺と壮は二人の子供として過ごせているのだ。


「わかったよ!おれが邪魔なんだろ!」



突然、桃果が怒鳴る。



「桃果さん、違う。違うから。大丈夫だから」


反対に掛上は囁くように言う。


これは……


「うるさい!はやくこいつとどっか行けよ!」



「桃果さ……」


「うるさい!」


桃果が突然、俺の腕をつかみ上げた。


すごい力で指が腕の肉を突き刺す。


俺を軽々と片腕で立たせ、桃果は畳の部屋の襖を盛大に開く。


そこは押し入れだった。


上には布団が一組入っているだけで、下の段には何も入っていない。


「ほら!入れよ!」


桃果は俺を押し入れの下の段に蹴り込もうとする。


完全な力の差に俺はもう抵抗する気は皆無だ。


身体中を壁や天井に打ちつけながら、俺は頭から押し入れに突っ込まれた。


「ほら!おまえもだよ!この中でヤれ!」


体勢を変える前に俺の身体に大きな衝撃がぶつかって、仰向けに崩れ落ちる。



襖を閉められたのか、視界が真っ暗になった。


腹の上の重みをのけようと手をあてる。


ふにゃりとした知らない感触に手が沈んだ。


「あ……き、岸辺くん……そこは……」


掛上の声が額にぶつかる。

同時に腹の上の重みが消えた。


「ひひっ……こそばゆいよ……」


水滴が俺の頬に少しだけ散った。


まさかとは思いつつ、手を上下に滑らせると、吸い付くような手触りなのにゆるやかな曲線をゆっくりと這った。


桃果の時と少し違う石鹸の匂いが、温度が上昇した押し入れに広がって、俺の汗の匂いと混じる。


掛上の呼吸が聞こえる。


吸って吐く。


吸って、吐く。


俺はどうやら掛上の腰の辺りを触っている。

シャツはずれているのだろう、肌を直に触っている。

俺は掛上に触れている。


手を下ろし、暗闇の中、目をぎゅっと閉じた。


「……どいてくれ」


無性に喉が渇いたように思う。


「……岸辺くん、ごめん。桃果さんが乱暴なことして。痛かったよね」


身体を支える両腕が疲れたのか、掛上の体温が触れるか触れないかの所まで近づく。

そして、俺の右耳に声が響く。


「本当にごめん。でも、もうしばらく、こうしていてほしい……」


「……え?な、なんで……」


鼓膜を震わす掛上の声に朦朧としながら、何とか疑問を訴えた。


「嫌だよね。私なんかとこんな狭いところに閉じ込められて……でも、桃果さんの気がすむまで……お願いします」






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