第四話 魔獣化②
今日も今日とて魔物退治のために出陣する俺たち。住民に言っていた通り、今日は武器の調達のために出張ってきたという。
方角を考えるとそろそろ練馬に差し掛かる頃かなぁ、などとぼんやりと考えていると、「集中!」とすぐ横からミコナの声が飛んできた。
「どこまで私の話聞いてたの? 連携の重要性は分かってるわよね? 私がイチイチ合図を送っていたら後手に回りかねない。だから、私は出来るだけ戦闘に集中したいの」
「大丈夫、話は聞いてたよ。ミコナの動きに合わせて、ピンポイントで肉体の一部に治癒をかけろってんだろ?」
「【自動修復】は便利だけど、傷の治りが遅過ぎる。かといって全身を【超回復】したり【即時修復】させてたら体内のマナがすぐに尽きて治癒魔法を使えなくなっちゃう。必殺の一撃を繰り出す時、それに使用する部位だけを回復するのよ」
「言いたいことは分かってんだ。だけどさぁ、この量の【指令】、というか【呪文】? を覚えるのは無理があるって」
俺はそう言って、渡された分厚い紙束に視線を下ろした。様々な治癒魔法の発動ワードが書かれており、まるで医学書かのように肉体の各部位の名称などがびっしりと詰め込まれていた。更に連携案もうんざりする量で書かれているため、俺の頭は拒絶反応を起こしていた。
「それに、ミコナが思っていたものとは違う部位に治癒をかけちまったら、素の肉体で思い切り殴ったり蹴ったりしちゃうじゃんか。そん時は肉体が崩壊しちまうんだろ? 息を合わせるのは重要だとは思うが、このピンポイント治癒戦法は危な過ぎると思うぞ」
「大丈夫よ、例えミスして私の体が壊れても治癒魔法で治せばいいんだから」
「いやいや! まずもってその考えがおかしいって! 痛いもんは痛いわけで、精神力や体力を消耗しちまうだろうが! あと体がぶっ壊れるところを俺は見たくない! ミコナが良くても俺がキツいんだよ!」
「何よ、また私に妹の姿を重ねてるの?」
「そういうわけじゃなくてさぁ、ごく一般的な感覚として人が傷つくとこなんて見たくないだろう。ミコナだってそうじゃないのか?」
「それは……でも、『魔獣化』を発症した人たちには時間がない。やるしかないのよ」
馬車が止まったのは朽ちたコンクリートの建物が建ち並ぶ草原だった。コケや草に覆われた軍用トラックや戦車が遠くに見える。そういえば練馬に自衛隊の駐屯所があったはずだ。武器を調達するとミコナは言っていたが、まさか重火器を求めてやってきたのだろうか。
「ジン、行くわよ。今日の相手も凶悪だから気を引き締めて」
「ちょ、ちょっと待てって。全然【呪文】を覚えられてないんだけど」
ギルバードにココロンとカロン、そして慌てふためく俺を引き連れてミコナは一際大きな建物の方へと向かっていく。
すると、だ。目指している建物から青白い光が浮かび上がり、明滅し始めた。何だありゃ? と観察していると、そいつはギシギシと錆びた金属の音を鳴らしながら、地面を滑るように飛び出してくる。
足はキャタピラ、首のない体は全部が金属、腕はガトリングガン――まさかのロボットである。
「な、何じゃこりゃ!? これ、どう見ても人間が作った機械だよな?」
「見て、あの腕。人間のあなたなら、あれがどれだけ強力な武器か分かるでしょ? 今日の目的はこいつを破壊し、この周囲一帯に遺されている人間の武器を手に入れることよ」
そうこう話している間に、瓦礫の影から複数のロボットが現れ、囲まれてしまった。胴体の上部にあるカメラで俺たちの体を見回し、
「テラフォーマ―の敷地内への侵入を確認。人間を人質にしている模様。速やかに制圧し、解放せよ。全機、出撃」
何やら物騒なアナウンスを発した次の瞬間、ガトリングガンが回転し始め弾丸が発射された。
「い――っ!? ぶぇぇ――‼」
人質を解放とか言っておきながらロボットのガトリングガンから放たれた弾丸は俺に直撃した。何発も食らい続けて俺は三秒ほど空中で錐もみ状態になり、いつの間にか大きく後退していたココロンとカロンの足元まで吹っ飛ばされた。
「……あのさ、二人とも。巨大蜂の時もそうだけど、逃げる前に危ないって一声かけてくれない?」
「ごめんなさい。咄嗟のことだったもので。でも、全然ダメージないんでしょ? 肉壁になってくれたおかげで僕たちは無傷です。ありがとうございます」
「残念、ジンさんが傷ついて血を流してくれたら『抑制剤』の材料にできたのになぁ」
いい性格してんなぁ、と呆れながら立ち上がると、俺は風を感じて空を見上げた。
ミコナは風魔法の翼で空に飛び上がっており、ロボットたちはそんな彼女をターゲットに定めていた。その隙をついてギルバードたちはガトリングガンの接続部に槍を突き立てて、「オルァ!」と力技で破壊していく。ロボットはすぐさま胴体より新たな砲身を展開してビームを照射するが、
「【氷精の姿見、Lv3】、展開!」
と、氷の鏡を宙に生み出し反射させて、他のロボットへの攻撃へと転じていた。
「八百年前の極限状態の時代にこんなもん作るなんて……何のためのロボットなんだ?」
「文献によると、地球復興後の覇権を握るため各国が兵器を作っていたそうですよ」
「あの『守護者』たちは人間たちの施設を守ってるそうで、私たち亜人が近づくと攻撃するように命令されてるみたいです」
「二人とも詳しいんだな。しかしこいつらと戦って何を得られるんだ? 魔法があって超人的な力を発揮できる亜人に、人間が使ってた武器なんて必要ないと思えるけど?」
「僕たちが人間より運動能力が高いのはリミッターがないから、という話は昨日しましたよね? 確かにその体一つで魔物と戦うことはできますけど、肉体の崩壊が伴ってしまいます。なので、『守護者』のガトリングとか倉庫にあるはずのアサルトライフルやRPGとか銃火器を使って戦った方が楽で安全なんですよ」
「はあ、それは確かにそうか。でも何で今も昨日も使ってないんだ?」
「使えるものがないんですよ。修理の方法が分からないから壊れたら捨てる他なく、現在は枯渇状態でして。でも今日ここの『守護者』を倒せれば武器を大量に補充できる。トーキョードーム攻略に大いに役立つはずです」
ミコナはロボットこと『守護者』が放つ弾丸を華麗に避け、ギルバードたち地上部隊も常に死角を取る立ち回りで上手いこと対処していた。だけど風の刃も氷を纏わせた槍も装甲がはじき返し、決め手に欠けるようである。
「ミコナ! どうしたらいい!? どこに治癒をかければいいんだ!」
「三百六十五ページ!」
「はえ? なんて?」
「三百六十五ページに必要な治癒魔法が書いてあるから、早く唱えてちょうだい!」
急いで紙束を捲ってみると、『対守護者用』という項目に呪文が書かれていた。
「ええっと? 【指令:自動修復】! 及び【両上肢全域、|爪母、即時修復】、発動!」
治癒の輝きが見えた途端、ミコナは急降下し、『守護者』の一体の頭部に取りついた。
そして鋭く尖った爪でレンズをぶち破り、装甲をべきべきと引っぺがした。
おお、と驚いている俺の目の前で『守護者』の体内の配線やら何やら滅茶苦茶に壊し、決着。次の一体に飛びつき、再び同じようにして破壊すると、また次の一体を破壊していく。掃討完了までの時間はほんの数十分程度だった。
「いい感じよ、ジン。体内のマナの消費量が昨日一昨日より圧倒的に少ないわ。これなら他所も回れそうね」
勝鬨を上げるギルバードたちを背に下り立ったミコナに疲労は見えなかった。しかし爪がばきばきに割れて修復途中で、袖の一部が血に染まっていた。
「これは『いい感じ』でいいのか? 出血してんじゃないか。『崩壊Lv3』っていう状態だろ?」
「Lv3で『守護者』を倒せるなんて御の字よ。そもそも勝てる相手じゃないんだから」
「まあ戦いは終わったし、今更何を言っても遅いんだけどさ……せめて帰ったら全身のチェックしろよ。気づいてないだけで、どっか大けがしてるかもだし。そんでもう一度この戦い方でいいのか議論しよう」
「積極的になってくれて嬉しいわ。でも帰るには早い。これからあと三か所――『シラズ湿地帯』の『エレクトス・フィッシュ』、『モラノ谷』の『ダーク・ヴァルチャー』、街とトーキョードームの間にある草原の『天使モドキ』は倒しておきましょう」
「えぇ? まだ戦うの? ほら、ギルバードたちが次々に物資を馬車に乗せてるぞ。戦果は十分じゃないか?」
「私は街の皆に安全を担保すると宣言した。なら、私は絶対にそれを果たす。戦果も安全も幾らあってもいいんだから」
そうだけどさ、と俺は説得を試みるが、ミコナは俺に背を向けギルバードたちのもとへ向かった。ギルバードも俺と同じくこれ以上の戦闘には反対のようだが、最終的にはやれやれと言った様子でミコナの意見を飲んだようだ。
「ジン、ココロン、カロン! 行くわよ、早く馬車に乗って! ジンは私の隣! 次の戦いに使う治癒魔法の組み合わせを考えるわ!」
意気揚々とした様子を見るに、どんな説得も通じなさそうである。はてさて、一体何時に帰れるのだろうか……。




