第四話 魔獣化①
第四話 魔獣化
何度もミコナの足や尻尾が振り下ろされるものだから中々寝つけない夜だった。
ようやく妨害が止まり、やっとこさ俺は安らかな眠りに落ちていくのだが、
「ジン。朝よ、起きて。ねえ、ジン」
「うぅん……あと八時間……」
「一体何時間寝るつもりよ。急用で出かけなくちゃいけなくなったから、早く起きてついて来て」
体をゆさゆさ揺らされると眠れるはずもなく、俺はほとんど不眠状態で起きることになった。
「はぁ、おはようございます……それで急用って? また魔物と戦いに行くの?」
「その予定ではあるけど、その前にちょっとしたイベントに参加しないといけなくなったの」
「はあ、イベント……?」
しょぼしょぼする目を必死に瞬きミコナの後に続いて一階へ下りると、相変わらず剣呑な顔を向けてくるギルバードとココロン、カロンの双子が待ち構えていた。
「おい、人間! ミコナ様の指令が下ったら五秒以内に実行しろ!」
「あいあい、善処します……そんで、何の用で三人揃ってるの?」
「監視業務の引き継ぎと、ミコナ様に祭りが開催される旨を伝えに来たのだ。それと、お前に渡すものがあってな」
ギルバードがそう言うのに合わせ、ココロンは食卓に置いていた箱を開いた。覗いてみると、そこにはネコミミがついたカチューシャと尻尾みたいな飾りが取りつけられたベルトが入っていた。
「大急ぎで用意したからちょっと作りが粗いですけど、変装道具です」
「ここ、カチューシャの端っこのイヤーマフは私の案です。人耳を隠す用途で取りつけたんですけど、通気性を良くしてあるから会話も可能なんですよ」
「なーるほど。亜人と同じ姿に化ければ人間だって気づかれないってわけね。しかし未来でコスプレすることになるとはなぁ」
装着してみると窮屈な感じはせず、ベルトもちょうど良い長さで飾りの尻尾はちょこっと捻じれていて妙なリアリティがある。確かにこれなら外を歩いても正体はバレなさそうだ。
「ミコナと同じネコミミか。意図せず兄妹みたいになったな」
「馬鹿なこと言ってないで、早く出るわよ。街のみんなが待ってるわ」
ミコナの後に続き眩い外へと踏み出る。太陽光に一瞬目をやられたが、手でひさしを作って目を開くと、「おぉ」と俺は声を上げてしまった。
石畳の道を挟んで所狭しと三角屋根の建物が建ち並んでいる。屋根はレンガ造り、二階にはバルコニーがあるのが基本で、骨子は木造だが壁は積み上げた石や石膏でできている。中世ヨーロッパ風というかゴシックというか、とにかく日本らしからぬ趣だった。
そんな街には亜人が溢れており、俺たちが家から出てくると待ってましたとばかりに大歓声が上がり紙吹雪が舞った。犬、ウサギ、馬の耳が生えている人もいれば、大鷲、カラス、トカゲ人間、という表現が似合いそうな人だらけ。その中から「おはようミコナちゃん!」「また大物仕留めたんだってな!」「やっぱミコナちゃんは頼りになるぜ!」と熱烈な声が飛んできた。
「おお、なんだ? 何の騒ぎだ?」
「昨日帰りが遅くてできなかったヴァイオレット・ビー討伐の凱旋パレードだ。さあミコナ様、毎度のことですが宮殿前の大広場へ向かいましょう」
「ええ、分かってるわ。みんな、朝早くからありがとう! ついに採掘場を取り戻したわ! また採掘の仕事ができるし、『魔晶石』の節約生活とはおさらばよ! 今日は大いに盛り上がりましょう!」
そうして手を振るミコナは無垢な笑顔を浮かべていた。真顔しか見たことがなかったから、俺は思わず「おぉ」と声を漏らしてしまった。
「何よ、人の顔をじっと見つめて」
「いや、ミコナって笑うことできんだなって思って」
「家族同然の街のみんなが祝福してくれてるんだもの。それはとても嬉しいことじゃない。笑顔にだってなるでしょ」
「ああ、昨晩言ってたもんな。自分は街に育てられたから、街のみんなが大切だって」
「そ。大切だからこそ、何か事件があったときにすぐに駆けつけられるよう街の中心に居を構えてるの。それが宮殿住まいじゃない理由」
「はあ、ほんと出来た子だな。頭ナデナデしようか? ていうかしていい?」
「だから妹扱いしないでってば」
そうこう話しているうちに宮殿前の大広場に辿り着いた。
人だかりができており、こちらに気づいた一団は割れんばかりの大歓声を上げた。
「おっ、ミコナちゃんのご到着だ!」
「ミコナちゃーん、また採掘の仕事が始められるよ! 本当にありがとう!」
「ラヴァ・ボアに続いてヴァイオレット・ビーの討伐、まさに神の御業よ! お前ら胴上げだ! わしょーい!」
担ぎ上げられたミコナはあっちこっちと宙を舞った。さながらバレーボールのようである。
最終的に広場に設えられたステージの上へと運ばれるのだが、そこには昨日倒したヴァイオレット・ビーの死骸が横たえられていた。若干目を回していたミコナは首を振って頬を叩き、「よしっ!」と手刀に風の魔法を纏わせて巨大蜂を切り刻んだ。
「さあ、みんな大いに食べて騒いで! これは私たちからのお土産よ!」
蜂肉は待機していた三人のシェフの前にある鉄板に綺麗に並べられていく。シェフは慣れた手つきでカットして、ソースをかけたり蒸したりして調理し、次々と住民に振る舞った。
そして感動の声が上がり、「よっ、ミコナちゃん! 今日も切れ味冴えてるね!」「美味い、ミコナちゃんが切ってくれたから余計に美味く感じる!」「うおお、ミコナちゃーん! うおお!」と狂気交じりの大歓声が響き渡った。
「なあギルバード、これって恒例行事なの? ミコナのやつ随分手際が良いじゃん」
「大物を仕留めたら、仕留めた本人が捌いて皆に振舞う。余すことなく食すことで、頂いた命へ最大限の敬意と感謝を示すのだ。それは子孫たちに命の尊さを学ばせることであり、善性を育むことに繋がる」
「なるほどねぇ。この時代らしい文化だなぁ。戦争起こした人間よりずっと立派で尊いよ。しかし『ミコナちゃん』呼びはいいのか? 一応この街のトップの身内な訳だろ? 随分とフランク過ぎない?」
「この街に住んでいてミコナ様と言葉を交わしたことがない人はいない。ラファエル様が【統治者】として規律を厳格に守り、ミコナ様が住民の心に寄り添って支える。そうやってこの街は平和を維持しているのだ。まあ、敬称をつけられるのを嫌がっているのは演技ではないだろうから、『ちゃん』呼びに打算はないだろう。いいか、ミコナ様が許可したから貴様は呼び捨てできるのだ。立場と格が違うことは決して忘れるなよ」
「もし調子ぶっこいたら?」
「処刑だ」
単刀直入即回答だった。一昨日、昨日と一応この街に貢献したはずなんだけどなぁ。こいつと打ち解けるのは何十年後になることやら。
と、話を終えた直後、カロンが耳をぴくっと反応させて「ギル様、今悲鳴が」と広場の外周に向かって指さした。
「悲鳴? 俺には聞こえなかったが、確かか?」
「間違いないですよ、お兄ちゃんも聞こえたよね?」
「うん、僕も聞きました。ちょっと様子を見に行った方がいいですね」
ココロンとカロンが歩き始めたので、俺とギルバードは人だかりを掻き分けて二人の後を追った。
するとベンチに横たわり呻き声を上げている人がおり、傍にディルバが膝を突いていた。
「ディルバ殿、何事ですか! 悲鳴が聞こえたとのことだが……まさか、またなのですか?」
「ああ、まただ。ちょうど近くに私がいたため急ぎ『抑制剤』を投与したが……」
ディルバがそっと立ち上がると、ベンチに横たわっている亜人の巨大化した左耳が見えた。痛みを伴うのか、その人は顔を歪ませ巨大化した耳の周りを掻きむしっている。
「この一月、毎週二人以上が『魔獣化』している。尋常ではない数字だ。ディルバ殿、原因はまだ判明しないのですか?」
「申し訳ない。ココロンとカロンの力も借りて探っておるが、『抑制剤』の製造もあるためなかなか思うように動けなんだ」
「……ココロン、カロン、急ぎ担架を。そしてミコナ様に気づかれぬように運ぶんだ。これ以上心労をかける訳にはいかな――」
ギルバードが言いかけたところで、「どいて!」と背後で聞こえ、ミコナが駆けつけた。
「また魔獣化……あぁ、ホップさん……!」
「う、うぅ……ミ、コナちゃん……ごめんね、せっかくのパレードを台無しにしちゃって……」
「いいのよ、そんなこと! 今は自分のことだけを考えて!」
ミコナはホップと呼んだ男の手を両手で握って、顔を歪ませた。
その顔があまりにも悲痛に見え、俺はいてもたってもいられなくなった。
「あ、そうだ! 治癒魔法使えばいいんじゃないか! 【自動修復】! 【自動修復】! どうだ、これで何とかならないか?」
しかしミコナの時と違って体が光り異常部位の治癒は始まらない。あ、そういえば『隷属機』はミコナに預けたままだった。あれを使って隷属関係を結ばないと発動しないんだったな。
「なあミコナ、一時的にアレを貸して――」
と言いかけたところで、「おいやめろ!」とギルバードに右肩を掴まれた。
かと思ったら、次は左肩を掴まれ、「どういうつもりだ! 治癒魔法を口にするなんて!」と全身毛むくじゃらの男に強引に振り向かせられた。
「なんて縁起の悪い……! 分かってんのか、治癒魔法は体内のマナを操る魔法なんだぞ⁉ 一歩間違えれば致死毒生み出してあの世行きだ! 人間にしか使えねえはずだが、何かの間違いで発動しちまったらどうするんだ!」
「えっ、す、すみません、そういうのに疎いもんで……」
「何が疎いだ! そんな言い訳通じるわけねえだろ! どっか違う星から来たわけでもあるまいし、治癒魔法の危険性を知らない亜人なんて――ん? お前、その耳どうなってんだ?」
気づくとカチューシャがずれて右耳が露わになっていた。
急いで元に戻すが、毛むくじゃらの男に引っこ抜かれてしまう。「あぁ、何だぁ? お前まさか例の……?」と尻尾も引きちぎられて正体が露わになってしまった。
「に、人間か、お前! 先日生きたまま見つかったっていう!」
ギルバードの舌打ちとどよめきが同時に耳に届く。魔物料理を貪っていた亜人たちがこちらへと視線を向けてきており、その表情はばらばらだが、動揺や恐怖といったネガティブな感情がありありと映し出されていた。
「おい、どうなってんだ!? どうして人間が野放しになってやがる!」
「き、宮殿で監禁されてるって話だったわよね?」
「まさかあのベンチの人、あの人間に何かされて『魔獣化』を発症したんじゃない?」
「ギルバードさん! これはどういうことなのか説明してくれ! あんたらは人間から『隷属機』を没収し、自分たちのコントロール下にあると発表していただろう! それがどうしてこの場に人間がいるんだ!」
「……こうなるから変装道具を用意したっていうのに。皆さん、どうか落ち着いて! この方の『魔獣化』発症とこの人間は無関係です! それに野放しにしているわけではなく、我々とミコナ様で常に監視しています、決して自由にさせているわけではありません! ですから、どうか冷静な対応を――」
住民たちの動揺を鎮めようとギルバードは声を張り上げていたが、ミコナが手を上げて遮った。
それから彼女は俺の腕を掴むと、「えっ、ちょっと?」と俺が動揺するのも構わずステージの上に引きずり上げた。
「みんな、聞いて欲しいことがある! 連日、ラヴァ・ボア、ヴァイオレット・ビーと長年私たちの暮らしを脅かしてきた凶悪な魔物を仕留められたわけだけど、実はこの人間が力を貸してくれたからなの!」
どよめきが波のように広がっていく。みんな懐疑的な眼差しをしており、「力を貸した?」「どういうこと?」「まさかミコナ様、操られてるんじゃ……」と囁き声が聞こえてきた。
「私は、いや私たちはついに治癒魔法を手に入れたの! 奴隷にされ戦わせる魔法ではなく、無限の力を手に入れたのよ! この二日、二体の大物と戦ってそれを確信した! だからここに宣言し、みんなに約束する! 一か月以内にトーキョードームを攻略し、人間の凍眠室へのルートを確保するわ!」
これを聞いた途端、懐疑心、恐怖だったどよめきの種類が変わった。それは本当か? 本気で言ってるのか? と視線はミコナへと集まっていく。俺もここでそんな宣言して大丈夫なの? とミコナの横顔を窺っていたのだが、その顔が不意に俺へと向いた。
「ね! そうよね、ジン!」
「えっ、何? お、俺?」
自然と視線は俺に戻ってくるわけで。だからと言って何の準備もしてないから言葉が出てくるはずもなく。
どうしようと困っているとミコナに脇を突かれ、「話、合わせて。同じようなことを言えばいいの」と囁いてくる。そうか、ここで俺の立場をはっきりさせて住民の不安を取り払おうということか。
「お、おお! そ、そういうことだ、みんな! 『魔獣化』が頻発して困ってるって話は聞いたぜ! だから俺はみんなの力になる! 一か月以内に必ず東京ドームを攻略してみせる!」
「……マ、マジで言ってんのか?」
「おうマジのマジだぜ!」
「……あっ、あなたの顔を昨日見たわ。ラヴァ・ボア戦で一緒に戦った人よね?」
「そうそう、ミコナに治癒魔法をかけてたのは俺だ! 討伐にちょっとだけ貢献してるんだぜ!」
「……それが本当だとしても、何度挑んでも私たちを阻んできたダンジョンを攻略できるだなんて思えないわ」
「大丈夫だ、俺たちに任せとけ! 巨大蜂だって俺とミコナが協力して倒したんだ! 今なら何だってできる! 俺たちは無敵だ!」
「……嘘だったら殺すよ?」
「いいぜ、出来なかったら殺……え? 待って、今なんかすごいこと言われた。ねえミコナさん、すごいこと言われたんだけど」
ミコナは俺の視線を無視して「そういうわけで!」と声を張り上げた。
「トーキョードーム攻略のために人員を募るわ! 攻略完了の暁には報奨金もたんまり出す! 腕に自信のある人は宮殿一階に設置した受付に来てちょうだい! 私たちはこれから古代遺跡に向かい武器を調達してくる! その途中の魔物も掃討し、できるだけ安全を担保するわ! だから勇気を出して、私たちの下に集まってほしい!」
広場のみんなはミコナの話をどう受け止めたものかと話し合い始めた。すっかり俺のことなんて忘れてしまってるようである。それほど重大な発表だったということか。
「ねえ、ミコナさん。殺すって言われたんだけど。まさか本気じゃないよね? ねえ、ミコナさん?」
「冗談じゃないと思うわよ。何せあなたは恐怖の象徴である人間だし」
「それ、俺の命の猶予一か月ってことだよね!? だ、大丈夫なんだよな? それまでに東京ドームを攻略できるんだよな?」
「さあ、どうだろ。何たって難攻不落と言われたダンジョンなわけだし」
ミコナさん⁉ と俺は慌てて顔を近づけると、はあ、と溜息を吐いたミコナは腰に引っかけていた『隷属機』を手に取った。
そしてそれを俺に向かって差し出してくると、
「殺されたくなかったら力を貸して。これからはより深く、緻密に連携力を高めていくわよ。今日から特別訓練を始めるから覚悟して」




