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第三話 連携プレー③

 残りの子分たちや巣の中の幼虫を焼き払って処理し、巣を壊滅させた後に帰還したため、街についたのは夜も更けた時間だった。

 城門の周りは堀があって水が張ってあり、跳ね橋を下ろしてもらって中に入れてもらうなど、俺にとっては初めての経験で非常に興味深かったが、


「顔、出さないで。人間がいることに気づいたらパニックが起こっちゃう」


「大げさだな。大して姿形も変わらないだろ。昨日の審問の時といい、みんな俺を怖がり過ぎやしないか?」


「仕方がないのよ。『神亜戦争』は今なお語り継がれる悍ましいものだったのだから」


「じんあ戦争……なんか耳にした覚えがあるな。で、それがどう関係するんだ?」


「大昔、数百人の人間が目を覚ましたの」


「なに!? 俺より前に目覚めたやつがいたのか! 今そいつらはどこにいるんだ? 芽衣もその中にいるかもしれない!」


「日本人はいなかったから、妹さんはその中にはいないと思うわ」


「あ……そう、なのか。いや残念がる必要はないな。大昔に目覚めてたら老衰していて二度と会えなかっただろうし、今もコールドスリープされたままでいるのが最善だもんな。悪い、話の腰折って。それで、その目覚めた人間たちがどうしたって?」


「戦争よ。私たち亜人とのね」


「うん? 話、どっかで聞き逃したかな……なんで人間が亜人と戦うんだ? 亜人は地球を住める環境に戻してくれた功労者だろう? 感謝はすれど戦争を起こすなんて、脈絡なくない?」


「『亜人テラフォーミング計画』は最後に亜人を一掃し、世界の支配者に返り咲くのが目標だったのよ。共存する気はなかったみたい」


「えぇ? だからって全員殺しちまおうって……気でも狂ってたのか?」


「ええ、狂っていたのよ。人間はね、力では亜人に勝てないから、『隷属下に置いた亜人に同胞たちを攻撃するよう命令した』の。死ぬ間際までこき使い、治癒魔法で治したらまた戦場に送り込む、その光景は無限地獄……悲惨さと人間の残酷性は何百年経っても語り継がれているわ」


「マジか、それ……あの……どの立場で、って思うかもだけど、聞いててしんどいわ……そりゃ人間の俺が恐れられても仕方がないな……」


「そう言ってくれる人で本当に良かったわ。あなたと『隷属契約』を結んだとき、一体後でどんな拷問を受けるのだろうって怖かったんだから」


「拷問って……人間の全部が全部悪者じゃないって分かってもらえるよう精進するよ。しかしせっかく未来で目覚めたんだから、この時代の世界を眺めてみたいんだけどなぁ」


「それについては考えがあるわ。ママと話して、今日採掘場を解放できたのなら多少自由を効かせてあげようってことになってるの。あと少し準備の時間をちょうだい」


 馬車は街の真ん中を走る大通りを進み、宮殿の前で止まった。

 やれやれココロンとカロンにいつ刺されるか気が気じゃなかったから、ほどほどに疲れた。今日もまた救護院の一室で監視されながら眠ることになるのだろうが、まあそれでもふかふかのベッドを使わせてくれるのはありがたい話だ。

 そう思っていたのだが、ミコナの下に駆け寄ってきた救護院勤めらしき女性の話を聞いて事情が変わってしまった。


「すみません、ミコナ様! 人間に使わせていた部屋に患者を入れてしまいまして、空きが無くなってしまったんです! それにこれから怪我をしたみなさんの手当があるので、部屋の準備をする時間がないんです!」


「そう、分かったわ。こちらで考えるから気にしないで。……と言ったものの、どうしたものかしら」


「俺、そこらへんのベンチで寝ようか? 硬い床で寝るの慣れてるんだ。しかもこんだけ暖かいなら風邪引くこともないだろうし」


「だから人間がいるって分かったらみんな驚くでしょうって。それにまだ監視は続けないとだし……あ、そうだ、いいこと思いついた」


 ぽんと手を叩いたミコナはギルバードのもとへ行き、何かを話し始めた。ギルバードは厳しい顔で首を振るが、押し切られたのか最後は溜息を吐いて頷いていた。

 それからミコナは馬車に戻り、布切れ一枚を引っ張り出してきた。

 それを俺の頭に被せて「頭を隠して俯きながらついて来て」と言って街の方向に歩き始める。戸惑いながらも後をついていくと、ミコナは暗い路地を選んで街の中を進んで行った。街の中心地と思われる位置まで来てようやく立ち止まり、一つの建物の扉をこっそり開いて手招きしてくる。


「何だここ? 宿屋?」


「私の家よ。ここならあなたも休めるし監視も楽。いいアイディアでしょ?」


 天井から吊り下げられたランタンをこんこんと叩くと、中に閉じ込めている『魔晶石』が光って室内を照らし出した。

 包丁とまな板が水切り籠に置かれたキッチン、二人掛けの小さなテーブル、ロープを通して吊るされている衣服――実に生活感のある部屋だった。


「ミコナって【統治者】のラファエルさんの娘なんだろう? 宮殿住まいじゃないんだ?」


「一応部屋はあるんだけど、私は望んでここに暮らしてるの。それより何か食べる? 今日はスープしか口にしてないでしょ?」


「ああ、ラヴァ・ボアの……。何があるんだ? カロリー高いものがいいなぁ」


 ミコナはキッチンの横の棚を開いてみせた。これもまた『魔晶石』が使われていて冷気が流れ出てくる。これがこの時代の冷蔵庫なのだろう。

 で、中はモザイク越しに見たいぐらい肉、肉、肉、そして内臓が詰め込まれていた。


「み、見事に肉しかないな。亜人はそういうもんなの?」


「野菜も果物も食べるわよ。でも私はネコ科獣人族だから特別肉が好きだし、肉だけで十分の栄養価を得られるから」


「ちゃんと亜人の中にも区分があるのね。てかやっぱネコの亜人なんだな、ミコナは」


「それは見ればわかることじゃない。で、食べるの? 食べないの?」


「…………、ちなみに何の肉なの? それ」


「分けてもらったラヴァ・ボ――」


「あ、結構です」


 階段があり、上ってみるとそこは寝室だった。ベッドが窓際に置かれてタンスが壁際に設置されている。ミコナはベッドを確認し、匂いを嗅いでみたりして、「うん、大丈夫……かな?」と納得すると、


「今日はここを使って。救護院のベッドより質素なのは我慢してちょうだい」


「えっ? いやいや、お邪魔させてもらった挙句に家主のベッド奪うのは気が引けるって。いいよ俺は床で寝るから」


「私は監視役。だから今晩も寝ないの。そして逃げられないように階段を塞ぐ位置で待機したいから、むしろ使ってもらわなくちゃ困る」


 いや監視って、昨日は全然なってなかったけど。という考えは押し殺し、「じゃあ、ありがたく使わせてもらおうかな」と俺はベッドに横になった。

 ミコナは二階の明りを消すと、言った通りに階段を塞ぐ形で座り、壁に寄りかかった。一階の明りが黄金色の毛先を淡く照らし出している。俺は思わず綺麗な色だなと見惚れてしまった。


「そういやラファエルさんって天使みたいな翼生えてるけど、ミコナは違うよな? お父さんゆずりのネコ耳なのか?」


「さあ、お父さんなのか、お母さんのどっちかがネコ科獣人族なのは間違いないけど、どっちかは知らない。どっちの顔も覚えてないから」


「うん? どういうこと? 母親はラファエルさんじゃあ――」


「私、捨て子なのよ」


「えっ」


「物心ついたときには酒場裏のごみ箱を漁る生活をしていて、よく盗みもしていた。ママはね、そんな私の存在に気づき、拾って育ててくれたの」


「あぁ……悪い、かなりデリケートなところに触れちゃったみたいで」


「デリケートだなんて、これは私の大切な思い出よ。それで私は連れて来られたこの『トビトの街』で育ち、街のみんなに優しくしてもらって生きてきた。今の私がいるのはこの街みんなのおかげ。その恩を返すために、私は街一番の武闘家になったのよ」


「へえ、立派な話だなぁ。まだまだちっこいのに……努力したんだなぁ」


「なによ、ちっこいって。まさか私のこと子どもだと思ってるの?」


「まあ俺は十八歳だから、下の子はみんな子どもに見えるのよ。ミコナは中学生ぐらいだろ? てか学校ってあんの?」


「この街には二つあるわ。ちゅーがくせい、という単位? はよく分からないけど、私はもう卒業済み。あなたが思ってるほど私は幼くないわよ」


「まあ、命張って最前線で化け物と戦ってんだもんな。最後尾で指示通りに治癒魔法使ってるだけの俺よりずっと偉いよ。子ども扱いして悪かったな。どうしてもミコナの顔見ると妹を思い出しちゃうんだ」


「そんなに似てるの? ならあなたの妹さん、私たち亜人のモデルだったかもね」


「モデル? どういうこと?」


「ママから聞いたんだけどね、亜人は百人の人間を模して造られたんだって。交配して様々な姿形の亜人が生まれたんだけど、先祖返りで初期モデルの姿で生まれることがあるそうよ」


「おー、じゃあミコナは芽衣がモデルだ、間違いない!」


「だからって妹扱いはしないでよね。あなたより何倍も強いんだから」


「一回だけお兄ちゃんって呼んでみてくれない?」


「さっさと寝て。私、お腹空いてるからご飯にしたいの。あなたが眠ったのを確認しないと動けないでしょ」


 へいへい、と俺は適当に返事をして仰向けになった。

 寝る時はいつも妹を抱いて眠っていたから、脇に誰もいないことが酷く寂しい。どうやら俺は妹がいなくて心細いようだ。十八にもなってこれとは……よっぽどミコナの方が大人じゃないか。

 しかし、『亜人のモデル』の話……妙に引っかかる。モデルってどういう基準で選ばれたのだろう。俺が生きてた約八百年前の極限状態でコンテストを開いたなんてことはないだろうし、となると亜人を開発していた研究者たちの中から選んだと考えるのが無難じゃないだろうか。


 夢に出てきた、眼鏡をかけた白衣の女性……あれは本当に芽衣なのだろうか? それとも幻想? 俺が三つ首の怪物に噛みつかれて死にかけた後、芽衣は俺なしでどんな生活をしていたのだろう。誰とともに生き、何を思って未来を選択したのだろう。

 そうして妹のことを考えながらうつらうつらしていると、またあの光景が見え始めた。水中のぼやけた視界、ほんの一筋のような狭い視界の中、またあの白衣の女性がガラス越しに立っている。


「予定では……眠りに就くはずなんだけど…………行ってみないと分からない。でも、とにかく私は…………お兄ちゃん。私を探しに来て。また二人……ことを信じているわ」


 去っていく白衣の女性に向かって俺は必死に手を差し伸べた。

 待て、行くな、置いていかないでくれ、芽衣――っ!

 そんな声にならない声で引き留めようとしていると、


「――――んごぉ!?」


 突然鳩尾に何かが落ちてきて俺は飛び上がってしまった。

 何事だと上体を起こしてみると、ミコナの両足が俺の腹に乗っかっていた。うつ伏せ状態で膝が鳩尾に当たっている。

 そっと床を見下ろすと、ミコナが今朝と同じく顔面を床に押しつけた奇妙な態勢で眠っていた。


「ミコナさーん、監視しなくていいのぉ? 俺、逃げちゃうかもだよぉ?」


「むん…………むんっ!」


 謎の寝言を上げて起きる気配はない。

 やっぱりまだまだ子どもじゃないか、と俺は考えを改めた。


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