第三話 連携プレー②
ピラミッド型の宮殿はスカイツリーの麓にあるわけだから、方角や距離を考えるとすでに横浜のみなとみらいぐらいまで馬車を走らせたはずだ。そこに待ち受けていたのは大津波が抉ったかのような大きな岸壁。表面から太陽光を反射し虹色に輝く結晶が生えており、それが『魔晶石』なのだという。
「ふーん、あれがマナ――『環境開発マシン』が堆積してできたものなのか。宝石みたいに綺麗だな」
「ここはラファエル領最大の採掘場よ。『魔晶石』はマナの薄いエリアでも魔法を発動可能とさせる便利なもので、あなたが感じた通りとても綺麗なものだから鑑賞用としても需要があるの。旅の安全を祈るお守りとして贈答したり、プロポーズで渡す指輪にあしらったりすることもあるわ。それなのに――」
「あのクソでかい蜂が現れて採掘ができないわけね。マジであれと戦うの? 数多すぎない?」
美しさが惹きつけたのか、それとも摂取するためだろうか。百メートルはあろうかという岸壁には紫の体に赤の縞模様を描いた蜂が引っついていた。壁面には細かな、と言っても俺の身長ぐらいの大きさの穴が幾つも開いており、小型の蜂が出入りしている。断崖を丸々巣にしてしまっているようだ。
「昨日と同じ力を引き出せたのなら倒せるはず。ギル、小さい個体の相手はお願いね」
「ハ、我々にお任せを! 今回は有翼種たちを主隊として編成して参りましたので、すぐに片づけて加勢いたします!」
「ダメ、ボス個体は私一人が相手をするわ。魔法も効きが悪いし刃も通らないのだから、あなたたちでは相手にならない。雑魚を殲滅した後はジンとともに下がっていて」
「しかし、ミコナ様。幾ら治癒魔法で回復したといっても、昨日の戦いで『崩壊Lv5』相当の力を発揮し体力を相当消費したはずでは?」
「どうやら治癒魔法はスタミナの回復効果もあるみたい。私の体調は十全よ。さあ行きましょう。今日こそ仕留めて採掘場を取り戻すわよ」
ミコナが顔を向けてきたので、「【指令:自動修復】」と唱えた。途端、ミコナの体表が薄っすらと緑色に輝き始める。
「全員、出撃!」
ギルバードの合図で馬車から有翼種と呼ばれる背中に翼を生やした人たちが飛び出した。驚くことに翼は飾りではなく、ちゃんと羽ばたいて空を飛んでいる。ミコナの指示通り小さい個体に剣や槍で襲い掛かり、ミコナは風の翼でその中を突き進んでボス個体に飛び蹴りを一発かました。
「なあ、ココロン、カロン。さっきギルバードが言ってた崩壊レベルってのは何なの?」
馬車から下りて戦闘を眺めつつ同行していた双子に訊ねてみると、「ああ、人間には分からない概念ですよね」と兄のココロンが口を開いた。
「確か、人間は肉体にリミッターがかかっていて、引き出せる力はほんの数パーセントなんでしょう?」
「ああ、そうらしいよ。亜人は違うのか?」
「ええ、亜人はそのリミッターが存在しないんです。ベースの肉体は人間と同じなのに、動物の因子が混ざっていることで人らしからぬ力を発揮できる。それが亜人なんです。妹のカロンですら、やろうと思えば死に至るほどの力を引き出すことができるんですよ」
「まあ私とお兄ちゃんはディルバ様の助手として看護と研究のお手伝いをするだけなんで、そんなことにはならないですけどね。重い物を持ち上げようとして『崩壊Lv1』を引き起こしたことはありますけど」
「ようは肉体の傷の度合いのことです。例えば、今カロンが言った『崩壊Lv1』は指先が切れた程度の軽傷を表してまして、Lv3は体表に亀裂が走り出血、Lv5は骨折と筋繊維の断裂といったように容体は悪くなっていきます」
「なっ! さっきギルバードが『崩壊Lv5』の力をミコナが使ったって言ってたぞ?
ミコナはそんな力を奮ってるってことか!? それはまずいだろ! 早く止めないと!」
「いえ心配は無用ですよ。今は治癒魔法がかけられてますからね」
「あ? ああそうか! 体ぶっ壊しても瞬時に治るのか! なるほど、そのための治癒魔法なわけなのね」
しかし、だ。治癒魔法は傷を治癒する機能なわけで、肉体を酷使すれば一瞬壊れてるってことになるよな? それは……どうなんだろう。痛みが伴ったり、肉体に異変が起きたりしないのだろうか?
「ところで二人は何でいるの? 明らかに戦闘員じゃないよな?」
「ああ、万が一あなたが怪我をされて血を流されたら採取するようにと命じられてるんです。また、隙があったらあなたの体組織を採取して来いとのことで」
にっこり笑うココロンとカロンの手には銀色に光るナイフが握られていた。その得物の大きさは皮膚一枚とかではなくバラバラに解体してやると雄弁に語っていた。
やべえ、味方にも敵がいる――と顔を引きつらせていると、突然ココロンとカロンがはっと表情を変え、後ろへ駆け出した。
なんだ? と思っていると、
「ジン! ぼさっとしない!」
ミコナの声が聞こえたと思った次の瞬間、俺は大きくて硬い物体にぶっ飛ばされていた。
「うおっ、がっ、なっ、ぶぉぉぉぉ!?」
何度も地面をバウンド――顔面で着地し、ようやく停止。とんでもない勢いでぶっ飛ばされたはずだが、起き上がってみればやはり無傷なのだった。
振り返ると、地面には銀色に輝く円錐型の塊が転がっている。そしてその奥で超巨大蜂が尻から同じ形の針を辺り一帯に撃ち放っていた。どうやらその一つが直撃してしまったらしい。
「ジン、無事? ……の、ようね。本当にすごいわね、あなたの体。頑丈って言葉ですまないわよ。人間って脆い生き物のはずよね?」
飛んできたミコナは俺の傍に下り立つと、しげしげと体を見回してきた。
「そのはずなんだけどなぁ。目に入った砂がちょっと痛いぐらいで……うん、どこも骨折してないし、顔もツルツルだな」
「何ともないなら良かったわ。あなたに死なれたら治癒魔法を使えないから……うっ……!」
ミコナは途中で言葉を切ったかと思うと、突然膝をついた。
見れば彼女の体のあちこちが裂けて血が流れている。【自動修復】は効いているようで徐々に傷は塞がっていくのだが、これは間に合ってないと言えるのではないだろうか。
「ミコナ、大丈夫か!? 今さっき肉体の崩壊について聞いたよ。これ、Lv3相当の崩壊が起きてるんだろ? 治癒が追いつかないほど力を振るうなんて無茶し過ぎだ!」
「これぐらい普通よ。ギルや他の騎士団員たちだって同じぐらい体を壊して街を守ってきたんだから。治せるだけマシってもの」
「いやでも、見るからに痛々しいんだが……女の子にゃキツいだろ」
「性別なんて飾りよ。強い人は強い。『女の子』であっても一番強いなら一番前で戦うのが常識。でも、そうね……想定していたよりダメージ食らっちゃったな……」
「俺に何かできるか? 【自動修復】って二重にかけられないのか?」
「それは無理。同じ治癒魔法は重ねがけできない。でも手っ取り早い手段があるわ。さ、繰り返して。【指令:対象全身――即時修復】」
指示通り繰り返すと傷口が発光し、瞬時に塞がった。いや塞がったというよりは光が皮膚になって傷を埋めたように見えた。
「ミコナ様、もう体内のマナが枯渇するのでは?」と駆けつけたココロンがミコナの顔を窺った。「治癒魔法はあくまでも対象者のマナを消費して効果を発揮するものです。すっかり無くなってしまったらもっとひどい肉体崩壊を起こしますよ」
「心配ありがとう、ココロン。でも忘れてない? ここは『魔晶石』の採掘場よ。あれだけのマナの塊があれば治し放題。ジンが治癒魔法を唱え続けてくれさえすれば無限に戦える」
「いや幾ら治癒したって、体力には限界があるだろう? 一旦逃げて作戦考えるのはどうだ? もっとミコナの負担が減るように練り直そう。あんな怪物、一人で相手するのは無茶だって」
「血を見て怖くなっちゃった? でも本当に大丈夫よ。治癒魔法がかかっているおかげで痛みは全く感じてないし、体力も同時に回復してるから」
「そう言われてもなぁ、見てるこっちがしんどいよ。妹に似てるのも相まって心配でたまらん」
「なら何か案を出して。あの蜂を倒す方法を。あなたが生きてた時代の蜂は弱点とかなかったの?」
「いやぁ蜂なんて幼いころに一回見ただけだし、絶滅したんじゃないかって言われてたから、何とも――ああでも、絶滅したかもって噂されてたのは、『蜂は低い温度が苦手だから』って聞いたな」
「へえ、蜂は冷気に弱いんだ? 何よ、良い情報持ってるじゃない」
「お、おい、どうするつもりだ」
「続けて唱えて。【指令:対象全身――高温変化】」
「え? 【指令:対象全身――高温変化】。何の魔法なんだこれ?」
「これは治癒というより、身体操作の魔法ね。体温を無理やり引き上げる効果があるの。極寒の中で活動するため、または強制的に発熱状態にして殺すために使われるはずだったものよ」
「は!? 何だってそんな魔法を使わせたんだよ! こんな暖かい日中に必要ないだろ!」
「あなたに情報をもらって一つ策を思いついたわ。それを試すために必要なのよ。ギル! みんな! 聞いて!」
ミコナは再び風の翼で舞い上がると声を張り上げた。
「これからボス個体を風の檻で閉じ込める! その隙に全員でフィールド魔法を唱えて! 私が巻き添えになるのも構わずによ!」
ミコナは言うや否やボス個体に突撃し、針の連射を躱して背面を取ると、羽の付け根を掴んだ。
「【指令:風魔の輪舞Lv5】発動!」
その途端、ミコナを中心に竜巻が巻き起こり、自身ごとボス個体を風の檻に閉じ込めた。
有翼種の部隊に指示を出していたギルバードはその声を合図に「総員! 構え!」と叫ぶ。
「私に続け! 【指令:氷精の吐息Lv5】、発動!」
その声に呼応して呪文が次々と唱えられ、霧のような白い靄がボス個体とミコナに向けられる。
すると竜巻は猛吹雪へと変化した。俺にとっては馴染み深い冷気が吹き荒れ、全員が思わずといった様子で身を引いた。しかしミコナは体表を赤く光らせ、平然とした様子でボス個体の動きを止めようとしていた。
ボス個体は猛吹雪の中でもがき、竜巻の壁を突破しようと試みている。ミコナはそれを阻止しようと引き戻そうとしているが、力が足りていないようだ。
「ジン! 唱えて! 【指令:対象両上肢全域――超回復】!」
「り、了解! 【指令:ダブルアールエル、オーバードライブ】‼」
昨日のラヴァ・ボア戦で決定打になった魔法――今度は両腕を黄金に輝かせた。すると竜巻から頭を出して逃げ出そうとしていたボス個体は猛吹雪の中に引きずり込まれる。
苦しそうに尾を折り曲げたり伸ばしたりし、首を振るがミコナは掴んで離さない。
羽の音が徐々に弱くなり、残像しか見えなかった羽ばたきが徐々に目視できるようになる。ハサミのような牙の痙攣も緩慢となり――
ついには活動を停止し、地上へと落ちた。
ギルバードたち騎士は勝鬨を上げて盛り上がっているが、俺は大急ぎで墜落したボス個体へと向かう。
「ミコナ、無事か!?」
巨体を踏みしめ登っていくと、立ち上る蒸気の中に彼女の影を見つける。
「ふぅ。ちょっと暑いわね。【高温変化】解除って唱えてもらえる?」
妹にそっくりな彼女は何てことのないようにそう言って、額の汗を拭った。
体のどこにも傷はなく、冷気の影響もないようだ。俺はそれを確認し、ようやく胸を撫で下ろした。




