第三話 連携プレー①
第三話 連携プレー
何か、もさっとしたものが目の上に垂れてきて目が覚めた。
「あれ……いつの間に寝たんだ……?」
ラヴァ・ボアとの戦いで空から墜落し、地面にクレーターを作ったのは覚えてる。ああ、そうだ。あの後すぐに意識が遠のいていったような記憶があるから、おそらくミコナたちが気絶した俺をこの部屋に運び込んでくれたのだろう。
体を確認し、「はぁぁ、やっぱり無傷だ!」と生への喜びを噛みしめる。同時に「マジで俺の体どうなっちまったんだ」と困惑が浮かんだ。
時折見る脳内芽衣は、夢なのか、事実なのか。どう捉えたものだろうか。
目をつぶって思考にふける。と、またもさっとしたものが顔を撫でた。
目を開けそれを摘まんでみると、それは色素が薄くて黄金色に輝く尻尾。
横を見ると、スツールにうつ伏せで倒れ込み、顔面を床にくっつけているミコナがいた。すぅすぅと聞こえるので寝ているのだろうが、とんでもない寝相である。そして夢で何を見ているのか知らないが尻尾でぺしぺしと俺の顔を叩いてくる。
「あのミコナさーん。そんなとこで寝てると風邪引きますよー。というか何があったらそんな姿勢になるのー?」
「んん……むん!?」
尻尾を手のひらで払い除けた瞬間だった。ミコナは飛び起きて地面に転がり落ち、寝ぼけ眼で部屋中を見回し、最後は俺に行きつく。
それからすぐに顔を真っ赤にし、ベッドの下に手を入れて引っくり返そうとしてきた。
「ななななに!? あぶな、危ないって! 何を興奮してんだよ⁉」
「し、尻尾! あなた尻尾触ったでしょ‼」
「なに、ダメなの⁉」
「ダメに決まってるでしょ⁉ お尻の一部じゃない!」
「あーそういう考え方――って、危ないマジで落ちるって! 払い除けたのは事実だけども、尻尾で俺の顔を叩いてきたのはあなたでしょうに!」
角度四十度ぐらいでぴたりと止まり、ミコナはそのまま逡巡。時間はかかったものの状況が理解できたらしくベッドを下ろしてくれた。
「もぉ、恥ずかしい……! 私、寝相悪いのよ、ほんと! 嫌気がさすぐらいに!」
「ああうん、そうっぽいんだろうなとは思った。それで何で俺と同じ部屋で寝てたのさ。もしかして看病してくれてたのか?」
「看病じゃなくて監視よ。逃げ出さないようにね」
「はあ、監視ねぇ。でも寝ちゃったんだ」
「うっ……だってラヴァ・ボア戦で体力使ったし……はぁぁ、出来ればこの失態は忘れてちょうだい……」
ミコナは顔を伏せたまま、昔テレビで観た猫みたいに頭から顔にかけて曲げた拳で撫でつけていた。
「コホン……ふぅ……えぇっと、ジン。昨日は協力してくれてどうもありがとう。おかげで悩みの種だった強敵の一体を倒すことができたわ。ラヴァ・ボアは城壁の外にある小村をいくつも燃やした凶悪な敵だったの」
「力になれたのなら良かったよ。それで、どうなんだ? 俺は危険人物じゃないって理解してもらえた?」
「それは……一度協力してくれたからって結論を出すには早いわ。『隷属機』を取り上げたり、あなたを牢獄に移そうとしたり、ギルバードたちはまだ警戒してる」
「うんまあ、たった一日で信用が成り立つわけはないよな。ミコナさんは?」
「呼び捨てでいいわ。私は、そうね……『使い物にはなる』と思ってる」
「物扱いですか……まあ、それでも唯一の味方だと思っておくよ」
「そろそろ時間ね。昨日のことや今後のことについて食堂で話しましょう。ずっと食べてないから、お腹空いてるでしょ?」
「そういえば目覚めてから何も口にしてないのか。あれ、でもそこまで空腹って感じもしないな」
「ふぅん、人間って省エネなのね。食べたくないのなら何も口にしないでもいいけど、一緒に食事をしようって提案したのはママなの。このラファエル領の【統治者】からの指示だから、何が何でもついて来てもらうわよ」
ミコナが部屋の扉を横にスライドさせると、眩い光が差し込んでくる。ベッドから下りて廊下へ出ると人工太陽と再会を果たした。
「おや、ミコナ様。おはようございます。これから会談に向かわれるのですね」
改めて太陽の暖かさに感動していると、垂れ耳の腰の曲がったじいさんが話しかけてきた。じいさんは白いローブ姿の若い亜人を二人引き連れており、その二人は担架を持ち上げていた。担架の上には一人のおっさんが載せられているのだが、左腕が人間の因子から遠く離れた毛むくじゃらの獣腕になっており、どうもその腕が痛いのか苦悶の声を漏らしている。
「おはようディルバ。また、なのね……」
「ええ、またです。今年に入って二十五人目ですよ。いよいよ『抑制剤』切れが見えてまいりました。四の五の言っていられない状況に向かいつつあります」
「急いでその人の治療を。私たちはこのことも含めて話し合いをしてくるわ」
ディルバと救護員が、俺が使わせてもらっていた部屋の三つ隣の部屋に担架を運び込むのを確認すると「行くわよ」とミコナは言って踵を返し歩き始めた。「お、おう」と応じて後を追う。
耳をそばだててみると呻き声が通り過ぎていく部屋から聞こえてくる。通りかかった扉の開いた部屋をちらりと覗いてみると、衣服に収まり切らないほど巨大化した獣脚を看護員たちが拭いてあげているのが見えた。
「なあ、ここって病院なのか? 俺、病室の一つを使わせてもらってたの?」
「この階層と上下二つは救護院なの。街の中に民間の病院があるけれど、特別な症例を発症した人はこの救護院に運ばれることになってる」
「はあ、特別な症例……?」
「今は黙ってついて来てちょうだい。食堂は二つ下の階層よ」
ピラミッドの中央階段を下りて「こっちよ」とミコナに案内されるがまま部屋へと入った。
どうやら救護院の職員用らしく、先ほど担架を運んでいた人たちと同じデザインの白いローブを着た亜人たちが詰め寄って食事をしていた。
……のだが、俺が踏み入るや否や一斉にこちらへ視線を向けてきた。「来た」「あれが人間?」「何か想像してたより大人しそうだな」「チビじゃん」「なんか弱そう」と囁き始める。
一応身長は百七十五センチあるんだけどなぁ、と思いつつ亜人たちの合間を進んで行き、一番奥の六人掛けの円卓へと連れて来られた。
「おはようございます、ジン。興味本位の視線は気にしないでいただけると嬉しいわ。さ、席へついて。暖かい食事を用意してあるわ」
ラファエルさんに手で座るよう示されたので、「じゃあ失礼して」と俺は真正面の席に座った。ミコナはラファエルさんの隣に座り、「監視、お疲れ様」と撫でてもらい、気持ちよさそうに目を細めている。いやめっちゃ寝てましたよ、と言いたくなったが面倒事になりそうな気がしたので飲み下した。
「よく眠れましたか? 昨日は死んでもおかしくないほどの高高度から墜落したと聞きましたが、体に痛みや変化は?」
「すっきり爽快ですよ。体も……うん、意味分からんですけど全然問題ないです」
腕を回して調子を確かめていると目の前にスープが置かれた。これまた食欲をくすぐる芳醇な香りがする。
食える時には食うべし、というのが鉄則だ。磨き上げられたスプーンで白濁したスープを掬い、一口――「おぉ!」と唸るほどの旨味が口に広がった。
「美味っ! ……あぁ失礼、美味しいですね、このスープ。食べたことのない、何と言うか、繊細ながらも野性的な味で」
「野性的、とは的確に捉えた言葉かもしれませんね。何せラヴァ・ボアの骨を炊いたものですから」
「あぁなるほど、あの巨大イノシシの骨を使ってるからパワフルな味わいが……えっ、ラヴァ・ボア? 昨日倒した魔物の?」
「そうですよ。怨敵とはいえ命に違いません。生を奪ったのなら、自らの糧にする。それが我々亜人の流儀です」
骨付き肉、ステーキ、串焼き、角煮と朝食にしては重すぎる料理が次々と運ばれてくる。たぶんこれ全部がラヴァ・ボアだったものだろう。魔物は動物と同じようなものなのか? 食っても体に悪かったりしない? と俺は狼狽えていたのだが、ミコナは平然とむしゃむしゃと食べていた。
「どうしました? ジン。全然食が進んでいないようですが」
「あ、ああ、気にしないでください。ちょっと覚悟決める時間が必要なもので……あぁっと、そういえばこれただの食事会じゃなくて、あくまでも会談なんですよね? 俺の処遇なんかについて議論するんでしょう?」
「それについては、ひとまずミコナの監視下であればある程度の自由を許すことになりました。もちろん『隷属機』はこちらが預からせてもらいますがね。それよりもあなたに相談と提案があるのです」
「また昨日みたいに怪物倒しに行けって話ですか? あの、言った通り俺は妹を探していまして――」
「安心してください。そのことも忘れていませんよ。街に人をやってミコナに似た少女を探させています」
「そうなんですか! ありがとうございます、てっきり無碍にされるんじゃないかと」
「しかし私は【統治者】――亜人を統括しテラフォーミングの指示を出す役割を持たされた存在。首都、つまり城壁に囲まれているこの『トビトの街』に住む市民のことはマナを通じて把握できるのです。人を遣わせたとは言いましたが、おそらくあなたの探し人はこの街にはいないと思われます」
「そ、そうですか……まいったな。今芽衣がどんな姿でどこで何してるのかさっぱりだし、たまに見る夢ぐらいしかとっかかりがないんだよなぁ……」
「そう悲観しないでください。一つ考えたのですが、あなたはトーキョードームに匿われ、眠っていた。となると、ご家族もトーキョードームでコールドスリープされている可能性があるのではないですか?」
「ああ、なるほど確かに。あ、そうだ! 夢の中で自分もコールドスリープがどうのって言ってた!」
「そこで提案なのですが、トーキョードームの攻略を手伝ってもらえないでしょうか。あそこは『魔獣』の巣窟――幾度となく攻略に挑んでは血と涙を流して追い返されました。しかし今は『隷属機』……いえ、『治癒魔法が使える』。昨日のミコナは鬼神のようだったと聞いていますし、本人からも単独でドーム攻略に行けるぐらいの力を体感したとのこと。どうか今しばらくその力をお貸しいただけないでしょうか」
「あぁやっぱ物騒な話なのね、そんな気はしてたけど……。ところで『魔獣』というのは? 『魔物』、とは違うんですか?」
「救護院で体の一部が獣のように変化している者を見ませんでしたか?」
「ええ、ちょうど運ばれてくるのを見ました」
ミコナが「食べないの? もらっていい?」と俺の前に置かれていたステーキに手をかけていたので「どうぞ」と手で示した。
「あれは『魔獣化』と言う、亜人の遺伝的な病気です。誰がいつ何の原因で発症するのか、【統治者】ですら把握できていない病なのです。治す手段はなく、最終的には獣になり果て『魔獣』となるのです」
「えっ、じゃあ救護院で見かけた人たち、もう助からないってことですか?」
「いえ、『抑制剤』というものがありまして、症状の進行を止めることができるのです。それを使い何とか『魔獣化』は阻止しております」
「薬があるんですか。でも症状を止めるだけなのは、心苦しいところですね。でも獣になるよりはいいのかな……?」
「ええ、『魔獣』になると理性を失い大切な人を殺してしまう可能性が出てきます。発症した者にとって『抑制剤』は大いなる救いでしょう。でも……」
「でも、何ですか?」
「実はその、『抑制剤』には人間の細胞が必要なのです」
「に、人間の……? 今までどうやって手に入れてきたんですか?」
「各地の『遺跡』――人間が遺した旧文明の遺跡より、コールドスリープに失敗し、死に絶えた者たちから一部位を採取――ほんの少し皮膚や骨を削らせてもらったものを培養して薬を作ってきました」
「うーーん? 培養して製造を続けてるのに、あえてその話を俺にするってことは……全然足りてない、間に合ってない、って感じスかね?」
「察しが良くて助かります。どういう訳かこの一年で『魔獣化』を発症する者が次々と現れまして、備蓄していたものが底を突きそうなのです」
「あ、いるじゃん人間! 俺、俺! 俺の髪の毛とか皮膚とか血液とか、死なない程度なら提供できますよ? 念のためにもう一度言いますけど、死なない程度でね?」
冴えてるじゃん俺、と満面の笑みを浮かべ、親指で自分の顔を示す。
すると、「それがだめだったんですよねぇ」と横から声が聞こえたと思ったら何者かに脇腹をナイフで突かれた。
「いっ! …………たくない? なんだ? どうなってんの?」
服を捲ってみるとナイフが肌にめり込んでいるのだが突き破られてはない。まるで超丈夫なゴムを突いているかのようだ。
「ええ? 昨日のことといい、俺の体、なにがどうなっちゃったの? ていうか突然刺してきた君は?」
「どうも、僕はココロンです。ディルバ様の助手を務めています。双子の妹ともどもお見知りおきを」
そのように言って笑顔を向けてくるのは、絶対にキツネの因子が混ざってるに違いないツンと尖った耳とフサフサの尻尾を生やしている青年だった。背後では同じく笑顔を浮かべている女の子がいて「どーも、カロンでーす!」と随分軽薄な挨拶と敬礼を俺に向けてきた。
「これはほんとごめんなさいなんですけど、あなたが運び込まれた日にディルバ様があなたの一部を切り取ろうとしたんですが、今見た通り刃が通らなかったんですよ」
「もうやったんかい! 怖ぇよ、刃が通ってたらどうなってたの俺!?」
これにはラファエルさんも苦笑を浮かべるが、いや浮かべたからって許すとは言えないんだけども、とにかく「そういうわけで」と彼女は続けた。
「トーキョードームは大勢の人間が眠りに就いた凍眠室があり、私たちはそこを目指しているのです。しかし進捗はあなたを見つけたところまでで、あともう一階層下に潜らないとならないのですが、そこに強敵が待ち構えているのです」
「そいつを倒せれば人間がコールドスリープした部屋に行ける、と。ほんで、そこに芽衣が眠っている可能性がある、か。確かに俺がこうして生きていたんだから、芽衣もそこで眠ってる可能性はありそうだな……」
「どうでしょう、ジン。トーキョードームを攻略した暁には、あなたは妹さんの所在地の第一候補を探索でき、その後は自由が約束される。そして私たちは人間の細胞を手に入れて大勢の患者の苦しみを止めることができる。ウィンウィンの提案ではないかと思うのですが」
「分かりました。他に目星ないし、その提案に乗ります。それで、いつ攻略に行くんです? 何ならこの後すぐにでも行けますよ」
やる気マンマンな俺だが、「それは性急過ぎ」とミコナが三枚目のステーキを平らげながら視線を送ってきた。
「確かに治癒魔法があれば私一人で攻略できるかもと言ったけど、あくまでも治癒魔法が使えたらの話。しっかり準備を整えないと」
「じゃあまず何をすればいいんだ?」
「トーキョードームはマナが薄い。だから『魔晶石』を大量に携帯し、大勢で詰めかけないといけない。でも『魔晶石』の採掘地にヴァイオレット・ビーっていう強敵が巣食ってしまって、今まで採りに行けなかったの」
「なるほど。そのマショウセキってのを得るために戦わないといけないから、俺に治癒魔法を使ってくれって話ね」
「安心して、昨日と同じスペックを発揮できればまず負けることはない。時間が惜しいし、今日中に片付けるわよ。食事が済んだのなら準備して」
そう言って勇ましく立ち上がったミコナのお腹はぱんぱんに膨れ上がっていた。
それで戦えるのか? と思っていると「いつものことなので心配はいりませんよ」とラファエルさんが微笑んでいた。




