第二話 未来という名の現代②
ピラミッド改め『ラファエル宮殿』から地上に下りるとすぐそこに馬車が六台待ち受けていた。慌ただしく兵士たちが乗り込み、俺はミコナとギルバードと一緒に先頭馬車に乗せられた。準備が整うと「全体、出陣!」というギルバードの一声で一斉に走り出す。
その速度と言ったら何かに掴まっていないと転げ落ちてしまうほどだ。俺はミコナとギルバードにならって荷台の縁に設置されている取っ手に必死で縋りついた。
「な、なあ、ミコナさん! 馬ってこんな速い生き物なの!? それともエンジンが積まれてるとか!?」
「えんじん? ああ、人間の時代の機械のことね。そんな貴重な物は博物館に飾られるだけで使用することはないわ。仕組みが分からないから修理もできないし、起動することもできないんだから」
「じゃ、じゃあこの速さは一体!?」
「風魔法の応用よ。【指令:風魔の妖翼Lv3】を馬に付与しているの」
ミコナの視線を追って発している馬を見ると、背中から薄緑色の翼が生えて……いや、『吹き出して』いた。
「なあ、魔法、魔法って言うけどさ、まさか御伽噺の魔法使いが使う妖しい術なんてもんじゃないんだろ? だってここは異世界じゃなくて地球な訳だし。それとも何だ、亜人たちは超能力を使えるのか?」
「そうね、魔法が得意な者もいればさっぱりの人もいるから、そういう風な言い方もできるかも。でも実際のところ、魔法というのは『環境開発マシン』によって引き起こされる『化学反応』よ」
「『環境開発マシン』? 化学反応? どゆこと?」
「あなた、本当に何も知らないのね。『環境開発マシン』というのは、私たち『亜人』の『テラフォーミング』を補佐する極小の機械のことよ。特定の言葉を唱えることで、様々な『化学反応』を引き起こすの」
ミコナはギルバードに視線をやると「見せてあげて。ほら、私は風専門だから、こんな狭いとこで使ったらみんな放り出されちゃうかもだし」と言った。
「……承知しました。おい人間、ミコナ様の要望だから一度だけ見せてやる。しっかり目に焼き付けろ。【指令:氷精の一凛Lv1】発動」
ギルバードは手の平を頭上に向けると、途端、その手の中に花の氷像が生み出された。奇妙なことに空中に浮いているのだが、何かで吊り上げているわけではないようだ。
「うお、すげえ! マジで魔法みたい! ……だけど、機械が引き起こしている、のか?
『環境開発マシン』だっけ?」
「そう、私たち亜人がマナと呼んでいるそれらが空気や大地、水や草木から素材を採取し、それらを駆使して化学反応を引き起こしているの」
「こんな便利なもんがあんなら人工太陽が発熱し切るまで凌ぎ切れそうなもんだけど、政府のお偉いさんは何で使わなかったんだろうな」
「フン、俺の知ったことではない。……が、記録によると増産が間に合わなかったとか。それで亜人たちのリーダーたる【統治者】と呼ばれる七人にマシンを増産させる機能を託したのだ。ちなみに先ほどお前が謁見したラファエル様も【統治者】の一人だ。覚えておくことだな」
「はぁ……人工太陽の件といい、人間はやること為すこと全部後手後手じゃねえか。間抜けもいいとこだよな」
その時だった。「ミコナ様! 敵影を確認しました! 速度を上げます!」と馬乗りの大声が割り込んできた。
「いい? ジン。あなたの役目は簡単、私に治癒魔法を使うことだけ」
「治癒魔法ってのも『環境開発マシン』による化学反応なんだよな? 仕組みは?」
「マナは空気中のどこにでも存在するし、全ての生き物が体と同化している」
「え、マジ? 俺も? 気持ち悪っ!」
「軽口叩いている状況じゃないの、話を聞いて! とにかくあなたは私の体を満たしているマナを活性化させて、傷を修復して! 指示は私が出すから、その通りにするだけ! もし出来なかったら処刑なんだからね?」
そうだ、俺は今生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのだった。
急に緊張し始め、「あの、少しのミスは見逃してもらいたいなぁ……なんて」と懇願するのだが、返答を聞く寸前、馬車がドリフトを決めた。俺は吹っ飛び、ミコナのすぐ横の幌に頭からぶつかって突き破ってしまった。
「ば、馬車でドリフトって……ん? な、なんだぁ、ありゃ? ま、まさか俺たち、アレを倒しに来たんじゃないだろうな⁉」
顔を上げて見えたのは大勢の亜人と、そして山のようにでかい『六つ足、六つ目の獣』だった。獣は吠え猛り地面を揺らすと、背中から生えている砲塔から真っ赤に燃え滾る塊を発射し、周囲一帯を灼熱地獄に変えていた。
「さあ出番よ! まずは前回と同じく【自動修復】を!」
ミコナに引っこ抜かれ、俺はミコナと穴から見える巨大怪獣を見比べながら「ええっと! 【指令:自動修復】起動! これであってるよな? でもさ、あれと戦うの? マジで?」と訊ねた。
答えはなく、ミコナは全身が光に包まれるのを確認すると息を飲んで、ぐっと手を握りしめた。
「力が漲ってくる……これなら限界を超えて肉体を行使できるわ!」
「ミコナ様、いくら傷が治ると言っても【自動修復】では限界があります。無茶はなさらぬよう」
「いえ、これはラヴァ・ボアを倒すまたとない機会よ。一体やつにどれだけの村を焼かれたか……」
ミコナは俺に視線を向けると、起きた時には着せられていた無地のシャツを掴んで顔を引き寄せてきた。
「私は馬にそうしていたように風の翼を駆使して、超高速の攻撃を繰り出す戦闘スタイルなの。そして必殺の一撃は右足――トドメをさせるタイミングであなたの名前を呼ぶから、すぐに唱えて。【指令:対象右下肢全域(RL/E)――超修復】と!」
「アールエルイー、おーばーどらいぶ……オーケー、ばっちし覚えた。……じゃなくて!危ないって、あんなのと戦うなんて! 女の子一人でどうこうできるレベルじゃないだろ!」
「女の子って……この時代で性別や年齢は関係ない。生きるためには戦わないといけないの。とにかくあなたは最後列で待機して、私の合図が聞こえたら『隷属機』を口元に当てて呪文を唱えて!」
ミコナは先に降りたギルバードを追って荷台から飛び出した。
その瞬間に見えたミコナの横顔は、やはり芽衣にそっくりだった。妹が死地へ赴いていくように感じられ恐怖が体中を駆け巡る。
「待て、ミコナさん! 俺も協力するから、ちゃんと作戦練って――あれ?」
荷台から顔を出すと、すでにミコナの姿はない。ミコナが飛び降りた地点が大きく抉れており、顔を上げて戦場を見ると、薄緑色の翼を背中から生やした彼女の姿があった。
まさに縦横無尽――宙を舞い、山のような怪獣の周りを高速で飛び回っている。両手は翼と同じ薄緑色の風魔法が纏っており、剣のように鋭く尖らせ怪獣の体を斬り刻んでいる。
「ミコナ様に続けぇ‼ 我々は地上を制圧するぞ‼ 生み出される小型魔物は全て我々が狩り尽くすのだ‼」
怪獣は腹から絶え間なく自身を超小型化した化け物を産み落としていた。どうやらラヴァ・ボアとやらはその巨体だけではなく、分身を生み出す能力が厄介のようだ。次々と生み出されるも亜人たちは臆せず、何なら慣れているかのように葬っていた。
「【指令:雷神の茨鞭Lv5】、発動!」
「【指令:土霊の舞踏Lv4】、五メートル前方、半径十メートルで展開!」
「前衛部隊突撃! 炎属性は無効だ、武器に氷魔法を纏わせろ! 中心部の核に一撃を食らわすのだ‼」
空から降り注いだ雷は一体に直撃し、周囲一帯の小型魔物の間を駆け巡ってその身体を破裂させた。
また別のところでは大地が流動し、鋭く尖って魔物たちを貫いていく。また、ギルバードが率いる武装集団は取りこぼした魔物たちに次々とトドメを刺していった。
彼らが使う槍は棒に細い刃物を固定しているシンプルなデザインだったが、氷を纏わせ十文字槍に化かし、突いて切り裂く凶悪な武器として扱っていた。
地上は激戦ながらも優勢の様子。ミコナはというと、砲台から発射される溶岩塊を躱し、風の剣でラヴァ・ボアの目を二つ切り裂いていた。さらには地上部隊に瞬間的に合流し分身すらも倒していく。
何だ、圧倒的じゃんか。俺は拍子抜けして思い切り息を吐いた。あんな化け物と戦うなんて無茶だと怯えていたのが馬鹿みたいだ。結局俺の出番はないらしい。
安堵してつい笑みを零してしまうのだが……それは間違いだったとすぐに思い知らされることになる。
「来るぞ‼ 第二フェーズだ‼ 全員回避態勢‼」
ギルバードの声と同じくして、ラヴァ・ボアの肉体が突然膨れ上がった。
背中の砲塔が数を増やし、溶岩塊とはまた別のものを打ち出したのだが……あれは……み、ミサイル!? 骨と思しきものが炎を噴き出し、軌跡を残してこちらに突っ込んでくる。
「どぁっ……!? っぶねぇ!」
ミサイルは地面に着弾すると爆発を起こし、分身ごとギルバードたちを吹き飛ばした。その衝撃で槍が吹っ飛び、大隊のずっと後ろにいる俺の横を掠めていった。
「何だよこりゃ、生き物っていうか兵器じゃねえか……あれ、ミコナは!?」
空を見渡すと、遠くにミサイルが残す煙の軌跡が数本見えた。ミサイルが風の翼で空を駆ける彼女を追いかけている。
ぎりぎりだ。すんでのところで直撃を回避し、一つ、また一つとミサイルを切り裂く。
残すはあと一発だが、あまりにも距離が近すぎた。薙ぎ払った途端に爆発し、その煽りで風の翼がかき消されてしまいミコナは吹き飛ばされる。
地面が抉られるほどの高所からの落下。しかし【自動修復】のおかげだろう、すぐに傷は治るが……最悪なことに落下地点はラヴァ・ボアの目の前だ。
その巨大な魔物は口を開き、喉の奥で激しい炎の光を放ち始める。
退避しようとして立ち上がるも痛みが走ったのか、ミコナは苦痛の表情を浮かべて膝を突いてしまった。
横顔が、芽衣と重なる。
「芽衣! あぁもうクソったれ……!」
俺は駆け出し傷だらけのギルバードたちの間を駆け抜け、ミコナのもとへ駆けつけた。
そしてかつて妹にそうしたように、そのか細い体を半ば放り投げるかのよう思い切り突き飛ばす。
あぁデジャヴだなぁ。てことはまた死にかけるのか? いや今度こそ確実に死んだな。
そんな諦念がコンマ一秒の時間で頭を過る。そして想像通り、ラヴァ・ボアが放った熱光線は回避行動を取った俺のすぐ傍に着弾――地の底から大爆発が起き、俺は空へと放り出されてしまった。
「ジン……ッ‼」
体は錐もみ状態。世界はぐちゃぐちゃで自分の体がどうなったのかも分からない。ただ、頭の中を「名前を呼ばれたら指定の呪文を唱えろ」というミコナの言葉が駆け抜けた。
「【指令:対象右下肢全域――超修復】、発動‼」
ああ違う今のはただ反射的に名前を呼んだだけだよな。俺はそう思った。
だがぐるぐる回る世界に黄金の輝きが見えた。ミコナの右足が輝いている。
彼女はそれに気づくとすぐ様姿勢を低くし、飛び上がった。
見事なまでのサマーソルトキックがラヴァ・ボアの顎を捉え、風の翼を生やすと更に空中で回転蹴りをかます。
「これでトドメ――弾けろッ‼」
まるで流星かのようにミコナがラヴァ・ボアの体を貫通した。途端、肉体は破裂し、内臓を撒き散らしながら、同時に分身も大量に宙に投げ出された。ミコナは何一つ見逃さず、電光石火の勢いで宙を駆け巡り、その右足によって全個体を破壊した。
「おぉ、すげえ! 本当にやっつけちまった!」
俺は感嘆の言葉を口にするが、同時に「で、俺はこの後どうなるの?」と疑問が湧く。まあでもすぐに答えは出た。何せ雲が触れそうな高さにいるのだ。墜落してグシャッ、に決まってる。
「ジン‼ 手を伸ばして‼」
大急ぎでミコナが飛んでくるが、落下は始まっている。もう間に合わない。
内臓が浮く不快感、死を目前にした恐怖に俺は知らず知らずのうちに悲鳴を上げていた。
嘘だろ、やっぱ死ぬの? 芽衣を残して? 芽衣を見つけずして?
そんな問いを胸に、ついに地面へと叩きつけられた。
瞬間、視界がブラックアウト。
強烈な耳鳴りが頭の中を駆け巡り、徐々に静かになっていく。
するとどうだろう。聞き覚えのある声が聞こえてきた。忘れるはずがない、芽衣の声だ。
「この記憶を見ているということは命の危険に瀕し……でも、安心して」
ぼやけた視界に大人になって眼鏡をかけた妹の姿が見える。俺が漂っているガラスケースに手を当て、真剣な眼差しを向けていた。
「お兄ちゃんの肉体は特別……もう、人の領域を超えている。大抵のことでは傷つかな……そう、言ってしまえば、『不死身』に……」
「め、い……芽衣? なに言って…………芽衣っ‼」
はっと我に返って目を開けてみれば、ミコナとギルバードたちが揃って俺を見下ろしていた。
「ジン! あなた無事なの? あの高さから落ちたのに?」
ミコナに問われて自分の体を見てみれば傷一つない。だが高所から落下したことを証明するかのように俺を中心にしてクレーターができていた。
「あ、ああ、怪我もしてないし、痛みもない」
「どうなってるの? 人間は亜人より圧倒的に脆いはずでしょ?」
「ああ、たぶんそうなんだろうけど……もしかしたらさ」
「もしかしたら、なに?」
「俺、不死身に改造……されたかも」




