第二話 未来という名の現代①
第二話 未来という名の現代
「記憶学習開始。はぁ……果たして一体いくつ情報を残せるのか……いや、希望を残すためには語り続けなくちゃ……」
水の中に漂う俺は、細くうっすらと開いている瞼の中から大人になった芽衣を見つめていた。
「――十五年前、生存圏を賭けた戦争があった」
「――手遅れながら世界は統一的な協力関係を結び、戦争は終結」
「――世界トップの『頭脳』たちが科学を驚異的に発展させた。しかし何もかもが手遅……ほとんどの人類存亡計画は頓挫……ただ一つ、『亜人テラフォーミング計画』を除いて」
「――お兄ちゃんの体には、『亜人生成技術』の開発過程で……『デーモン』という因子を実験として……気に食わないけど、お兄ちゃんを救うにはそれしか……」
「――でも、私がプロジェクトの中核を掌握した。様々な手を尽くし……生き残るための力をお兄ちゃんの体に組み込み……」
徐々に視界が歪み芽衣の声も遠くなっていく。何の話か分からないけど、なあ、歳いくつになったんだ? どれほど時間が経った? そんな問いを心に浮かべるが、伝わるはずもない。
「――お兄ちゃん。繰り返しになるけど、信頼できる人――この場合では『テラフォーマー』という意味よ。命を託せる個体を探して。それがお兄ちゃんを救うことになるから」
はっと目を開け「芽衣!」と跳ね起きると、覗き込んでいた何者かと思い切り激突した。
「がほぉぁっ!? あ、頭が割れた! 絶対割れたよこれ!」
「いったぁ……! あなたの頭どうなってんの⁉ 石頭超えてダイヤモンド級よ……!」
そこは見知らぬ一室。天井にぶら下げられた照明は、真っ白な壁と床、俺の体と寝かされていたベッド、真っ赤な額を手で押さえながら立ち上がった少女を照らし出していた。気を失う前に出会った、黄金色の髪にネコっぽい耳と尻尾を生やした女の子だ。
「芽衣! の成長途中! たぶん中学生ぐらい!」
「え、何? 成長途中?」
「夢で見たんだよ、お前がどんどんおっきくなっていくの! あれか、俺は今まで寝たきりで、すごい時間が経過したとかそういうことか? あーでも、そのコスプレは何の意味が?」
「コスプレ? うぅんと……酷い混乱の中にあるのは分かったわ。どうせ全部話さなければならないから先に言っちゃうけど、私の名前は『ミコナ』よ。メイ、じゃないわ。そんなに似てるの?」
「あ、ああ、顔立ちがな。俺と同い年ぐらいに成長したら君みたいになってたと思う。マジで芽衣じゃないの?」
「残念ながらね。さ、目が覚めたのなら立ち上がって。人間のあなたと隷属関係になってしまった今、私にどんな未来が待ってるのか説明してもらうわ」
はあ、隷属関係? 何だそりゃと考えていると、ミコナと名乗る少女はベッド下から木の板を拾い上げた。
二枚が金具で繋がっており、それぞれ半円に繰り抜かれた箇所がある。「両手を出して」「うん? こう?」その穴のところに両手を合わせられ、板を閉じられた。
「ナニコレ? 大昔の手錠みたいだけど」
「みたいじゃなくて手錠そのものよ」
「え、あの、俺なにかしました? 記憶がおぼろげで何もかんも分からないんだけど」
「何も、は嘘。あんな極秘区画で隔離されてたあなたが何も知らないわけないでしょ。ほら、立って。ママに会いに行くわよ。そこであなたの処遇を決める。好待遇を期待するなら包み隠さず計画を話し、この『亜人』の世界を受け入れることね」
手錠には鎖が取り付けられており、半ば引きずり降ろされるように床へと下りた。
木製の扉が開かれると、「うっ! なんだ!?」強烈な光が差し込んできて思わず手錠で目を隠した。引っ張られながら歩きつつ顔を上げて見ると、信じられない光景が広がっていた。
左手側に立ち並ぶ柱の合間から見えるのは、雪が一切ない世界だった。俺はピラミッドのような建物の中腹にいるようで、下界を一望できる。古風というか、粗雑というか、木造の建物が立ち大勢の人が歩いているのが見えた。
そして空だ。目の奥が痛むのも気にならないくらい、見惚れるような青空である。太陽がこれでもかと光り輝いているのだ。
「おいおい、マジか! 人工太陽のやつ、ついに本領発揮したのか!」
「それも遠い話よ。たぶんあなたが想像しているより、ずっと長い歳月が経ってると思うわ」
「何年くらい?」
「雪が溶け切ったのが四百年前」
「は!? 俺、そんな長い時間、眠ってたってこと!?」
「人類のコールドスリープ計画が実行されたのが八百四十五年前だから、少なくともその時間あなたはずっとカプセルの中の水に浮いてたはずよ」
「は、八百……俺、まだ夢見てるのか?」
「その手錠、ささくれ立っていて痛いって定評よ」
確かにさっきからチクチクして手首がむず痒い。とりあえず俺の肉体は現実に在るようだ。
芽衣がどんどん大人になっていく姿、人工太陽が地上を照らし出す世界、人間と動物のハイブリッド生物、さすがにどれかは幻覚じゃなかろうかと思うのだが、しかし横を通り過ぎていく白いローブ姿の人たちも獣の耳が頭についていて、獣人とでも言うべき生命体が当たり前のように存在しているのは確かだ。
「いい? これから審問が行われる。その回答次第で生かすか殺すか決まるわ。『隷属機』はこちらが握っているってことを忘れないで」
「待て待て殺されるってあなた、もしかして俺のことじゃないよな?」
「他に誰がいるのよ」
「なんで!? ど、どうしたら助かるの? ていうか理不尽過ぎない? 俺、見たこともない動物に――あっ、そうそう! 君がぶっ倒した三つ首の怪物に噛みつかれて死にかけてさぁ。その後のことは何もわからないんだけど」
「とか言って私たちの寝首を掻くつもりなんでしょ?」
「何のことだよ! 俺は平和を愛する善良な市民ですが?」
ミコナはふんと鼻息を鳴らし、「そんな分かりやすい嘘吐いて」とどこか呆れているかのようだった。こりゃ何言っても噛み合わんな、と俺は諦め審問とやらに挑む覚悟を決める。そこで何か実のある話が聞けるだろう。
でも殺される可能性があるんだよなぁ。あぁいかん足が震えてきた。が、もう逃げ出すには遅すぎる。このピラミッドの中央階段を上り切り、鳥っぽい生き物のマークが縫い付けられたビロードの幕が垂れ下がる巨大な石扉は目の前だ。
「ミコナ様、そして……っ⁉ こほん、ミコナ様、人間一名、ご入場!」
甲冑を着た衛兵らしき二人の人間(かどうかは不明)が石扉を力技で押し開いた。
その先は広大な空間が広がっており、右手と左手に分かれて机が置かれ、やはり獣耳を生やした獣人が座っていた。
そのほとんどが俺の姿を見るや否や驚いて立ち上がり、銀色の甲冑に碧の石で彩られた姿の二十代ぐらいの男は槍を構えた。今にも飛び掛かって来そうな気迫を発している。
しかし、俺はそれよりも正面奥――台座に立つ白い翼を生やした女性に目を奪われていた。
天使のようなその女性は吹き抜けの天井に向かって右手を突き上げ、体の周りから薄緑色の粒子を噴き上げていた。その手が握られて謎現象が収まると、こちらを向き、優しく微笑んでみせる。
「ついに目覚めたのですね。ミコナ、その方をこちらへ」
イリュージョンを終えた女性の言葉に従い、ミコナは俺を引っ張って前へと進んだ。さながら証言台に立つ被告人かのような構図で天使みたいな女性と対峙することになった。
「おはようございます、人間さん。まずお名前を窺っても?」
「あぁ、えっと伴里仁です。あの、今のイリュージョンは何事で?」
「イリュージョン? ああ、そうですね。もし八百年以前から眠っていたのなら分からないのも当然。あれは増産したマナをこのラファエル領にいきわたらせていたのです」
「はあ、マナを?」
「失礼、言葉が足りませんでしたね。マナとは魔法の素となる物質――つまりは『環境開発マシン』のことです。これなら理解できますね?」
「うん? うーん……突っ込みどころが多過ぎて考えがまとまらないので、とりあえず最後まで聞きます」
「あなたは市民階級の凍眠室ではなく、ラボの奥の隠し部屋で保管されていたとミコナから聞きました。しかも『隷属機』と一緒に。Sランク以上の権限を持つ特権階級とお見受けしますが、目覚めた今、あなたの行動目標はどこにあるのでしょうか。魔物に追い詰められ、やむを得ずあなたと娘は隷属関係を結んでしまったとのことで、親としてはいつ傀儡とされるか、はたまた命を奪われるか気が気でならないのです」
何の話だ? と想像を巡らせていると、「ママ、もっと簡潔に、素直に話そう」と俺の斜め後ろで待機していたミコナという少女が天使みたいな女性の隣へと歩んで行く。
すると、タンッ、と執務机に桜の模様が刻まれた五角形の金属を置いた。
「この通り『隷属機』は破壊せず残してあるわ。あなたがもしこれを悪用する気がなく、むしろその力を持って私に手を貸してくれるというのなら生かしてあげる。その逆ならただちに処刑する。これはそういう話よ」
途端、「ミコナ様!?」「いけません、ただちにおしまいください!」と豪奢な甲冑を着た青年と腰の曲がったローブ姿の老人が立ち上がって声を張り上げた。
「ディルバ殿の言う通り、すぐにそれをお隠しください! この距離からでも『指令』が届く可能性があります!」
「もしあなたが傀儡とされてしまえば、それはもう『神亜戦争』の再来です! 協力を求めるなど危険極まりない! 考えをお変えください!」
「ギルバード、ディルバ。私はね、これはトーキョードーム攻略のチャンスだと思ってるの。もし『治癒魔法』を思い通りに行使できれば、私は世界で最強の武闘家になれる。ドームに巣食う魔物を一掃できれば、数百年分の『魔獣化抑制剤』の素材を手に入れられるのよ?」
言い終わったミコナは俺の目を見据え、「さあ、答えて」と静かに、しかし力強く訊ねてきた。室内全員の視線が俺に向かって集まり、甲冑姿の青年が槍を握りしめる音に明確な殺意を感じて思わず身震いしてしまった。
「えっと、だな。何か困ってることがあるなら手伝うのもやぶさかではない、と思ってる。だけど、その前にみんなに聞いて欲しいことがあって」
「言ってみて」
「何かすごく特別な人扱いしてるけど、俺はただの一般市民だ。Sランク云々とか全然分からないし、まずあんたら……獣人? のことがよく分からない。話を聞いた限り俺が生きてた時代から約八百年経過してるっぽいけど、その間に地球は何がどうなってこんな姿になったんだ?」
これには室内が大いにざわついた。疑念や疑惑の声が上げる者、演技だと断じて怒号を発する者と反応は様々だが、とにかく俺の今の発言は彼らにとって衝撃的だったらしい。
「これは驚きですね。みなさん、ただいま彼が発した声の揺らぎを精査した結果、限りなく真実に近いということがわかりました。あなたは本当に、私たちの言葉の意味を理解できないのですね?」
天使様に顔を向けられ、俺は「ええ、まあ」と気まずさを感じながら応えた。
「分かりました。ではごく基本的なことから話していきましょう。まず私たちは人間であるあなたとは全く違う生き物――『亜人』と言います。あなたたち人間が『冷凍保存』した後、この地球を再び住める環境に戻すための存在――『テラフォーマー』なのです」
「え、テラ……なんて?」
「テラフォーマー。惑星を人間の住める環境に開拓する者たちの呼称です。人間の因子に動物の因子をかけ合わせて極寒の地でも生きていけるように設計された生命体です」
「設計って……何だか、人間が作ったみたいに聞こえますけど?」
「ええ、その通りです。我々は人間の手で生み出され、人間に従う者。ここにある『隷属機』によって命令が下されると自由を奪われ指示に従わざるを得ない。そういった立場です」
「うぅん……なんとなーくだけど話の輪郭が見えてきたな。大昔人間はあんたたちを作って奴隷として働かせようとしてた、と。倫理観ぶっ壊れた発想だな……」
「それで私たちは決めなくてはならないことが二つあります。一つはあなたの処遇と、二つ目はこの『隷属機』を破棄するかどうか、です。あなたとミコナは隷属契約を結び、今やミコナはあなたの奴隷になってしまった。もし傷つけたり、悪事に利用しようと企んでいるのでしたら両方とも消し去らなければならないのです」
「あー……それでこの扱いなのね。やっと納得できました。じゃあもう一択でしょう。廃棄ですよ、廃棄。その『隷属機』がなければ問題は解決するんでしょう? 俺も死にたくないし、さっさと壊しましょう」
そうだ、そうだ、それが最善だ、と背後から声があがり、今まで敵視してきた人たちが同調してくる。
かと思ったら、「待って!」とミコナという少女が止めに入るものだから混乱の極みである。
「ジン、て言ったわよね。私は隷属契約の【命令】によって、あなたの奴隷になった。山を掘れと言われたら従わざるを得ないし、仲間を皆殺しにしろと命令されたら抵抗できない。そして死ねと言われた途端、私は即死してしまう」
「なっ!? そんな物騒なもんなの? じゃあ余計に壊すべきだろ! 万が一があっちゃならないんだからさあ!」
「でもね、それだけじゃないの。人間はこの『隷属機』を使って、隷属下にある亜人の体を治癒させる魔法を使うこともできるのよ。あなたはすでに経験してるでしょ?」
「え? ……ああ、あれか! 【自動修復】がどうのってやつ。その言葉を口にした途端、君の体の傷が一瞬で治ったんだよな。ありゃびっくりしたよ」
「正確には【指令:自動修復】ね。それが治癒魔法発動の呪文。怪我を気にせず戦えるとしたら、色んな脅威に立ち向かえるし、魔物が巣食う人間たちが残した施設に貴重な物資を求めて侵入することができる」
「だから俺に治癒の……魔法? を使って欲しいと?」
「ええ、ようやく話が飲み込めたみたいね」
「うんまあ、どういう状況にあるかは理解した。でもすまん、力を貸すのは用事を済ませてからでいいかな」
「用事? 何をするつもりなの」
「妹を探したいんだ。さっきも話したけど、すごい偶然なことにミコナ……さん? 様? にそっくりな顔立ちでさ、背丈は俺の腰ぐらい……か、ミコナさんと全く同じか、それとももっと大きくなって眼鏡姿に白衣を着てるか……とにかくそのどれかの姿で、俺と同じように機械を使って生き延びたんじゃないかと思うんだけど、誰か見覚えない?」
室内にいる人たちに視線を向けると、甲冑姿の青年以外はガタガタと慌てて椅子から立ち上がり、出口に向かって後退った。まあ命かかってるし、そりゃ俺のことが怖いわな。
「ミコナ様、この人間の処遇についてもう一度ご一考ください。ラファエル様の風魔法による真偽判定を疑うわけではないのですが、妹とやらを見つけた途端気が変わり逃走する可能性は十分考えられますし、そして人の心は移ろうもの。『隷属機』の使い道を知った今、逃走した後で悪用する可能性もあります」
「ギル、落ち着いて。確かにそれは否定することはできないけど、『隷属機』はあくまでもこちらの手にある。人間は貧弱な生き物だとわかっているのだから、反抗するようなら命を奪えばいい。あくまでも優位性はこちらにあるのよ」
話を聞いている限り俺の立場は捕虜みたいなものなのだろう。ただ一生懸命妹と生き抜いて、あげく死にかけて、約八百年後に半ばワープして……さすがに波乱が過ぎるだろう。神様に文句でも言ってやりたいところだ。
と、嘆いていたところ、「交易隊一名、入場!」と声が聞こえてきた。石扉が開かれると一人の男が大慌てでこちらへ向かって来て、大きく息をしながら声を張り上げた。
「た、大変です、ラファエル様! 隣街からの帰路にてラヴァ・ボアと遭遇! こちらへ向かって来ています! 護衛部隊が今食い止めていますが、やはり手強く足を止めるので精いっぱいで……!」
これを聞いたラファエルさんは表情を引き締め、「ギルバード、すぐに三部隊編成して出陣してください。そしてミコナは……そうですね……」と思考するかのように顎を指でつまんだ。
「ママ、ちょうどいいんじゃない? ラヴァ・ボアはここ数年私たちの悩みの種だったんだもの。これでもし討伐することができれば、『使いものになる』って証明できる」
ラファエルさんとミコナが同時に俺に視線を向けてきた。
俺の答えを待っているようでいて、すでに結論は出ているような顔だ。非常に嫌な予感がするのだが……俺に選ぶ権利はないのだった。




